さわ子「………!!あ、梓ちゃん、どうしたの?」
梓「……さわ子先生、私ってどこに倒れていました?」
さわ子「どこって…、音楽室の入り口のドアの前よ。音楽室に入ろうとして貧血になったみたいね。何かあったの?」
梓「…………」
梓「いえ、何も……」
どうする?さわ子先生にさっきの事を相談してみようか。……いや、ダメだ。
律先輩が音楽室に澪先輩と居たなんて言ったら、おかしいと思われるに決まってる。
時計を見るともう6時を指していた。
梓「もう平気なので、今帰ります。ご心配かけてすいませんでした。」
さわ子「そう…。大丈夫?一人で帰れる?」
梓「はい、大丈夫です。」
そう言ってさわ子先生に別れを告げ、私は家に帰ることにした。
軽音部のことについて先生が聞かなかったのは気を遣ってくれたのだろう。
さっきの出来事は夢や幻なんかじゃない。間違いなく、私は律先輩に会った。
悪い予感がする……。なんて事だ。
私は、携帯を取り出し、澪先輩に電話をかけた。
澪「はい、もしもし…」
梓「もしもし、澪先輩、今大丈夫ですか?」
澪「ああ、大丈夫だけど…。どうしたんだ?」
梓「ちょっと聞きたい事があるんですけど……。澪先輩、今日音楽室に行ったりしました?」
澪「音楽室に…?いや、行ってないけど…。」
梓「……!!そうですか…。分かりました、ありがとうございます。すいません、変な事聞いて。」
澪「……?いや、別に構わないけど。」
梓「聞きたい事はそれだけなので。それじゃあ、失礼します。さようなら。」
澪「ああ…、それじゃあ」
そして私は電話を切った。
私の悪い予感は的中してしまった。……最悪の事態だ。
死んだはずの律先輩が澪先輩と一緒にいた。
結界を張り忘れたという律先輩の言葉。
音楽室にいたはずなのにその事を覚えていない澪先輩。
今日から3日間、放課後の音楽室には近寄るなという律先輩の忠告。
梓(律先輩が悪霊になっちゃった……)
自分の胸が締め付けられたように苦しくなった。
……律先輩が悪霊になってしまった。
そして、澪先輩をあちらの世界に連れて行こうとしている。
梓(そんな……なんで……)
梓(なんで……なんでですか、律先輩……!!)
私は急いで、家に帰り、自分の部屋のクローゼットからあるものを取り出す。
それは刀だった。
梓(まさか、これをまた使う時が来るなんて…。)
どうやら錆びついたりなどはしていないらしい。
梓(もう二度と使う事はないと思ってた……。)
私は覚悟を決めなければならなかった。
この刀を使って悪霊になってしまった律先輩を倒す、という覚悟を。
―――3年前の話になる。
私はある機関に所属していた。
その機関とは「霊害、つまり現世に悪霊となって蘇った霊による災害や殺人を防ぐ」という名目で設立されたものだった。
悪霊は霊力を持っている者にしか倒す事は出来ない。
霊力はある特定の家系の者にしか宿らない。
稀に一般人に宿る事もあるがその確率は非常に低いものだそうだ。
私はその霊力が宿る特定の家系に生まれた。
霊力は10~13歳で宿り、17歳ごろにピークを迎え、そのあとはだんだんと衰えていく。
私は3年前までその機関に所属して、悪霊を倒していた。
……あの事件が起きるまでは。
その事件が起きたことによって、私と組んでいた人間が死亡し、私は3ヶ月もの間、昏睡状態に陥ってしまった。
そして意識を取り戻した後、私は機関をやめ、機関によって霊力を封じられ、一般人として生活することになった。
今の私は3年前の霊力の10%ほどしかない。
梓(今の私に悪霊になった律先輩が倒せるのかな……?)
梓(でも……やるしかない……)
律先輩は澪先輩を自分のいるべき世界に連れていこうとしているのだ。そんなことは……させない。
そして私は次の日を迎えた。
朝早くに学校に行き、刀を空き教室の掃除用具入れにいれておく。
梓(念のために結界を張っておこう。そうすれば見つからないはず……)
そうこうしている内にあっという間に放課後になった。
私は5時になるまで待った。
昨日、澪先輩が音楽室に入っていくのを見たのは確か5時ぐらいだった。その時間に行けば…、律先輩もいるはずだ。
―――カチッ
時計の針が5時を指す。
私は急いで音楽室に向かった。
ダンッ、ダンッ、ダンッ!!
階段を駆け足で上る。
そして音楽室の前で立ち止まった。
梓(やっぱり……。)
音楽室のドアに結界が張られていた。
これでは誰も音楽室に入ることは出来ないし、入ろうとも思わない。
私は刀を鞘からだして構え、思いきり振り下ろした。
パキィィン!!
結界が破れる。
そして、私は音楽室のドアノブに手をかけ、勢いよくドアを開けた。
―――そこには澪先輩と律先輩がいた。
澪先輩はソファーの上で気を失っていて、律先輩はそんな澪先輩を見ている。
昨日とまったく同じだった。
私が音楽室のドアを開けた瞬間、律先輩がこちらを見た。
結界が破られたことに対して驚いているようだ。
律「梓……!?なんでお前が……!!」
私は律先輩に向かって叫ぶ。
梓「律先輩ッッ!!澪先輩から離れてくださいっっ!!!」
私は刀を構えた。
律「そうか…、その刀で結界を破ったのか。ふ~ん……」
律「その様子だと、私が今から何をしようとしているのかも分かってるみたいだな。」
律先輩は落ち着きを取り戻したらしい。普段の調子で私に向かって言葉を投げかける。
梓「律先輩は澪先輩をそっちの世界に連れて行こうとしてるんですよね…?」
律「ん?そうだよ?だから昨日言ったじゃん、音楽室には近寄るなって。しょうがないなぁー」
何を言っているんだ、この人は。
それはつまり、澪先輩を殺して冥界に連れていくという事だろう。
……この人は律先輩じゃない。
律先輩の姿形をした悪霊だ……!!!
梓「律先輩、なんでそんな事をしようとするんですか……!?」
梓「それは、澪先輩を殺すってことでしょう!?」
律「…………」
律「ん~、まぁ梓には分かんないかな。私は一人で寂しいんだよ。」
律「だから親友の澪を連れて行く。ただそれだけ」
梓「そんなことは……、させません……!!!」
律「梓は私の邪魔をする……。そういう事か。だったら容赦はしない……」
律先輩が氷のような目で私を睨みつける。
律先輩の手に刀が出現した。私と同じ刀だ。
律「梓……、やめるんなら今のうちだぞ」
梓「…………」
私は返事をしなかった。
ダァン!!
そして、私は律先輩に斬りかかった。
―――ガキッッッ!!
私の刀と律先輩の刀が交錯する。
私の初撃を、律先輩はいとも簡単に受け止めた。
梓(くっ……!強い…!!)
すかさず、二回、三回と攻撃を打ち込む。
しかし、それらも全て律先輩にガードされてしまう。
梓(………!!)
ガキィッ!!ガキィッ!!ガキィッ!!
私は諦めずに何回も攻撃をし続けた。だが、私の攻撃は全て防がれてしまった。
梓(くっ……!!)
たまらず私は律先輩から距離をとった。
梓(攻めているのは私なのに全然ダメージが与えられない……!!)
梓「はぁっ……、はぁっ……」
律「どうした、梓?そんなんじゃ私を倒すことなんて出来ないぞ?」
律先輩は余裕しゃくしゃくといった顔で私に話しかける。
律「……攻めてこないのか?じゃあ私から行くぞっ!!」
そう言って律先輩は刀を構え直し、私に向かって突っ込んできた。
梓「なっ……!!(速いっ…!!この距離を一瞬で…!!!)」
ガキンッ!ガキッ!!
私は必死で律先輩の攻撃を防御した。
律先輩の攻撃は一撃一撃が重く、ガードをするだけで精一杯だった。
梓「ぐっ……!!」
律「遅いっ!!」
ガキィィィン!!
律先輩の渾身の一撃が私のガードを弾き返した。
梓「しまっ……!!」
律「ガラ空きだっ!!」
―――ヒュンッ
ドゴォッッッ!!!
律先輩の斬撃が私の腹部に直撃する。
―――メキィッ
梓「うぐっ……!!」
ダァァァァァン!!
鈍い音とともに私は吹っ飛ばされ壁に打ち付けられた。
―――バタンッ
私は床に倒れこんだ。
梓「うっ……、かはっ…!!」
梓(アバラ骨…、何本か折れたかな……)
梓「かはぁっ……はぁっ……」
梓(うまく、息が……出来ない……!!)
律「おいおい、梓、今のは峰打ちだぞ?私が本気で切ってたら今頃梓の胴体はまっぷたつだったな。くっくっく」
律先輩が笑う。
梓「………!!」
梓(駄目だ……やっぱり、律先輩は強い……!!)
梓(このままじゃ、勝てない……!!)
その後も私は防戦一方だった。
律先輩は休む暇もなく攻撃をしてくる。
私はそれを必死でガードするしかなかった。
梓「うっ……、くっ……!!!」
律先輩の一太刀一太刀は速くてとても重く、しかも、まだまだ本気を出していないようだった。
……今のままでは律先輩勝てないことは分かっている。
でも、この状況の打開策は何も見つからなかった。
私は何回もガードの上からの攻撃によって吹っ飛ばされた。
私の防御を律先輩はものともしない。
その都度、私は壁に叩きつけられ、床に倒れる。
そして立ち上がり、律先輩に斬りかかってゆく。
これらを何回か繰り返した時だった。
律「あー、もういいや」
梓(……!?)
律先輩が突然声を上げた。
律「梓、もう終わりにすっか」
そう言って律先輩は刀を一回振って鞘に納めた。
―――チンッ
刀を鞘に納める音が音楽室に響いた。
―――その瞬間だった。
バシュッッ!!!
私の全身から血が吹き出した。
梓「………ッ!?」ヨロッ
―――バタンッ!!
崩れるようにして床に倒れこむ。
梓「がはっ……!!」
梓(なん……だ……!?今、私は何をされた…?全身を斬られてる……!?)
私は自分が何をされたのか分からなかった。
気がついたら体が刀傷だらけで出血し、床に倒れていた。
梓(痛……い……)
立ち上がることができない。体に力が入らない……。
律「3回……。今、私が梓を切った数」
律「全然見えなかっただろう?梓はちょっと遅すぎるんだよなー」
梓「うっ…、ぐっ……」
梓(うまく声が出せない……!!)
律先輩がゆっくり私に近づいてくる。
うつ伏せに倒れている私を仰向けにして上に乗り、律先輩は私に向かって言った。
律「これで分かっただろ?梓は私には勝てない。」
律「だからもう私が澪を連れていくのを邪魔するなよ?」
梓「…………。」
私はこの問いに対して何も言わなかった。
律先輩が刀を鞘から出し、私の首にあてがった。
律「いいか……、私は今ここでお前を殺してもいいんだぞ?でも邪魔をしなかったら殺したりはしない…。」
梓「…………!!」
律「わかったよな?イエスなら首を縦にノーなら首を横に振れ」
律先輩の目は本気だった。
私が今ここで首を横に振ったら躊躇なく私の首に剣先を突き刺すだろう。
コクッ……
私は首を縦に振った。縦に振るしかなかった。
私が首を縦に振るのを見て、律先輩はさっきの表情とはうってかわり、笑顔になった。
律「いや~、よかった、よかった!私は梓を殺すなんて本当はしたくなかったんだよっ!!」
律「梓が首を横に振ったらどうしようかと思っちゃったぜ。」ニカッ
律先輩は刀を鞘にしまい、私の肩をポンポンと叩きながらそう言った。
梓(………嘘だ)
さっきのは確実に私を殺そうとした目だ。
見ただけで背筋が凍るような冷たい目。でも私は何も言えない。
律先輩が私の上に四つん這いになって覆い被さり、耳元で囁いた。
律「じゃあな、梓。約 束 だ か ら な ?」
ゾクッ――――
私はこの日一番の恐怖をその時感じた。
律先輩の体温の無い冷たい手が私の首を掴む。
そして私は徐々に意識を失っていった―――。
私はまた、音楽室の前で倒れているのをさわ子先生に発見され、保健室に運ばれた。
ちなみに、律先輩の攻撃によって傷を負ったのは私の「霊体」で、「肉体」ではない。
「霊体」とは簡単に言うと、霊と闘うときにダメージを受ける体。人間には「肉体」と「霊体」の二つが存在する。
だから、私の肉体は今は無傷だ。霊体の律先輩は霊体にしかダメージを与えられない。
また、霊体に傷を負っても肉体があれば霊体の傷は治る。
無論、いくら霊体と言っても、霊体が殺されてしまえば私自身も死んでしまう。その時の死因は心臓麻痺になるだろう。
2日連続だったので、さわ子先生は何か重大な病ではないかと心配し、病院に検査しに行く事を提案してくれた。
私はそれを断り今日は朝食、昼食ともにあまりとっていないという嘘をつき、もう大丈夫ですと言って保健室をあとにした。
別れ際、さわ子先生が「何か困った事があったらいつでも相談しに来ていいから。」と言ってくれたのが……うれしかった。
ギリッ……!!
親指の爪を噛む。
私は自分の甘さを痛感していた。
今、私は3年前の霊力の10%以下しかない
それで悪霊になってしまった律先輩に勝てる訳が無かった。
私はその事実を黙殺し、澪先輩を助けたいという一心で律先輩に戦いを挑んだ。
……敗北するのは明白だった。
……私は悩んだ。
そして、ある決意をする。
梓(私にかかっている霊力を封じるための術式を解いてもらおう)
……そのためには機関に復帰しなければいけないが。
3年前の悪夢が蘇る。
梓(もうあんな思いはしたくない……)
梓(でも、澪先輩がいなくなるのはもっと嫌だ……!!)
次の日も私は、朝早く学校に行って刀を隠した。
音楽室には昨日の律先輩との戦いで使っていた刀はなかった。
梓(多分、律先輩がどこかに捨てたんだ……。どうせ、もう使い物にはならなかったけど……)
だから、予備の刀を用意した。
そして、昼休みに私に術式をかけた人物を呼び出す。
梓「憂……、ちょっと話があるんだけど……」
憂「なに?梓ちゃん」
私に術式をかけたのは私のクラスメイト、
平沢憂だった。
憂も機関に所属していて悪霊と戦っている。
憂は代々霊力を持った人間が生まれる家系の人間ではない。
極稀に現れる霊力が宿った一般人なのだ。
そのためか、憂は高い霊力を持っていた。そして術式の扱いも心得ている。
だから、私が機関を抜ける時に術式をかけたのも憂だった。
私は憂を使われていない教室に連れていった。
梓「憂……、私、憂にお願いがあるんだけど」
憂「こんなところに呼び出して……何か大事な用?」
憂は笑顔で私に話しかける。
言いづらい……でも、言わないと……。
梓「私に憂がかけた術式を解いてほしい……」
最終更新:2010年08月20日 23:27