律「ぐはっっ………!!!」
ダァァァァァン!!!
律の体が宙を舞い、壁に叩きつけられる。
律「がはっ……!!」
律(なんだ、今の攻撃…!?梓が刀を振ったと思ったら、衝撃が……!!!)」
律は自分がどんな攻撃を受けたのか分からなかった。
自分と梓の距離は十分開いていた。
律(それなのに私は何故、攻撃を受けた……!?)
梓が高速で移動した…?
いや、違う。
私が梓に直接攻撃を食らったのはあの衝撃を受けた後だ。
確かそれは梓が刀を振った直後に私を襲った。
刀を高速で振り、大気を切る事によって発生する衝撃波…?
多分……、そういうものだ……。
それが、あんなに強力だとは……!!!
梓(撃てた……!!)
霊力を刀に乗せ、大気を切る。
それによって、刀に乗った霊力は放たれ、衝撃波となって敵を襲う。
これが先程、梓が律にダメージを与えた攻撃の正体である。
梓は自身のこの技を『牙』と呼んでいた。
牙は普通の悪霊なら一撃喰らわせただけで消滅する。それほど強力なものだった。
いくら律ともいえど、ダメージを受けない訳がない。
牙を喰らった律はダメージを受け、隙が出来た。
そこで梓が間合いを詰め、攻撃を叩きこんだ。
これらが先程の一連の流れである。
律「くっ……!!」ダッ
律は立ち上がり、すぐさま梓との距離を詰めた。
離れれば先程の攻撃をまた喰らってしまう。
律(そうならないためには近づいてして闘うしかない…!!)
ガキィィン!!!
二人の刀がまたぶつかりあう。
梓(効いていない……!?)
私は驚きを隠せなかった。
牙によるダメージを受け、連続攻撃を叩きこんだはずの律先輩が、すぐさま立ち上がり、私に向かってきたから。
牙を喰らわせたら、悪くてもしばらくは立ち上がれないほど大ダメージを与えられると思っていた。
梓(そんな……!!)
牙が通用しない。それは私にとってあり得ない事だった。
しかし、それは私の杞憂だった。
ガキッ!!ガキッ!ガキィン!!
律先輩と私は何回か斬りあったが、律先輩に先程の力は無かった。
やはり、牙は律先輩に大きなダメージを与えていたのだ。
梓(これなら…!!)
―――ガキィン!!
律の刀が上にはねあげられる。
律(やばっ……!!!)」
律の体がガラ空きになった。
――――タンッ
梓が素早く一歩下がる。
律(なっ……!?)
次の瞬間―――。
―――パァァン!!!
牙が律の体を直撃する。
律「がっ……!!!」
律(これは、さっきの……!!この距離でも打てるのか……!?)ガクッ
ドガッ!!ドガッ!!ドガァ!!!
すかさず梓は攻撃を叩き込む。
律の体がのけぞる。
律「ぐはっ……!!!」
律(ヤ、ヤバい……!)
―――パァァン!!!
体勢の整っていない律をまた牙が襲う。
律「げふっ……!!!」
ドガァァァァァ!!
ものすごい音を立てて、律は壁に吹っ飛ばされた。
律「ぐっ……!!げほっ……!!!」
―――ズルッ
律は体を壁に預けるようにして倒れた。
梓(もう……立たないで……!!!)
律の体は梓の攻撃でダメージを受けていたが、梓の体もすでに満身創痍だった。
牙はその強力さゆえに、打つたびに多大な負担が使用者の体にかかる。
本来ならば一回の戦闘で使えるのは一回が限度なのだ。
だが、梓はここまで三回、牙を打った。しかも、その内二回は連続での使用である。
律(くそっ……!立てない……!足に力が……!!)
律(このままじゃやられる……!!)
律(梓に…消されてしまう……!!)
そうなったら澪の事を連れていけない。
また一人になる。
……嫌だ。
あんなところでずっと一人きりなんて絶対に嫌だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。いやだいやだいやだいやだ―――。
――――ブチッ
その時、私の頭の中で何かが切れる音がした。
―――ユラッ
律先輩が立ち上がった。
顔を伏せているのでその表情は分からない。
梓(くっ……!!でも、あと少しで倒せるはず……!!牙をあともう一発喰らわせれば…!!)
私は牙を撃つ構えに入る。
多分、あと一発が限度だろう。
―――ゾワゾワッ!!
梓(な……に……!?)
その時、私の体に悪寒が走った。
梓(これは……律先輩の殺気……!?)ガタガタガタ
恐怖で膝が震える。
律「…………」
そして、律先輩がこちらにゆっくり近づいてくる。
梓「う……あ……」ガクガクガク
震えがまだ止まらない。
そのとき、ソファーの澪先輩が目に入った。
梓(………!!)
梓(しっかりしろ!!澪先輩を連れていかせはしない……!!)
ダンッダンッ!!
足を踏みならし、膝の震えをとる。
梓「あああぁぁぁぁ!!」
自分を鼓舞するため、大声を出した。
そして、牙を撃つ構えに入る。
梓(これで、終わりだ……!!)
ギシッ……ギシッ…
全身の筋肉が軋む音がする。
霊力を刀に込める。
大気を横一文字に切った。
―――パァァン!!!
霊力の刃が大気を切り裂く。
梓の牙が律に向かって放たれた。
牙は律先輩に向かって放たれた……はずだった。
―――ヒュンッ
律先輩が刀を上下に振る。
パンッッ!!
乾いた音がした。
梓(なっ……!?)
梓(牙が……消えた……!?)
梓(私の牙が……!!!)
梓(なんで……!?)
梓(牙が…斬られた…!?)
私は驚愕した。
梓(牙が斬られて消えるなんて……!)
―――ニタァ
律先輩が顔に笑みを浮かべる。
そして、律先輩が胸に手を当て何かを呟いた。
律先輩の体の傷が一瞬で無くなる。
また、回復の術式を使ったのだろう。
梓(そん…な……)
私は絶望した。
いくらダメージを与えても倒せない。
しかも、頼みの綱の牙は通用しなくなった。
もう何も打つ手はない。
私は何故、律先輩のような霊と戦ってはいけないと言われているのかようやく理解した。
こんな相手に……勝てるはずがない。
こんな相手に戦いを挑むなんて、自殺志願者以外の何者でもない。
―――ゾワァッッ!!
梓(いやっ……!!)
そしてまた、律先輩の殺気が私を襲う。
―――スタッ、スタッ
律先輩が一歩ずつ私に近づいてくる。
梓(逃げ……逃げなきゃ……!!)
私の本能が逃げろと言っている。
音楽室のドアから逃げようと振り向こうとした瞬間―――
ドシュッッ!!
梓(………!!)
私の胸に刀が突き刺さった。
梓(ッ……!!!)
――――バタンッ!!
私は床に倒れた。
刺された胸から、血が……止まらない。
梓「っ……はっ……!!」
律先輩が私を見下ろしている。
律「なぁ……、梓。お前、あの技乱発しすぎなんだよ……」
律「3回も喰らったらさすがに技の正体くらい分かる。そして、その防ぎ方も。」
律先輩が私に向かって話しかける。
梓「げほっ……!!」ゴポッ
私の口からも血が溢れでる。
律「って聞こえてないか……」
何も言う事が出来ない。
………目が霞む。
だんだん、律先輩の姿がボヤけてきた。
律「それじゃあ、今度こそ本当に終わりだな……」
そう言って律先輩は私の胸、心臓に刀を向けた。
梓(駄……目……だ……体の……感覚……がな……い)
律「……じゃあな」
――――ズンッ
私の心臓を律先輩の刀が貫いた。
梓「げほっ……!!!」ゴポッ
血が溢れて止まらない。
だんだん意識が遠ざかっていった。
梓(な……ん…でよ……ま……だ……)
全身から血の気が引く。
ああ、これが、死というものなのか――――。
律は梓の2回目の牙でその技の正体が分かった。
霊力を放った事による衝撃波ならば霊力をぶつけて相殺してやればいい。
単純な原理だが、高い霊力を持っている梓の牙は並大抵の霊力では相殺出来ない。
これは梓以上の霊力を持っている律のような者にしか出来ない事だった。
律は梓の4回目の牙の時、自分の刀を大量の霊力で覆い、牙にぶつけた。
そして2つは相殺したのだった。
律(……やっと終わった。)
梓も私の邪魔をしなかったら死ぬことは無かったのに。
律(忠告してやったのに、馬鹿だな……。)
床に横たわっている梓の死体をみる。
ピクリとも動かない。
目は見開いたまま、完全に光を失っていた。
律(……梓の死体は昨日と同じように音楽室の前に置いておこう)
律(また、さわちゃんあたりが見つけてくれるはずだ)
さてと、それじゃあ澪を連れていこう。
律「これで全部終わりだ……」
?「まだ、終わってないですよ。」
誰かの声が背後からした。
律「!?」
―――バッ
私は声のした方向を素早く振り向いた。
そこにいたのは……。
憂「まだ終わりじゃないと思いますよ」
律「憂ちゃん……?」
憂「お久しぶりです、律さん」
律「なんでここに……?」
憂「……あることを確かめに来ました」
律(確かめに……?どういうことだ?)
律(まさか、憂ちゃんも私の邪魔をしにきたのか……?)
だったら……!!
私は刀の柄を右手で握る。
律(こいつも殺す……!!)
憂ちゃんはそんな私の考えを見透かしたように、慌てて胸の前で両手を振った。
憂「わ、私は律さんと戦いに来たわけじゃありませんよ……!!」
憂「だからそんなに身構えないで下さい……!!」
律「じゃあ、何しに来たんだ……?」
私は刀の柄を握ったまま問う。
憂「少し……長くなりますけど説明してもいいですか?」
律「………いいよ」
憂「……3年前の話になります。私と梓ちゃんはある機関に所属していました」
憂「その機関は霊による災害や殺人を防ぐという目的のために存在しているんです」
憂「梓ちゃんは違いますけど、私は今もその機関の一員なんです」
律「……じゃあ私の邪魔をしにきたって事だよね」
憂「でっ、でも、私達は主に無差別殺害を行う霊だけを倒してるんです」
憂「だから律さんを倒しに来たわけじゃないんです……!!それに、私じゃ律さんには勝てないのはよくわかってますから……」
まぁ…、そうか。武器も持っていないし、見たところ霊力も梓以下だ。この言葉は信用してもいいだろう。
憂「梓ちゃんは私達の中では霊力の高さはトップクラスでした……」
憂「梓ちゃんの技……、霊力を刃に乗せて放つ『牙』は一撃でほとんどの悪霊を倒すことが出来ます」
憂「梓ちゃんはそれを使い、たくさんの悪霊を倒していったんです」
律(あの技は牙っていうのか。……大した事は無かったけど。)
律「ふ~ん、そうなんだ。私じゃなかったら一撃で倒せてたかもな」
憂「………!!」
どうやら憂ちゃんは私が牙を知っていることに驚いているようだ。
憂「律さん……、牙を知っているんですか?」
律「……ああ、四回も喰らったし。最後の一回は防ぐことが出来たけど」
憂「……!!牙を3回も…!!」
憂(普通、それだけ受けたら存在していることなんて出来ないはず……。しかも、牙を防げるなんて……!!)
律「それで?」
憂「牙を撃つと体には大きな負担がかかります……」
憂「しかも、梓ちゃんの体は牙を撃つにはあまりにも小さい……。体が反動に耐えられる訳がないんです」
憂「でも霊を倒すために梓ちゃんは牙を撃つしかなかったんです。」
憂「もし倒し損なってしまえば、関係のない人間が殺されてしまう」
憂「梓ちゃんはそれが許せなかったんでしょう……」
憂ちゃんは続ける。
憂「牙の使用は少しずつ、でも確実に梓ちゃんの体を蝕んでいきました」
憂「そして3年前のあの日、とうとう梓ちゃんの体に限界が訪れたんです……」
憂「その日、梓ちゃんは二人で、出現した霊と戦っていました。」
憂「私達は最小で二人、最大では五人以上で霊と戦うんです」
憂「梓ちゃんは私達の中でも霊力の高さは上位だったので、主に最小の二人一組で討伐を行っていました。」
憂「それでもほとんど梓ちゃんだけで敵を倒していたみたいですけど……」
憂「その時、梓ちゃんと戦っていた霊はかなり強かったんです」
憂「梓ちゃんはその悪霊に対して牙を放ちました」
憂「梓ちゃんも敵が強いのを重々承知していたのでしょう」
憂「………その時、梓ちゃんの体に今までの反動が返ってきました」
憂「牙は不発に終わり、梓ちゃんの脚と腕の筋肉が断裂したんです……」
憂「梓ちゃんは悪霊の攻撃によって致命傷を負い、気を失いました」
憂「そして一緒に組んでいた人間が殺されてしまったんです」
憂「唯一、幸運だったのが死んだ私達の仲間が悪霊と相討ちになった……、ということでした」
憂「だからその悪霊による被害はそれ以上広がらなかった……」
憂「私達が駆けつけた時には梓ちゃんは気を失って倒れていて、もう一人の仲間はすでにこと切れていました……」
憂「梓ちゃんはすぐさま病院に運ばれました。そして三ヶ月以上、昏睡状態になったまま目を覚まさなかったんです」
最終更新:2010年08月20日 23:29