憂「目を覚ました梓ちゃんは仲間が死んだことを知りひどくショックを受けてしまった」
憂「牙の多用によって体がボロボロになり、精神にも傷を負ってしまった梓ちゃんが、これ以上機関に所属して悪霊を倒していくのは無理だと判断されました」
憂「そして、梓ちゃんは霊力を封じられ、機関をやめることになった……」
憂「これが、私が聞いた3年前の事件の全てです」
律(そうか……昨日と今日で梓の強さが違ったのは封じられていた霊力を解放したからだったのか)
律「………それで?」
憂「実は、ここまでの話でおかしな点がいくつかあるんです」
律「?」
憂「実は梓ちゃんと一緒にいた仲間はそんなに霊力が高いわけでも、戦闘に長けていたわけでも無かったんです」
憂「そんな人間が、梓ちゃんに致命傷を与えられるほどの霊を、相討ちといえど倒せるはずがない」
憂「それと、機関には霊力の発生を探知できる装置があって、私達はそれによって霊の出現を知ることが出来るんです」
憂「3年前のその日、梓ちゃんが向かった先には3つの霊力の反応がありました」
憂「梓ちゃん、梓ちゃんと一緒にいた私達の仲間、悪霊の3つです」
憂「その装置によると最初に梓ちゃんの霊力の反応が無くなり、次に梓ちゃんと一緒にいた私達の仲間の霊力の反応が無くなったそうです」
憂「その後、何故か梓ちゃんの霊力の反応が再び現れ、そして梓ちゃんと戦っていた悪霊の霊力の反応が無くなり、梓ちゃんの霊力の反応だけがその場に残ったんです」
憂「おかしいと思いませんか?梓ちゃんが致命傷を負って倒れ、その後私達の仲間と悪霊が相討ちになったのなら梓ちゃんの霊力の反応は消えず、私達の仲間と悪霊の霊力の反応が同時に消えなければならないはずなんです」
律「…………」
憂「機関はこれらの矛盾を装置の誤作動ということで処理しました」
憂「でも、その装置が誤作動を起こしたのは後にも先にもその一回だけなんです」
憂「これらのことから、私は一つの仮説を立てました」
憂「最初に梓ちゃんが悪霊に殺された」
憂「そして、次に私達の仲間が悪霊に殺され、その後、梓ちゃんが甦って悪霊を殺した」
憂「これだったら今までの矛盾にも全て説明がつきます」
律「…………!?」
憂「悪霊に殺された人間が甦って自分を殺した悪霊を殺し返した」
憂「こんな馬鹿げた事は本来ありえるはずがない」
憂「でも、私はこの仮説が正しいと思っています」
律「…………」チラッ
律は梓が倒れているべき場所に目を移した。
――――いない。
梓がいない。
律「なん……だと……!?」
律は慌てて音楽室を見渡す。
―――いた。
憂「つまり………」
梓は音楽室の奥に立っていた。
憂「梓ちゃんは一回殺したくらいじゃ死なないんですよ」
その顔に、不敵な笑みを浮かべて。
―――――。
梓(ここは……どこ?)
私はどこもかしこも真っ白な空間にいた。
梓(ここ、前にも来たことあるような……)
…………駄目だ。どうしても思いだせない。
梓(私はどうなったんだっけ……?)
梓(そうだ……確か律先輩に胸を刺されて……)
梓(ということは、ここはあの世ってことか……)
梓(私、負けちゃったんだなぁ……)
澪先輩のことを助けられなかった。
また、私のせいで人が死んでしまった。
………自分のふがいなさが嫌になる。
ここで待っていればもうすぐ律先輩と澪先輩が来てくれるはずだ。
梓(それで……いいや……)
梓(律先輩と澪先輩がいれば寂しくない……)
梓(少しすれば、唯先輩とムギ先輩も来てくれるしね)
梓「……………」
梓「……………」ポロポロ
目から涙が溢れた。
梓「うっ……うぇ……うぅ……」
梓「ごめんなさい……ごめんなさい……澪先輩……」
私は、その場で泣き続けた。
?『また、泣いているんですか』
梓「………?」
その時、後ろから声がした。
―――クルッ
私は振り返く。
梓「な……!!」
そこには、私と全く同じ姿形をした人間がいた。
梓『また、殺されちゃいましたねー』
梓『全く……あなたは私なんですから、あの程度の霊になんか負けないで欲しいものです』
どうやら、私の目の前にいる私にそっくりな人間は、私が律先輩に殺されてしまったことを怒っているらしい。
梓「だって……だってしょうがないでしょ……!!」
梓「律先輩は強かったし、私の牙も通用しなかった……」
梓「勝てるわけがなかったんだ……」
梓『……あなたの牙には無駄が多すぎるんですよ』
梓『あの撃ち方だと体に余計な負担がかかるし、本来の威力の半分も出せていない』
梓『まぁでも、それを抜きにしても
田井中律にはちょっと勝てなかったかもしれませんが』
梓「……あなたは誰なの?」
梓『……今は説明している時間は無いです。それはまたの機会に』
梓『それより、
秋山澪を助けたいんでしょう?田井中律を倒したいんでしょう?どうなんですか?』
私の目の前のそいつは、私に向かって問いかける。
梓「…………」
私は答える。
梓「助けたい……!!澪先輩を助けたい!!律先輩を倒したい!!」
梓『……そうですか』ニコリ
そいつは微笑みながら言った。
梓『だったら、また、あなたの体を貸りますね』
梓『私が、倒してきてあげますよ』
―――――。
梓「…………」ニタァ
殺したはずの梓が立っている。
律(甦った、だと……!?)
律(だったら……)グッ
刀の柄を強く握る。
律(何度でも殺してやる……!!)
刀を鞘から抜き、梓に斬りかかった。
律「おらぁぁっ!!」
梓「おっと」ヒョイッ
―――ブンッ!!
律の刀が空を斬る。
律「ふんっ!!」ブンッ
間髪入れずに攻撃を続ける。
キンキンキンキン!!
しかし、律の攻撃は全て梓に防がれてしまった。
律(なっ……!?)
梓「今度はこちらの番ですねっ!!」
攻守が変わる。
ガキィッ!!ガキィッ!!
律(くっ……!!攻撃が重くなってる……!!)
律(だけど、この程度なら……!!)
律「痺ッ!!」
梓「!!」ビクッ
梓の動きが一瞬止まった。
律「うらぁっ!!」
ドゴッ!!!
梓「げふっ……!!」
律の蹴りが梓の腹部に入った。
梓の体勢が崩れる。
律(………死ねっ!!)
ズバァァァァン!!
律の斬撃が梓を襲った。
梓「がっ……!!」
律「吹き飛べっ!!」
ドゴッッッッ!!
律が梓を蹴り飛ばす。
ダァァァァァン!!!
蹴り飛ばされた梓が宙を舞い、壁に叩きつけられた。
律(……なんだ、弱いじゃないか)
律(これなら……次の一撃で殺せる……!!)
梓が立ち上がった。
梓「ふぅ……さすが、といったところですね」パンパン
制服の汚れを払いながら梓が言った。
律「な……!?」
律(今ので……ダメージを受けていない……!?)
梓「でももう……終わりです」
次の瞬間――――。
バァァァァン!!!
かつてないほどの衝撃が律を襲った。
律「ぐはぁっ……!!!」
律(これは……牙……!?でも…威力が全然……違……!!)
律(しかも、モーション無しで……!!)
膝から下の力が抜ける。
律(やばいっ……!!)ドンッ!!
刀を杖のようにして倒れるのを防いだ。
律(踏ん張れっ……!!)
―――ダンッッ!!
梓が私に向かって瞬時に移動してくる。
律(くっ……!!)
梓が下から斬り上げてきた。
律(防がなきゃ……!!)
力を振り絞って梓の攻撃をガードする。
ガキィィィィィ!!!
律の刀が手から抜け、宙に舞った。
律「しまっ……!!」
そして―――。
―――ドシュッッ!!!
律の体を、梓の刀が貫いた。
律「あっ……あぁっ……」
自分の腹に刀が突き刺さっている。
―――ズブッ
―――バタンッ
梓が刀を引き抜いた瞬間、よろめきながら律はその場に倒れた。
律「う……あ……あぁ……」
律「い…た……い……い…た……い……よぉ……」
あまりの痛みに立ち上がることが出来ない。
自分の刀も無くなってしまった。
梓に、消される……!!
その時、澪のことが頭の中をよぎった。
律「み……お……澪っ……!!」ズリッズリッ
澪の元に這って近づく。
梓「その様子じゃ、術式も使えませんね。あれはある程度の集中力が必要ですから」
梓が何か言っている。だけど私には澪しか見えなかった。
律「い……や…だ……み……お……」
澪と……離れ離れになりたくない……。もう……一人は嫌だ……よ……。
―――ザシュッッ!!!
律「いぎっ……!!」
自分の右ふくらはぎに激痛が走った。
見ると梓が刀を突き刺している。
梓「往生際が悪いですね……」
それでも、澪の元に行こうとする。
律「うっ……いや……だっ……」ズルッズルッ
梓「やれやれ……」
梓に制服の襟を掴まれ、強い力で仰向けにされた。
律「あ……う……」
―――スッ
梓が私の首に剣先を向けた。
梓「もう……消えろよ」
律「…………!!」
必死に声を絞り出す。
律「や…め……て……ま…だ……消え…たくない……」
律「ひ……と…りは……い……や…澪と……一緒……に……」
――――黙れ。
律「………?」
梓「黙れ、悪霊」
律「………!!」
梓の、はっきりと私を拒絶する言葉。
―――ズンッ
そして、私の首を梓の刀が貫いた。
憂(………!!)
私はただただ、驚いていた。
私達にしか使えないはずの術式を使った律さん。
さっき使った相手の動きを止める『痺』は上級の術式に区分されていて、私の所属している機関の支部のメンバーに使える人間はいない。
日本全国を探しても使える人間は数えるくらいしかいないだろう。
そして、そんな律さんをあっという間に倒した梓ちゃん。
いや……あれは本当に梓ちゃんなのか……?
律さんが消え、梓ちゃんが私の存在に気付いた。
そして私に話しかける。
梓「確か、平沢さんですよね?」
違う。この人は梓ちゃんじゃない。
憂「あなたは……誰……?」
梓「誰って……、
中野梓ですよ。知っているでしょう?」
憂「嘘……!!あなたは梓ちゃんじゃない……!!」
梓「あぁ……うーん、えっーと……」
梓「簡単に言うとあなたが知っている中野梓は表の私。」
梓「それで今の私は裏の私。この説明で大丈夫ですか?」
憂「………!?」
表の梓ちゃんに裏の梓ちゃん……?
一つの体に二つの人格……?
そんなことがあり得るのか?
梓「そんなことより……」
―――スッ
梓ちゃんが刀を私の心臓につきつけた。
梓「私の存在を知ってしまった奴は全員殺すことにしてるんですが」
―――ゾクゥッ!!
憂(な………!!)
その瞬間、私は死を覚悟した。
最終更新:2010年08月20日 23:30