それが恋だとは、しばらく気づかなかった

 たしかに憂は好きだけれど、その感情は母に対するそれだと思っていた

 だって憂はかわいい妹であり、かわいい母のようなものだから

 だけど違った

 小さな肩を揺らして料理をする

 部屋を隅々まで掃除してくれる

 毎朝、私を起こしてくれる

 一緒に歩いてて、私が手を握ると優しく握り返してくれる

 そんな妹が愛おしくて、魅力的で

 気付けば私は妹のすべてが欲しくなるほど愛するようになっていた

 朝、私は珍しく妹に起こされる前に目が覚めた

 時刻は七時二十七分

 あと三分もすれば憂がが起こしてくれるだろう

 それを目的に寝たフリをするなんてバカらしいけれど、楽しみなんだ

 ほら、可愛らしい足音がする

 たまには声で起こすだけじゃなくて、頬にキスでもしてくれないだろうか

 まるで、ラブラブな新婚みたいに

「お姉ちゃん、起きて」

「うぅん……」

 アホか、私は

「憂ぃ、起こしてぇ」

「はいはい」

 そう言って憂は私の腕を引っ張ってくれた

 私の腕が、心地よい音を鳴らす

 ふと悪戯心が働き、憂の腕を強く引っ張り返す

「きゃっ」

 憂はそのままベッドの上に倒れ、私の横で寝るような形になる

「あ……」

 憂の顔が近い

 吐息も聞こえるほど、近い

 自分でやっておいて、何恥ずかしがってるんだろう

「もう、お姉ちゃんったらぁ」

 そう言って憂はけらけらと笑うだけだった

 安心した

 でも、すこし心が軋むような気もした

「ほら、起きよう?」

「うん」

 リビングへ行くと、いつもように朝食が並べてある

 美味しそうなハムエッグ、食パン、コーヒー

 私はハムエッグを食パンの上にのせて食べるのを知っている憂は、すこし小さめに作ってくれている

 そんな些細なことでも、私のことを知ってくれてる

 私のために作ってくれてる

 そう思うと、なんだか嬉しい

 たぶん今の私、すごくにやけてるだろうな


 朝食を食べ終え、身支度を終え、
、家を出る

 学校に向かう私の隣にはいつものように憂がいる

 手を繋いで同じ歩幅で歩く

 私が憂を見ると、憂はそれに気づき私に微笑んでくれた

 このまま学校に着かなければいいのに、なんて

 学校まであと五分

 そんな時、後ろから声が聞こえた

「おーい」

「あ、梓ちゃん」

「おはよう、憂。唯先輩もおはようございます」

「おはよう、あずにゃん」

 中野梓、憂の良き友達で、私の後輩

 その小柄な身体に長いツインテールが良く似合っていて

 本当に可愛い女の子

 学校まであと五分

 憂はあずにゃんと並んで歩き、楽しく喋っている

 私はそれを見るような形で歩く

 繋いでいた手は、離れていた

 別に、あずにゃんが嫌いなわけじゃない

 だけど私は確かに怒っていた

 その怒りの矛先は

 愛する妹の、憂だった


 なんで手を離すの

 なんで楽しくお喋りするの


 そんなことを思ってしまう自分自身が気持ち悪くて、汚くて、悲しくなる

 苦しい

 恋をするって、苦しいなぁ

 学校に着くと、憂とあずにゃんとお別れをする

 二人に「ばいばい」と手を振ったけれど、その時私の顔は笑ってたかは覚えていない

 もし笑ってなかったら、憂に心配されたかな

 それともあずにゃんと喋るのが楽しいから私のことなんてどうでもいいかな

 ああ駄目だ

 私また、イライラしてる

 これじゃ眉間にシワできちゃうね

 自分の教室に着くと、私はすぐ机の上で伏せるように寝る

 するとりっちゃんが私に声をかけてきた

「唯ー、どした?寝不足かぁ?」

「んーん」

「んー?」

「ごめん。ほっておいて」

 私が冷たくそう言うと、りっちゃんは「ふーん」と言ってどこかに言ってしまった

 人の気持ちを考慮して、変に突っ込んでこないところはりっちゃんの良いところだ

 そんなりっちゃん、他の友達に、こんな嫉妬にまみれた不細工な顔を見せたくない

 結局私は先生に指摘されるまで、不細工な顔を隠し続けた


 気づくと帰りのホームルームが始まっていた

 授業の内容は覚えていない

 あはは、それはいつものことか

 でも一つ違うのは、お昼に食べたお弁当の中身も覚えてないこと

 大好きなのになぁ、憂の作ったお弁当

 今日は部活出る気がしないや

 もう、帰っちゃうおうかな

 そんなことを考えているとムギちゃんが私のところに小走りしてきた


「ゆーいちゃん」

「……なーに」

「悲しそうな顔してるけど、どうかしたの?」

「そんな顔してるかな」

「してるよ、ほら」

 ムギちゃんはそう言うと、カバンから可愛らしい手鏡を取り出し私に向ける

 そこには虚ろで、曇った目をしていて、口をへの字にした私の顔がうつっていた

「……いやぁ」

「嫌だった?ごめんね。でも、すごく悲しそうだったから」

 ムギちゃんはまるで自分のように、悲しそうな声で心配してくれた

 すごいな、ムギちゃんは

 なんでも自分より先に、他人のこと考えてくれる

 自己中な私とは正反対だよ


「……ねぇムギちゃん」

「なぁに?」

「人を好きになるって、つらいことなのかな」

「……好きな人ができたの?」

 ムギちゃんは、眉毛をピクリと動かす

「うん……」

「……唯ちゃんは、今つらいの?」

「つらい。つらいよ」

「その人が他の人と話すだけで、イライラしちゃう」


「その人が隣にいないと、不安になっちゃう」

「時々、恋なんてしなきゃよかったって思う」

 とても低い声で、ムギちゃんに訴える

 ムギちゃんはただ「うん、うん」とうなずいてくれた

 教室には、すでに私とムギちゃんしかいない

 校庭からは、部活の音が聞こえる

 私が不安と苦しみをすべて吐き出すと、しばらく二人の間に沈黙が訪れる

 少しすると、ムギちゃんが小さく口を開けた

「私は恋なんてしなことないから、うまく言えないけど」

「その気持ち、全部そのままその人に伝えちゃえば?」

「え?」

「好きって気持ちを出さないと身体の中に『好き』が溜まってそのうち唯ちゃん、爆発しちゃうかもよ?」

「なーんて。うふふ」

「……あはは」

 ムギちゃんの言うとおりだ

 私はもう、爆発寸前なのかもしれない

「決めた、今日、全部出してくるね」

「うん。りっちゃん達には言っておくから」

「失敗したら、慰めてね」

「私で良ければ、好きなだけ」

「じゃあね!ムギちゃん!ありがとう!」

「うん、頑張ってね」

 私は笑顔でムギちゃんに手を振り、教室を出る

 久々に清々しい気持ちでの下校

 日暮の鳴き声が、よく聞こえる


 家に着くと、二階からいい匂いがする

 この匂いは肉じゃがかな

 憂の作る肉じゃがは、じゃがいもが大きくて、甘くて好きだ

「ただいまぁ」

「お姉ちゃん?今日は早いね」

 憂がエプロン姿のまま階段の上から出迎えてくれた

 手から水がたれている

 手を拭くことより私を優先してくれた

 その事実がたまらなく嬉しい

「うん、部活休んじゃった」

「どこが具合悪いの?」

 うん、恋の病

 なんて言ったら笑われちゃうだろうか

 その前に恥ずかしくてそんなこと言えないけれど

「ちょっと、頭痛くてね」

「大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」

「そう……?」

 憂の困った顔、かわいいな

 その顔を私以外に見せないで

 私のことだけを心配して

 私のことだけを見て


 どうしよう、私また自己中になってる


 ギッギッギと階軋む音を立てながら階段を昇る

 一段、一段と昇るたびに鼓動が大きくなるのを感じる

 もう溜めないよ

 気持ち悪いと思われたっていい

 愚かだと思われたっていい

 全部出そう

 私の気持ちを

 全部

「じゃあ、ご飯すぐ作っちゃうから」

「待って」

「え?」

「そこにいて」

 憂が目をパチクリとさせる

 たぶん今の私の顔、こわいよね

 でも、笑顔になる余裕がないんだ

 少しでも触られたら、爆発しちゃうかもしれない

 ギー太を背負ったまま、制服を来たまま

 使い込まれたエプロンを付けた憂を強く抱きしめた

 制服、汚れちゃうかも

 洗うのは憂なのに、ごめんね


「好きだよ、憂」

「どしたの……いきなり。私もだよ」

「好きだよ、憂が好きなの」

「お姉ちゃん、恥ずかしいよ……」

「私ね、手を繋いでる時だってずっと胸がドキドキしてた」

「それに憂が、あずにゃんとお喋りしてるだけ嫉妬しちゃうんだ」

「ずるいよ、こんなの。私だけが憂を求めて、苦しむなんて」

「憂にも、私を求めてほしいよ……」

「え……あ……」

 憂は頬を赤らめ、口を半開きにし、目を上下左右に忙しく動かしている

 その顔が、たまらなく官能的で、私を欲情させてしまう

 私は欲望のまま憂の唇を、自分の唇で塞ぐ

 キッチンからは焦げた匂いがする

 やっぱり私は、駄目な姉だ


 終わり



2  ※作者別続き
最終更新:2011年01月25日 19:07