世の中には信じたくない光景というものが、
見てしまったらどうしていいのかわからず固まってしまう光景があると思う。

例えば、一般的には恋人が別の人間と歩いていたとか。

例えば、事故の現場を目撃してしまったとか。


例えば、

部室で後輩が複数のパンツを顔に当てながら友人の名前を連呼している光景とか。

梓「ああ・・・唯先輩・・・相変わらず甘い香りがします・・・///」

そう言って後輩はピンクの下着を顔に当てながら呼吸を荒くしていた。

梓「ムギ先輩・・・相変わらず気品漂う高貴な香りです・・・///」

そう言って後輩は白の下着を顔に寄せうっとりしている。

梓「澪先輩・・・私を包んでくれるような穏やかな香り・・・///」

そう言ってやたら見覚えのあるパンツに顔を押し付け鼻をくんくんさせる後輩。

      • こういう場合、私はどうしたらいいんでしょうか。
少なくともりっちゃんの人生にはこういった経験は今までありませんでした。

梓「あぁん・・・先輩方に包まれて私今幸せです・・・///」

何て考えてる間にもこの子は絶好調です。
おそらく恍惚の表情で体を震わせているのではないでしょうか、
複数のパンツに阻まれて顔が見えませんが。

正直あんまり関わり合いになりたくないし、放置してもいいかなあ、これ。

でもこのまま放置して澪達と鉢合わせさせるのもどうかとは思うんだよな・・・。
いや、自業自得ではあるんだけどさ。

梓「はぁ・・・はぁ・・・先輩方の香りの中でこのまま蕩けてしまいたいです・・・」

溶けてしまえ。
危ない薬でもやってるのかお前は。

      • しかし、だ。
この状況、考えればいくつか疑問が湧いてきたりもするな。

①そもそも、それは本当に今名前を挙げた者達のものなのか?
まぁそうだろうけど、そうだったら嫌だけど、そんな気はする。

②だとしたらいつもそれを持ち歩いているのか?
それも問題ありすぎだろ。

③何故私のだけは無いのか?
いや、無くていいんだけどね?

④でも、それって私は梓に嫌われてるってことになるのか?
それはそれでちょっと傷つくなあ・・・。

ああ・・・何かどれも確認したくないなあ・・・。


でも湧いてしまったこの疑問を放置するのも、
この通報されそうな後輩を放置するのもやっぱり私の性には合わないな。

よし!

ここは部長として、部員と向き合う道をとろう!頑張れ私!

律「あの・・・梓さん?」

梓「にゃっ!?」

梓「り、律先輩ですか・・・。驚かせないで下さいよもう・・・」

この状況でもパンツを手放さず隠そうともしないとは・・・、
本当に大した奴だ・・・。


律「あの・・・何やってんの?」

梓「え?見てわかりませんか?」

梓「先輩方の香りに包まれていました」キリッ

あらやだ、この子真顔で何を言ってるのかしら?

律「えーっと・・・それは皆のパンツ・・・か?」

梓「え?はい、そうですよ?」

梓「これがブラジャーとかナプキンに見えますか?」

他の例えに至るまでどうしようも無く最悪です、ふぁっきん。
そして早速の疑問①解決。
間違いなく皆のパンツらしいです。
そしてためらいもなくそれを言い放つとは・・・、
梓ェ・・・。

律「ちょっと他にも質問してもいいか?」

梓「はい、何ですか?」

律「何で持ってるの?」

梓「合宿の時や誰かしらの家に泊まった時に入手しました」

私は方法を聴いた訳じゃないんだ、理由を聞いたんだ。
というかきっぱり言ってるがそれ大問題じゃないのか。

梓「ちなみに憂と純のは二人を自分の家に泊めた時にしっかり入手しましたよ」エッヘン

この子は無い胸を張って誇らしげに何を言っているんだろうか?

律「ていうかあの二人のも持ってるのかよ!?」

梓「はい。ちなみに憂のは優しい香りがして、純のは瑞々しい香りがしましたよ?」

そんなこと聞いてねえよ、下着泥棒。

梓「あ、和先輩のもすごく良い香りでした。ちょっとこう大人な香りというか・・・」

律「え!?和のも持ってんの!?」

梓「え?はい、持ってます」

何で持ってるんだ・・・。
同級生二人は気の毒なことに梓とクラスメイトだからわかる気はするけど、
和と梓って何かしらの接点があったのか・・・?
というかどう考えてもより悪質な犯罪の香りしかしない気が・・・。

それにしても・・・あんまりこの流れで香りって言いたくないな。

律「梓、質問」

梓「はい?またですか・・・?何ですか一体」

律「和のはどうやって手に入れたんだよ」

梓「頼んだらくれましたけど?」

律「えええええぇぇぇぇぇ!!?」

い、意外だ・・・!あの真面目な和がくれって言われて渡すなんて・・・。


――――――――――――――――――――――――――――――

とある朝、通学路にて。


梓「あ、こんにちは和先輩」

和「あら?おはよう梓ちゃん。珍しいわね、こんなところで会うなんて」

梓「そうですね。・・・というのも、実は和先輩にお願いがありまして・・・」

和「あら、何かしら?」

梓「パンツ下さい」土下座

和「はい!?ちょっと梓ちゃん!?何を言ってるの!?」

梓「お願いします!和先輩のパンツ下さい!パンツ下さい!パンツ下さい!」

和「ちょ、ちょっと梓ちゃん!?他の人も通りだしてきたし顔を上げて!!」

梓「それはできません!和先輩がパンツくれるって言うまで私はテコでも動きません!」

梓「パンツ下さい!パンツ下さい!パンツ下s

和「わ、わかったから!お願いだから顔を上げて!あと静かにして!」

梓「え!?本当ですか!?やっぱり和先輩は優しいですね!」ガバッ

――――――――――――――――――――――――――――――


梓「・・・とまぁ、こんな感じで」

律「それ完全に脅迫じゃねえか!!」

梓「嫌だなあ律先輩、人聞きの悪いことを言わないで下さいよ」

その状況に陥っても折れない人間なんて居ないだろう。
お前は悪魔か。

律「というか通学路でそんなことをするなんて、お前には羞恥心とか世間体ってものは無いのか?」

梓「それらと引き換えに和先輩のパンツが手に入るなら、私にはそんなもの必要ありません」キッパリ

お前のそのパンツにかける執念は何なんだ。
お前はキン肉マンのマスクを狙うネプチューンマンか。

梓「だってあの和先輩のパンツですよ?」

知らねえよ。


梓「生徒会長を勤める才色兼備のクールな美人!これはどうしたって私のコレクションに加えたくなるじゃないですか!」

そんなこと熱弁するな。

律「お前は発情期の猫か。何でそんなに盛ってるんだよ」

梓「な!?失礼なことを言わないで下さいよ!」

梓「私は特定の時期にこうなんじゃなく、年中こうなんです!」

梓「私のパンツにかける情熱を!そんな一時期の気の迷いのように言わないで下さい!!」

うん、そうだな。
生きとし生ける全ての猫に失礼だった。
全世界の猫さん、こんなのと一緒にして心からごめんなさい。

何かもう色々話すだけ無駄な気がしてきた。
さっさと疑問点解決して帰ろう、うん。

さて、そうと決めたらさっさと話題を切り替えよう。
まぁ似たような話題しか無いけど。

律「あーまぁそんなことはどうでもいいや。じゃそれとは別に更に聞くけど」

梓「そんなことってどういうことですか!?」

スルーしよう。ややこしくなるだけだ。

律「それ、学校に持ってきて問題無いのか?」

梓「え?」

律「それ、お前の両手のそれ」

梓「ああ、そこは大丈夫です。ちゃんと鮮度を保って香りを損なわないように使わない時は常に真空パックで保存してますから」

私が言った問題はそういうことじゃねえ。
かつてここまで言葉のキャッチボールが成立しなかったことは私の人生には無かったな。
ああ、話せば話す程疲れる・・・。

しかし、疑問②は解決してしまったな。
この子、間違いなく常に持ち歩いちゃってるよ・・・。

ということで、もう既に私の後輩を見る目が変わりきってしまった訳ですが。
ある意味一番触れたくない話題に触れるとしますか・・・。

律「あー・・・それでさ」

梓「はい」

律「梓って私のこと嫌ってる?」

梓「え!?」

律「いや、私のは無いからそうなのかなーって・・・まぁ私女の子らしくないし当然かもしれないけど」

梓「そ、そんなことありません!!」

そう言うと(両手にパンツを握り締めた)梓が私に抱きついてきた。

律「あ、梓・・・?」

梓「律先輩のこと嫌うなんて・・・そんな訳ないじゃないですか・・・。」

梓は私に抱きついたままそう言った。

しかし、梓って小さくて可愛らしくてすごく女の子って感じがする。
唯が梓にいつも抱きつく気持ちもわかっちゃったかもしれない。上の()内が無ければだけど。

梓「私、律先輩のこと大好きですからそんな寂しいこと言わないで下さいよ・・・」

律「梓・・・」

梓が悲しそうに見えたので、いつも唯がやってるように私も頭を撫でてやろうかと両腕を動かそうとして気付く。
ああ梓、腕の上から抱きついちゃったのか。両腕が動かせない。

というか、

抱きつかれた箇所より下の、両手すら動かせない・・・?

あれ?私の両手、何かで縛られてる?

梓「だから・・・律先輩・・・」

恐ろしく嫌な予感が・・・。

梓「律先輩のパンツ下さい///」

謀ったな、梓ァァァァァァ!


そう思った瞬間、私は床に倒された。
手を縛られているので当然起き上がることもできない。

律「ちょ!梓!マジで冗談は辞めろって!」

梓「冗談じゃないですよ。私はいつだって本気です!」

疑問④解決、私は梓に嫌われてた訳じゃない。
ああ、ほっとし・・・てられる展開じゃねえええええ!


梓「ああ、律先輩の真の意味での脱ぎたてのパンツが手に入るなんて・・・///」

そう言って梓は私の足のあたりにしゃがみ込む。
これはマジで洒落にならねえええええ!

律「待て梓!本当に落ち着けって!これは洒落にならないって!」

梓「いつも邪魔されて入手できなかったのにこんなタイミングで手に入れられるなんて」

梓「あ、律先輩のパンツ・・・可愛い///」

聞いちゃいねえええええ!
まずい、これは本当に私の貞操の危機だ・・・!

梓「それでは有難く頂戴致しますね」ニコッ

そう言って梓が私に向かって手を伸ばした



その時。


?「待て梓あああああ!」

何者かが音楽準備室のドアを開け放ち現れた。

梓「ちぃっ!やはり、邪魔しに現れたんですね・・・」

梓「―――澪先輩!!」

そこには私の幼馴染で親友である、澪が立っていた。

律「澪ー!」

良かった!澪が来てくれて助かった!
これで私の貞操の危機は去った・・・!



澪「律のパンツは・・・私のものだあああああ!」

前言撤回。
ライオンが2頭に増えただけで、むしろ危機は増大しているようだ。


梓「もういいじゃないですか!澪先輩は律先輩のパンツ、一杯持ってるじゃないですか!」

梓「自分の下着より回収した律先輩の下着の方が多いって、どういうことですか!?」

何か今とんでもない発言が聞こえたような気がする。そういえばこれで疑問③解決だな、嬉しくないけど。
ああ、それにしても今日は曇ってどんよりしてるなあ。まるで私の心みたいだ。

澪「数の問題じゃない!私は律のパンツを他の人には渡したくないんだ!」

澪「律のパンツの匂いを嗅いだり!頬ずりしたり、嘗めたりしていいのは、私だけだ!」

お前もそれをやったら駄目だよね。
だってそれ澪のじゃないし、私のだし。

というかまずその前に、人として。

澪「それにお前は、律のパンツだから欲しいって訳じゃない。可愛い女の子のパンツだったら全部欲しいだけだ」

梓「それがいけないことですか?美少女のパンツは匂いを嗅いで頬擦りして愉しむ為にあるものでしょう?」

だから、パンツはそういうことをするためのものじゃないっつーの。

澪「ああ、許せないな。許せる筈が無い」

澪「だから私は、『りっちゃんを応援し隊』隊員番号00000、名誉隊長の秋山澪としてお前を裁く」

梓「人が人を裁くなんてエゴですよ、違いますか?澪先輩」

澪「この私、秋山澪が粛清しようと言うんだ。梓」

何か聴いちゃいけないような妙な組織の名前が聞こえてしまったような気がする。
しかも名誉隊長とか何とか更に訳のわからないこと言ってた気がするな、ははは。

梓「ふふふ、ですが澪先輩?今この状況を把握してから言って下さい」

梓「澪先輩はたった今来たばかりで入口の扉の前に立っていて、律先輩との距離は遠い」

梓「対して私は、手を伸ばせばすぐにでも律先輩のパンツに手が届くという状況ですよ?」

澪「くっ・・・」

いや、でもそれだとお前逃げられないよね?

梓「聡明な、澪先輩ならわかるでしょう?」

梓「いくら入口を背にして私の退路を断っていても」

梓「『私が律先輩のパンツを入手する』」

梓「この時点で、貴女の敗北が決定します。逃げる逃げられないの問題ではありませんよね」

お前本当に大丈夫か?意味がわからないんだけど。

澪「確かに、梓の言う通りだ」

認めるのかよ。

梓「それに、はっきり言ってしまえば扉を塞がれているなんて今の私には何の障害にもなりませんよ」

梓「唯先輩、ムギ先輩、澪先輩の香りに包まれた状態の私なら、この窓から飛び降りたところでどうということもありませんしね」

どうということありすぎるだろ。
やっぱりお前危ない薬でもやってるのか。

澪「だけどな、今の距離は私から注意を逸らせば私が一瞬で詰められる距離ではあるぞ?」

おい、本当かよ。結構離れてるぞ。
お前ら上位の深道ランカーか何かかよ。

梓「ええ、そうですね。では根競べといきましょうか」

梓「今の私に、勝てる自身があると言うならばですけどね」

そう梓が言い放った瞬間、音楽準備室は静寂に包まれた。



空気が凍っている、とでも表現するべきだろうか。
先程までとは違い、場が凄まじい緊張感に包まれている。

呼吸することすら躊躇われる様な、そんな錯覚に包まれる。

      • おかしくないか。
私のパンツがどうとか言ってただけなのに何でこんな緊張感溢れる展開になってるんだよ。
正直この場に居るだけで精神的に削られるぞ。

ふと澪を見ると、澪の顔に一筋の汗が伝っていた。

それも当然かもしれない。
実際に向き合っていない私ですらこれ程焦燥しているんだ。
実際に対峙している澪への負担はその比では無いだろう。

それに比べて梓は、余裕の笑みを未だ崩さない。
これもパンツの力か?本当かおい?色んな意味で大丈夫か?
ていうかこの展開の全てが、おかしいところだらけすぎるだろ。

また澪の方に顔を向けると、澪は辛そうな表情をしていた。
そんな辛そうな表情の澪を見て、私の口から思わず言葉が漏れた。

律「―――澪」

澪「安心しろよ、律。お前も、お前のパンツも絶対他の誰にも渡さないからな」

澪はこちらに視線を向けずにそう言った。

途中の一言で全てが台無しになってしまってるな。
こんなに酷い決め台詞は初めて聞いた。

      • なのに、赤くなるなよ。照れるんじゃねーよ、私。

梓「ふふふ、甘々なことですね。思わず砂吐きそうになっちゃいますよ」ザー

いや、もう吐いてんじゃん。

梓「おっと、漏れてしまっていたようですね。しかし、澪先輩ももう随分と辛そうじゃないですか」ザー

梓「そう決着も遠くないようですね」ザー

澪「・・・・・・」

澪(!)

澪(―――来た、か)

それはきっと、私でなければ気付けないような微妙な変化だった。

―どうした?澪が、何かに気付いた?

澪「ふふ、そうだな。確かに決着はあまり遠くないようだな」

梓「へえ、敗北を認めるんですか?」ザー

澪「おっと、勘違いするなよ」



そう思ったその時、


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最終更新:2010年08月23日 02:20