梓「律先輩がジュリエット……ぷっ」
律「中野ぉ!!」
こんな事、澪先輩やムギ先輩には言えないだろう。
こんな風にからかえる先輩は彼女だけ。
なんとなく親しみやすさを感じる。
なんでだろう…
律「こんにゃろう!お仕置きだー!」グリグリ
梓「いやー!やめてー!」
お互い軽口を言える関係。
こうなるとは正直思いもしなかった。
家では一人っ子の私。
休みの日になるとやることがない。
姉妹でもいれば遊び相手になるけど…
こういう時、お姉ちゃんがいる憂をうらやましいと感じる。
梓「……」
暇だ。
せっかくの休みなのに予定がない。
憂は唯先輩の相手、純は…よく分からない。
とにかく私はやることが何もなかった。
梓「……」
ギターの練習をしよう、時間は無駄にできない。
私はケースからギターを取り出しさっそく練習を始める。
ジャーン…
梓「あれ…音が変」
弦が古くなっていた。
そろそろ代えなければ。
しかし張替え用の弦を探しても見つからなかった。
梓「しかたない、買いに行こう…」
これで暇が潰せると思えば面倒とは感じない。
楽器屋についた。
弦を探すついでに辺りをうろつく。
梓「うーん…なんかよさげなエフェクターが…」
「あれ?梓じゃん」
梓「!」
聞き覚えのある声。
少し心臓がドキッとする。
会いたくはなかった。
実はあまり慕っている人ではないからだ。
律「よっ」
梓(うわぁ…)
律「なんであからさまに嫌そうな顔するんだよ」
梓「…してませんよ」
梓「はぁ…」
律「なんでため息してんだよ!?」
梓「律先輩は何でここに来てるんですか?」
律「うん?ちょっと暇だからブラブラしてただけだけど」
梓「…受験生なのにいいんですか?」
律「ちゃ、ちゃんと勉強もしてるわい!」
律「そういう梓は何やってるんだよ」
梓「弦を買い換えようと…」
律「ふーん…」
梓「ていうか、私のことはどうでもいいじゃないですか」
律「いや、気になってさ」
律「暇なら一緒に遊ぼっかな~って」
梓「…私とですか」
律「うん」
梓「……」
律先輩は軽音部ではムードメーカー的な存在だ。
社交的で誰とでも仲良くすることができ、場の雰囲気を明るくしてくれる。
正直、そういう所は尊敬していた。
けど普段の彼女は大雑把で、適当で…
あんまり好きじゃない。
梓(どうせ遊びに誘ってくれるのなら澪先輩がよかったのに…)
梓「……律先輩一人ですか?」
律「そうだよ」
梓「うーん……」
律「なんだよぉ、嫌なのかよ?」
梓「いや、そういうわけじゃ…」
本音は言えないのでとりあえず誤魔化した。
律「遊びに行こうよ~、あずにゃ~ん」
梓「律先輩がそれ言うの、やめてください」
律「ひどっ!?」
梓「……」
よくよく考えてみれば、私は彼女のことをあまり知らない。
部活での付き合いはあるけど、それ以上のことは他の先輩に比べてないし。
そんな状態で嫌いって思うのはさすがに失礼なのでは?
梓「う~ん……」
律「梓?」
梓「…分かりました、私も暇だし付き合います」
律「それでこそ梓!」
とりあえず今日一日、
田井中律という人間を観察しよう。
そしてどういう人なのか確かめないと。
好き嫌いになるのはその後だ。
律「よーし、じゃあゲーセンにでも行くか!」
梓「どうぞ、任せます」
律「音ゲーやろうぜ」
梓「音ゲー?」
律「知らないのか?リズムに合わせてボタン押したりするやつ」
梓「太鼓の達人みたいなものですか?」
律「そうそう、それそれ」
ゲームセンターへ着いた。
色々なゲームがある。
すごい雑音。
普段こういう所にはあまり来ないので新鮮な光景だ。
梓「律先輩はここによく来たりするんですか?」
律「ん?まぁな」
梓「ふーん……何か毎日通ってそうですもんね」
律「どういう意味だ?」
梓「いえ…別に」
不良っぽいから。
なんてことは言えなかった。
行ったらどういう反応するのかは興味あったが。
怒るのか?それとも笑って流してくれるのか?
私はまだ彼女のことをよく知らないから分からない。
律「まずは私からだな」
目的のゲームにたどり着くと、
律先輩がさっそくお金を入れてやり始めた。
律「梓はこういうのよく分からないだろ?ちゃんと見てろよ」
梓「参考にさせてもらいます」
ドラムを模したゲーム…私はこれがどういうものか知らない。
そんな私に、どうやら気を使ってくれたみたいだ。
少し感心した。
律「よっ、ほっ…」
リズムよくスティックを叩く先輩。
ちょっと凄いと思ったが…
律「あっ!わわっ!!ちょっと!?」
梓「何やってるんですか…」
律先輩のリズムはしだいにズレて、
最終的にはあまり高くないであろう得点になった。
梓(かっこわる…)
律「いやー、ははは…いつもこんなんじゃないんだけどな」
照れくさそうに笑う先輩。
けど私にはその言葉が言い訳っぽく聞こえて、好印象ではなかった。
律「ほら、梓もやってみなよ」
梓「……」
そう言われるとスティックを渡された。
自分でも少し自信はあった。
律先輩がやってるところを見てると、簡単そうに思えたからだ。
ドラムはやった事はないけど、しょせんはゲーム。
大したことはないだろう。
これで先輩より高得点を取ったらどんな顔をするのか…
想像しただけで、ちょっと不敵な笑みをこぼした。
梓「あ、あれ…?」
私が抱いていた自身はあっという間に崩れた。
やってみると意外に難しい。
梓「あっ…あぁっ!?」
律「ほらほら、しっかりしろよ」
梓「分かってます!」
ずれたリズムをなんとか修正しようとする。
だんだんコツもつかめてきた。
かと思うとゲームが終わる。
梓「あぁっ…」
律「おっ、初めてにしては中々良い点数じゃん」
梓「……もう一回やってもいいですか?」
律「え?いいけど」
せっかく慣れてきたのに、このまま引き下がりたくはない。
私は再びゲームにお金を入れた。
30分後。
梓「よっ、とっ…」
律「あぁ、そこもうちょっと早く」
梓「分かってます!」
1時間後。
律「だいぶ慣れてきたじゃん」
梓「当然です、次はもっと難しいやつにチャレンジします」
律「えっ、まだやんの?」
2時間後。
梓「えいっ、よっ」
律「おーい、梓ー…」
梓「話しかけないでください!集中が切れます!」
律「はい……すいませんでした」
梓「はっ、そりゃ!」
律(いつまでやるんだよ…)
梓「やった!クリアできました!」
あれから何回プレイしたのだろう。
気づいたら腕がかなり上達していた。
梓「先輩より高得点ですよ」
誇らしげに先輩に自慢してみた。
律先輩のちょっと悔しがる顔が見てみたかったのだが…
律「おめでとさん、よく頑張ったじゃん」
梓「あっ…」
悔しがるどころか褒めてくれた。
しかも頭をナデナデして。
これじゃあ肩透かしをくらったどころか、むしろ私が悔しい。
本当だったら律先輩の残念そうな顔を見れたのに…
けどナデナデされること自体は嫌ではなかった。
悔しいような、嬉しいような…複雑な気持ちだ。
律「それより梓…お前財布の中身は大丈夫か?」
梓「えっ……あっ」
どうやら所持金のほとんどがゲームに吸われてしまったようだ。
梓「すいません…おごって貰っちゃって」
律「気にすんなよ」
ゲームセンターの帰りに、私たちはハンバーガーショップに寄った。
私はお金がないので遠慮したが、先輩がどうしてもと言って連れてきた。
梓「明日ちゃんとお返しします」
律「だからいいって、先輩なんだからおごらせろよ」
梓「はぁ…」
律「おっ、期間限定メニューだってさ。これ食おうぜ」
セットメニューを受け取ると、私たちは席についた。
ポテトをおぼんの上にばら撒いて食べやすいようにする。
律「それにしても、ずいぶんと夢中でやってたな」
梓「ま、まぁそこそこ楽しかったですから」
律「かなり楽しかった、だろ?じゃなかったらお金が尽きるほどやらないもんな」
梓「うっ…」
律「今度本物のドラムやってみろよ、そっちも楽しいぞ」
梓「……考えておきます」
律「…そういえばさ」
ハンバーガーを口に含みながら、律先輩がしゃべり始めた。
行儀が悪いですよ、と言おうとしたがどうせ聞く耳を持たないだろう。
そのまま流すことにした。
一応これは減点対象だが。
梓「なんですか?」
律「こうやって二人っきりになるのって珍しいよな」
梓「そうですね…」
律「本当はもっと行きたい場所があったんだけど、梓が音ゲーで満足しちゃったからさ」
梓「…すいませんでした」
律「いや、まぁ満足してくれればそれでいいんだけど」
梓「そうですね、もともと誘ってきたのは先輩ですし」
律「切り替え早いな…」
梓「……」
律「……」
しばらく沈黙が流れる。
いざこういう時間を共にすると、何を話していいか分からなくなってしまった。
とりあえず二人とも目の前にあるハンバーガーを黙々と食べている。
律「…あっ、そうだ」
梓「はい?」
律「もうすぐ文化祭だな」
梓「そういえば…そんな時期ですね」
律「梓のクラスは何やるか決まったのか?」
梓「いえ…先輩たちは?」
律「私たちもまだ」
梓「まぁクラスの出し物も大事ですけど…軽音部だってライブやるんですからね?」
律「分かってるって」
梓「明日からちゃんと練習するんですよ」
律「うーん………」
梓「……」
律「はい!」
梓「何ですかその間は…」
ハンバーガーも全部食べ終わり
そろそろ時間なので私たちは家に帰ることにした。
横断歩道につき、お互いここで分かれることにする。
律「送ってやろうか?」
梓「大丈夫です」
律「遠慮するなよ子猫ちゃん、夜道に一人は危険だぜ?」
梓「誰が子猫ちゃんですか、それにまだ夜じゃないです」
律「いやー、私としては梓のことが心配でさ…」
梓「気遣いはありがたいですけど、私なら大丈夫ですよ」
律「本当か?」
梓「はい…それより先輩こそしっかりしてくださいね。明日からちゃんと練習すること」
律「はーい」
梓「じゃあ私はこれで…」
律「あ、あぁ…車に気をつけるんだぞ」
梓「分かってます、さようなら」
律「…お疲れ」
そのまま私たちは反対方向へと進んだ。
家に帰ったらどうしようか、そんな事を考えながら歩を進める。
そういえば中途半端な時間に食事を取ってしまった…
母親に夕飯はいらないとメールしておかないと。
そしてバッグから携帯を取り出そうとした、その時
大切なことを思い出した。
梓(あっ…律先輩にまだ今日のお礼言ってない)
しまった、と思った。
一応今日付き合ってもらったんだからお礼ぐらいはしないと。
振り向き、律先輩を探す。
…いない。
もう姿が見えないところまで行ってしまったか。
梓「……」
まぁいい、メールですませよう。
携帯を取り出し、律先輩へメールを送ろうとするが…
梓「あっ……電池切れてた」
家に到着し、自分の部屋に入る。
疲れた…
私はすぐにベッドへと倒れこんだ。
梓(携帯充電しておかないと…)
梓「……」
そういえば何か大切なことを忘れているような…
梓「あっ!ギターの弦買い忘れた!!」
大失態だ…明日練習があるのに。
梓「もー…律先輩と遊んでたからぁ…」
それでも自分に非があることぐらいは分かっていた。
けどイライラしてしまい、つい誰かのせいにしてしまう。
結局、その日は律先輩にメールを送ることはなかった。
送る気分になれなかった。
梓(明日直接言えばいいや……ていうか明日の練習どうしよう)
最終更新:2010年08月23日 21:17