律「うん、それで今日梓と遊んでさ…」

夜、私は部屋で澪と電話で話していた。
なんとなく寂しくて話し相手が欲しかったから、私が電話したのだ。

律「色々連れて行きたかったんだけど、上手くいかなくて」

澪『ふぅん…律にしては珍しいな』

律「なんかさぁ…私って梓にあまり好かれてないじゃん?」

澪『そうかな?』

律「そうだよ……お前に比べれば全然」

澪『私と比べられても…』

律「だから今日仲良くなろうと頑張ったんだけどさ……なんか力入っちゃって逆にダメダメで」

律「ドラムのゲームでもミスってかっこ悪いところ見せちゃった」

澪『律っぽくないな』

律「本当だよ…どうしたんだろう」

澪『…でも、言っておくけど梓はお前のこと嫌いではないと思うぞ?』

律「そうかなぁ…」

澪『そうだって、自信持っても大丈夫だよ』

律「…ま、澪がそういうならそうなんだろうな」

澪『もちろん』

律「しかし澪に励まされるとは…一生の不覚」

澪『おい!なんだそれ!?』

律「あはは、冗談だって」

澪『まったく……もう遅くなるから切るぞ?』

律「うん、じゃあなー」

携帯を切り、ベッドに放り投げた。
私もベッドに飛び込む。
そしてその投げた携帯をジーッと見つめている。
梓からの電話なりメールを待っていた。

律(お礼ぐらい言ってもらえると思ってたんだけど…ダメだったかな)

今日一日のこと思い出した。
何がまずかったのだろう。
何か気に障ることでもしたのだろうか。
いくら考えても分からなかった。

律(あー…失敗したのかなこりゃ)

律「……」

律(それにしても、梓のことだと色々悩んじゃうな…)

律(なんでだろう…)

律「……」

そのまま瞳を閉じて、眠りについた。


……

朝、目が覚めベッドから出る。
頭はまだボーっとしている。

「……」

昨日のことを思い出した。
彼女と遊んでいた時間。
楽しかったのかつまらなかったのか分からない。
けど、新鮮な感覚だった。

「……」

そろそろ学校の時間。
今日はどんな顔をして彼女に会えばいいのだろうか。

純「律先輩と遊んだ?いいな~楽しそうで」

梓「でもさ、そのおかげでギターの弦買い忘れちゃって」

朝の休み時間、授業が始まるまでいつもの友達とおしゃべりをする。
この時間は気楽に過ごせて好きだ。

純「あぁ、弦ならジャズ研で余ったやつあるよ」

梓「本当?」

純「うん、なんだったらあげてもいいけど」

梓「ありがとう!純!」

放課後、授業が終わると急いで音楽室に向かった。
弦も張り替えたし準備は万端だ。

梓「こんにちは」

唯「おっ、あずにゃんいいところに来たね~。一人で暇だったんだよぉ」

部室の扉を開けると、ソファの上でゴロゴロしている先輩が迎えてくれた。
相変わらずだらしないが、この人らしいともいえる。

梓「唯先輩一人なんですか?」

唯「うん、みんな掃除や色々用事があってね」

梓「そうですか…」

唯「それよりあずにゃん」

梓「なんですか?」

唯「あずにゃんもゴロゴロしようよ~」

梓「結構です」

唯「えぇっ!?なんで~」

梓「ダラダラしてないで練習してください」

唯「うーん…もうちょとダラダラしてから」

梓「はぁ…」

まったく、これだから唯先輩は。
呆れながらも、唯先輩だからしょうがないと思い少し笑ってしまった。

唯「ほら、あずにゃんもこっちにおいで」

梓「えっ…」

唯先輩は私の腕をひっぱる。
そのまま先輩の上に覆いかぶさってしまった。

梓「えっ…唯先輩?」

唯「えへへ~」

先輩が私のことを強く抱きしめる。
すこしドキドキした。

ただ唯先輩にとってこれはコミュニケーションの一つであり
特別なことではない。
私もそこは理解していた。

梓「唯先輩、もう話してください」

唯「もうちょっと」

梓「もう…」

その時、ガチャッと音楽室の扉が開く音がした。

律「おーっす…」

梓「!」

律「あっ…」

唯「りっちゃんいらっしゃ~い」

律「あ、あぁ…」

梓「……」

律「…お前らは相変わらず仲良いな~」

唯「えへへ」

梓「……」

なぜか急に恥ずかしくなった。
こんな事、軽音部じゃ当たり前の光景なのに。
律先輩と顔を合わすことができない。
なんでだろう…

唯「澪ちゃんとムギちゃんは?」

律「ムギはまだ掃除、澪は進路調査とかでもうちょっと遅くなるって」

唯「そっかぁ」

律「はぁ~疲れた、私もちょっと休もうかな」

梓「そ、そんなことより早く練習を!」

律「あっ、うん……」

唯「え~?もうちょっとこうやってようよぉ」

唯先輩が力強く私を抱きしめた。

梓「もう、いい加減離してください!」

唯「ええではないか~ええではないか~」

律「……」

梓「り、律先輩からもなんか言ってくださいよ」

律「…別にいいんじゃない?」

梓「えっ…」

律「せっかくなんだからもっと楽しんじゃいなさいよ、お二人さん♪」

唯「では遠慮なく♪」

梓「ちょ、ちょっと律先輩!?」

律「さ~て、澪たちが来るまで漫画でも読んでようかな~」

梓「……」


昨日真面目に練習するって言ったのに…
なんだか裏切られた気分だ。


結局その後、澪先輩とムギ先輩が来て。
いつも通りミーティングをしていつも通り少し練習をしてその日は終わった。
満足いく練習ができなくて、私は少し不機嫌になる。

梓「むぅ…」

律「どうしたんだ?梓」

梓「先輩、昨日ちゃんと練習するって言ったじゃないですか」

律「あぁ…あれね。まぁ明日からはちゃんとやるよ」

梓「今日やらない人が明日やるとは思えません」

律「…おっしゃるとおりで」

梓「しっかりしてくださいよ、部長なんですから」

律「あはは、申し訳ありません」

梓「はぁ…」

こういう適当な所があるから好きになれないんだ。
律先輩らしいって言っても、私は納得できない。
その性格をなんとかしてほしい…


……

律「……」

澪と分かれた帰り道、私は一人で歩いていた。
少し落ち込んでいる。

律(本当は梓の言うとおりにやりたかったんだけどな…)

律(その方が梓も喜ぶと思ってたし…)

律(けど……)

律「……」

唯と梓が抱き合ってるところを思い出した。
あれは唯のスキンシップだって分かっていたけど…なんか悔しい。

私は私なりに頑張って梓と仲良くなろうとしてるのに、唯はあんなにも簡単にくっつけるなんて。
悔しくて、モヤモヤして…そのせいで練習する気も起きなくて。
つい意地悪なこと言ったりして……本当はそんなつもりじゃないのに…

律(また嫌われちゃったかな……)



梓「……」

家に帰り、自分の部屋でくつろぐ。
ご飯も食べたしお風呂も入った。
明日の予習も、ギターの練習も終わった。

やることがない…

憂に適当なメールを送ってみたが返信はまだ来ていない。
唯先輩の相手でもしているのだろう。

梓(一人っ子はこういう時つまんないからいやだ…)

梓「……」

暇だからベッドでゴロゴロしながら携帯をいじっている。
その時、あることに気づいた。

梓(あっ…律先輩に昨日のお礼まだ言ってない…)

梓(…今からメールしようかな)

梓(でも今さらって感じがするし…)

梓「……」

少し考える。
…そういえば律先輩の方は昨日した約束を破ったじゃないか。
真面目に練習するって言ったのに…

梓(なんか…もうどうでもいいや)

私は携帯を閉じた。
そして律先輩への不満を頭の中で爆発させる。


どうして部長なのにもっとしっかりしてくれないのだろう。
どうしてちゃんと練習しようとしないのだろう。
どうして私の思い通りにしてくれないのだろう。

梓「……」

最後の不満は不満なのか?
ちょっと違う気もするが…

梓「……」

でも悪い人ではない、それは分かっている。
彼女なりに気を使ってくれるし、優しくしてくれるし。
昨日も私のために色々としてくれた。

今まで彼女とは絡みたいとは思っていなかった。
無意識のうちに避けていたのかもしれない。
嫌いではないのに…

梓「……」

そう、嫌いではない…律先輩のことは嫌いではないんだ。
嫌いではないが…なぜだか彼女に対しては不満ばかりが募る。
どうしてだろう…

梓「……」

梓(なんか昨日からずっと…律先輩ことばかり考えてる…)

梓(変なの…)

自分でも分からなくなってきた。
先輩と仲良くなりたいのか、どうなのか。
好きなのか嫌いなのか…

梓「もっとしっかりやってくださいよ、先輩…」

部屋で一人呟く。
不安定な気持ち。
律先輩がこのまま不真面目だと、彼女に対して本当に失望しそうで怖くなった。

梓「私だって嫌いになりたくないんですから……理想的な先輩になってくださいよ」

理想的な先輩……なぜ律先輩にこんなことを求めているのだろう。
だんだん自分の気持ちが混乱してくる。
何がなんだか分からない。
もう寝よう。


……

律「なんだかさー、最近人間関係がうまくいってない気がするんだよなぁ…」

紬『りっちゃんが?』

今日はムギと電話している。
梓との関係でモヤモヤしていたので思い切って相談することにした。
相手が梓ということは秘密にしているけど。

律「なんとか仲良くなるように頑張ってるんだけど、上手くいかなくてさ…」

紬『珍しいわね、りっちゃんなのに』

律「なんかその言葉、澪にも言われた気がする…」

紬『だって私が見る限りに、りっちゃんて意識して誰かと仲良くしようとしないでしょ?』

律「は?」

紬『みんな気づいてたら、りっちゃんと友達になってたじゃない』

律「……そう?」

紬『えぇ…だからいつも通りのりっちゃんのままで、その人と向き合えばいいんじゃないかしら?』

律「うーん……でもいつも通りの私を向こうが嫌ってるような…」

紬『…誰かに嫌われないように生きるのって、辛くない?』

律「……」

紬『もしりっちゃんが私に嫌われないように振舞ってたら、私は嫌いになっちゃうかな~』

律「えっ…なんで」

紬『だって、それじゃあ私に心を開いてくれる事にはならないじゃない?』

紬『そんな人とは友達になりたくないわ』

紬『もしそれで友達になっても、お互い気を使って疲れるだけだと思うし』

律「……」

紬『りっちゃんはどうしたいの?その人と仲良くなりたいんでしょ?』

律「うん…」

紬『だったら、ありのままの自分でぶつかる方がいいんじゃないかしら』

紬『本当の自分を見せなきゃ、その人だって心を開いてくれないわよ?』

律「……」

紬『大丈夫、素のりっちゃんを嫌う人なんていないから』

律「……本当?」

紬『えぇ、もちろん』

律「…ありがとうムギ、なんか楽になったよ」

紬『ふふっ、どういたしまして』

律「そうだよな…私らしくないよな…」

紬『ところでりっちゃん』

律「ん?」

紬『その人って…男の人?』

律「は、はぁ!?なんでそうなるんだよ!」

紬『だって…好きな人の前で本当の自分をさらけ出せないなんて…』

紬『まるで恋する乙女みたい///』

律「違う違う違う!!全然ちがう!!」

紬『でもその人のことで最近は頭がいっぱいなんでしょ?』

律「うっ…いやそうだけどさ…」

紬『それに嫌われないように頑張るだなんて……恋してるとしか…』

律「ち、違うって!!」

紬『もう…りっちゃんたら///』

律「あぁもう!電話切るぞ!!」

紬『あっ、りっ…』

電話を切った。


律「はぁ…相談する人選ミスったか」

律「私が梓に恋なんて…」

確かに梓はかわいい。
ちっちゃいし、ネコ耳が似合うし。
ちょっと生意気なところもいい。

律「だからって、相手は女で後輩で恋なんて飛躍した話…」


唯《え~?もうちょっとこうやってようよぉ》
梓《もう、いい加減離してください!》
唯《ええではないか~ええではないか~》


律「……」


ふと部室であった出来事を思い出した。
なぜか心がチクチクする。

律「…いや、ないない」

律「ありえないって…ははっ」

律「……」

とりあえず、明日からはいつも通りの自分で梓に会おう。
あくまで私は部活の先輩として仲良くなりたいだけだ。
決して特別な感情で動いてるわけない。
そんなことはありえない。

律「ありえねぇーーー!!」



聡「姉ちゃんうるさい」


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最終更新:2010年08月23日 21:18