夜が過ぎ、朝を迎えた。
今日も学校に行き授業を受ける。
そして放課後は部活だ。
梓「はぁ…今日こそちゃんと練習をしたい」
音楽室の扉を開けた。
梓「こんにちは…」
律「よっ、梓」
梓「あっ…」
まさか律先輩いるとは思わなかった。
ちょっとドキッとする。
梓「律先輩一人ですか…?」
律「そだよー」
律「なんか困ることでもあるのか?」
梓「いえ…」
困ることは…ある。
昨晩悩んで以来、律先輩とどう接すればいいか分からない。
なぜか変に意識してしまう。
梓「……」
律「……」
梓「……」
律「おい!」
梓「な、なんですか?」
律「ちょっとは不思議がれよ!勉強してる私をさ!」
梓「えっ…」
よく見れば律先輩は机に教科書を広げていた。
確かに珍しい光景かもしれない。
律先輩でも勉強するんだ。
やっぱり三年生だなと感心した。
梓「そろそろ受験ですもんね」
律「いや、今日の授業寝てて聞いてなかったからその復習だけど?」
梓「……」
前言撤回。
やはり適当な人だ。
梓「はぁ…」
律「なんだそのため息は!」
梓「呆れて何も言えないため息です…」
律「ひどいわ中野さん!私こんなに頑張ってるのに!」
梓「はいはい…」
律「こう見えても私、東大を目指してるのよ?」
梓「はい、そうですか」
律「適当に流すなー!」
梓「律先輩は全国の東大を目指してる人たちに対して失礼ですよ」
律「まともな反論!?」
律「くそぅ、澪なら愛ある突込みで返してくれるのにさ」
梓「……」
澪先輩と比べられても困る。
あの人は私の憧れ。
美人で、優しくてかっこよくて…
律先輩の扱いも上手い。
……あれ?
最後のは尊敬するべきところなのか?
律「もっと、突っ込みをするのならビシッっと」
梓「澪先輩に頼んでください。私じゃ無理です」
律「突っ込みもできないで軽音部を生き残れると思ってるのか!」
梓「そんな大げさな…」
律「お前だって澪に憧れてるんだろ!?」
梓「な、なんでそれを!?」
律「澪以外みんな気づいてるよ?」
梓「うぅ…」
律「なら、ちゃんとした突っ込みもできないとな」
梓「それとこれとは話が違うと思います…ていうか澪先輩の突っ込みには別に憧れてはないし」
澪「お待たせー」
梓「!」
音楽室に澪先輩が入ってきた。
律「いいか梓、ちゃんと澪の突っ込みをお手本にしろよ?」
梓「はぁ…」
律先輩はヒソヒソと私に話しかけた。
だけどそんな事を言われてもどうしろと…
律「よう、澪」
澪「なんだ?」
律「今日出された宿題みせて」
澪「まだやってるわけないだろ…」
律「じゃあ私の分も家でやってきて」
澪「誰がやるか!!」
律「いだっ!?」
ボカッ、と鈍い音がした。
律先輩が澪先輩に殴られたのだ。
律「ど、どうだ……これが澪の突っ込みだ…」
梓「たんこぶ出来ちゃってるじゃないですか」
律「お前もこれぐらい出来るよう頑張れよ」
梓「律先輩ってドM?」
律「違うわい!」
澪「まったく、もうすぐ受験なんだぞ?」
律「はい、しゅみましぇん…」
梓「……」
今日も変わらず律先輩はうっとおしい。
相手をするのは疲れて面倒だ。
梓「…ふふっ」
でも、なぜか今日は笑ってしまった。
なんでだろう…いつも通りの先輩のはずなのに。
この前みたいな不快な感じはしない。
彼女のことは嫌いではない。
かと言って好きかと言われても困る。
微妙な関係。
澪「ところで律、今日部長会があるって和から聞いたんだけど出なくて良いのか?」
律「あっ!」
梓「……」
こんな所があるからがっかりしてしまう。
……
律「あー、今日も練習疲れたなー」
澪「言うほどやっていないけどな」
部活が終わり、澪と一緒に下校中。
今日はなんだか気分がいい。
澪「そういえば、梓のことだけど」
律「うん?」
澪「言ってたほど仲悪くなかったじゃないか」
律「……そう見えた?」
澪「あぁ」
律「…そっか」
自分でも今日は梓と上手くやってた気がする。
だから気分がいいのかな。
律「…いつも通りにさ」
澪「ん?」
律「いつもの私みたいに接してみた」
澪「そっちの方がいいよ」
律「だよな。まぁ梓はどう思ったか分からないけど…」
澪「梓だって悪くないと思ったんじゃないか?」
律「そうかな?」
澪「そうだよ」
律「じゃあ、もし違ってたら私の宿題代わりにやってくれない?」
澪「なんでそうなるんだ」
澪が軽く私の頭を叩く。
こうやって軽口を言い合ってるときが、私は一番楽しい。
いつか梓ともこういう関係になりたいな。
ぐぅ~
律「……ん?」
澪「……」
どこからか音がした。
これは腹が減ったときに出る音。
律「……澪さん?」
澪「うぅ///」
律「ふっ…お前も人間だもんな」
澪「笑うなぁ!!」
律「そうだ、ハンバーガー食いに行こうぜ!今期間限定メニューやってるんだ」
澪「今から?」
律「めっちゃ美味しいんだって!」
澪「う~ん…そうだな。行くか」
……
梓「……」
部活からの帰り道、私は大通りを歩いていた。
夕日がオレンジ色に周りを染めている。
梓「…きれい」
ふと、今日の律先輩を思い出した。
なんか今日はいつも以上にうっとおしかったが、一緒にいて楽しかった気もする。
なんでだろう、最近は律先輩が頭の中に毎日いる。
思えばあの日、二人で初めて遊びに行ってから気にかけるようになったのかも。
梓「……」
あんなに律先輩と二人っきりだったのは初めてだった。
先輩の良い所や悪いところも確認できた。
それからずっと、律先輩がどういう人かもっと知りたがっている。
……知りたがっている?
何を思っているんだ、私は。
別に律先輩のことなんかどうでも…
梓「……」
またわけが分からなくなってきた。
律先輩のことが興味があるような、ないような。
初めはただうっとおしかっただけの先輩が、私をここまで悩ますなんて。
なんだか段々と腹が立ってくる。
梓「あぁもう!なんなの……」
普段あんなへらへらしている人のどこがいいんだ。
能天気で適当でおちゃらけてて・・・
まったく尊敬できない先輩。
梓「次会ったときは…澪先輩みたいにゲンコツしてやりたい……」
純「あっ、おーい!梓ー!」
梓「!」
後から聞き覚えのある声がした。
純だ。
純「部活の帰り?」
梓「うん」
純「そっか、私も」
梓「お疲れ様」
純「そうだ!今ヒマ?」
梓「えっ…なんで?」
純「実はさ、ハンバーガー食べたくて。期間限定メニューがあるらしいんだよね」
梓「あぁ…あれね」
純「知ってるの?」
梓「うん、この前食べた」
律先輩と遊んだときに。
梓「あんまり美味しくないよ」
純「えぇ~?」
梓「私はそんな好きじゃなかった」
純「う~ん…でもヒマなら行こうよ!私は食べてみたいし」
梓「もう…しょうがないなぁ」
お店につくと純は限定メニューを
私はあまりお腹がすいてなかったのでジュースを注文して席に着いた。
純「ん~…そこそこ美味しいじゃん」
梓「そう?」
純「うん」
梓「まぁ…純や律先輩は好きそうだよね」
純「え?律先輩?」
梓「…なんでもない」
うっかり律先輩の名前が出てしまった。
そんなつもりはなかったのに…
純「そういえば律先輩ってかっこいいよね」
梓「…そうかな?」
純「そうだよ、さっぱりしていて男らしいし」
梓「……」
梓(律先輩が聞いたらどう思うんだろう…)
梓「…でもあの人、あれで結構いい加減なところもあるから」
梓「部長のくせに部活の事ちゃんと管理しないし、練習も率先してやらないし…」
梓「おまけに今日なんて受験生なのに授業中寝てたりしてたんだよ?ありえない」
梓「ドラムはいっつも走り気味だし、私のことからかってくるし…」
純「へ、へぇ~…」
梓「……でもまぁ、あれで一応優しいところとかもあるんだけどね」
梓「がさつに見えて細かいところまで気を配ってくれて、場の雰囲気も和ませてくれるし…」
梓「意外と料理や家事が上手かったりするんだよ?驚きだよね」
純「……」
梓「純?」
純「ふ~ん…」
梓「…何ニヤニヤしてるの?」
純「梓さぁ、律先輩のこと今すっごく楽しそうに話してたよね」
梓「……え?」
純「文句言ってるあたりから楽しそうだったよ」
梓「な、ななな何言ってるの!?楽しいわけないじゃん!!」
純「そうかそうか~」
梓「あっ!今変な風に思ってるでしょ!?」
純「べっつにー」
梓「違うからね!そういうのじゃないもん!」
純「そういうのってどういうの?」
梓「うっ…それは…」
純「うん?」
梓「…と、とにかく違うの!!今のはただの愚痴なんだから!!」
純「…ねぇ梓、知ってる?」
梓「な、何が…」
純「愚痴は愛情の裏返しなんだって」
梓「えっ…」
純「愚痴ってのは全て思い通りにならない愛情からくるただのぼやき…」
純「こんなに大好きなのにどうしてこの人は思い通りにならないの?っていうノロケ話なんだってさ」
梓「!」
純「まぁ、さっき読んでた漫画に書いてあったことだけどね」
梓「……」
純「梓は素直じゃないから、そういうこと認めないと思うけどね」
梓「……」
愛情の裏返し?
嘘だ。
だってついこの前まで律先輩のことなんてどうとも思ってなかったし。
むしろ嫌い…
梓「……」
嫌いだと思っていたかった?
自分が律先輩のことを好きだと認めたくなかったから
それを隠すために嫌いなフリをして……
自分自身に…嘘をついていた?
梓「……」
純「認めちゃいなよー、律先輩のこと本当は好きなんでしょ?」
梓「……」
…違う。
そんなの嘘だ。
律先輩は…キライで
キライでキライでキライすぎて
気になって…気になって…
気づいたら一日中ずっと律先輩のこと考えてて
いつの間にか頭の中に住み着いていて…
梓「……」
純「梓?」
梓「…わっ、私は……」
純「あっ……」
梓「私は…律先輩のことなんて大嫌いなんだから!!」
梓「あんな先輩、好きになるところなんてこれっぽちもないよ!!」
言った。
言ってしまった。
これでいい。
これでいいんだ。
私が律先輩を好きだなんてありえない。
あんな先輩…
純「……」
梓「…純?」
なんか言ってよ。
こんなこと本当は言いたくなかったんだから…
純「あの…梓…」
梓「え?」
純「うしろ…」
うしろ?
うしろに何があるの?
私は純が指差す方向へと振り向いた。
律「……」
梓「!?」
梓「り、律先輩…?」
律「……」
頭の中が真っ白になる。
心臓が止まるかと思った。
なぜ律先輩がここに?
いや、それよりまさか…今わたしが言ったこと……
澪「…そ、外から見えたから…その…」
純「ごめん…私も気づいてたんだけど言おうとしたら…」
梓「……」
律「……」
思考が停止する。
冷や汗が出てきた。
息苦しい。
梓「……」
律「……」
律先輩の顔もよく見えない。
私の目から涙が出てきた。
梓「……くっ」
純「あっ!ちょっと梓!?」
そのまま逃げ出してしまった。
澪「梓!」
律「いいよ澪…」
澪「で、でも!!」
律「いいんだよ…」
澪「……」
律「…それよりさ、さっさと食べようぜ!」
澪「律…」
律「あっ佐々木さん、この席使っていい?」
純「いいですけど……あと鈴木です」
律「あはっ☆そうだったそうだった」
澪「……」
律「いやー、美味しそうだなー」
最終更新:2010年08月23日 21:20