唯「りっちゃん!!」

律「!?」

突然唯が抱きついてきた。
いきなりのことで対処できず、そのまま押し倒されてしまう。

律「いたた…」

唯「ご、ごめん!私嬉しくてつい…」

律「あぁ…いいよ別に」

唯「りっちゃん弱くなった?」

律「え?」

唯「だっていつもなら抱きついても倒れたりしないのに」

律「アホ!病み上がりなめるな!」

唯「そっかぁ…ごめんねぇ」

律「いいから上どいてくれ」

唯「うん」

律「はぁ…」

唯「でもよかった~、りっちゃんが学校来てくれて。風邪は治ったの?」

律「うん?まぁな」

本当は風邪ではないんだけど。

でも唯に言われたとおり、確かに体に力が入らない。
緊張のしすぎだろうか。
いや、たぶん…

律「……」

とりあえず余計なことを考えるのはやめよう。
梓と会う心構えでもしておかないと。

梓「すぅー…はぁー…」

純「なにしてるの?」

梓「深呼吸…緊張してて…」

純「よしよし、落ち着け」

純はそう言って慰めてくれるが、正直落ち着けるわけがない。

体は震えている。
心臓はさっきから鼓動が早い。
お腹が痛くなってきた。

帰りたい。
今すぐ帰りたい…

純「…大丈夫」

梓「…っ」

純が手を握ってくれた。
温かい。

その手の温もりが、私の心を癒してくれるようだった。

純「梓…大丈夫だよ。そばにいてあげるから」

梓「純…」

純「でもね梓。律先輩と会った時ににどうするかは、考えておいた方がいいよ?」

梓「律先輩と…」

純「もし会っちゃったらどうする?」

梓「……」

昨日頭の片隅で考えていはいた。
けど今は頭を働かせることができない。
想像するだけで怖くて…

嫌われてるのにどうすればいい…

純「まずはちゃんと謝るんでしょ?」

梓「あっ…」

そうだ…あの時の無礼を謝るんだった…
……そして私の本当の気持ちを知ってもらいたい。

純「できる?」

梓「……」

答えることができない。
自信がないからだ。

こんなことは生まれて初めてだ。
誰かを好きになって、想いを募らせて…
それなのに伝えることができなくて。

改めて自分の不器用さを知った。
醜さを知った。
愚かさを知った。

そして初めて…人を好きになるのがこんなにも辛くて苦しくて、耐えられないものだと知った。

思考が矛盾する。
会うのが怖い。
それでも心のどこかでは会いたいと思ってる。

会わないと…一生後悔してしまいそうな。
でも…

同じことが頭の中でループしている。
純の質問に答えられない。

梓「……」

純「…ま、気楽にいきなよ」

梓「えっ…」

純「もう落ちるところまで落ちちゃったんだしさ、後は這い上がるだけじゃん」

梓「なにそれ…」

純「当って砕けろってこと」

梓「……」

純「こう考えればいいんの!もしフラれても、世界中で傷つくのは梓だけ!」

純「世界規模で考えれば梓の告白が成功しようが失敗しようがちっぽけなことなんだよ!」

梓「…馬鹿にしてる?」

純「大まじめ」

梓「はぁ…人選ミスだ。憂に相談すればよかった」

純「えぇっ!?せっかくアドバイスしたのに!」

梓「アドバイスになってないから、それ…」

まったく呆れたものだ。
人がこんなに悩んでいるというのに…

純「えへへ」

梓「もう…」

でも…気分が楽になった気がする。
確かに小難しいことを考えすぎた。

相手は律先輩だ。
もっとシンプルにぶつかってもいいかもしれない。

当って砕けたくはないが…

純「梓…」

梓「なに?」

純「ファイト!」

梓「はいはい」

純の励ましに、笑顔で応えることができた。
少し落ち着いたのだろう。


……

お昼休みを告げるチャイムが鳴る。
午前中の授業が終わった。

律「んーっ……ふあぁ…」

紬「大丈夫りっちゃん?なんだか疲れてるみたいだけど」

律「あ、うん…大丈夫」

頭はボーっとしているが…たぶん平気だろう。
それより梓のことで心が張りつめてかたくなっている。
こんな調子で梓に会っても大丈夫なのだろうか?

唯「おーい、りっちゃんやーい!お昼食べよー!」

律「今行くー」

唯に呼ばれて席を立った。

唯「ごはん♪ごはん♪」

和「楽しそうね、唯」

唯「だってみんなとお昼だよー?このために学校に来てるもんだから」

和「もっと別の目的があるでしょ…」

唯「あっ!軽音部とかね!」

和「…これじゃあ唯だけ卒業できなくて留年ね」

唯「りゅ、留年ですか!?」

和「三年生なんだからもっとしっかりしなさい。憂と同じ学年になりたいの?」

唯「憂と同じ…」

憂《お姉ちゃ~ん、また一緒に学校に通えるね~》
唯《あはは~》

唯「それはそれでいいかも」

和「ちょっと…」


律「あっ…」

澪「どうしたんだ?」

律「弁当忘れた…」

紬「あら…じゃあ私のお弁当ちょっと食べる?」

律「いや、いいや…食欲ないし」

澪「……」

唯「まだ体調悪いの?」

律「そういわけじゃ…ないんだけど」

紬「どっちにしても食べないとダメよ?」

唯「そうそう、元気でないよ!」

律「あはは…そうだよな。ちょっと購買行ってくるわ」

唯「いってらっしゃ~い」

澪「……」

食欲は本当にない。
ただ体調が悪いとかではなく、気持ちの問題だ。

朝からずっと梓のこと気にかけてる。
原因はそれだ。

律「はぁ…完全に夢中だな…」

気晴らしに校内でも散歩しよう。


……

純「梓、一緒に購買行かない?」

梓「え?」

純「今日はなんかおごってあげるよ」

梓「い、いいよ別に…」

純「遠慮しない、遠慮しない」

純「じゃあ憂、私達ちょっと行ってくるね」

憂「うん、いってらっしゃい」

純に無理やり購買へ連れられた。
私は行く途中で断ったが、純はどうしてもと言って聞かなかった。
しょうがないのでついて行く。

購買につくとそこには大勢の生徒がいた。
一年から三年生までみんな並んでいる。

純「私が買ってくるから、梓はここで待ってて」

梓「うん、分かった」

純は行列へと並び、品物を買う。
その動作は妙に手馴れているものがあった。

純「お待たせー。いっぱい買ってきたよ」

純の手には大量のパンと飲み物がある。
一体いくら使ったのだろう。
私は予想外の量にちょっと驚く。

梓「こ、こんなにいらないよ」

純「なに言ってるの、勝負に備えて活力を蓄えないと!」

梓「勝負って…」

純「とりあえず教室に戻ろっか?」

私たちは廊下を歩いている。
手に大量のパンを持ちながら。

途中で何人かの生徒が珍しそうな目で私たちを見ていた。
ちょっと恥ずかしい…

梓「…純はさぁ」

純「うん?」

梓「何でここまでしてくれるの?」

純「そりゃあ、梓のためにやりたいと思ってるから」

梓「なんか今日は気持ち悪いね…」

純「おーい、おごったのにそんな言い方はないでしょー」

梓「ふふっ、ごめんごめん」

純「…梓にはさ、幸せになって欲しいの」

梓「え?」

純「そう思ってるの!」

梓「ど、どうしたの急に?」

純「なんでもない、なんでもない。気にしないで」

梓「?」

純は何かを誤魔化すように笑う。
何を隠してるんだろう?

…まぁいいか

梓「ありがとね、じゅ…」

お礼を言おうとしたその時、目の前にとんでもないものが現れ
驚きで身体が停止した。

梓「っ!?」

頭が真っ白になる。
心臓がバクバクと動いている。
息ができない。

完全にパニック状態だ。

純「梓?」

純が不思議そうに私のことを見つめ
私と同じ視線の方向に目をやる。

純「あっ…」

純も気づいた。

律「梓…」

目の前には律先輩がいる。


梓「りっ…」

それ以上言葉を発することができなかった。
あれだけ想定していた出来事なのに、いざとなるとどうすればいいのか分からなくなる。

律「あ、梓…その…」

純「梓ほら、今がその時だよ」

梓「……」

純が私の肩をポンと叩く。
分かっている。
頭ではこの状況は理解できた。

私にとってもの凄くチャンスであり
ものすごくピンチだ。

梓「り、律先輩…」

言葉が出ない。
言いたいことが言えない。
そもそも何を言うべきだったかを忘れている。

心臓の動きが早くなった
冷や汗もかいている。
またお腹が痛くなってきた。

ひょっとしたらライブの時より緊張してるんじゃないか?

今すぐ逃げ出したい。

梓「はっ…はっ…」

律「梓…?」

…いや、ここで逃げるわけにはいかない。

せっかくの機会だ。
ここで会えたのも運命かもしれない。
ここで勝負を決めよう。

とりあえず落ち着け…落ち着くんだ私。
カムバック私!

梓「すぅー…はぁー…」

…謝ろう。
まずは律先輩に謝るんだ。
今までの無礼を許してもらう。

それができたら次は告白だ。
私の想いを先輩に全てぶつける。
成功しようが失敗しようが、気にせずやるんだ。
悔いを残さないためにも…!

よし、シュミレーションは完璧。
後は実践のみ。

行け!行け私!!

梓「あ、あのぅ…律せんぱ…あの…」

律「えっ…?」

あ、あれ?
思ったよう口が動かせない…

梓「り、りつ…違う……えっと…」

顔が熱くなってくる。
心臓がまた一段と早く動いている。
手足が震える。

梓「せっ、せんぱ…その…あの……」

頭が再び真っ白になっていく。
あれ?私なにを言えばいいんだっけ?
確か大切なことを伝えるはずだったのに…

梓「えっと…えっとぉ…」

涙目になってきた。
早くなにか言って気を静めないとおかしくなりそうだ。

梓「あ、あの…あのぅ!」

律「は、はい!」

言うんだ、とにかく何か言うんだ!
これ以上長引けば心臓発作で死んでしまう!

梓「フーッ…フ~~ッ…」

純「あ、梓…大丈夫?」

言え、もう言ってしまえ!
何でもいいから想いを全てぶちまけるんだ!
言って楽になってしまえ!

梓「り、律先輩…」

律「はい…」

梓「この…大バカ野郎ーーーーーーー!!!」

律「……え?」

純「は!?」

梓「あっ…」

言葉を発してからはすでに何もかもが遅かった。

梓「あっ、あぁ…」

真っ白になった頭は何も考えることができず、もはや存在する意味がない。
理性を失う。
そして緊張から来るストレスにより、不満が爆発した。

その結果が…これだ。

梓「う…うわあああぁぁぁぁああああん!!!」

私はとりあえずその場から逃げ出した。
パンなんか持っていられない。
全て捨てて全力で走った。

純「ちょ、梓!?」

律「……」

純「あっ…こ、これは違いますから!ちょっとした手違いですから気にしないでください!」

律「……」

純「あの…また出直しきます!」

律「……」

純「梓ぁ!!ちょっと待てーーーー!!」

律「……」


7
最終更新:2010年08月23日 21:25