梓「はぁ…はぁ…」

どこまで走ったのだろう。
ここは校内のどこ?

頭が混乱している。
自分でも何をしたのか訳が分からない。
とにかく泣きそうだ。

梓「はぁ…はっ…」

純「梓ーーー!!!」

梓「っ!」




純が追ってきた。


純「このボケー!何なのあれは!?」

梓「こ、告白…?」

純「ただキレただけでしょ!!」

梓「だって…だってぇ…」

我慢できずとうとう泣き始めてしまった。
うまくろれつが回らない。

梓「い、ヒック…いい言おうとっ、したっグズッ、にい~~っ!!」

純「はぁ…梓がここまで根性なしだったなんて…」

梓「うああぁぁぁぁぁあああん!!」


純「それで…どうするつもりなの?」

梓「エッグ…ヒッグ…」

純「泣いてちゃ分かんないって…ほら、これ使って」

そう言って純はハンカチを差し出してくれた。
私はそれで涙をふき取る。

梓「わ゛、わ゛だじどうすれば…」

純「そりゃあ…謝るしかないでしょ」

梓「だって謝りたかったのに~~っ!」

純「はぁ…やっぱり部活に行くってのは?その時にきちんと話を…」

梓「部活なんていけないよ~~っ!!」

純「だったらどうすればいいのよ…」

梓「グズッ…うぅ…」

純「梓…好きな人の前で緊張するのは分かるけど、もっと冷静になりなって」

梓「……」

純「律先輩と仲良くなりたいんでしょ?好きになってもらいたいでしょ?」

梓「…グズッ…うん」

純「梓にはもう失うものはない、あとは掴み取るだけ」

梓「純…」

純「《今までのことはごめんなさい、本当は律先輩のこと好きでした》これだけ言えればすむんだから」

梓「……」

純「梓は普段素直じゃないけど、素直になったら可愛いの。だから自信持ちなよ」

梓「そうかなぁ…」

純「そうだって、きっと律先輩も受け止めてもらえるよ!もしそれでダメでも私…」

梓「え…?」

純「…ううん、なんでもない。とにかく次はしっかりやるんだよ」

梓「うん…」

純「じゃあ律先輩のところに戻ろっか」

梓「ごめん…今は無理かも」

純「おい」



……

律「……」

昼休みが終わり、午後の授業が始まった。
私はその間ずっと、先生の話を聞かず考え事をしていた。

律(…おおばかやろう、って何だ?)

大馬化野郎?

大婆化野郎?

大歯化野郎?

律「……」

律(あぁ…大バカ野郎か)

そっか、私は梓にとって大バカ野郎なのか。
ってことはやっぱり私のこと…

律「……」

まさかあそこまで嫌われてるとは。
いや、当然のことか。
今日ここに来るまで、ひょっとしたら事が上手く運べるんじゃないかと
淡い期待をしていた私が馬鹿だった。

本当に大バカ野郎だ。


律「……」

頭がクラクラする。
体が重い。
吐き気もする。

さっき言われた事がショックだったからか?

律「……」

6時間目終了のチャイムが鳴った。
唯たちが部活に行こうと誘ってくる。

そんな気分ではない。
でも周りに気を遣わせるのはイヤだ。

我慢しよう。

私たち軽音部の四人は音楽室へと向かう。
私以外の三人は楽しそうにおしゃべりをしていたが、私には話の内容が頭に入ってこなかった。

ただひたすら頭が痛い…
死にそうだ。




唯「音楽室とうちゃーく!ムギちゃん、さっそくお茶の準備を!」

紬「まかせて!」

律「……」

澪「おい律、どうした?体調悪いのか?」

澪が心配そうに話しかけてくる。
確かに体調は悪い。
けど、いらない心配をかけたくはない。

私は何でもないよと言い、席に着いた。
それでも澪は聞いてくる。

澪「なんでもないって…どう見ても顔色悪いだろ?」

律「大丈夫だって」

唯「りっちゃん?どうしたの?」

律「…別に」

紬「でも…澪ちゃんの言うとおり顔色が悪いわ。熱とかあるんじゃない?」


とうとう唯とムギまでこっちに注目してきた。
そんな大事にしたくないっていうのに…

律「大丈夫だよ…ほっといてくれ」

澪「お前、やっぱり体調悪いんだろ?心配してるんだから正直に言っても…」

律「…余計なお世話だ」

澪「っ!?」

こんなことは言いたくなかった。
けど、つい口がすべってしまって…

澪「なっ…なんでお前はいつもそうなんだよ!?なんでこういう時に強がるんだよ!!」

律「強がってねぇよ」

唯「り、りっちゃん…澪ちゃん…」

紬「二人とも…とりあえず落ち着きましょ?お茶でも飲んで…」

律「……」

頭はボーっとしてるが、空気は肌で感じる事ができる。
完全に悪い流れだ。

澪「律…お前そういう所があるから、好かれたい人にも好かれないんじゃないか?」

律「!?」

澪「もっと弱さを見せたって…」

律「い、今はその話は関係ないだろっ!!」

澪「っ!」

澪の言葉がカチンときた。
今その話を掘り返して欲しくない。
さっきフラれたばかりだというのに。

無性に腹が立つ。
勢いよく立ち上がり澪に怒鳴ってやった。
澪はちょっと怯えたような顔でこっちを見ている。

私は怒りで我を忘れていた。

律「もう私に構うなよ!!どうせ私は…」

律(!?)

その時、意識が急にもうろうとし始めた。

律「あっ…?」

周りがグラついて見える。
体に力が入らない。
ちゃんと立っていられない。

律「あ、あれ…」

澪「律…?」

律「っ!!」

完全に力が抜けた。

体が落ちていく。

ガツンと音がした。

頭に一瞬だけ痛みが走る。
テーブルの角にぶつけた?

それよりも視界が歪んで、何がなんだか…

律「あっ……」

そのまま地面に倒れこんでしまった。

律「いった…」

澪「っ!?」

唯「りっちゃん!!」

紬「た、大変…」

みんなにかっこ悪いところ見せてしまった…
恥ずかしい。

それより頭がなんだか温かい。
なんだろう?

手をあてて確かめてみた。

律「えっ…」

次の瞬間、自分の手を見て驚く。
真っ赤に染まっていたのだ。
その真っ赤なものは頭からポタポタと落ち始めていた。

律「血…?」

さっきテーブルの角にぶつけたからか?

なにがなんだかもう…

澪「り、律っ!!」

意識が遠のいていく。
澪が私を抱きかかえて大声で何かを言ってる。

何を言ってるんだ?

澪「律!!おい律っ!!」

唯「ち、血がいっぱい…」

痛みは思っていたよりない。

ただ力が入らない。
気持ち悪い。
寒気がする。

律「私…死んじゃうの…?」

澪「律っ!!ごめん…私のせいで!!」

律「……」

違う。
悪いのは澪でも梓でも他のみんなでもない。

悪いのは…全部私だ。


律「私…さ…」

澪「律…?」

律「梓のことが…不安で…ずっと寝てなくて…食べてなくて…」

澪「なっ…ちゃ、ちゃんと休めって言っただろ!」

律「ごめん…でもどうしようもなくて…」

澪「バカ!!バカ律!!」

律「ごめんな…応援してくれるって言ってたのに…」

澪「り、律…?」

律「もう…ダメみたい…」

澪「な、なに言ってんだよ!!お前は簡単には死なないんだろ!?」

律「ごめ…ん……」

澪「おい律…律っ!!」

律「……」

澪「りっ…りつううぅぅぅぅううっ!!」

律「…ガッ…」

澪「っ!?」

唯「りっちゃん!」

紬「まだ生きてるわ!」

律「ガリガリ…くん…」

澪「え?」

律「ガリガリくんは…食べた…」

澪「食べた?ガリガリくんは食べたのか!?」

律「朝に……」

澪「な、何言ってんだよお前!!」

律「……」

澪「おい!それが最後の言葉でいいのか!?」

紬「りっちゃん!!」

澪「り、りつううぅぅぅぅうううっ!!」

唯「と、とととりあえずきゅっ、救急車を呼ばないと!!」

紬「そっ、そうね!まずはきゅきゅきゅっ、救急車を!!」

唯「な、何番だっけ!?110?119??177???」

澪「おっ、おお落ち着け唯!」

紬「そうよ!!とりあえずおっ、おお落ち着いてお茶でも…」

澪「ムギも落ち着け!!お茶飲んでる場合じゃないだろ!!」

唯「あぁっ!?澪ちゃん!!」

律「……」

唯「血がたくさん出てるぅ!!」

澪「うわあぁぁぁあああっ!?」

紬「お、おおお落ち着いて!!今おおおっお茶を持って…」

澪「だからお茶はいいって!!」

ガチャッ

さわ子「ちょっとあなた達、なに騒いで…」

律「……」

さわ子「きゃああぁぁぁああっ!?」


……

梓「……」

私は教室で自分の席に座りながらボーっとしていた。

これからどうしよう。
やはり部活に行ったほうがいいのだろうか?
そして彼女にちゃんと事情を…

梓「……」

いや…もし会ったとして彼女とちゃんと向き合えるのだろうか?
もしさっきみたいな事があったら…

考えるだけで恐ろしくなる。

梓「はぁ…」

ため息を漏らすことしかできなかった。

純「あ、梓!!」

梓「純…?」

突然純が教室に入ってくる。
なんだか慌てている様だ。

梓「どうしたの?」

純「り、律先輩が病院に運ばれたって!!」

梓「えっ…」

純「頭ぶつけて血がいっぱい出て、それで…」

純の知らせを聞いた瞬間、背筋が凍った。

病院に運ばれるほどの怪我?
頭から血?
まさか、すごく重症なんじゃ…

梓「ど、どこの病院!?」

私は純に詰め寄る。
純もすぐに場所を教えてくれた。

タクシーを使って急いで病院に向かう。

向かってる途中、あらゆる思考が頭を駆け巡った。

どれほどの怪我なんだろう。
律先輩の命は無事?
もし…死んでたら…

梓「律先輩…」

唇をぎゅっと噛み締めた。
少し血が出た。

病院につくと運転手にお金を渡し、急いで院内に入った。
そして受付で律先輩がいる病室を聞き出す。

すぐに向かった。

私は焦っていた。
一刻も早く律先輩の安否を知りたい。
もし最悪の事態が起こったと思うと、涙が出てくる。

イヤだ。
律先輩が死ぬなんてイヤだ。

まだ誤解を解いていないのに。
まだ謝っていないのに。
まだ告白してないのに。

それなのに…いなくなっちゃうなんて絶対イヤだ!

神様、お願い…
律先輩を助けて。

案内された病室にはすでに澪先輩がいた。
暗い顔をして病室の扉の前で立っている。
その顔を見て、私の不安はさらに増した。

梓「み、澪先輩…」

澪「梓…」

なんで…なんでそんな顔をしてるの?
笑ってくださいよ。

笑って、「律は無事だ」って言ってくださいよ…


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最終更新:2010年08月23日 21:27