つぎのひ!
私はロビーに集まる人だかりがいつもより増えているのに気がつきました。
昨日私が墜とした重攻撃ヘリを他の人が破壊した映像らしい。
唯「……!」
「おい……この戦法ってよ」
「まるで”うんたん”の……」
ヘリが爆発を残して跡形も無く消え去り、小さく歓声が沸いた。
「奴よりも早いぜ……」
「しかも、確実ときた」
マントを被った人が、私と同じ戦法で、私よりも早く確実にヘリを破壊していた。
私に対する挑戦……?
あの人は何がしたいんだろう。
内心はらはらしながらモニターを見ていると、その人がこちらを振り返った。
唯「うそ……」
ウェーブした綺麗な髪、たくあんみたいに太い眉毛。
人差し指と中指をクロスさせて、にこやかに笑っているのは……
唯「ムギ……ちゃん……?」
そしてにこやかな笑みが、ふっと挑戦的な笑みへと変わった。
嫌らしいほどに優雅な笑顔。
私はすぐにロビーの隅にあるパソコンへと走った。
唯「ごめんなさい、どいてっ!!」
パソコンの前にいた人を突き飛ばして、私はキーボードを叩き始めた。
唯「クラスA完遂者……最新データを要求……!」
ムギちゃんがアヴァロンにいたなんて……誰からも聞いてないよ。
モニターに検索結果が表示されて、私は食い入るように見ました。
唯「クラス……”ビショップ”」
唯「登録名不詳!?」
意味がわかんないよ。
登録者名が表示されないなんて、ありえないはず。
唯「そうだ、アクセスポイントを……」
検索にムギちゃんのアクセスポイントを要求する……
唯「データなし……?」
ありえないよ。どこからもアクセスしていないなんて。
唯「そうだ……さわちゃん先生に……っ!!」
滑って転びそうになりながら、私は端末のある個室へと走った。
勢いよくドアを開けて、モニタに向かって叫ぶ。
唯「さわちゃん!!」
さわ「どうしたの? 唯ちゃん」
さわ「まだ回線は空いてないわよ」
部屋の電気が点き、モニタにさわちゃん先生が現れる。
さわ「いくら”うんたん”の唯ちゃんでも順番は……」
唯「それはキャンセルでいいから!」
唯「さわちゃん先生。頼みがあるの……!」
さわ「それは駄目よ。唯ちゃん」
唯「どうして!?」
さわ「個人的な依頼は受けられないの。公正を欠くことになるから」
さわ「唯ちゃんも、わかっているはずよ」
唯「お願いさわちゃん! クラスAをクリアした”ビショップ”の情報が欲しいの!」
唯「パソコン以上の検索ができるはずでしょ!?」
さわ「……どうして彼女のことを?」
唯「どうしても会わなきゃいけない人なの……!」
さわちゃんは先生は少しばかり沈黙した。
私の必死の願いは、伝わっただろうか。
さわ「……”うんたん”」
さわ「他のプレイヤーとの接触は持たない」
さわ「それがあなたの主義じゃあなかったの?」
さわちゃん先生の声は、冷たく私の耳に届いた。
唯「……うん」
私は、あの日から”ソロプレイヤー”として生きることを選んだ。
唯「それが、私の主義だよ……」
私はそれ以上何も言うことなく、個室を後にした。
アヴァロン――林檎の樹と霧の彼方の伝説の島
アヴァロン――いつの日か
アヴァロン――英雄の訪れる妖精の島
アヴァロン――いま英雄が旅立ちを迎える伝説の島
アヴァロン――九人の女神と
アヴァロン――ともにある聖霊の島
あゝ、アーサーよ
霧の水面にいま船は旅立つ――アヴァロンへ
?「ねえ、ちょっと!」
夜も更けたある日の帰り道、私は聞き覚えのある声に呼び止められました。
唯「誰?」
電灯の下に照らされたその人は、すらりと伸びた綺麗な黒髪、豊かな体つき……そう、澪ちゃんでした。
澪「やっぱり唯、か……」
唯「澪……ちゃん……」
澪「元気そうだな」
唯「……う、うん」
過去の栄光を今一度照らすように懐かしみ、微笑み、澪ちゃんは言った。
澪「唯、今時間ある? 少し、話したいこともあるんだ」
唯「あ……うん、いいよ」
”放課後ティータイム”の仲間。
輝かしく、忌まわしい過去を一緒に背負った一人。
私たちはアヴァロンのプレイヤーたちが利用できる食堂に入っていく。
お金を払ってもIDカードを持っていなければ、ここで食事することはできない。
あんまり美味しいわけじゃないけど、たまに私もお昼ご飯をここで食べることがある。
澪「いろんな噂が耳に入ってくるよ。”放課後ティータイム”のメンバーだったせいもあるけど……」
澪「ほんと、未練なのかな」
”おじや”の盛られた皿をトレイに取りながら、澪ちゃんが言う。
澪「顔を突っ込むつもりなんかないのに、聞きたくもない話を聞かされるよ」
唯「そうなんだ……」
私はココアをひとつもらって、トレイの上にちょこんと乗せる。
澪ちゃんはミネラルウォーターのペットボトルを一本とっていた。
澪「凄腕のソロプレイヤーがいて、それが女の子だ、ってさ」
澪「もしかして、って思ってたら……ほんとに唯だった」
秋刀魚の煮付けと漬け物をトレイに乗せながら、澪ちゃんが続ける。
唯「澪ちゃん……調べたの?」
澪「何を?」
唯「私のデータ」
澪「……偶然だよ。嘘じゃない」
澪「また唯たちと組むことができるんだったら……運命の再会かもしれない」
私は、何も答えない。
澪「……じゃあ、あそこで食べよっか」
食堂の机の端をとって、二人向かい合って座る。
私のトレイを見て、澪ちゃんが不思議そうな表情を浮かべた。
澪「……あれ? 唯は晩ご飯、食べないのか?」
唯「憂がご飯作って待ってるから、いいの」
澪「……そっか」
澪「ごめんな、唯。つきあわせちゃって……」
唯「ううん、全然いいよ」
私はココアを一口飲んで、澪ちゃんはおじやを一口食べる。
澪「唯は”ファイター”だったよな」
澪「”ファイター”なら、ソロでもプレイできる」
澪「私は”シーフ”だから、ソロじゃとてもじゃないけど戦えないな」
唯「そっか……澪ちゃんは今、どうしてるの?」
澪「適当なパーティと、斥候と罠の解除とか、ナビゲーターやってる」
ミネラルウォーターをぐいっと飲んで、澪ちゃんは一息ついた。
唯「でも澪ちゃんの腕なら、どこでもやっていけそうだね」
澪「ふふっ、そうでもないよ」
澪「……放課後ティータイムのわだかまりが……今も残ってる」
あまり聞きたくない言葉が、私の耳に届く。
澪「他の人だって、そうさ」
澪「最強といわれた”放課後ティータイム”のメンバーだった過去は……ハンディにすらなるから」
澪「”放課後ティータイム”は……」
もう聞きたくない。……頭が痛くなってきた。
澪ちゃんの口から発せられる言葉の一つ一つが耳に届く度、胃がきりきりと痛み、吐き気がする。
澪ちゃんはどうしてそんなことを次々と言えるのかわからない。
唯「……っ!」
気がつけば私は、思い切り机を叩いて立ち上がっていた。
澪「唯……」
澪「ご、ごめん唯……私……っ!」
澪ちゃんが顔色を変えて、私に謝る。
唯「聞きたくない」
私は澪ちゃんを一瞥すると、椅子から離れた。
澪「ひっ……!」
澪ちゃんがすくんだように私を見上げる。
唯「……想い出に浸ってるほど、私も暇じゃないから」
私は財布からお札を適当に数枚とると、澪ちゃんのトレイに投げた。
澪「唯……!」
唯「お礼はいらないよ」
アヴァロンのおかげですっかり険悪になった私の目を見て、澪ちゃんがおそるおそる言った。
澪「違う……」
唯「?」
澪「そうじゃない!」
澪ちゃんが声を荒げて、私を制止した。
澪「待って唯……梓のことは?」
唯「あずにゃん……?」
何であずにゃんの話になるの。
あずにゃんがどうしたっていうの? もうみんな離ればなれなのに。
私が途方にくれたように立ちつくすと、澪ちゃんがホッとしたように続けた。
澪「その様子だと……聞いてないみたいだな」
澪「梓もソロでやってたんだけど……”ロスト”した」
真っ白な病院の壁が、窓から入る陽光を反射する……。
看護士が車いすを押し、担架に横たわった患者の世話をしている。
――唯も、聞いたことがあるだろう。クラスAの、隠れキャラの話……。
車いすに座った男の人は、ぐったりと虚空を見つめている。
その目には、もう二度と光は差さない。廃人。
私は思わず目を逸らして、早足で歩いた。
――出るんだって、妙なニュートラルキャラクターが。
病棟のそこら中、死んだように眠る廃人だらけ。
医者や看護士たちは働きアリのように歩き回る。
――哀しそうな目をした、少女なんだ。
プログラムのバグだっていう人もいるらしいけど……”ゴースト”って呼ばれてる。
その少女を追いかけた人は……”未帰還”……つまりロストしてしまうんだ。
それが判っていながら、なぜ追うのか……?
唯だって知ってるだろ。
リセット不能の幻のフィールド、”スペシャルA”が存在するって噂を。
危険だけど、獲得できる経験値も法外なフィールド……。
”ゴースト”はそこに通じる唯一のゲートなんだそうだ。
だから、追う。アヴァロンを究めようとするプレイヤーは……。
スペシャルAを目指して。
梓も――
ベッドに横たわったまま、物言わぬあずにゃん。
その目は、一体何を見ているのかわからない。
でも、何か……遠いようで近い、もうひとつの世界のようなものを見ているような気がして、私はあずにゃんを見つめた。
唯「あずにゃん……」
目を瞑れば……あの日を思い出す。
軽音部のみんなと共に送った日々を。
律「澪! アヴァロンって知ってるか?」
澪「なんだそれ、馬か?」
律「違うっ! 今話題のネットゲームだよ!」
IDカードを申請して登録すれば、誰でもできる。
当時、現行のMMORPGとかを遙かに凌駕した究極のネットゲームといわれていた。
個室を借りて、頭に端末をかぶってプレイすれば、現実のような感覚でネットゲームができる。
究極だけど、リアルすぎて”おたく”向け。
ルールは簡単。現実的すぎる仮想空間で、銃を持って戦う。
プレイヤーキャラクターの職業を選んで、経験値でレベルを上げ強くなる。
ポイントは武器を買うため、そして現実のお金に換算することもできる。
いわゆる”プロゲーマー”になれば、それで生活することもできることが証明されたのはまだ先の話だけど……。
でも”おたくゲーム”なんて言われていたのもつかの間。
女子高生でも、会社員でも、誰でもその魅力に取り憑かれていった。
バランスのとれた6人ほどのパーティをくみ、他のパーティたちと競い争う。
澪「みんな、新聞の記事を見たのか!?」
澪「脳を壊されて廃人になるって……!」
律「でもよお、それって年に数人だろ。澪」
澪「それにしたって危険じゃないか!」
澪ちゃんはこのゲームの危険さ……
きっと、脳を破壊されて廃人になる前に、ある種の廃人になってしまうことが想像できていたんだと思います。
唯「でも、お小遣いも入るし……何より面白いし」
紬「まあ、私も悪くないと思うわ」
律「梓はどう思う?」
梓「澪先輩が正しいと思いますっ!」
梓「練習だって回数減っちゃってるじゃないですか!」
どうしてあの時、私は気づくことができなかったんだろう。
律「ようし、じゃ練習して、帰りにみんなでアヴァロンやろうぜ!」
唯「さんせーいっ!」
梓「それなら……まあいいですけど」
大学を中退した私は、アヴァロン最強とうたわれたパーティ”放課後ティータイム”の一員となっていた。
りっちゃんと澪ちゃん、あずにゃんそして……私。
ムギちゃんは遠くへ嫁いでいってしまい、それ以来会うことができなくなってしまっていた。
みんなと会うのは、アヴァロンの中だけ……。
みんなで集まってバンドをすることは、なくなっていた。
その時の私は、アヴァロンの面白さに取り憑かれ、アヴァロンでお金を稼ごうと戦いに戦いました。
そんな私の姿が、澪ちゃんの言っていた”ある種の廃人”であることも気づけないまま。
莫大な報酬が手に入るクラスAに行けるだけの実力をつけた私は、さらにアヴァロンにはまっていった。
澪ちゃんは、大学に行きながらも、私たちに会うためにパーティに来てくれていました。
りっちゃんはフリーターとしてバイトをしながら、パーティにつきあってくれました。
あずにゃんはなんと、レベルが上がりづらいといわれる”ビショップ”で私よりも強くなっていました。
あずにゃんは高校を卒業してから、自分の身の上のことはまったく話さなくなりました。
最近は何をしているの? と聞くと、何かと話しをはぐらかされてしまう。
律「すっげえなぁ、報酬!」
澪「ほんと、唯と梓のおかげだな」
唯「そんなことないよ、みんなで戦って手に入れたお金だもん!」
梓「そうですね」
こんな時ばかりは、あずにゃんも可愛らしい笑みを見せてくれる。
律「んじゃゲームマスター、PG-7を5本補充ね!」
澪「多いだろ! 3本にして、後は7.62mmを3マガジンにしときなさいっ」
私たちはありあまる報酬を山分けして、アヴァロンでの名声を勝ち取った。
――機銃掃射だ!!
私は廃墟の中を駆け抜け、必死に遮蔽物を捜す。
窓の外の空には、2機のMi-24ハインドが迫っている。
その日私たちは、Aランクの中でも最も難しいといわれるマップを攻略していました。
強豪たちが”空の悪魔”ハインド攻撃ヘリのコンビネーションの前に敗れ去る恐ろしいマップ。
梓「澪先輩!! 右へ迂回して牽制をぉっ!!」
あずにゃんが一階にある壁の穴から、超低空に降りてきたハインドに向かって威嚇射撃する。
ガトリング砲の掃射がはじまり、あずにゃんは瓦礫の中にもがくように丸まる。
梓「……っ!!」
唯「あずにゃん!!」
梓「唯先輩!! 構わず火力を集中させてください!!」
あずにゃんが通路で立ち止まる私に怒鳴る。
律「唯! こっちだ早く!!」
澪「もう弾薬が少ない…っ!! いったん退却しよう! 梓!!」
律「くっそドジ踏んじまった!!」
りっちゃんが急に立ち止まり、瓦礫の裏に飛び込む。
私は思いっきり転んでしまって、銃が床の大穴から一階に落ちてしまう。
唯「……きゃあっ!!」
その直後、ハインドの機銃掃射。
巨大な弾丸が空気をかすめ、私の周りの床に大穴を開けていく。
澪「もうダメだ……逃げよう梓……!!」
梓「弱音を吐いちゃダメ!!」
梓「”放課後ティータイム”の戦闘に、リセットはないんです!!」
こんなのあずにゃんの声じゃない……。
恐ろしいまでに殺伐としたあずにゃんの叫び声。
梓「唯先輩……唯センパイ、ユイセンパイ!!」
私は仮想空間の中で、全身の血の気が引いていくのを感じる。
空の悪魔のうなり声、あずにゃんの叫び声、絶望の奈落に落ちたような状況――
最終更新:2010年01月25日 21:05