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――検索:アヴァロン

思い出してもしかたのない過去。
今でも嫌な気分になるハインドのエンジン音を頭の中でめぐらせながら、私はキーボードを叩く。

――検索:ゲート

多すぎてアテにならない。

――検索:アヴァロン ゲート ゴースト

まだ、ダメ。
憂「おねえちゃーん」
憂が呼んでいる。
唯「ちょっと待ってー」

――検索:アヴァロン ゲート ゴースト リセット不能

まだダメ。

――検索:アヴァロン ゲート ゴースト リセット不能 コンプリート クラスA

エンターキーを押して、さらに検索をかけてみる。
ここまでやればいけそうなんだけど……。


でもモニターに現れた予想外の結果に、私は身震いした。
唯「何これ……」

”アクセス禁止”
”アカウント停止の警告”

唯「うわああっ……どうしよう……どうしよう!!」
憂「お姉ちゃん、どうしたの?」

憂がドアを開けて、私を呼びにきた。
唯「ういーっ!! 大変だよ!?」
憂「ど、どうしたのお姉ちゃん?」
唯「ぱ、パソコンが……」

憂が頷いて、パソコンに向かった。
憂「まかせて、お姉ちゃん」
憂がキーボードをパシッと押すと、警告は消えて検索画面は元に戻った。
憂「お姉ちゃん何見たの? こんなの初めて見た」
唯「ごめんね、憂。アヴァロンの事調べてたらこんなになっちゃって……」
憂「あれ、お姉ちゃん、検索にひとつだけ残ってるよ」
唯「え?」
憂が画面を指さした。
憂「ほら、ここ……”Nine Sisters”って」
唯「きゅうしまい……?」
取り消しにされた検索画面の中に一つだけ残ったキーワード。
何となく、私はマウスを掴みそれにカーソルをあわせた。
憂「待ってお姉ちゃん! ウイルスかもしれないよ!?」
唯「うぅーん……押してみる」
憂「ええっ!?」

そして、画面が切り替わり、くすんだ9人の女の子の写真が現れた。
”アーサーここに眠る いつの日か再び蘇らん”
憂「お、お姉ちゃん……絶対怪しいよ」
唯「きっと大丈夫っ」

”アヴァロンの非合法性を確認の上 あなたのIDデータを入力してください”

唯「……」
憂「これ……きっと詐欺だよ。やめておいた方が……」
唯「ううん……どうしても知りたいことがあるから」

私は憂の制止にかまわず、IDカードをリーダーに通して、情報を入力した。

”クラスA 廃墟C66にて待つ”

唯「これって、来てってことだよね……」
憂「うん、そうだと思う……」
私は椅子から立ち上がると、クローゼットからコートを手にとった。
唯「ごめん、ちょっとアヴァロンしてくる」
憂「ええっ!! 行くの!? 危ないよ!」
唯「大丈夫。だって私はアヴァロン最強の”うんたん”だもん」

憂が泣きそうな目で私を見つめている。
このゲームが時に植物人間を生み出す危険なものということは憂も知っている。
憂「何かあったら、お姉ちゃんだけの問題じゃないんだよ!」
憂「こんな危ないゲーム……今まで何も言わなかったけど……もう……」
唯「だいじょぶだよ、憂」
私は憂をぎゅっと抱きしめる。憂はすすり泣いている。
唯「憂が泣きやむまで、ここにいるから、安心して……」
憂「うん……」


唯「行ってきます」
まだ目もとが赤い憂を残して、玄関を出る。
休日のお昼下がり。
なんてこと、ない。今日も同じようにアヴァロンで一暴れしてくるだけ。
憂が目を潤ませて、手を振ってくれる。
憂「気をつけて……ね、お姉ちゃん」
唯「すぐ帰るよ!」

服を脱いで端末を手に取った私に、さわちゃんが声をかける
さわ「今日はクラスAの回線が結構重いから、ラグに注意してね」

下手にラグを起こして接続をしくじると、とても危険。
でも私はいちいち待っている暇はない。
唯「さわちゃん先生! ”九姉妹”って、聞いたことある?」
さわ「モルガン・ル・フェのこと?」

唯「もーがん・る・ふぇ……?」
さわ「そうよ……伝説の島アヴァロンを支配する、女神たちのこと」
さわ「傷ついたアーサー王を黒い舟で、水の果てアヴァロンへ運んだ九人の女神たち」
さわ「妖姫モルガンは、ノルスガリスの王女、荒れ地の女王そして……」
さわ「守護者である湖の姫」
唯「なんだか、神話みたい……」

唯「小学校の頃読んだ神話の本に、そんな話があったよ」
唯「旅の途中で舟が壊れて、とおい島に流れついたオジールの話」
唯「オジールを助けたモルガンは、金の指輪を渡して、不死と永遠の若さを授けたの」

さわ「でもオジールは、モルガンが自分の頭に載せた王冠に気づかなかった」
唯「”忘却の王冠”……自分の国のことも、何もかもみんなを忘れちゃったんだよね……」

私は端末をかぶって、目を閉じる。
唯「アヴァロン、始めて。さわちゃん先生」


クラスA 廃墟C66。
荒野の真ん中に建つ廃墟の中を、ゆっくりと歩く。

唯「……!」
不意に誰かの気配がして、拳銃を構える。
?「待って! 撃たないで」

高校生くらいの女の子が飛び出してきた。
?「……ほら」
訝しげに見る私に、銃のマガジンを外して見せる。
そしてコッキングレバーを引いて、チャンバーの中の弾薬まで落とした。
ジル「”九姉妹”の……ジルって呼ばれてるんだ」
ジル「高名な”うんたん”に会えるなんてね」

九姉妹? こんな私よりも年下に見える女の子が?
でも相手もこうやって敵意がないことを示しているし……とりあえず行ってみよう。
唯「……お出迎え、ありがとう」
拳銃をしまい、SVDのマガジンを抜いて、チャンバーも解放してみせる。


ジル「こっちよ」

そう言われて、廃墟の裏側……湖の前に来る。
もう一人、男の人がいる。
?「ようこそ、”うんたん”」
抜いたマガジンを掲げて、彼も敵意がないことを示している。
正直なところ……とっても怪しい。
?「……って……唯さんじゃないですか!」
唯「え……?」
聡「俺ですよ! えっとデコの……田井中律の弟の、聡です!」
唯「あっ、聡くん」

見覚えのある、りっちゃんに似た顔立ちの男の子。
そうだ、聡くんだ。
何度かしか会ったことはないけど、よく憶えている。

でも私は、そんなに甘くはない。
昔のただ、ぽわぽわとしていた頃の私なら気づかないかもしれないけど、今は違う。
唯「聡くん……何が望みなの?」
唯「無償で情報は……得られないものだから」
私のアヴァロンでの険悪な視線が、聡くんに突き刺さる。

聡「さすがは唯さん……」
聡「じゃあ……装備一切を渡してもらおうか」
唯「!」

廃墟のそこら中から、他のプレイヤーたちがログインしてきた。
そして、私に銃を向ける。
聡「あんたの装備データをほしがる馬鹿が結構いてね」

ジルと名乗った女の子が、私の銃を奪い取る。
私は何もできず、両手を挙げる。
唯「”プレイヤーキラー”だね……」
聡「これもアヴァロンで稼ぐ方法さ」

そう言って私に近づいてくる。
聡「うひょおいい貧乳だね、唯さん」
そう言って私の胸に手を……
唯「当てさせると思った?」

私は聡くんの腹に蹴りを入れて、首を抱え込んで拳銃をつきつける。
周りのプレイヤーたちが呆気にとられて、立ちつくす。


唯「聡くん、痛いの嫌?」
聡「当たり前だろ……」
唯「”スペシャルA”の情報を」
聡「本気なのか?」
それに答えるかわりに、私は拳銃の撃鉄を起こした。
首筋に銃口が当たり、私は引き金に指をかける。
聡「ま、待って……詳しくは知らないけど……」
聡「この世界を……プログラムした連中」
聡「本物の”九姉妹”なら……」
唯「何、それ? 教えてほしいな、聡くん」
首にもっと強く拳銃押しつけて脅迫する。
私をただのか弱い女の子だと思われちゃ困る。私はこの世界で食べていく、最強のソロプレイヤーの一人。
聡「……単なる噂だ……でも連中なら……」

ジル「聡!!」

女が叫んだ。皆が一斉にその方向を向く。
唯「!?」
そこには、空中に出現したハインド。

機体はジグザグにねじれて、残像が残る。
聡「ひでえ……ラグってやがる!」

機影がはっきりとし始めたハインドから牛の鳴き声のような連続音。
機首のガトリング砲が雄叫びをあげた。
さっきの女の子は、ハインドの機銃掃射を食らって即死した。
次々と他のプレイヤー達も薙ぎ倒されて死亡していく。

唯「こっち!」
私は聡くんを掴むと柱の裏に吹っ飛ばした。
自分も柱を遮蔽物に、取り返したSVDを構える。
唯「……!」
せめてパイロットだけでも殺してやる。
そしてスコープの倍率を上げた。
そのレンズ越しに見えたのは、火の玉――


私は端末を外してベッドから転げ落ちると、思いっきり胃の中のものを吐き出した。

唯「うっ……はあ……はあ…げぼっ……」
胃液のにおいが鼻を刺して、私はさらに胃液を吐き出した。
唯「……はぁ……はぁ」
喉とお腹が熱くて、息苦しい。

さわ「唯ちゃん……」
ディスプレイに表示された”RESET”の文字が消えて、さわちゃん先生が姿を現した。
唯「ごめんなさいさわちゃん……部屋、汚しちゃって……」
さわ「気にしないで」
さわ「そんな日もあるわ」

ゆっくりと服を着て、何も言わず私は個室を出て、帰路についた。
どうしたの? と聞く和ちゃんに今日のキャッシュはないから、とだけ告げて。
電車を降りて駅のホームを見れば、”アヴァロンをやめよう”と書かれたポスター。

まんざら間違いでもないと、私は思う。
アヴァロン――フリークスと廃人の島。
アヴァロン――私の墓場。


ベンチに座っていると、憂からメールがきた。
『お姉ちゃんは今日の晩ご飯何がいい?』
唯「……そうだなぁ」
少しだけ、元気が出た。
吐いちゃったけど、元気だけが私のとりえだから、もう大丈夫。
お腹はぺこぺこ。
唯「カレー……」
中辛はダメ……甘口で。
『帰りにお肉とじゃがいも買ってきてほしいな』
唯「わかったよ。今から買って帰るから……っと」

スーパーの中を、かごを持って歩き回る。
ここ数年でさびれちゃった感じがするけど、これが現実だから仕方ない。
何が悪いのかはわからない。
アヴァロンができたからか、政権が交代したからか、景気の低迷か。
なんにせよ、我が家はアヴァロンのおかげで生活には不自由しない。
わたしが戦い続けるからには、大丈夫。

いちご牛乳とマシュマロ、晩ご飯のあとで憂と食べようかな。
りんごも買っていこう。

もちろん忘れずに、お肉とじゃがいもも買わなきゃ。

スーパーを出たころには、私はすっかり上機嫌。

憂「おかえり! お姉ちゃん」
玄関を開ければ、憂が待っていてくれた。
唯「ただいま、憂」

コートを脱いで、手を洗って、うがいをして……。
それから私は、キッチンへと向かった。
カレー粉のいい匂いがする。

唯「うい~」
憂はいつものようにエプロンをして、うでまくりをしていた。
憂「どうしたの? お姉ちゃん」
唯「私も一緒につくるよっ」
憂「ええっ!?」
唯「だいじょうぶだよー、私もうそんなにやわじゃないもんっ」
憂「うーん、じゃあ、鍋でお肉とか炒めておいて」
唯「了解!」
憂といっしょにご飯をつくるなんて、どれほどぶりだろう。
高校時代のクリスマス会でケーキにいちごを乗せたとき以来かもしれない。


――お肉お野菜ひみつのかくし味……育ちざかりの欲張り恋心
――大好き、コトコト煮込んだカレー
――キミがいなくちゃ寂しいテーブルなの
――女の子は甘いのが好き。あこがれだけど中辛はおあずけ
――だけど限界、辛すぎてもうダメ……カレーちょっぴり、ライスたっぷり


憂「お姉ちゃん、もしかしてそれって新歓ライブの時の……」
唯「カレーのちライスっ」
憂「やっぱり! いい曲だよね」

二人笑いあって、お皿にカレーを盛りつける。

唯「カレー、おいしいね~」
憂「今日はいつもよりもっともっとおいしいよ」
唯「?」
憂「だって、お姉ちゃんと一緒に作ったから……えへへ」

憂の笑顔が、いつもに増して輝いて見える。
私のたった一人の妹。大事な、とっても大事な妹。
今の私の生きがいであって、私を待っていてくれる大切な人。


憂「お姉ちゃん、ほっぺにご飯つぶついてるよ」
そう言ってご飯つぶをとると、ぱくりと食べた。
唯「ありがとね~うい~」
憂「お姉ちゃんも変わらないね~」
唯「そんなことないよー!」

それから、私はテレビを見て、憂は食器を片付けてくれていました。

憂「皿洗ってるから、テレビ見てていいよ」
唯「ありがとう~うい~」
ホッとするひととき。

テレビでは障害者の人の特集をやっている。
ちょっとネタにしすぎて、不謹慎じゃないかなぁと思う。
『衝撃の事実はCMのあと!』
数分経って、CMに入った。
唯「ういー」
台所が、とっても静かだった。
水の流れる音も、聞こえない。

唯「憂?」
私はテレビの電源を切った。
しん、と静まりかえったリビング。


唯「憂? どこ行ったの?」


キッチンをのぞくと、誰もいない。
洗っていない皿が流し台にそのままになっている。
唯「ねえ、う~い~、いないの?」
1階のクローゼットを開けてもトイレにもいない。
二階の電気をつけて、誰もいないはずの二階へ上がる。
唯「ねえ憂」

私の部屋にも、憂の部屋にもいない。

唯「……うい……なんでいないの……?」

私はコートを羽織って、玄関を飛び出した。
外は真っ暗……そこには人の姿はない。

唯「うい……憂……!」
唯「ねえ憂、憂、どこにいるの……」
唯「憂……お願い出てきてよ憂……!」

夜の街を、一人走り回る。
最近はすっかり街はさびれ、治安も悪くなった。
夜に憂を一人で歩かせちゃダメ。
お姉ちゃんが迎えに行くから……憂。

唯「憂!」

ただただ走り回り、へとへとに疲れ、私はついに転んでしまった。

唯「う……うい……うい…どこなの……憂」
唯「……ひぐっ……うっ……憂……っ」
道に倒れ込んだまま、動けない。
悲しくって、わからなくって涙が止まらない。

何がおかしいの……現実がもう一つあるような気がしはじめてから?
あずにゃんが廃人になってから?
それともムギちゃんがいなくなってから?
……アヴァロンを始めてから?

軽音部ができた時……から?

?「ゆ、唯!……大丈夫か!?」
誰かの声がする。
泣きじゃくる私を抱き起こして、呼びかけている。
澪「唯!」
唯「みお……ちゃん?」
澪「こんなところで何してるんだ?」
私の服についた泥を払って、澪ちゃんは私を引っ張ってくれました。
澪「立てるか? 唯」
唯「……うん」

澪「何があったんだ?」
唯「……う……」
現実がもう一つあるような気がしはじめてから?
唯「……な、なんでもない……よ」
憂がいないのは現実じゃないから?
今ここで憂のことを言葉に出してしまったら、憂ともう二度と会えないような気がする。
唯「リセットが……身体にこたえただけ」
まんざら嘘でもない嘘をつく。……ごめん、澪ちゃん。
澪「そっか……」

二人、暗い路地を歩く。
唯「澪ちゃんはどうしてこんなところに?」
澪「唯に会いにきたんだ……話があって」
唯「私に話……?」
澪「クラスSAへ通じるゲートの話とか、いろいろ。調べてきたんだ」

唯「はい、お茶」
澪「ありがと」
澪「唯もお茶を淹れれるなんて、昔とは違うんだな」
唯「ひどっ!」
澪「ふふっ、冗談だよ」
澪「そうだ、これ……」
澪ちゃんが紙箱を手提げ袋から取り出した。
澪「よくムギが持ってきてたマドレーヌと同じやつ」
唯「おおっ、ほんとだ!」

お茶を飲み、マドレーヌを食べながら、私たちは最近のことを話しました。
澪ちゃんも変わらず。パーティの偵察としてうまくやっているみたい。


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最終更新:2010年01月25日 21:08