B:置手紙の日にちを破る。


律さんたちのせっかくの好意を無碍にするわけにもいかない。
もう少しだけお姉ちゃんにお灸を据えてあげよう。
私は3人の家にそれぞれお世話になることにした。

憂「じゃ、じゃあお言葉に甘えて…」

律「決まりだな!じゃあ、最初は誰の家にしようか?」

紬「はい!!はい!!!」

澪「む、ムギ?!ど、どうしたんだいきなり」

紬「私、家出少女を匿うことが夢だったの!」

澪「」

律「じゃあ今日はムギの家だな!明日は私の家で、明後日は澪の家でいいな?」

澪「ああ、わかった」

憂「すいません、お世話になります」

紬「いいのよいいのよ。あ、ちょっと待っててね」

ピッ

紬「もしもし、斉藤?今から家出少女を連れてくるから部屋を用意しておいて」

斉藤『お、お嬢様?!それはいったいどういう―――』

ピッ

紬「これで大丈夫よ。さ、いきましょ憂ちゃん」

律「いいのかあれで…」

澪「まぁ、いいんじゃないのか。ムギだし…」

紬「それじゃあ、唯ちゃんが来ちゃったらいけないし私たちはここで帰りましょ」

律「明日のことはまたあとで連絡するよ!」

紬「待ってるわ。それじゃあ、また」


唯「ごめーんみんな、遅くなっちゃって。あれ、ムギちゃんは?」

澪「なんか急用思い出したって言って帰ったぞ」

唯「…?そうなんだぁ」



【つむぎの家】

憂「お邪魔しまーす」

紬「はい、どうぞー」

憂「うわっ、すごい大きい…」

紬「斎藤ー!いるー?」

斎藤「お嬢様!家出少女を連れてくるとはいったい…」

紬「この子は私の友達の妹さんなの。訳あっていま家出中だから、今晩うちに泊めることしたのよ」

斎藤(お嬢様…なんとお優しい、慈愛に充ち溢れた方なのでしょう…)

紬「くれぐれも失礼のないようにもてなしなさい」

斎藤「かしこまりました」

ガチャ

紬「この部屋は好きに使っていいから、ゆっくりしてね」

憂「ええっ、部屋一つですか?!」

紬「あら、一つじゃ足りないかしら?じゃあもう一部屋…」

憂「い、いえ!大丈夫です!むしろ広すぎて落ち着かないので、紬さんと同じ部屋にいさせてもらってはダメでしょうか…?」

紬「わ、私と同じ部屋…?」

紬「・・・・・・」ぶっ

憂「つ、紬さん?!」

憂(なんで鼻血…?)

紬「ご、ごめんなさい。ちょっと興奮…じゃなくて、びっくりしちゃって」

憂「大丈夫ですか?」

紬「へ、平気よ。あっ!お昼にしましょうか」


憂「す、すごい豪華…」

斎藤「お嬢様の大切な客人ですから、腕によりをかけて作らせました」

紬「んもう、斎藤ったら…」


とにかく紬さんの家は凄かった。
三ツ星レストランのフルコースのような食事だったし、
部屋は一流ホテルにも引けを取らないくらい豪華で気品あふれるものだった。

食事が終わったあと、紬さんと屋外プールに入った。
もちろん家の敷地内にあるプールだ。
今日は特に暑かったから、水がすごく気持ちよかった。
何度か紬さんが鼻血を出してプールが赤く染まったけど…。

これだけの環境がありながら、紬さんはそのことをちっとも鼻にかけることはなかった。
むしろ、全力だった。全力で何でも付き合ってくれるし、全力で楽しんでいた。
子どものような人だった。


【夜 つむぎの部屋】

紬「あら、おかえり憂ちゃん」

憂「いいお湯でした」

紬「それはよかったわ」

紬さんは携帯をいじっていた。

憂「メール、律さんからですか?」

紬「うん。明日どうする?って」

brrrr

紬「ふふっ、りっちゃんったら…」

憂「楽しそうですね、紬さん」

紬「りっちゃんはね、私にたくさん楽しいこと教えてくれるの」

紬「りっちゃんだけじゃない。唯ちゃんも、澪ちゃんも、梓ちゃんも、私の知らない楽しいことをたくさん教えてくれる」

紬「私、軽音部のみんなと出会えて本当によかったと思ってるわ」

憂「幸せなことですね」

紬「うん!」

紬さんは本当にうれしそうだった。

紬「さ、そろそろ寝ましょうか」

紬「ベッドは空きがあるから、好きなのを使ってくれて構わないわ」

憂「あの…せっかくですし、紬さんのベッドで一緒に寝てもいいですか?」

紬「お、同じベッド…」

紬「・・・・・・」ぶっ

憂「紬さん?!」

紬「大丈夫よ、ティッシュ詰めてあるから」

憂「」

2人でベッドに入ると、紬さんがこんなことを言いだした。

紬「私ね、憂ちゃんが今日泊まりに来てくれて本当にうれしかったの」

憂「?」

紬「あまりお泊りっていうのを経験したことがなくて。ましてやうちに誰かが泊まりに来るなんてなかったから…」

紬「ありがとうね、憂ちゃん」

憂「いえ、こちらこそ本当に楽しかったです。ありがとうございました」

紬「それじゃあ、おやすみ。憂ちゃん」

憂「はい、おやすみなさい」

明日は律さんの家、明後日は澪さんの家か。
どんな家なんだろう。そんなことを考えながら眠りについた。



【家出3日目】

憂「お世話になりました」

紬「いいのよ、またいつでも来てね」

憂「はい、ぜひ今度はお姉ちゃんと」

紬「それじゃ斎藤、りっちゃんの家まで頼むわね」

斎藤「かしこまりました」


【りつの家】

律「おっ、いらっしゃい!さ、はいってはいって」

憂「おじゃましまーす」

律「ちょっと散らかってるけど、まぁ気にしないで!」

憂「いえ、大丈夫です」

律先輩の部屋は確かに少しばかり散らかっていた。
けど、部屋そのものは女の子らしかった。
律さんの性格から考えると、少し意外な感じもした。

律「さて、と。それじゃさっそく」

憂「?」

律「頼むっ!勉強教えてくれっ!」

憂「へ?」

どうやら私を呼んだのは最初からそのためだったようだ。
澪さんや紬さんに教わってもよかったけど同じ受験生として負担をかけたくないから、と言っていた。
(そこにお姉ちゃんの名前がなかったあたり律さんの深刻さがうかがえた)
こうして2年生の私が3年生の律さんに勉強を教えるといった異様な光景となった。

憂「で、このwhichは関係詞のwhichだから…」

律「おぉ、すっげー!やっぱり憂ちゃんは優秀だなぁ」

憂「そんなことないですよ、たまたま授業で最近やったところですから」

律「私も1年の頃からちゃんと勉強しとけばよかったなぁ…」


律「んあぁ…つかれた~」

憂「ずっと頭使ってましたからね」

律「よし、今日はこのへんで終わり!ご飯にしようぜー」

律「そんじゃ、ちょっくらご飯でも作ってきますかな」

憂「あっ、私も手伝います!」

律「いいからいいから。勉強教えてくれたお礼だよ。出来たら呼ぶからさ」

憂「あ…」

バタン

いっちゃった…。
それから特にすることもなかったので私は夏休みの宿題を片付けた。
一応持ってきておいてよかった。
あれからお姉ちゃんから何度か連絡があったけど、特に何もしていない。
お姉ちゃん今頃なにしてるのかな…。


律「出来たよー!下りてきてー」

憂「あ、はーい!」

憂「うわ…すごい…。これ、全部律さんが作ったんですか?」

律「まぁねー」

目の前には肉料理、魚料理、煮物まであった。

律「遠慮せずに食べてくれなー」

憂「い、いただきます」

私は目の前の煮物をつまんで口に運んだ。

憂「お、おいしい…」

律「本当かっ?!よかったー」

お世辞とかそういうのではなく、本心からおいしいと口にした。
律さんは将来いいお嫁さんになるだろう。そう思った。

ご飯を食べお風呂から出ると、律さんはリビングで私を今か今かといった様子で待っていた。

律「おっ、やっと出たな!」

律「憂ちゃん。ゲームしようぜ、ゲーム!」

憂「ゲーム…ですか?」

目の前のテレビには格闘ゲームらしき画面が映っていた。

律「いつもは弟の聡とやってるんだけどさ、姉ちゃんとはもうやりたくないーって言って相手してくれなくてさ」

聡「だって姉ちゃん戦い方が姑息なんだもん!」

律「あれは立派な戦法ですから!とにかくさ、やってみない?」

憂「いいですよ」

私はあまりゲームというのをしたことがなかった。
最初の方はもちろん律さんにけちょんけちょんにされた。
けど、何回かやってるうちにコツをつかめるようになってきた。
そしてついに…

憂「やった、勝った!」

律「げっ、マジ?!ウソだろ…」

聡「うわ、姉ちゃん負けてやんの!だっせー!」

律「う、うるさいぞ聡!今のはちょっと油断しただけだ!」

律「くそっ、飲み込みの早さといいセンスといいさすが姉妹といったところだな…」

憂「もう一回やります?」

律「当たり前だ!次は私も本気出すからな」

律「ふあぁ~あ…。おうっ、もうこんな時間か!」

結局律さんとゲームに没頭していた。
勝ちつ負けつつで最終的に勝敗は五分五分だった。

律「明日は部活だし、そろそろ寝るかなー。また今度やろうぜっ」

憂「はい、ぜひ」

律「そんじゃおやすみー」

憂「おやすみなさい」

なんか一番お泊りらしいお泊りだった。
勉強して、手作りのご飯食べて、ゲームして…。
律さんと同級生だったら、きっと楽しかっただろうな。

ゲームに夢中でお姉ちゃんからの連絡に気がつかなかった。
本来帰る日だったからか、今日はいつもよりたくさんメールや電話があった。
作戦は成功かな。澪さんの家にお世話になったら帰ろう。



【家出4日目】

憂「律さん、起きてください!遅刻しちゃいますよ?」ゆっさゆっさ

律「んぁ、あと180分だけ…」


憂「お世話になりました」

律「澪にはあとで連絡するよう言っとくから」

憂「わかりました。それまで適当に時間潰してます」

律「おう、じゃなー」

今日は軽音部の練習があるとのことなので、終わるまで図書館で時間を潰すことにした。

律「おーっす澪ー」

澪「律か、おはよう。憂ちゃんは?」

律「部活が終わるまでどっかで時間潰してるってさ。終わったら連絡してやってよ」

澪「わかった」

律「さーて、唯はどんな顔してんのかなぁ」

澪「案外けろっとしてたりな」



【音楽室】

ガチャ

律「おっはよー!」

唯「あ、りっちゃん澪ちゃんおはよー」

梓「おはようございます」

律「唯が時間より早く来るなんてめずらしいじゃないか。いつもギリギリなのに」

唯「えへへ、そうかな?」

ガチャ

紬「おはよう~」

唯「ムギちゃんおは~」

律「意外と普通だな」ヒソヒソ

澪「そうみたいだな」

律「なんかおもしろくないぞ」

澪「私に言うな」

唯「2人とも何話してるの?」

律「えっ?!い、いやぁ今日も暑いなぁ~って。な、澪?」

澪「あ、あぁ。そうだぞ。さ…さぁ、文化祭も近いし練習しようじゃないか!」

唯「…?変なのー」

律澪(あ、あぶねー…)


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最終更新:2010年08月26日 20:52