私の通っているような<ブランチ>は全国に200以上あり、プレイヤーの人口は500万を下らないとだろうと言われている。
ただひとつ皮肉なことは、<アヴァロン>のアクセス料金を稼ぐための恐喝や強盗が急増していることで、
今私の乗っている地下鉄もそれの多発する場所のひとつだった。

「現実の傭兵はか弱いから……ね」
何も見えない窓の外を見て、呟く。
私はFALはおろかサイドアームのPPKすらもない丸腰で、地下鉄を徘徊する恐喝少年団にも対処できない<ニュートラル>の一人だ。
特にこれといって身体能力に自信があるわけでもない、本当にただの女の子。
私が最前列や最後尾ではなく、襲われた時に前後に逃げて時間を稼げる中央の車両のドア近くに腰掛けている理由はそのため。




「……はぁ」
……何事も用心するに越したことはないんだけれど……どうやら用心するような人間ほど厄介なことになりやすいのも確かみたい。


後部車両との間のドアが開いて、高校生くらいの5人組が姿を現した。

全員がタンキスト(戦車兵帽)を被り、顔面一杯に十文字の迷彩を塗りつけていた。
裸の上半身にレプリカの防弾ベストを着込み、膝丈で断ち切ったフィールドパンツに重そうなジャングルブーツで足を固めている。

間違いなく<アヴァロン>のプレイヤーなのはわかるんだけど、こんなコスプレまがいの格好で現実を徘徊するような人間に上級者はいない。
おそらくはクラスBあたりでイキがっている半端なプレイヤーだろうけど、所変わればなんとやらで、この場においては十分な戦力といえた。
車内を一瞥した先頭の男が目敏く私を見つけて、後ろの連中に何か話しかける。
一斉に大笑いした男たちは、私に向かって歩いてきた。

私は何気なさを装って席を離れて、ドアの前に移動した。
すぐに走っては、必ずすぐ追ってくる。
逃げ足に自信がないわけじゃないけれど、まずいことに列車は発車したばかりで次の駅に着くまでに逃げ回る自信はない。
でも座ったまま囲まれるような状況だけは避けなければいけない。


このまま黙って通り過ぎて、と願うのだけど、5人組は私の前で立ち止まった。
「お願いがあるんだ、聞いてくれないか?」
先頭の男が言った。
お願いされる気は毛頭ない、なんて言ったものなら即座に戦闘に突入するだろうから、今は時間を稼ぐことにした。
「お願いって、私に?」
私は努めて平静な声と態度でそう答えた。
「そう、あんたにだ。是非聞いて貰いたい」

数の優位からか、余裕を誇示して見せながら、先頭の男が言った。
こういう物言いで相手を威圧するのが好きなのかもしれないけど、私にとっては好都合だった。

「いいよ、言ってみて」
私は身体の力を抜いてドアに寄りかかり、相手を威嚇しない程度の半目に構えて相手を見つめて、ガンを飛ばしてみせる。
戦車兵帽に額についた小さなマークは、昔になくなった大国の親衛戦車連隊のものだった。

「俺たちゃ、ゲームで日銭稼いで暮らしている身の上でね。結構な身分に思えるかもしれないけど、暮らしはけっこうきついんだ」
「何かと物要りは多いし、端末のアクセス料金は悪質なくらいに高いときてる
アクセス料金が悪質に高いのは事実だけど、後は嘘だ。
こんなプレイヤーが食べていけるレベルのはずがない。カツアゲで食べている、というのが本当のところだろう。

「ここんとこツキにも見放されちまって、そのアクセス料金すら払えない始末でね。俺たちには死活問題ってわけよ」
「そこでだ、困難な状況に置かれた俺たちにカンパをお願いしたい」
「趣旨はよく判った」
私は曖昧に答える。
「判ったんだけど、何故私がカンパしなきゃいけないのかな?」
ンだくらぁ、と後ろの男がうなり声をあげた。
私がのらくらとした態度で、一向に威圧されないように思えたらしく、怒声でゆすろうと考えているらしい。
屈辱に甘んじるか、プライドを守ってフクロ叩きにされるか……私はどちらも避けたいところ。

「あんた、傭兵だろ?」
「……っ!?」
男が平然と洩らした台詞に、私は思わず動揺した。
「あんたは傭兵だ。いつも弱小パーティの弱みにつけ込んで、法外な分け前を要求して、一人でいい思いしてんだろ?」
「今日も便所でカツあげたじゃねえかあ」
今度こそ、私は仰天してしまった。

そこまで知っている以上、この連中は通りすがりのチンピラなんかじゃない。
おそらく端末から後をつけ、逃げ場のない地下鉄でカツあげる予定だったんだ。
普段の私なら、こんなドジは踏まない。
バーサーカーみたいな奮闘に続いて、似合いもしない恐喝まがいの真似までやって、
悲惨なカップルの救えない関係に頭を出して、私は想像以上に消耗していたようだった。


うかつさを呪っても、もう今更では手遅れ。
目の前で臍を噛む私をしばらく楽しそうに眺めていた男が、ゆっくりと口を開いた。
「どうせカツあげた金だ、俺たちにカツあげられたって文句言う筋合いじゃねえよな?」
「諦めてその財布をよこせば、痛い目だけは見ないで済むぜ」
短機関銃が欲しい、ととっさに、痛切に思った。
こんなクズどもを制圧するのに、数秒も要らない。一連射でカタがつく。

「……っ!!」
「……ブッ!!?」
もちろん機関銃も拳銃も手にはいるわけなく、私は目の前で馬鹿笑いしている男の顔面に思い切り頭を叩きつけた。

攻勢者三倍則、という原則がある。
戦闘において、強固に守備を固めた敵を攻撃するには、守備側の三倍の戦力を必要とする、という実戦訓なのだけど、
今の私に照らせば敵は5倍で、しかも敵はアタマはともかく体力も体格も私よりもはるかに優る若い男で、単位あたりだって勝ち目はない。
でも選択肢がないのならば、奇襲に勝る先制攻撃は存在しない、という戦訓に習うほかない。

間合いが極端に少なければ、とっさにパンチやキックをするよりも、頭突きの方がはるかに早い。
<アヴァロン>で戦闘体験を経てからならば、どんな不利な状況下に置かれても相手をいかに撃退するか、という思考回路が身につくものだ。

目の前の男が鼻を折ったらしく凹んだ鼻から鼻血を噴きながら倒れて、私は目の前に火花が散る。
こんなことでうろたえちゃだめ、憂。
私は逃げると見せかけて、追いかけようと飛び出した二人目に、第二弾の頭突きを喰らわせた。

電車のドアが開き、今度こそ私は逃げ出した。
「待てやコラ!」
「オラ!!」
追っ手の気配をお尻に感じて、私は全力疾走して、ホームの端のエスカレーターに飛び乗った。
素早く後ろを振り向くと、残り三人が追いかけてくる。

「……はぁっ……はぁっ……っ!!」
息が苦しくなるけど、走るスピードを緩めるわけにはいかない。
目の前はチカチカするし、喉はヒリヒリするし、脚が熱い。


「きゃぁっ…!?」
もう少し、あと少しというところで、私は盛大に転んでしまう。
「カネだけじゃ済まねえぞコラァ!!」
必死で立ち上がろうとする私に走り寄ってきた男が、私の後ろ髪を掴む。
「……っ!!」

髪を掴まれて、無理矢理引き起こされる。
<死亡>だ。身体が震えて、抵抗できない私をニタニタと男たちが眺めている。
悲鳴がうまく声に出なくて、私は震えながら小さな声を洩らすばかり。


「……ゲッ!?」
私を掴んでいた男が、ドスリという音がして飛び上がった。
どこかを蹴られたらしく、男は転げ回りながら私から離れた。
今だとばかりに這うように男たちから離れると、そこにはツーテールの小柄な女の子が身構えていた。

「5人がかりで<ニュートラルキル>とは、なかなかイキがってんじゃないですか」
「誰だコラ!?」
凛とした目元、黒い髪。女の子は持っていたコンビニの袋の中身を床に落とすと、ポケットから財布を取り出した。
「チンピラ風情がお小遣いをねだってるですか?」
「喧嘩売ってんのか!? コラ!?」
財布の蓋を開けると、手に持った袋の中に小銭をジャラジャラと流し込んで、袋を素早く結んだ。
彼女の財布には随分とたくさんの小銭が入っていたらしい。
「いいでしょう」
顔を上げた私は、さらに仰天した。
「あ……梓ちゃん!?」

梓ちゃんは袋の端を掴むと、ひょいと振り回して見せた。
梓ちゃんの目を見て、私は震え上がった。
私も何度かしか見たことがない、お姉ちゃんが<アヴァロン>で人を殺してきた直後の目と同じ。
「クラスAでならしたこともないビギナー野郎は、痛い目を見るだけですよ?」
「タマ蹴りやがって、クウオラアアア!!」
奇声を発しながら突っ込んできた男に向かって、袋を振りかざした。
「私のキルゾーンに入ったですよ?」
何か男に向かって囁くと、袋を思いっきり叩きつけた。
「グブッ!」
顔面にバチン、と音を立てて袋が食い込んだ。
鮮血が噴き出して、歯が何本か落ちてきた。
私は悲鳴を上げて、思わず目を逸らす。
<アヴァロン>では死はポリゴンの破片で表現され、血糊までは目に入ることはない。
「ゲームじゃお目にかかれないけど、こうすれば車上荒らしくらいはわけないんですよね」
「半端にスカしてる暇があったら、武器の使い方くらい覚えたらどうです?」
顔面を押さえて泣き叫ぶ男を蹴り飛ばして、梓ちゃんはもう二人に近づいていった。

私はもう仰天しないぞ、と誓ったはずがまた仰天した。
……ニュートラルでルーターを殺すつもりだ。
まるで梓ちゃんが<アヴァロン>のクラスAのさらに上を生き抜くベテランプレイヤーのような感覚に襲われる。
私も一人だけ、そういった人間を身近に知っている。
私のお姉ちゃん……平沢唯
私の前では愛しい、可愛らしいお姉ちゃんであったけれど、何かの拍子に時折見せる表情は<アヴァロン>最強のソロプレイヤーそのものだった。
……って、感心してる場合じゃない!


「梓ちゃんっ!!」
「憂、大丈夫だよ」
梓ちゃんは残りの男たちを睨みつけた。
「早いところ病院に行かないと、ゲームもできなくなるですよ」
その言葉を聞いて震え上がると、覚えてろと捨て台詞を残してよろよろと逃げ出していく。


地下鉄の構内はすっかり静けさを取り戻し、私は恐る恐る梓ちゃんの方を向いた。
血のついた袋から小銭を財布に戻して、袋をゴミ箱に捨てている。
その表情はもういつも通りの、穏やかで優しい表情。
「憂、大丈夫だった?」
「……うん、なんとか」
差し伸べられた手を掴んで、よろよろと起きあがる。
「帰ろっか、憂」
床に落とした買ってきた物を拾って、私に微笑む。

それから何か言うわけでもなく、私たちは夜の街へと歩いていった。


メスホール……私は食堂と呼んでいるけれど、ここはすでに深夜近い時間だというのにひどく混雑していた。
<親衛戦車連隊>の包囲から梓ちゃんの救援によって突破した私たちは、家に帰る前に何か食べていこう、というわけでここに来た。

ちょっとした体育館ほどもあるホールの中はその日の食事を求める人々で溢れかえり、
壁にある換気扇も意味がないくらいの臭気と、食器の触れあう甲高い音、会話する声が一緒に大釜で煮詰められたように充満していた。
とても女の子二人で来る場所とは思えないけれど、無料で一応までにそこそこの食事ができるのでここを利用しないわけがなかった。

「順番待ち……すごい長いね」
梓ちゃんが困り果てたような声で言った。
「梓ちゃん、あそこの列が短いよ」
私は梓ちゃんの手を引いて、列の最後尾に並ぶ。
それから特に何も話すことなく、気の遠くなるような時間が経過して、やっと認証カウンターに到着する。
身分証明を兼ねたIDカードをスリットに通して、台車に積まれたアルミ製のトレイを二枚取ってひとつを梓ちゃんに手渡した。
「ありがとう」
梓ちゃんもカードを通して、列がまた一つ進む。
カフェテリア方式で好きなものを好きなだけトレイに載せることができる。
メニューはあんまり多くはないけれど、やはりそこは食べ物のことには細かい日本人なもので私としては十分に満足できるだけの品数はある。
まだ<アヴァロン>が流行する前の小学校の給食を思い出しながら、
私はパンとシチュー、食物繊維たっぷり、と書かれた張り紙の上に並ぶビスケットいくつかをトレイに載せた。
梓ちゃんはおじやと秋刀魚の煮付けをトレイに載せる。
正直何味か判らないジュースの入ったコップと、ミネラルウォーターのボトルを二人で取って、カウンターを離れた。


ホールの中央には、床に固定された大きなテーブルがたくさん並んでいるのだけど、どこも満席で、トレイを抱えて空きを待つ人で溢れていた。
誰かが席から離れると、目敏くそれを発見した数人が寄ってたかる。
テーブル近くで押し合いした挙げ句、ひっくり返したシチューを浴びたおじさんの絶叫や、ジュースで服を汚された女の人の罵声が飛び交う。

はなから席取り競争するつもりがない人たちは、壁際にしゃがむか、壁に背を預けてトレイ片手に立ち食いしている。
幸い床を這う送風用ダクトがすかすかに空いていたので、私たちはそこに座って食事を摂ることにした。

ここのパンはなかなか固いので、ちぎってシチューに浸して食べると食べやすい。
今日のシチューは、魚肉と野菜のトマト味のもので、マカロニの入ったクリームシチューと並んで私の好物だ。
梓ちゃんは猫舌なので、少しずつ冷ましながらおじやを口に運んでいる。

ここの料理の味は決して悪いものではなく、味だけに限れば私好みだ。
こういう場所での食事を露骨に嫌悪する人もいるそうだけれど、私はとりたてて惨めだとは思ったことはない。
もちろん好きで通っているわけではないけれど、現金さえあれば闇市で贅沢な料理を食べることもできるのは知っている。
実際、闇市なら何でも買えるし何でも食べられる。
何度か闇市で食べ歩いたことはあるけれど、他の人はともかく、私含め傭兵と呼ばれるプレイヤーはそういう世界とは普通無縁に生きている。

傭兵という言葉からすると意外かもしれないけれど、
地下鉄で私を襲ったカスどものように傭兵を勝手気儘に太く短く生きるプレイヤーと理解している人も多いけど……それは大変な誤解だ。

そもそも<アヴァロン>の正式なクラスに<マークス>……傭兵なんてものは存在しない。
何らかの理由でパーティを組むことができなくなったハイレベルのプレイヤーがいて、
同じく何らかの理由で戦力を強化しなければいけないパーティがあったとき、双方の利害の一致が生み出した存在が傭兵だった。


ハイレベルの傭兵といえども、単独で戦場にアクセスして生還するのは難しいし、
強力な敵を倒してポイントを稼げるのもパーティがあってこそ。

たとえば今日の私の奮闘も、ザコのルーター相手だからこそ成功したのであって、これが<トルーパー>なら結果は大きく変わっていたはずだ。
ましてやBMPが出現していたなら、全滅していたかもしれない。対装甲車両戦闘を行うには強力な携行火器を操る<メイジ>が不可欠となる。

傭兵という存在は例外的なプレイヤーではあるものの、誰もが畏敬の念を抱くあの伝説の<ソロプレイヤー>とは本質的に異なる。
極端で異常な能力を発揮したお姉ちゃんと、ある程度の能力を発揮するだけの傭兵稼業の私とでは全く違う存在だ。

<アヴァロン>の戦場は容易にソロプレイを許すような世界ではないし、ましてやクラスAとなれば生還自体が困難なほどの難易度となっている。

傭兵に<ファイター>が多い理由も、前衛戦力の不足に悩むパーティが多いという状況の反映に過ぎない。
資金やポイントに余裕のあるパーティなら傭兵のメイジやシーフを雇うこともできるけれど、
絶対数が極端に少ないことからこの辺の事情がうかがえる。同じ理由で、ビショップの傭兵も存在しない。

要するに<傭兵>というものは、プレイヤーの職業的な形態を表すものに過ぎない。
役割も戦力の補強から新人育成パーティの教官、クラスAへの新入りパーティのガイドに至るまで実に多様で、万屋ともいえるのが実態だ。


「ねえ、憂」
「憂って、フリーのプレイヤーなんだよね」
不意に梓ちゃんが言った。
思わず口に含んだシチューを噴き出しそうになった。まさか、私の考えていたことを読んでいたの?
「え、う……うん、そんな感じだよ」
たしかに梓ちゃんの表現は傭兵についてとても的確でわかりやすい言葉だ。ちょうど私が思い浮かべようとしていたことのように。
「どんな仕事でも、フリーランスって一人の力次第だよね」
「うん……それはそうなんだけど……急にどうしたの、梓ちゃん」
さっきの地下鉄で梓ちゃんが<アヴァロン>をやっていたというのを聞いてもしやとは思ったけど、梓ちゃんは<傭兵>だったんじゃないだろうか。
少なくともあの時の目つきはハイレベルな傭兵か<ソロプレイヤー>のものとしか思えなかった。
「バックアップが期待できないから、個人の技量と信用が全てで……レベル10がボーダーライン……ってさ」
「梓ちゃん……もしかしてマークスだったの?」
「まさか。傭兵なんかやってないよ」
「ちょっとの間、ソロで背伸びしてただけ」
私は言葉を失った。
「憂の顔見てたら、ちょっと<アヴァロン>が懐かしくなっちゃって」
「先に外で待ってるね」
そう言いながらトレイを持って、いつものように微笑んで梓ちゃんはホールから出て行った。
私は唖然としたまま、梓ちゃんの後ろ姿を見送った。
私の知る<ソロプレイヤー>のもう一人……お姉ちゃんはある日突然、私の前から姿を消したきり帰ってこない。
<ウンタン>という<アヴァロン>最強のソロプレイヤーの名前は、今でもそこら中で噂に聞く。
私はその<ウンタン>の妹であることを隠して、<傭兵>の道を選んだ。

シチューを急いでかき込むと、私もトレイをさげた後、荷物を満載した台車を運んでいるおばさんに声をかけた。
「クレイモアください」
「強いから気をつけなさいよ、お嬢ちゃん」
耳の長い犬のラベルが貼られた、格安のお酒のプラスチックボトルを一本買って、ホールの出口へと向かった。
私、そんなに<アヴァロン>のこと考えてるのが顔に出てたかな……?

梓ちゃんと二人で、クレイモアを麦茶割りにして飲んだ後、私たちはベッドで寝転がった。
「憂ぃ……私お酒弱いの知ってるでしょ……」
二人でクレイモアを飲むたびに、大抵梓ちゃんは酔いくずれる。
「知ってるよ……梓ちゃん」
クレイモアは愛好者に呼ばれている通称で、実在した対人地雷クレイモアと同様に一撃で吹っ飛ぶような威力を売りにしていた。
なんとも言い難い薬臭い科学的な匂いがただようお酒で、低価格と即効性で無数のアル中をそこら中に蔓延させたという。
「梓ちゃん、可愛い……」
私は梓ちゃんに抱きついて、頬に手を当てた。
「憂っ、また悪い酔いしてるでしょ……?」
「酔ってなんかないよ……梓ちゃんが可愛いだけ」
正直なところ、かなりに酔いが回ってきている。
とろんとした表情で私を見つめる梓ちゃんの首筋に指をあてて、そっとなぞった。
「あっ……」
梓ちゃんが甘い声を洩らして、私の心臓がどきんと波打った。


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最終更新:2010年01月25日 21:21