和「最近の唯、私といる時はいつも律のことを話すのよ。それもすごく嬉しそうに」

心なしか和の顔が引きつっているように見える。

律「そうなんだ。まあ、うん、嬉しい……かな?」

私は曖昧な答えで誤魔化そうとする。

和「そうじゃなくて恋人としてどう思ってるか聞いてるの」

有無を言わさぬ圧倒的威圧感。
和は将来教育ママになりそうだ。

しかし……恋人としてどうかって?
そんなアホな質問があるか。
好きですーって答えればいいのか、それじゃあただの頭の弱い子じゃないか。

律「なんでそんなこと聞くんだよ」

答えに窮した私は質問を質問で返す。

和「それは……私の目から見て唯は絶対あんたのことが好きだからよ」

律(そうなのか。まあ、パラ的にそうだろうと思ったけど)

和「唯の親友として言わせてもらうわ。はっきり言って唯と律が付き合うのは絶対反対」

絶対反対ってラップにありそうだな。韻踏んでるし。
YOー♪ 絶対はんたーい♪ みたいな。って、今はそんな話しじゃないか。

律「なんで反対なんだよ。唯が誰を好きになろうと和には関係ないだろう」

和は「そうだけど……」と前置きしながら続けた。

和「私はね、唯の悲しむ顔だけは絶対に見たくないの。
  だから私は今まで唯を支えてきた。見守ってきた。
  唯が誰を好きになろうとも、応援してあげられる自信もあった。けど……」

律「けど、なんだよ」

和「……律だけは絶対嫌」

なんなんだこのわがままお嬢さんは。

律「なんで私だったら嫌なんだ? 澪ならいいのか?」

和「うん」

どういうこっちゃ。

律「わかった、もうはっきり言ってくれ。早く部屋戻りたい」

和「律、あんた……」

律「なんだよ」

空気が凍りついたように冷たい。
私は唾をゴクリと飲み込んだ。

和「そのうち誰かに刺されるわよ」

え?

律「え?」

刺されるって、ナイフとかで?

律「い、意味がわからない……」

何故私が刺されなければいけないのか。

和「あんた……色んな子に手を出しすぎなのよ……」

律「なぬ?」

和「自分で気付いてなかったの? 教室で平気な顔で澪とイチャイチャしたり、かと思えばムギに優しくしたり……。
  唯がそういう光景を見るたびどれほど悲しい顔をしてるかわかってる?」

わかってません。

律「い、いや……」

和「はぁ……やっぱりね。はっきり言わせてもらうわ。律、今のあんたはただのチャラ男よ」

チャラ男よチャラ男よチャラ男よ……。

律(う、うわあああああああああああ)

和が去った後のベンチで、私は一人頭を抱えていた。
チャラ男……あまりに的を得た言葉で私を表していると思う(男には突っ込まないでおく)。

今思えば私は彼女にするなら誰でもよかったのかもしれない。
澪でもムギでも唯でも梓でもその辺の犬でも誰でも良かったのだ。

なんてサイテーなクソ野郎だ、反吐が出る。

私が唯と仲良くするたび、澪とムギは一体どんな顔をしていたんだろうか。
私が澪と仲良くするたび、唯とムギは一体どんな顔をしていたんだろうか。
私がムギと……。

私があいつらの立場だったらそりゃあムカツクに決まってる。
どんな女にも優しくするのか、てめえは……って。

私はあいつらのことをただのライフラインとしか思ってなかったんだ……。


『BAKAYARO!!』

律「うぜぇ……消えろよ」

『最初の目的を見失わないでくださいね』

律「黙れ」

『はいはい、じゃあね』

律「……」

律(私にとってあいつらはただの仮想空間の人間でしかない……。
  けど、現実の人間じゃなければ好き放題やっていいのか?
  神様気取りでとっかえひっかえイチャイチャしていいのか?
  現実だろうが仮想空間だろうがあいつらは普通の女の子だ。そんな奴らの気持ちを弄ぶ権利が私にはあるのか?
  あいつらにとっての私って……なんだ?)

ベンチにうな垂れること数分間、携帯電話が震えた。
私は面倒くさそうに携帯電話を開く。メール……ムギからだ。

『今ちょっと二人で話せる?』

話せる。話せるけど話したくない。今は一人でいたい。
大体どんな顔をして会えばいいって言うんだ。
さっきの和の言葉のおかげで3歳は老けたというのに。

私は「今ちょっと取り込んでるから」と返信した。
我ながらすぐにバレそうな嘘である。

すぐにムギから返信。

『大事な話があるの。りっちゃんに聞いてもらいたい』

律「無理だ……無理だって……」

結局私はムギのメールをスルーし、このまま部屋にも戻りたくなかったので、
なんやかんや理由をつけ、さわちゃんの部屋で寝ることになった。

すでに酒の入っていたさわちゃんの絡みは正直ウザかったが、傷心中の私にとってはいい気晴らしになった。

ちなみにさわちゃんの寝相は最悪で、朝起きたらさわちゃんは私の布団の中に潜り込んでいた。
しかも私の右手はさわちゃんの爆乳を鷲掴みにしていた。

若干垂れたさわちゃんの胸に、私は涙した。
胸がでかいなりの悩みがあるのだろう。まあ、貧乳でよかったとは言わないが。

その日のバス移動では罪悪感に襲われ、まともに3人の顔を見ることができなかった。
そんな私の様子に3人は訝しげな表情を向けていた。

そんなこんなで修学旅行が終了。色んな意味で私の人生の中で忘れられない思い出となってしまった。

私は一体何をしてるんだろうね、まったく。


その後、学園祭で劇(何故私がジュリエット?)やらライブをやったりしたのだが、特に誰かと親交を深めようとは思わなかった。
和の言葉の言葉が心の奥でずっと引っかかってるからだ。
だって……チャラ男て。




平沢唯
好き度☆☆☆☆☆☆
友達度☆☆☆☆☆
隊員度☆☆☆☆☆☆☆☆

秋山澪
好き度☆☆☆☆
友達度☆☆☆☆☆
信頼度☆☆☆☆☆☆☆

琴吹紬
好き度☆☆☆☆
友達度☆☆☆☆☆☆☆
憧れ度☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

中野梓
好き度
後輩度☆☆☆☆
お財布度☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




りつんち!

律(パラで見れば唯狙いが一番なんだろうけど……。
  だからと言って私は唯のことが好きなのか? 彼女にしたいのか?
  ただ現実世界に戻りたいだけだろうが)

律「……」

律(かと言ってこのままじゃ戻れないしなぁ……一体どうすれば……)

律「……」

律「誰かを好きになるとか……わかんねーって……」

prrrrr。
携帯電話が鳴る。ムギから電話だ。
そういえば最近色々ありすぎてムギからの電話やメールをスルーしていた。
悪いことしちゃったな。何か言いたいことがあっただろうに。

律「ムギー?」

紬『りっちゃん、今電話大丈夫?』

律「大丈夫だぞー。で、何か用?」

能天気に話す私に対して、心なしかムギの声は低い。

紬『うん、前にりっちゃんと遊園地行ったときに、悩みがあるなら相談しろって言ってたから』

しまった。迂闊すぎる。
確かに言った。あの日、急に元気のなくなったムギに「何か悩みがあったら私に言えよ、なんでも相談乗るぜ」って。
それなのに今までムギからの相談を私はスルーし続けていた。修学旅行中やその他にも色々兆候はあった。
私は一体今まで何を……。

紬『りっちゃん?』

律「ああ、うん、それで悩みって?」

紬『悩みっていうかね……私、りっちゃんに謝らなければいけないことがあるの』

律「謝る? 何を?」

紬『嘘ついてごめんなさい……』

律「はい?」

紬『私ね、ホントはN女子大に進学しないの!』

律「え?」

意味が分からない。どういうことだ。
あの日、確かにムギはN女子大に行くと言ったはずだが。

律「それじゃあどこ大に行くんだ?」

私はごくごく普通の質問をした。

紬『フィンランドの……』

What's?

紬『夏休みに避暑のため、フィンランドに行ってたっていうのも嘘なの。
  全てあっちの大学入学の手続きをするために……』

何がなんだかわからない。

律「ちょ、ちょっと待てよ!」

これ以上ムギの言葉を聞くのが怖くなった私は、ムギの言葉を遮った。


紬『……』

律「急にそんなこと言われても……わけわかんねーよ……」

紬『ごめんなさい……遊園地の時はまだ心の準備ができてなくて咄嗟に嘘をついてしまったの……。
  まさかりっちゃんたちもN女子大に行くなんて思ってなくて……。
  何度も本当のことを言おうとしたけど……中々チャンスがなくて……』

それは私がムギの電話をスルーしてたから……。

紬『でも言えて良かったぁ。そうだ! 他のみんなにも謝っておかなくちゃ! それじゃあね、りっちゃん!』

何か吹っ切れたような声でそう言うとムギは電話を切ってしまった。
私は携帯電話を落とし、しばしその場で呆然としていた。



澪「律! おい律!」

律「ん、ああ澪か」

澪「どうしたんだよ」

律「何が?」

澪「ずっとぶすっとしてるから」

律「別に」

3月のある日、私達は音楽室でパーティーを楽しんでいた。
音楽室には軽音部員だけでなく、和をはじめ同じクラスメイトや憂ちゃんも顔を出していた。
卒業パーティーとムギの送別会を兼ねているためだ。

私は部屋の端のほうで不機嫌な顔をしながらチビチビジュースを飲んでいた。


澪「ムギとちゃんと話さなくていいのか? 来週にはフィンランドに行くんだぞ」

律「わかってるわい」

澪「そうか……ならいいけど……」

そう言うと、澪はファンクラブメンバーの輪の中に入っていった。
澪、唯、梓、みんな……ムギがいなくなてしまうっていうのになんでそんな平気な顔してんだよ。
寂しくないのかよ。

律(そりゃあ決まってんだろ。こいつらはみんなゲームキャラだ。プログラムで動いてるだけの人形だ。
  だからムギがいなくなろうが誰が死のうが悲しいなんて思うことはない。だってゲームなんだからな!)

律(けれど……なんでだろう……)

律(ムギは……ムギだけは……)

私は無言で立ち上がり、クラスメイトに囲まれていたムギの手を取った。
急にズカズカ入り込んで乱暴にムギを引っ張ったものだから、周りのクラスメイトもムギも驚きを隠せない様子だ。
それでも関係ない。私は周りの目も気にせず音楽室を後にした。

ムギはなされるがまま私の後ろに付いてくる。
私は例のよくわからない銅像の前で止まった。

紬「りっちゃん、一体これは……」

律「なぁムギ。質問していいか?」

私は有無を言わさずムギの言葉を遮った。
ムギは無言で頷く。

律「マジで行くのか、フィンランド」

紬「……どういう意味?」

律「そのままの意味だよ。私はムギをフィンランドに行かせたくない」

紬「……!」

ムギの顔がみるみる赤くなっていく。

紬「そ、そんな……どうして」

律「好きだからに決まってんだろーがっ!」

私は恥ずかしい台詞を恥ずかしげもなく叫んでやった。
好きって言うのは……まあ、まだ正直わからない。
でもひとつだけわかるのはムギと離れるのは心が痛くて痛くてたまらないってことだ。

澪が国立の大学に行くって言ってた時は応援しようという気持ちにしかならなかった。
唯の進路が未定だった時、あいつがどこへ行くにしても私の知ったこっちゃないと思っていた。
梓と離れるのは寂しいけど、卒業なんだから仕方ない。

けれどムギだけは……ムギとだけは絶対に離れたくない。

律「頼む! もう一度N女子大に……むぐっ!?」

不意に唇がふさがれた。
目の前には目を閉じたムギがいる。
髪の匂いまでわかるほどの距離。
きっと高級なシャンプーを使っているんだろうな、ムギは。
すごくいい匂いがする。

数分間とも思える数秒間だった。
唇と唇が離れ、ムギの顔を見ると頬が紅潮し目はトロンとしている。
おそらく私も同じような顔をしているのではないだろうか。
確認する術はないけれど。

律「あ、あの……ム……」

紬「ごめんねりっちゃん。それ以上は聞けないの。聞いたらきっと私の決心が鈍るから」

律「あっ……」

そのままムギは俯いて私の横を素通りして歩いていった。
すれ違い様、何か聞こえた気がしたが私の耳には全く届いていなかった。


卒業式の日、音楽室には5人の姿。
私、唯、澪、梓、そしてさわちゃん。
ムギはフライトの時間の都合上、卒業式が終わってすぐに空港に向かった。
あの日以来、私はムギと言葉を交わしていない。
そりゃあそうだろう、あんなことがあって一体どんな顔して話せばいいのか。
わかる奴がいたらすぐに私に教えるように。

唯「いよいよ私達も卒業だね~」

澪「だな。ここに来るのも今日で最後か」

梓「さ、最後なんて言わないでください!」

梓が涙目で言う。

梓「いつでも……待ってますから……お茶を用意して……待ってますから! だから……」


唯は俯いて今にも泣き出しそうな梓を抱きしめた。

梓「唯せんぱ……」

唯は何も言わずに梓の髪を撫でる。梓は目を閉じ唯に身を委ねた。
その顔は眠ったように安らかで、見ているこっちまで思わず顔が綻んでしまいそうだった。

澪「やれやれ」

さわ子「ふふ、唯ちゃんの先輩っぽい姿、初めて見たわ」

唯と梓の姿を見ているといてもたってもいられなくなった。
私は無言でその場に立ち上がった。


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最終更新:2010年08月28日 23:26