澪「瓶は昨日飲んだコーラの瓶があるから」
律「栓は……」
澪「ここにコルクが」サッ
律「準備のいいこと」
律「ほらっ!」
ボチャーン
澪「これでよしだ」
律「最悪、波に流されてこの島に戻ってくるかも」
澪「……淡い期待を抱こうじゃないか」
律「まったくだぁ。やれやれ、それにしても大変な事になったもんだ」
澪「ロビンソン・クルーソーみたいだよな、私たち」
律「誰それ? 有名なベーシスト?」
澪「……なんでもないよ」
律「あれから三週間」
澪「救援が来る気配はゼロ、と」
律「どうする、澪? 食料も日用品も底を尽きかけてるよ……」
澪「わ、私に聞くなって!」
律「狼煙も何も効果はないし……」
澪「……」
律「ていうか、夏休み終わって、学校始まってる――」
澪「……っ」ブワッ
律「ちょっ、澪!」
澪「えぐっ、お家帰りたーい! お母さーん!」
律(澪の精神状態の悪化が深刻だ。もちろん、私も……)
律「み、澪! 気を取り直して浜辺に行こうよ、浜辺に!」
澪「えぐっ、えぐっ……」
律「船が通ったら助けてもらえるかもじゃん!」
澪「……昨日も一昨日もその前も行ったけど全然」
律「だからって今日通らないとは限らないって! さぁ行くよ!」
澪「シクシク」
律「……ほら、涙と鼻水で顔グチャグチャじゃないの。チーン、して。チーン!」
澪「チーン!」
律「これでよし。いつもの優雅な澪しゃんに早代わりっ!」
澪「……ウソだ」
律「は?」
澪「髪だって切ってなくてボサボサ。顔だってメチャクチャ。体もボロボロ……」
律「み、澪……」
澪「こんな姿じゃどうにもならないよっ! いっそ海で溺死してやるぅ!」
律「ばか、澪! 早まるなって!」
澪「うわぁーん!」ダッ
律「待てっ! 澪っ!」ガシッ
澪「――!?」
律「今の澪も綺麗だよ」
澪「律……」
律「そう、あの青い海にも負けないくらい。夜空に浮かぶ一等星よりも輝いて見えるよ」
澪「……」
律「わ、私が男の子だったらとっくに襲ってたなぁ、あはは」(なにを言ってるんだ私!)
澪「……ねぇ、律」
律「?」
澪「キ……」
律「き? キチガイ地獄?」
澪「キ、キキキ、キスして……くれないかな?」
律「はぁ!?」
澪「……私ってファーストキスもまだなんだ。結構幻想抱いてたりするんだよ」
律「へ、へぇ……」(私もまだだっての。それに、幻想だって人一倍――)
澪「どうせ私たちここで死んじゃうんだろうし……」
律「死ぬなんて簡単に口にするもんじゃありません!」ブンッ
澪「いた……」
律「死ぬのはお互いに助かって、数十年後のベッドの上でだよ?」
澪「……いつもと立場が逆だ」
律「ん?」
澪「いつもは私が律を殴るのに……」
律「ふふ、愛情表現ってやつ?」(さぁこい。澪のゲンコツ)
澪「……やっぱりわかってたんだ」
律「わかるって――なにが?」(予想外っ!)
澪「私が律にゲンコツするのは、愛情の裏返しなのかも……」
律「???」
澪「ほら、私たちって付き合い長いだろう?」
律「……小学校の頃からだもんな」
澪「私、昔から臆病で……律にいつも助けられてばかりで」
律「澪?」(いつもと様子が違う、違いすぎる)
澪「私、何度も律が男の子だったらなって、思ったりしたんだよ?」
律「へ、へぇ……私って男勝りなのかなぁ?」
澪「いや、律も可愛い女の子だ」
律「ふ、ふぅん、なんだか褒められちゃったのかなぁ? お、おだてても何も出ないぜぇ」
澪「私たちの住んでいた社会って、つくづく面倒だよね?」
律「ど、どういうこと?」
澪「だって、同姓カップルなんて作ったら、周りから白眼視された挙句、アウトサイダー扱いなんだよ?」
律「み、澪?」
澪「いや、それだけじゃないよ。社会には唾棄すべき差別と偏見が、縦横無尽に蔓延っている」
律「……」
澪「肌の色、国籍、生まれた土地、学歴、性格、思想――他にもたくさん」
律「……」(なんの話だ?)
澪「このまま律と一緒に暮らせたら、私、軽音部のみんなや両親に会えなくてもいいかも……」
律「はぁ!? ちょっ、澪! 考え直してっ!」
澪「――なんで?」
律「なんでもっ!」
澪「どうして?」
律「どうしてもっ!」
澪「――ぷっ」
律「?」
澪「あはははは、冗談だよ、律。顔真っ赤だぞ」
律「……は?」
澪「ふふっ、私にからかわれるようではまだまだ甘いな」
律「澪、しゃん?」
澪「さぁ、浜辺に行くんだろう? 今日は見つかるといいな」
律「み、みお……。おまえ……」
澪「行こうって、律!」ギュ
律「あ、ちょっとタンマ! 頭の整理が……」
澪「いいからいいから」ダッ
律「い、いきなり走るなよっ!」
澪(……)
律「ぜぇぜぇ、澪。飛ばしすぎだから……」
澪「そうかな? 私としてはごく自然なつもりだったけど」
律「……左様ですか」(こんな体力をどこに隠し持ってたんだ)
澪「さぁ、今日もただノンビリと浜辺で寛ごうじゃないか」
律「澪……」(さっきはあんなに泣いてたくせに)
澪「今日も青空が綺麗だなぁ。なんて、律には負けるけど」
律「それも冗談?」
澪「ふふ、どうだろう」
律「まったく……」
?「ワシャワシャ」
澪「ひゃうっ! て、只の蟹か」
蟹「ワシャワシャ」
律「蟹! 食べられるじゃん! 食料食料!」
澪「そっか。捕まえて損はないよね」
律「おーし、澪ぉ! 蟹取りに励むぞー!」
澪「ようし、今夜は蟹鍋にしよう」
律「調理は頼むぜぇ?」
澪「任せろっ」
律「取れた、澪?」
澪「うん、こんなに沢山」ワシャー
律「ちょっとグロテスク……」
澪「そうかな? 結構可愛いと思うんだけど?」
律「……そう」(澪、逞しくなったのか?)
澪「おっ、あそこにいっぱいいるじゃないか」
律「本当だ」
澪「この蟹は任せたよ。私、捕まえてくるから」
律「了解」
律(澪遅いよなぁ。何やってんだか……)
澪「キャー!!」
律「み、澪っ!」ダッ
澪「り、律っ! あれっ!」
律「あれ? 蟹の大群じゃん。海草みたいなのに群がってるけど……」
澪「目を凝らしてよく見るんだっ!」
律「うーんと……」(そういえばえらく臭うなぁ)
律「――ひ、人の死体。く、腐ってる!」
澪「……もっとよく見ろっ!」
律「え、えっと……」ジィー
澪「ううっ」
律「ム、ムギ? ム、ムムム、ムギの死体だっ!」
澪「うん……」
律「こんなにボロボロになって……。ああ、手足なんて取れちゃってる――」
澪「鮮明に言わなくていいからっ!」
律「……なんて、ことだ」
澪「律……」
律「やっぱり唯も梓も……」
澪「……」
律「どこかに打ち付けられて……」
澪「――っ」ダッ
律「あ、澪! ちょっと待てってば!」ダッ
律(澪、どこに行ったんだ?)
律(あの俊足、世界陸上にでも出ればよかったのに)
律(ぬ、なんだあの洞穴は。まるでドラクエのダンジョンみたいだ)
律(ようし、ここかもしれない。入ってみよう)
律「暗いなぁ……。一寸先は闇とはこの事だ。まるで私と澪……ゲフンゲフン」
律「澪ーぉ! いたら返事してぇ!」
?「グスングスンッ」
律「あっ、澪! こんな所に!」
澪「律……」
律「澪、こんなところにいたのか。はやここから抜け出そう。気分まで沈んでくる」(いやな臭いだ。ガスだろうか?)
澪「――律っ!」ヒシッ
律「おわっと!?」ドテッ
澪「ムギが……ムギがムギがムギがムギがっ!」
律「……いたぁ、お尻すっちゃった」
澪「ムギがあんなことに……」
律「……」
澪「ムギが腐り果ててっ!」
律「……うん、ムギはもうかえらない」
澪「白くてブヨブヨになって!」
律「澪……」
澪「まるで腐った豆腐みたいにっ!」
律「澪っ!」ブンッ
澪「っ!」パシーン
律「冷静になるんだっ!」(ガスが酷い……)
澪「律……」
律「涙を流すのは助かった後からでいい!」(視界がクラクラする……)
澪「ムギ……。ああ、ムギ……」ウルウル
律「ムギの分も私たちは生きなきゃ!」(早くここから……)
澪「生きる?」
律「そう、私らは花の女子高生! こんな所でくたばってたまるかって――」(……私、何を言っているんだろう?)
澪「女子高生?」
律「」わかる、澪? 限りある今を大切に……生き抜くのっ!」(生き抜く? なんじゃそりゃ?)
澪「――へぇ? 律、なんだかソワソワしてない?」
律「えっ!」(あはは、全くだよ、澪)
澪「それにしてもここって暑いよねぇ? 服脱いじゃおうか?」
律「……」(そうだそうだ! 服なんて脱ぎ捨てろっ!)
澪「やーれやれ」ヌギヌギ
律「……澪?」(ヒュー、やっぱ良い体してんのなぁ、澪ぉ)
澪「あははっ、下着も脱いじゃおっと!」ヌギッ
律「……澪。服着た方が良いって」(ストリップでもしちゃえよ、ホラ)
澪「律も脱ごうよっ! すっごい開放感っ!」
律「……本当に?」(脱げ脱げ、私)
澪「ほんとよ、ほんと! あははははははは!」グールグール
律「澪……」(ようし、私も)
澪「どうしたの、律? 一緒に踊ろうよ!」
律「……」(一糸纏わぬ姿に――)
澪「あはははははははははは!」グールグールグール
律「なっちゃえ!」バッ
澪「律、すごい。律の体って綺麗、綺麗すぎて垂涎ものっ!」
律「あはははは! そうかしらん! 胸は全然だけどねっ!」
澪「私好きだぞ! 律の体! 大大大大、大好きっ!」
律「あはは、こやつめ、あはは!」
澪「ねぇ、律! これからセックスしてみない!」
律「よーし、私、頑張っちゃうぞー! 今日は寝かせないかんなぁ!」
澪「あはははははははははは!」
……
?「――ねぇ、あずにゃん?」
梓「なんですか、唯先輩」
唯「私たち、いつになったら救助されるんだろうね?」
梓「知る由もありません。かれこれ五日間ほど、この救命ボートに気の向くままですから」
唯「……おなかすいた」
梓「食べられるものはもう尽きてますよ?」
唯「おなかがすいたの!」
梓(私だって)
唯「あずにゃん、私たちって結ばれちゃったんだよね?」
梓「そ、そうですよ。唯先輩ったら私にしつこく迫るんだから……」
唯「あずにゃんが可愛すぎるのがわるいのっ!」
梓「相変わらず無茶苦茶ですね」
唯「こんな大海原の上で二人きりなんて、理性がおかしくなりそうだよ!」
梓(――ええ、全くです。唯先輩)
唯「あずにゃんのお腹、あずにゃんの小さなおっぱい、あずにゃんの桃みたいなお尻!」
梓「……」
唯「全部、全部私だけのものにしたいって!」
梓「――唯先輩。私もですよ」
唯「あずにゃん……」
梓「唯先輩の体、このボートの上では私だけのものなんですよね?」
唯「うんっ! そうだよ。和ちゃんや憂のものなんかじゃない、あずにゃんだけのもの」
梓「ふふっ、嬉しいです。唯先輩――」
唯「あずにゃん……」
梓「さぁ、こちらに」ヒョイヒョイ
唯「う、うん……」ヨリヨリ
梓「――さよなら、唯先輩」
唯「えっ?」
最終更新:2010年01月28日 22:20