唯「ジャムパン美味しい!」モフモフ
和「うむむ……」
唯は無邪気で可愛い。
でも本当に馬鹿だ。
軽音楽部に入ってからだいぶ成長したけれど、それでもきっと今のままでは一人で生きていけないだろう。
今は憂が一緒に住んでるからいい。だけど、これからずっとそうしているわけにはいかない。
もちろん憂自身は「一生お姉ちゃんと一緒にいるね」などと言うだろうが、いつかは唯も一人立ちしないといけなくなる。
私は唯のために何かしてあげられないものだろうか。
その場その場で私が傍にいて支えてあげられたらそれでいい。
でも、そんなの無理だから。
いくら私が唯を愛していようと、いつかは別れが訪れる。
だから、一緒にいる間に、唯の中に何かを残してあげたい。
彼女が一人で生きていけるように。
でも、どうすればいいのか。
和「ねえ唯、今度一緒に映画でも見ない?」
唯「いいよー。今やってるのだと……ポケモン!」
和「私が言ってるのはそういうのじゃなくて……そうね、私が適当にDVDを借りておくから、私の家で見ましょう」
唯「えへへ、和ちゃんの家でお泊まりなんて久しぶりだね!」
和「別に泊まりとまでは言ってないけど、そうね、久々にいいかもしれないわ」
和「じゃあ今週末ね」
唯「うん、楽しみだよ」
― ― ― ― ― ― ― ―
唯「じゃあ、私帰るね!」
律「なんだよー、今日はいやに急いでんじゃん」
澪「唯にはめずらしいな」
唯「待ち合わせがあるんだ~」
紬「あらあら、デートかしら」
唯「うん!和ちゃんの家にお泊まりするんだ!いいでしょ~」
梓「なるほど。唯先輩は和先輩のこと大好きですもんね。急ぐはずです」
唯「うん!って早く行かなきゃ!じゃーねー」
和ちゃんとは校門の前で待ち合わせていた。
沈みゆく夕焼けが綺麗で、でもそれはつまり和ちゃんを待たせちゃってるということで。
唯「ごめん!待った?」
和「大丈夫よ。慣れてるわ」
唯「えへへ、さすがは和ちゃんだね」
和「褒められてるのかしら……まあいいわ、じゃあ行きましょう」
唯「なんか、久々だからわくわくしちゃうよ!」
和「そうね、あなたが軽音楽部に入ってからうちに来ることなんて中々なかったもんね」
唯なんか、ごめんね」
こうやって和ちゃんと一緒に帰れるのはとても嬉しい。
和ちゃんは今までずっと一緒にいた大切な幼馴染だから、傍にいてくれるだけでなんとなく安心できる。
和「謝ることないわよ。むしろ唯が何かに打ち込んでいるなら結構なことだわ」
和(唯が少しでも成長してくれたら、私はそれでいいの)
― ― ― ― ― ― ― ―
和「さ、あがって」
唯「おじゃましまーす」
和「今日は親がいないから。ご飯から食べようか」
唯「腹が減っては映画は見れぬ、だね!」
和「唯、料理教えてあげるからキッチンに来て」
唯「え~めんどくさいよ~」
和「いいから」
かなり唯はしぶっていたが、キッチンで私の料理を見学させる。
余計なお世話なのはわかってる。
料理を本当に覚えさせたいなら、私よりよっぽど適任の憂がいるのだから。
こんなのただの空回り、自己満足にすぎない。
こんな事じゃなくて、もっと大切なことを教えてあげたい。
我ながらつくづく愛情表現のへたくそな人間だと思う。
和「さ、食べましょう」
唯「いっただっきまーす!」
唯「さすが和ちゃん、美味しいよ!」
和「ありがと。でも唯もこれくらい作れなきゃだめよ?」
唯「うー……私には和ちゃんも憂もいるからいいもん」
良くなんかない。
「今は」私たちがいるだけだ。
それが永遠に続くわけじゃない。
和「……さ、食べたらお風呂に入って映画を観ましょう」
唯「和ちゃん、一緒に入ろう?」
和「だーめ。先に入ってきなさい。その間に洗い物しとくから」
唯「ぶーぶー」
和「ぶーぶー言わないの。早く入ってきなさい」
唯「けち……」
和「はいはい」
唯がお風呂に入っている間、いろいろなことを考える。
私はとても残酷なことをしようとしているのではないか。
いつか来る別れなんて、知らずに生きていたほうが幸せなんじゃないか。
見ていたい現実だけを見るのが一番幸せなんじゃないか。
唯「和ちゃ~ん、あがったよ~」
和「そうなんだ、じゃあ私お風呂入るね」
唯「は~い」
なんか最近、和ちゃんの様子が変だ。
どこか厳しいというかなんというか、思いつめたような表情をしていることもある。
私は馬鹿だ。
和ちゃんみたいな賢い子と比べると本当に馬鹿だ。
でも、和ちゃんのことはわかるつもりだった。
「わからない」ことがこんなに不安で怖いことだなんて知らなかった。
色んなことを知ってる和ちゃんみたいな子は怖くないのかな。
むしろ、中途半端なジグソーパズルの空白が余計に目立つみたいに、わからないことの多さに絶望してしまうのか。
得も言われぬ不安。
和ちゃんは今までずっとこんな気持ちを抱えていたのかな。
和「さ、あがったわよ」
― ― ― ― ― ― ― ―
唯「ねー和ちゃん、なんて映画見るの?」
和「『12人の怒れる男』っていうの」
唯「怒ってるの?なんか怖そうだよ」
和「何言ってるの。面白いわよ。それに、有名なんだからこれくらいは知っておかなきゃ」
唯「有名だからどうかで作品を選んじゃだめだよ和ちゃん!」
和「正論だけど、ある程度の教養は無くちゃあなたが困ったり恥をかくのよ。それにちゃんと見た上で私は好きだって言ってるの」
和「よし、じゃあ、再生っと」
ソファに二人並んで腰かける。
昔はよくこうして二人テレビを見ていたものだ。
でも、いつも唯が舟を漕ぎだして結局私の膝枕になってしまう。
そして、今も。
和「もう、せっかくいいところなのに」
すやすやと寝息を立てて私の膝の上で眠っている唯。
あの頃と変わらない、いとおしい寝顔。
でもね、唯。
私たちは、変わってしまうものなの。
変わらなきゃいけないの。
唯「う~ん……あれ、ごめん、私寝ちゃってた?」
和「もう映画終わっちゃったわよ」
唯「え~!?ラストどうなったの?」
和「全くもう……ねえ唯、私の膝の上でいいから、よく聞いて」
唯「なあに?何か和ちゃん怖いよ……」
和「あなた、将来のこと考えたことある?」
唯「う~ん……よくわかんないけど、なんとかなるよ~」
唯「私には和ちゃんも憂も軽音楽部のみんなもいるしね!」フンス
和「今は、ね」
唯「ずっと一緒に決まってるもん!……和ちゃんはこれからもずっと傍にいてくれるよね?幼馴染だもんね?」
和「……それは、できないわ」
唯「なんで!?和ちゃんは私のこと嫌いになっちゃったの!?」
和「違うわ。むしろ大好きよ」
唯「じゃあ……じゃあなんでそんな意地悪言うの?」
和「意地悪じゃないの」
和「私だってずっと傍にいたいのは同じよ。でもそれは不可能なの」
唯「わからないよ……私馬鹿だもん!犬以下だもん!」
唯「お互い大好きなのにずっとずっと一緒にいられないなんて……そんなの、わけわかんないよ……」
そう言って、唯は私に抱きついてくる。
シャツの胸元に唯の涙が落ちる。
私も唯を抱きしめる。精一杯の愛情をこめて。
和「私たちは、生きている限り変わらずにはいられないの」
風車男が風車を回している限りは、永遠なんて存在しない。
いくら風車男を殺そうとしたところで、彼には首がない。
運命とはそんなもの。
とても理不尽だけど、それでも受け入れて生き抜くしかない。
和「私、ずっと考えていたの。こうやって抱きしめてあげる以外に、あなたを愛する方法はないものかって」
和「色々迷ったわ。むしろ今でも正しいか自信が持てないわ……でも、今の私の結論がこれよ」
和「それは、あなたが一人で生きていくために知っておくべきことを、私にできる範囲で教えてあげること」
和「仲間の大切さとか、一つのことを懸命に頑張ることとかは軽音楽部のみんなが教えてくれたと思うの」
和「だから、私は憎まれ役でいい。あなたが生きていくことにおびえないように、知りたくないこと、耳をふさいで知らんぷりしていたいことを伝えなきゃ、って」
和「それは知らないほうが今は幸せかもしれない。でも避けて通れないなら、見たくないことでも逃げずに見てほしい」
和「それがこれからの唯にとって、本当の幸せのために一番大切なことだと思う」
和「自己中心的でエゴの塊をぶつけるような行為であることは否定しないわ」
和「ごめんね。私、馬鹿だから、こんな形でしか愛を表現できないの」
唯「……私、和ちゃんのこと大好き」
唯「ずっと一緒にいたい。何を言われてもそれだけは譲れない」
唯「でも、いつか終わりが来るのなら……せめて今だけでも……たくさん一緒にいたい」
唯「それで、離れ離れになって、私のこと忘れちゃっても、和ちゃんの中に残る何かを……」
それ以上は嗚咽してしまって言葉にならなかった。
でも、私と同じ気持ちなんだと思う。
いつか別れが来ることが必然だとしても、私たちが一緒に過ごす日々は決して無駄ではないのだと信じたい。
そして、無駄にならないように、大切な「今」を生きていきたい。
和「ねえ唯、明日は図書館に行きましょう。あなたに本を選んであげる」
唯「うん!私の好きな本も教えてあげるね~」
和「あら、あなたも本くらい読むのね」
唯「ひどいよ和ちゃん!」
和「冗談よ」
回す腕に力を込める。
せめて、今だけはこうして抱きしめていたい。
私の愛が、唯に届くように、ぎゅっと。
おしまい!
最終更新:2010年09月02日 21:53