ドンドン ドンドン
唯「はーい、今行きまーす」
唯(というかインターホン押せばいいのになんで扉をノックするんだろ?)
唯「はーい、今出まーす」
梓「こんにちは、いえ、その前に初めましてでしょうか?」
唯「……あずにゃん?」
梓「……? 私はアズサという名前ですが、あずにゃんなどという変な名前ではありません」
唯「ていうか一つ言っていい?」
梓「なんですか?」
唯「なんで裸なの?」
梓「なんで裸ではダメなんですか?」
唯「なに言ってるのあずにゃん! それはたしか……こ、こうせつもつ?わいせつざい?」
唯「……よくわかんないけどとにかく犯罪なんだよ! 裸で街中歩くのは!」
梓「人間は不便ですね」
唯「あずにゃんも人間でしょ!?」
梓「あの、とりあえず家にあがっていいですか?」
唯「むしろあがってよ。裸の人と玄関で話してるなんて恥ずかしすぎるよ」
梓「おじゃまします」
唯「あずにゃん、とりあえずわたしがなにか服持ってくるからリビングで待ってて」
梓「いやです」
唯「なにが?」
梓「なんで私が人間みたいに服など着用しなければならないんですか」
唯「あずにゃんなに言ってるの、あずにゃんは人間だよ!」
梓「私は猫であっても人間ではないんですけど」
唯「ええ!? あずにゃんさっきからなに言ってるの?」
梓「ですから私は猫ですと申し上げているんです」
唯「あずにゃんったらまたまた変なこと言っちゃってえ」
唯「あれ? でもなんであずにゃん、いつもみたいに髪しばってないの?」
唯「それに頭にネコミミが生えてるけど……カチューシャ?」
梓「いえ、これが私の耳ですが」
唯「…………!」
唯「あずにゃん、髪あげて耳見せて」
梓「こうですか?」サラリ
唯「そうそう……ってあずにゃんの人間耳がない!」
梓「だって頭のてっぺんについてるんだから、わざわざ横にまでつける必要ないでしょ」
唯(ちょっと待って。この状況はなに? まさかあずにゃんがホントに猫になってしまった!?)
梓「あのぉ……」
唯「な、なあに?」
梓「喉が渇いたのでお水を頂けませんか?」
唯「へ? ……ああ、そうだねっ。あずにゃんはお客さんだから接待しなきゃね」
梓「早く水ください」
唯「少し待っててね」
唯「さあさあ、あずにゃん。テーブルはこちらだよ」
梓「どうも」
唯「これが水だよ。たっぷりお飲み」
梓「どうも……ペロッ」
唯「!?」
梓「ペロペロ……ペロペロ」
唯「あ、あずにゃん、なにしてるの?」
梓「水を飲んでるんですけど、なにか?」
唯「なんでコップをもたないで、顔をコップに突っ込んでるの?」
梓「どうして私がそんな人間みたいな飲み方をしなければいけないんですか?」
唯「……」
唯(まさかあずにゃん……ホントに身も心も猫になってしまったの?)
唯(ど、どうしよう? 誰かに相談するべきかな? いや、そもそもあずにゃんはホントに猫になったのかな?)
唯(…………そうだ)
唯「あずにゃん、手を見せてみて」
梓「ペロペロペロペロ」
唯「あずにゃーん」
梓「……なんですか」
唯「あずにゃん、手を見せて」
梓「どうぞ」
唯「あずにゃんらしい可愛い手だねえ……って爪ながっ!」
梓「そりゃあ私たちにとっては爪は武器ですから」
唯(……まさかホントにあずにゃんは……)
唯(いや、あずにゃんはぎたりすとぉなんだから指をぷにぷにすれば……)
唯「……ぷにぷに、ぷにぷに」
梓「……」
唯「ぷにぷに~、ぷにぷに~」
梓「……」ムカッ
バリッ
唯「いったあい! なんでわたしの手を引っ掻いたの!?」
梓「あなたが私の手を触り続けるからです」
唯「ぅう~いたいよぉ」
梓「まったく……」ペロペロ
唯「あずにゃんが自分の手をなめてる……」
梓「あなたが私の手を不用意に触ったせいで、かゆくなりましたから」ペロペロ
唯(猫化したあずにゃん、なんだか怖いです……)
梓「ところで」
唯「は、はい」ビクッ
梓「お水のおかわりをいただいてもいいですか?」
唯「へ? ああうん、全然いいよ」
梓「ありがとうございます」
唯「あ、なんならお水じゃなくてミルク飲む?」
梓「ミルク?」
唯「うん、牛乳だよ」
梓「牛乳?」ギロリ
唯「ひぃっ」ビクッ
唯(あ、あずにゃんの目が怖いよお~)
梓「まさかあなた、今この私に牛乳を飲ませようとしたんですか?」
唯「う、うん」
梓「私たち猫が牛乳を飲んだらどうなるかご存知ではないんですか?」
唯「ぜんっぜん」
梓「はあ。これだから人間は駄目ですね」
唯(猫に馬鹿にされた!)
梓「あのですね、私たち猫は牛乳を飲むと胃を下すんですよ。猫界の常識です」
唯「そ、そうなの!?」
梓「ええ。三ヶ月前にも私の仲間が道端で人間から牛乳をもらって、お腹こわしましたから」
唯「さ、三ヶ月?」
梓「三ヶ月前……いや、三年前かな?」
唯「けっこうそれ差があると思うよ」
唯「あ、じゃあシーチキン食べる?」
梓「シーチキン? なんですそれは?」
唯「猫さんが好きなものだよ」
梓「せっかくなのでいただきましょう」
唯「よーし、用意するから少し待ってて」
梓「楽しみにしています」ペロペロ
唯「シーチキンを缶のまま出すと失礼かな?」
唯「あずにゃんはお客さんだし、お皿に移してあげよう」コンコン
唯「うん、これでバッチリ」
唯「あずにゃん喜んでくれるかな?」
梓「まだですか?」
唯「今いくよー」
唯「召し上がれー」
梓「……見た目はなかなかですね」ペロリ
梓「では……ペロペロ」
唯(箸用意したけどやっぱり使わないんだね……)
梓「……ペッ!」
唯「な!?」
梓「ペッ、ペッ!」
唯「な、なんてヒドイことをするのあずにゃん!?わたしが丹精こめて作ったのに!」
梓「それはこっちの台詞です! なんですかこのやたら舌を刺激する味は!」
唯「そんな変な味じゃないはずだよ。わたしが食べてたしかめてあげる」
唯「パクっ……うん、やっぱり普通だよ」
梓「あなたがた人間にとっては普通でも、私たち猫からすると普通じゃないんです」
梓「こんな味の強いもの食べる生物なんて、あなたがた人間とゴキブリぐらいでしょう」
唯「そ、そこまで言うとは……」
梓「とにかくもういらないです」
唯「なんてワガママなあずにゃん……」
梓「あなたが悪いんですよ、私に期待させておいて……」
梓「……」ペロペロ
唯「ねえねえ、あずにゃん」
梓「ムッ……」ギロ
唯「え?」
梓「毛並みを整えている最中です。黙っててください」
唯「え~、あずにゃん話そうよ~」
梓「…………さっきから気になってることがあるんですが」
唯「なに?」
梓「なぜに私をあずにゃんと呼ぶのですか?」
唯「なんでって……今までもそう呼んでたじゃん」
梓「私とあなたは初対面です」
唯「あずにゃん、わたしとの思い出を忘れたの?」
梓「そもそも私とあなたには思い出がありません」
唯「そんなバカなー!?」
梓「本当です。だいたい私は猫なんですよ。どうしてあなたみたいな人間と面識があるんですか?」
唯「……あずにゃんはホントに猫さんなの?」
梓「だからそう言っているでしょう?」
唯「じゃあ、あずにゃんはあずにゃんじよない!?」
梓「ややこしいですね。いったいどなたと間違えているのか知りませんが、私の名前はアズサです」
唯「やっぱりあずにゃんじゃん」
梓「あなためんどくさくいですね」
唯「そもそもあずにゃんが猫さんだって言うならなんでうちに寄ったの?」
梓「水が飲みたかったのです」
唯「水?」
梓「ここ何日間か水がなかなか確保できなくて……田舎にいたころは田んぼの水を飲めたのですが」
唯「苦労してるんだね」
梓「ええ。特に今年の夏は例年より猛暑が続いていますからね」
唯「やっぱり猫さんでも暑いと思うんだ」
梓「当たり前です。あなたたち人間にはわからないでしょうが、我々猫も必死なんです」
梓「人間はいいです。いつだって好きなときにご飯を食べられますし、水も飲めますし」
唯「でも猫さんだって気楽にゴロゴロしてるじゃん」
梓「こんなクソ暑い夏にゴロゴロなんてしていられませんよ」
梓「それに私たち猫は背も低いですからコンクリートにこもった熱とかもろに浴びるわけですし」
唯「言われてみればそうだね」
梓「最近は水が確保できなくて、干からびて死んでいく連中もいますしね」
唯「ねえ、あずにゃん。そろそろ一番気になってること聞いていい?」
梓「なんですか?」
唯「あずにゃんは猫さんなんだよね?」
梓「ええ」
唯「じゃあなんで人間の姿になってるの?」
梓「ですから、先ほども申したとおり水が欲しかったからです」
唯「それじゃあ理由になってないよ。だいたいなんであずにゃんは猫さんなのに人間の姿になれるの?」
梓「ああ、そのことですか」
梓「化け猫ってあるでしょ?」
唯「猫が人間に化けて人間を襲う、ってやつ?」
梓「それです。我々猫は誰でも人間に化けることができるんです」
唯「うっそだあー」
梓「あなたの前にいる猫が今まさに人間に化けているでしょうが」
唯「またまたあ」
梓「まあ信じてもらわなくても一向に構いませんがね」
唯「そんなこと言ってえ、本当はあずにゃんなんでしょ? 駄目だよ、先輩をからかっちゃ」
唯「それに人間の姿になれるんならずっと人間のままでいればいいのに」
梓「じゃあお尋ねしますが、あなたが猫になれるとしてずーっと猫になりたいと思いますか?」
唯「すごくなりたいと思うよ。猫さんになってずーっとゴロゴロするのとか」
梓「飼い猫の場合ならそれでもいけるかもしれませんね。でも私みたいな野良猫だったらどうします?」
唯「よくわかんないや」
梓「ちなみに私が昨日食べたのはバッタとカマキリです」
唯「そ、そんな恐ろしいものを食べるの?」
梓「さっきのシーチキンとやらのほうが私からしたら恐ろしいですよ」
唯「猫さんがまさか虫を食べるなんて……」
梓「カナヘビとかオタマジャクシとかも食べますよ」
唯「いやあああああ」
梓「私たち猫は人間とあまり関わりたくないんですよ」
唯「どうして?」
梓「鬱陶しいからですよ。なにが悲しくて人間とお喋りしなくちゃいけないんですか」
唯「ええー、お喋りするの楽しいよ?」
梓「人間はね。私たちはいちいち誰かに構われるのが嫌いなんです」
唯「だから人間に化けるのがイヤなの?」
梓「はい。正直今こうしてあなたと話してるのもなんだかめんどくさいです」
唯「ヒドイよあずにゃん……」ションボリ
梓「…………まあ、それだけが理由というわけではないんですが」
唯「他にも人間になりたくない理由があるの?」
梓「下手に人間に化けて化け猫扱いされ、あげく襲われたらたまらないですしね」
唯「でもあずにゃん人間に化けてわたしの家に来たよね?」
梓「ええ。なにせ丸一日水分をとっていなかったもので」
唯「丸一日!?」
梓「死ぬかどうかの瀬戸際だったので、不本意ではありましたが、こうして人間に化けたわけです」
唯「なんだか泣けるね」
梓「まあ、あなたが思ったよりあっさり私に水を飲ませてくれて助かりました」
唯「だって、あずにゃんだと思ったし、あと裸だったから」
梓「ひとつお尋ねしてもよいですか?」
唯「いいよ。なんでも聞いて」
梓「先ほどからあなたがあずにゃんにゃん言ってる人間は、そんなに私に似ているのですか?」
唯「にゃんが多いよ」
梓「いいから質問に答えてください」
唯「うん、もうそっくりだよ。あずにゃん本人にしか見えないもん」
梓「ふうん」
唯「でもね、あずにゃんは髪をこんなふうに二つに結んでるんだけどね」ムギュ
梓「奇抜な髪型ですね。引っ掻き回したくなります」
唯「私の髪にはやめてよ」
唯「猫のあずにゃんの名前もあずさなんだよね?」
梓「? そうですが」
唯「あのね、あずにゃんの名前も梓なんだよ」
梓「べつに興味ないです」ペロペロ
唯「ねえねえ、あずにゃん」
梓「なんですか?」ペロペロ
唯「なんで腕にもどこにも毛なんてないのに、ペロペロしてるの」
梓「…………」
唯「あ、もしかしてクセ?」
梓「た、たしかに言われてみると今の私には毛がありませんでした」
唯「あずにゃんすごくキレイなカラダしてるよね」
梓「なんです? そんなに私の肉体をジロジロ見て」
唯「ちょこっとだけでいいからあずにゃんのカラダさわらせてほしいなあって思って。ダメ?」
梓「なにが目的ですか?」
唯「目的? そんなのないよ。ただあずにゃんのカラダにさわりたいなあ、って思っただけだよ」
梓「私を襲ったりしませんか?」
唯「しないしない」
梓「じゃあ、すごいイヤですが……あなたは命の恩人なので」
唯「じゃあ失礼しやす」ソー
最終更新:2010年09月04日 01:33