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4時限目の授業を終えた律は、教室を出て帰るところだった。

律「………雨かよ」

外は結構な雨だった。

律「くっそ、傘持ってきてないぞ…。仕方ない、やみそうにないし売店で買うか…」

仕方なく売店で傘を買ったが、500円の出費。アルバイトの給料日前の律には無駄な痛い出費だった。

そして、値段の割に大きいビニール傘を広げ駅に向かった。

電車に20分ほど揺られ、地元の桜が丘駅に到着。
改札を出て外に出ると、もう雨など降っていなかった。

律「……」

空には大きな虹がかかっていた。

律「ちっ今日はついてないな……にしてもでっけぇ虹だ。綺麗だなぁ。この大きな虹を500円払って見たと考えれば………安くねぇ」

はぁとため息をこぼし、家に向かって歩き出した。
途中でコンビニに寄って、いつも買っているお気に入りのスナック菓子を買って帰った。

律「ただいまー…って誰もいないか」

両親は共働きで、母親はホームヘルパーの仕事をしている。そのためいつも夕方の5時ごろ帰宅する。
父親はごく普通のサラリーマンで、いつも夕飯時の7時過ぎに帰ってくる。
弟の聡は桜が丘から少し離れた私立の男子高に入学。今年は大学受験で勉強に励んでいるが、
この時期はまだ部活があるので、帰りはいつも6時過ぎだった。そのためこの時間、家には律1人しかいない。


律「あーあ、疲れた。」

今日は週3日のアルバイトも休みで、この後は何も予定がない。
だいたいこういう時は家に帰ってゲームをしていることが多いのだ。
今日もその予定でお菓子を買って帰った。

律は高校を卒業してからアルバイトを始めた。大学受験で志望校のK大学にできず、大学進学の道を諦めた。
しかし、このままフリーターをだらだら続けるのはまずいと思い、改めて大学進学を目指した。
なぜ、こんな風に思ったのか律自身もわからない。とにかく、まずいと思ったのだ。

軽音部で一緒だった澪はJ大学に進学。紬は第一志望だったT女子大に入学。
生徒会長だった和は高校を卒業して、名門のS大学に進学したが、途中で進路変更し、イギリスのG大学に留学した。
唯がいたら、唯の進路はどうなっていただろうと律は何度も考えたことがあった。
集中してやればなんでもできる天才肌の唯のことだ。きっと志望校に進学していただろうなと、考えては毎回苦笑していた。

そして1年間アルバイトをしながら大学進学に向けて勉強した。
1年浪人したので、結果的に同じ軽音部だった1年後輩の梓と同じ時期に大学に入学という形になった。

この1年間は梓も受験生ということもあり、2人で図書館等で勉強会をすることも多々あった。
このとき後輩ながら梓に勉強を教えてもらったり、既に進学した澪や紬に勉強を見てもらったりと色々世話になっていた。

1年間の勉強の甲斐あってか、無事に律と梓は志望校に入学することができた。

そして、1年は留年したものの、無事今年は卒業できそうだった。



今日も1日のノルマを終えた律は、ベッドに横になりあの日の事を思い出していた。



―桜が丘中央総合病院―

霊安室―。

唯の母親が、唯の顔にかかった布をそっと取ると、見慣れない唯の顔がそこにはあった。
肌は、健康的な肌色ではなく、もう真っ白になってなっていた。

こうして死んだ人間をまともに見るのは始めてだったが、生きている人間の肌の色ではないとすぐにわかった。
そんな真っ白になった唯の顔を見た瞬間、律、澪、紬の3人はまた堪え切れない涙がこみ上げてきた。
もう立っていられなくなって、3人はその場に崩れ落ちた。

律「ううううっあっ……ゆい…うっ…」

澪「唯…ふぇっ…ゆいいいいい」

紬「唯ちゃん…ゆいちゃん…」

律「なんでだよっ…なんで唯がこんな目に合わなくちゃいけないんだよおおおおおおおっ!!!」



3人は線香をあげた後、あまりのショックからかしばらく立てずに霊安室の中にいた。
部屋の中は、泣き声と鼻をすする音だけ。誰も何も言えずに、ただ泣くことしかできなかった。
しかし、ここで律が口を開いた。

律「あれ…唯のお母さんは…?」

紬「さっきここを出て行ったわ。」

澪「憂ちゃんのところに行ったのかもしれない。それか親戚や学校に電話してるか…」

律「憂ちゃんのところにも行ってあげようぜ…」

紬「そうね…じゃあ、りっちゃんと澪ちゃん行って来てあげて」

澪「むぎは?」

紬「私はここで待ってるわ。唯ちゃん1人じゃかわいそうだから…」

律「そうだな。ありがとなむぎ。」

紬「ううん。」


律は受付で憂の病室を聞き、3階にある憂の病室へ向かった。

コンコン。

律「失礼します…憂ちゃ…」



憂「やめてえええっ!!離して!!!やめてやめてえっ!!」

律「!?」

澪「憂ちゃん!?」

そこには、暴れてる憂を唯の母親と看護婦2人が必死に押さえてる姿があった。

律「どっどうしたんですか!!」

唯母「憂がっ…!自殺するってっ!!」

澪「えっ!!」

律「憂ちゃん!!あたしだ!!律だ!!」

律は憂の肩に手を乗せ必死に呼びかけた。
澪も同様、憂の名前を叫んだ。

憂「律さん…澪さん…」

律「そうだよ。律と澪だ。」

憂「お姉ちゃんがっ…お姉ちゃんがああっっ!!!!私のせいなんです私があの時もっと注意してたらっ!!」

律「落ち着いて憂ちゃん…っ!」

憂「私が左側を歩いてればよかったんだっ!!私のせいっ!!嫌だ嫌だっ!!!死ぬっ!もう死ぬううううっ!!」

澪「憂ちゃん!憂ちゃんのせいじゃない!!」

律「自分を責めちゃ駄目だっ落ち着いて憂ちゃんっ!」

憂「いやああああああああああああああああ」

いつも礼儀正しくて、落ち着いた憂を見てきた律と澪にとっては、憂のこんな姿を見るのは衝撃的だった。
無理もない。本当に心から愛していたたった1人の姉が、もうこの世にはいないのだから…
ここで取り乱さない方がどうかしてる。

律「憂ちゃん…っ」

律はそっと憂を抱きしめ、耳元で囁いた。

律「駄目だ。死ぬなんて言ったら…」

憂「でもっ!お姉ちゃんがっ!!私のお姉ちゃんがっ!!私のせいで…っ!」

律「憂ちゃんのせいじゃないっ!」

憂「……」

律「今憂ちゃんが死んだら唯が一番悲しむぞっ!」

律「唯のためを思うなら…ここで死んだりなんかしちゃだめだっ」

憂「………うっ」

澪「憂ちゃん…」

憂「うわあああああああああああああああああああんわあああああああああん」

憂は律にしがみついて思いっきり声を出して泣き叫んだ。
律は、涙を必死に堪えた。



律「月曜、みんなで墓参り行かなきゃ」

唯がこの世を去ってから今年で5年になるが、この4年間、毎年唯の命日にはみんなでお墓参りに行っていた。
今年もそのつもりだ。

どうせ明後日の日曜辺りに澪か紬から連絡が来るだろうと思い、律はメールをするのをやめた。
そんな事を考えながら、机の上にある携帯電話から目を逸らそうとしたその時だった。




ヴー、ヴー、ヴー





律「噂をすればってか…?」

律はクスッと笑みをこぼし、携帯電話を手に取った。
しかし、携帯の画面を見た瞬間に、その笑みは一瞬にして消えた。

着信画面を見てみると、そこには…

 平沢 唯
 080 XXXX XXXX

律「えっ?」

律は一瞬何が何だかわからなかった。
確かに、唯の電話番号とメールアドレスは消せずにまだ律の携帯に登録されたままだった。
しかし、おかしい。なぜ唯の携帯から着信が…?

恐る恐る、律は携帯電話の通話ボタンを押す。

そして、そっと右耳に携帯を当てる。

律「…もし…もし?」

?「……し…プッ……ぉし…ザザッ」

ノイズのせいで声が聞きとれない。

律「えっ?…もしもし??」

?「………しもし?」

律「もしもし?えっ?」

唯「もしもし?りっちゃん?ごめーん、なんか切れちゃった~」

律「えっ?」

唯「ほえ?どしたの?」

律「えっ……って……唯…?」

唯「ほーだよ?なに?どしたの?りっちゃん?」

背筋が凍りついた。それは確かに唯の声だった。
ほんわかとした、ちょっと間の抜けたような、どこか懐かしい、可愛らしい声―。

律「ちょっと待て、本当に唯なのか?」

唯「え~?なにそれ~?今まで電話してたじゃん」ブーブー

律「はっ!?えっ!?なんでだよ……」

唯「何が??りっちゃんおかしいよ?」

律「いや、待て。おかしいのはお前だ。」

唯「ひどい~!」

間違いない。この声は唯だ。律は確信した。
しかし、何故死んだはずの唯から電話が?一気に頭が混乱した。

律「唯、今どこにいるんだ?」

唯「え?今家だよ」

律「家?憂ちゃんは?」

唯「憂いるよー。なんで??」

律「えっ………………えっ!?」

唯「え?」

憂は今、平沢家にはいない。
あの日憂は、一時的に平常心を取り戻したものの、精神的にも深い傷を負ってしまった。
複雑骨折のため入院していた憂はその入院中、なんども自殺未遂を繰り返していたため、精神科で見てもらうことになった。
自殺に使えそうなものが近くにあると、それを使ってどうにか死のうと何度も手首を切ったり、首を絞めたりしてしまう。
かなりの重症だった。

5年経って今はだいぶ元気を取り戻してきたが、自殺癖はまだ消えないらしい。
でも、今はリハビリ中で、病院の子たちとも仲良くなったようで憂の両親も安心していた。
律たちも、たまにお見舞いに行っている。その時は昔のように普通に会話ができる程度にまで回復したが―


今平沢家に居るはずがないのだ。憂は今入院中。

それ以前の問題に、唯が居るのがおかしいわけだが。

心臓の鼓動が聞こえてくるくらい強く鳴っていた。

律「どういうことだ?」

唯「なになに??りっちゃんさっきからおかしいよ。さっきまで普通だったのに」

律「さっき?」

唯「さっきまでしゃべってたじゃん!記憶喪失になっちゃったのー?」

律「えっ?」

わけがわからなかった。
唯の言ってることが…いや、今話してる相手が唯なのかすらもわからない状況だ。
律は自分がおかしいのか?自分が夢を見ているのか?そう思った。

唯「りっちゃん?」

律「さっきまであたしたちは何を話していたんだ?」

唯「えー?ほら、明日むぎちゃんがなんのお菓子持ってくるか当てっこしようって…」

律「むぎのお菓子…?」

唯「そんで、私が勝ったらりっちゃんの分ももらうからねーって」

律「唯…」

唯「ほえ?」

律「お前、今高校生なのか…?」

唯「何言ってんのりっちゃん。私たちはピチピチの女子高生じゃないかっ」

律「私たち…って…」

まさかとは思ったが、律は恐る恐るその唯とやらに訊いた。

律「唯……今、西暦何年…?何月何日だ?」

唯「それぐらいわかるよー!えーと…2010年だったかな…今日はーちょっと待って…えー10月17日だ!」

律「えっ?」

何を言ってるんだ?違う…今年は2015年だ。そして今日は10月17日、これは合っている。
明後日は唯の5回忌だから皆でお墓参りに……って、えっ?2010年?10月17日?唯が生きてる…?

律「おいっ!」

唯「あわわ、なになに??」

律「今日は本当に2010年の10月17日なのかっ!?」

唯「えっ?ちょ…な、なんか不安になってきた…ちょっと待って」

唯『うーいー!!』

憂『なーにー?』

唯『今年って西暦何年ー?』

憂『2010年だよー!』

唯「ほれ!」フンス

律「憂ちゃんっ!?」

唯「ね!りっちゃん感覚おかしくなった?まさか本当に記憶喪失に―」

律「唯っ!!本当なんだな!!本当にお前は平沢唯なんだなっ!!」

唯「そうだよ?りっちゃん…?」

律「わかった。あたしはお前を信じるぞ…唯!」

唯「う…うん」

律「いいか唯、落ち着いてよーく聞いてくれ。」

唯「わかった!」

律「あたしは田井中律だ。」

唯「うん、知ってる!」

律「あたしは今、23歳だ。」

唯「………」

律「おい、聞いてるか?」

唯「…ぷっはははははははは!!」

律「笑うなっ!本当なんだっ!」

唯「やっぱり今日りっちゃんおかしー」

律「おかしくない!!あたしは今年の8月で23になった。今大学4年生だっ!」

唯「え?ちょっとりっちゃん…」

律「信じてくれ…っ!」

唯「……なんで?なんでりっちゃん、こないだまで18歳の高校生だったじゃん…」

律「違うんだ。今の唯は過去の唯…じゃなくて…あたしは今、過去の唯と話してる」

唯「えっ?過去の私?」

律「そうだ。そしてお前は今、未来の田井中律と話している」

唯「え?…意味がわからないよ…?」

律「だから、なんかわからないけど、過去の唯と………プッ……がってる……ザザッ……んだ」

唯「えっ?もしもし?りっちゃん!?」

律「…………過去…の………プッ」

ツーツーツー。

唯「切れちった……。変なのー。過去の私と、未来のりっちゃん…?」

唯も律の話を聞いて混乱していた。律の言っていることは本当だったのか…

考えてみると、不可解な点はいくつかあった。
まず、携帯の電波がないわけでもないのに突然切れた電話。
そして律の真剣な声。律があんな本気で冗談を言う人ではないことは唯も知っていた。が、しかし
未来の人間と会話をする。そんな漫画のような話がこの世にあるだろうか。

考えるのが苦手な唯は、もう深く考えるのはやめた。
きっと、律の冗談だろう。そう思うことにした。明日学校で聞けばいいのだ。

唯「うーいー、ご飯まだー?」



2015年 10月17日 16:00

律「もしもし!?もしもし唯っ!?くっそ…切れた…っ!」

軽く舌打ちをすると、もう一度着信履歴から先ほどかかってきた唯の番号の画面を開き、
祈る思いでコールボタンを押した。

プップップッ―。

律「頼む…っ!出てくれ唯っ」

『お客様がおかけになった電話番号は現在使われておりません。番号をお確かめになって―』

律「えっ!?」

顔面から冷や汗が吹き出してきた。
何故繋がらない?さっき確かにこの電話番号から…唯の電話番号からかかってきたはずなのに
律は耳を疑い、もう一度かけなおしてみる。

が、結果は同じ。繋がらない。

律「なんでだ!?確かにこの唯の番号からっ!」

携帯の画面を見てみると、

15/10/17  15:46
平沢 唯
080 XXXX XXXX

律「確かにさっきの履歴だ…なんなんだよコレ…どういうことなんだ…っ!?」


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最終更新:2010年09月04日 23:45