翌日・学校

唯「っていうわけなんだよ」

澪「そ、それで梓は?」

唯「わかんない、すぐに帰っちゃったし」

律「う、憂ちゃんは何か言ってなかったか?」

唯「そういえば昨日の夜はすごく元気がなかったなー」

律「そ、そっか」

唯「朝もね、ごはんがべちょべちょだったんだよ!」

澪「あ、うん」

唯「朝食はほとんど食べられなかったし、お昼も購買を利用しなきゃいけないんだよ……」

律「そ、そりゃ残念だったな」

紬「……」


二年・教室

憂「あ、梓ちゃん!」

純「梓!」

梓「あれ、どうしたのふたりとも?」

憂「え? あ、そ、え、あ、うん」

純「どうしたって、一週間も休んだらフツー心配するでしょ」

梓「あ、そ、そっか、そうだね?」

純「もしかして、ズル休み?」

梓「ま、まさかー」

純「怪しいなあ……」

憂「……」

憂「梓ちゃん」

梓「んー?」

憂「私は梓ちゃんの味方だからね」

純「私が敵みたいじゃん!」

梓「純はもういいよ」

純「いいの!?」

憂「そうだ、今日学校に来ましたってメールを送ったら、きっと心配してるって思うから」

梓「あ、そうだね」

純「うおう、スルー体制!?」



三年教室

唯「あ、あずにゃんからメールだ」

律「何!」

澪「ななななななな、なんて書いてあるんだ!」

紬「みんな落ち着いて」

唯「今日から練習に参加します、よろしくお願いします。だって!」

律「梓登校してきたのか」

澪「はぁー」

紬「さすがに少し息が詰まっちゃったわね」

唯「私も一週間くらい休んだことあるよー、食中毒でさー……って、あれ?」



放課後・部室

唯「あずにゃん!」

梓「は、はい!」

唯「あずにゃんの実力を見せてもらうよ!」

梓「え、え?」

澪「唯は夏休み中ずっとギターの練習してたらしいんだ……勉強そっちのけで」

律「そしてここ一週間授業中寝てばっか」

梓「……唯先輩、卒業が危うくなりますよ」

唯「そんなことはどうでもいいんだよ! さああずにゃん、ムッたんとの絆を見せてもらうからね!」

梓「……は、はあ……」

唯「んまーい!」

梓「は、はあ……あ、ありがとうございます?」

律「特に大丈夫みたいだな?」

梓「はい、寝てばかりいたせいかちょっと体力は落ちましたが」

唯「ふふふ、私は寝ていたから充電は完了してるんだよ、さああずにゃん! 私の実力を見せてあげる!」

澪「大丈夫か梓、病み上がりなんだから無理はするなよ」

紬「お茶飲む?」

律「ほらほら、立ってないで座って座って」

唯「……疎外感!?」

梓「あ、でも本当にお上手になりましたね……」

澪「ああ、梓に聞かせるまで弾かないとかいうから、本当は上手になってないのかと思ったけど」

律「だが、私のパワーアップは唯どころじゃないぜ!」

澪「経歴的には唯以上でないと困るけどな……」

唯「ふっふっふ、見せてもらおうじゃない、りっちゃんの実力というものを……!」

澪「みんなで練習するんだよ!」

紬「気合いが入るわね!」

梓「私も一生懸命やります!」

唯「なんか、抜群の連帯感だったね!」

律「あー、何か驚くな」

澪「自分の実力以上のものを発揮できた気がするよ」

唯「これなら文化祭も大丈夫だね!」

澪「調子に乗るな!」

梓「……そうですよ、文化祭まではまだ時間があるんだからしっかりしないと」

唯「あずにゃんふらふらしてるよー? だいじょうぶー?」

澪「病み上がりだからな、大丈夫か梓」

梓「少し疲れましたね、ちょっと、座らせてく……」

紬「梓ちゃん!?」

唯「あずにゃん!」

澪「わ、わ、わ、あ、梓ぁ!」

律「ムギ、救急車!」

紬「う、うん」

唯「救急車?」

律「澪、梓をどこか安定しているところに……唯!」

唯「え? なに?」

律「保健室から毛布でもとりあえず人を寝させることができるもの持ってきて!」

唯「……あ、うん」

澪「律、足の方を持ってくれ」

律「唯、はやく!」

唯「……? うん、ちょっと待っててね!」

紬「すぐに来てくれるみたい、大丈夫よ梓ちゃん……お願いだから頑張って」

和「唯? どうしたのそんなに急いで」

唯「あ、和ちゃん、あずにゃんが倒れちゃって」

和「それで唯は、何をしに?」

唯「うん、とりあえず人を寝かせられるものを持って来てって」

和「ん……それじゃあお願い、私は部室に行くから」

唯「え? 生徒会は?」

和「私の想像だけど、そんなことはどうでも良さそうだわ、唯も急いで!」

唯「う、うん……」

和「律!」

律「ゆ……って、和、どうした?」

和「中野さんの体調は?」

律「え、と」

紬「救急車を呼んだわ」

和「そう、先生方には知らせた?」

紬「あ……」

和「それじゃあ私が話を通すわ、邪魔したわね」

律「……どういうこと?」

澪「た、確かに急に学校に救急車が来ても困るよなってことじゃないか?」

紬「……」



部室!

唯「はあはあ……も、持ってきた!」

律「そ、そっか」

澪「すまん唯、ちょっと遅かった」

紬「梓ちゃんが運ばれていったの、見なかった?」

唯「保健室が開いてなくて、鍵を借りて、はぁ……そんな余裕なかったよぉ」

律「あー、ん、まあ、結果オーライ?」

澪「かもな」

紬「唯ちゃん、よく聞いて欲しいんだけど」

唯「んー?」

紬「実は梓ちゃん、食中毒でね?」

唯「ほへ!?」

紬「急にお腹痛くしちゃって、でも救急隊員の人が言うにはすぐに治るって」

唯「そうなんだー」

澪「(いいのか……?)」

紬「(梓ちゃんの願いを叶えるためだもの)」

律「(だけど、知らないっていうのも辛いだろ)」

紬「(梓ちゃんは唯ちゃんにだけは知られたくない、そう思ってるはずだから)」

唯「どうしたのー?」

律「い、いやー、れ、練習どうしようかなーって」

唯「私も話に参加させてよー」

澪「……あ、ああ、これから練習どうする?」

唯「え、私が決めて良いの?」

律「これからティータイム禁止な」

唯「ふぉー!?」

律「文化祭のライブ、絶対成功させる、そして、受験にも受かる! だろ、唯」

唯「でも、お菓子食べないと力でないよ……」

澪「梓はお菓子食べられないんだぞ、それを先輩の唯が食べてていいのか?」

唯「うー……そ、そうだねー」

律「というわけで今は勉強するために解散、いいな!」

紬「一緒に帰りましょう唯ちゃん」

唯「え?」

紬「さ、帰りましょう、ね?」

唯「(んー、なんだか強引なような気がするよ……)」



帰り道

紬「ねえ、唯ちゃん」

唯「なあに?」

紬「梓ちゃん、元気になると良いわね」

唯「お腹痛いんだよね?」

紬「……ねえ、唯ちゃん」

唯「なあにー?」

紬「梓ちゃんのこと、今も苦手?」

唯「練習練習っていうのはねー、今も苦手かなー、でも、身体がそんなに強くないのに頑張ってるところとか、すごいなって思うよ」

紬「これは本来、私からいうべきじゃないと思うんだけど」

唯「?」

紬「梓ちゃんは元々、この高校を受験するつもりじゃなかったって知ってた?」

唯「初めて聞いたよー」

紬「桜高にはすごくギターの上手な先輩がいる」

唯「え?」

紬「そう聞いて、成績が厳しかったのに一生懸命勉強して入学したって」

唯「え、あ、もしかしてギターの上手なって」

紬「唯ちゃんに憧れてこの高校に入ったのよ」

唯「でも、あずにゃんの方がギターは上手だよ」

紬「憧れってそういうものじゃないわ、この人みたいになりたい、そんな純粋な気持ち」

唯「私みたいに?」

紬「梓ちゃんが理想の唯ちゃん像を持っていたのは否定しないけど、ね」

唯「いつでもギターが上手な先輩って事?」

紬「演奏を聴いた限りでは、自分にも他人にも厳しい人だって思ったのかもしれないわね」

唯「そんなことないのに……」

紬「だから、自分がなろうとした」

唯「え?」

紬「憧れの唯ちゃんのために、自分が理想とする唯先輩になってもらうために、梓ちゃんは頑張った」

紬「そして、頑張りすぎてしまった」

唯「……」

紬「勉強も、ギターも、練習も、きっと梓ちゃんも先輩にこんな風にいっていいのかって色々考えたでしょうね」

唯「気づかなかった」

紬「梓ちゃんも引け目があったと思うわ、だって理想の唯ちゃんはあくまで梓ちゃんの中の理想だもの」

唯「年下の女の子に、そんな風に思われてたんだ」

紬「無理してたと、私は思うわ」

唯「うん」

紬「でもね、私は気づいてたけど、何も言わなかった」

唯「え?」

紬「梓ちゃんが頑張っていたことを、頑張りすぎてどうしようもならなくなってしまってから気がついたの」

唯「どうしようも、ならない?」

紬「いつになるか分からないけど、病院に行って欲しいの、その時になったら連絡するから」


二週間後
平沢家。

唯「それじゃあ、あずにゃんのところに行くね」

憂「うん」

唯「憂は……」

憂「なあに?」

唯「ううん、なんでもない、あずにゃんに会ってくるね」

憂「うん、梓ちゃんによろしくね」



梓の病室。

梓「あれ……?」

唯「こ、こんにちはー」

梓「あ、え、と、こんにちは」

唯「お腹痛いんだって?」

梓「あ、は、そうですね」

唯「お腹出して寝てたりしたらダメだよ」

梓「唯先輩じゃないんですから、そんなことしてないです」

唯「……ねえ、あずにゃん」

梓「はい?」

唯「私、あずにゃんの憧れだったんだね!」

梓「え?」

唯「え?」

梓「あー、ムギ先輩ですか?」

唯「ここで憧れじゃないっていわれたらどうしようかと思った」

梓「そうですね、昔も今も、憧れですよ」

唯「今も?」

梓「ええ、どこがどうっていうワケじゃないですけど」

唯「なにそれー」

梓「私には持ってないものを、唯先輩は持ってます……だから、自信を持って良いです」

唯「自信?」

梓「たとえ私よりもギターがへたっぴでも、唯先輩には唯先輩らしさがあります」

唯「よくわかんないよー」

梓「だから、私がいなくても大丈夫ですよね」

唯「だめ、だよ、私はあずにゃんがいないと」

梓「私はもう、ダメです」

唯「ダメじゃないって、元気そうだよ?」

梓「たぶん私はもう、学校には行けません」

唯「諦めちゃ、ダメだよ」

梓「私には分かるんです、自分の身体のことですから」


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最終更新:2010年09月08日 21:20