梓「唯先輩…」
唯「え?どうしたの?みんな」
澪「うん……なんというかさ」
律「まぁ…」
唯「弟か妹欲しいな~」
梓「…」
唯「りっちゃんの弟欲しいな~聡くん?」
律「…あげないよ」
澪「唯……つらいのも分かるけど」
唯「何が?」
澪「憂ちゃんだよ」
唯「ういちゃん?」
梓「…」
紬「…」
・・・・・・
一年前、商店街
唯「憂と2人でお買い物~♪」
憂「お姉ちゃん、ちゃんと前向いて…」
唯「わかってるよ~♪」
憂「あはは…」
キキーッ
ワーッ ワーッ
唯「どうしたんだろ~」
憂「お姉ちゃんあぶないっ!!」ばんっ
唯「わぁ!!」
憂がわたしを押し飛ばしてくれたおかげで、私はあの殺人トラックに轢かれずに済んだ。
憂もなんとか無事だった。その時は。
「トラックがぶつかって止まったぞ!!」
唯「ういー!!」
憂「お姉ちゃん、足が…痛くて」
唯「動かないで、今行くから」
ガチャン
悪魔は包丁を片手にトラックから降りてきた。
唯「うそ…」
憂「おね…」
そいつは憂に馬乗りになって…。
そこから先は見ていない。覚えていない。
次起きた時には病院のベッドの上にいた。
お母さんが呆然とした顔でわたしを見ていた。怖かった。
唯「憂は…?」
母「…」
唯「え…?」
唯「お母さん?」
母「…」
お母さんは何か言っていた気がする。
だけど聞こえなかった。何も聞こえなかった。
唯「…」
唯「…なんでそんな顔してるの」
母「…」
お母さんはわたしに抱きついて泣いていた。
わたしはもう何も言えなかった。
気がついたらわたしは自分の部屋のベッドの上にいた。
何も記憶が無いんだ。何も考えずに天井を見つめていた。
唯「…」
唯「ういは…?」
唯「うーーいーーー!!!」
母「どうしたの…?」
憂はどうしたんだろう?憂と一緒だったはずなのに。
憂を呼んだのに、わたしの部屋には入ってきたのは、何故かお母さんだった。
唯「ういは?」
母「…やめてよ唯」
唯「なに?どういうこと?」
母「憂にはもう会えないの…」
唯「なんで?」
母「分かって……唯」
唯「なんで憂には会えないの?」
母「唯…もう絶対離さないわ…」
唯「お母さん、憂は…」
母「…」
唯「…」
お母さんは何も答えない代わりに、わたしをずっと抱きしめてくれた。
気づいたらわたしは泣いていた。不思議と冷静だった。
後から聞いた話だと、お通夜とお葬式の間わたしは笑顔だったらしい。
覚えていないんだ。
憂が死んだということも、正直よく分かっていなかったのかもしれない。
母「唯ー!ご飯よー!!」
唯「はーい!!」
朝ごはん。憂が居なくなってから、お父さんとお母さんは家にいる。
お父さんは普通に朝会社に行って、夜帰ってくる。
お母さんは家で家事をしている。
どこにでもある、普通の家庭。
家族で朝ごはんを食べるようになった。
唯「いただきまーす!」
父「いただきます」
母「召し上がれ!」
父「うん、お母さんの味だ!」
母「他になんの味があるのよ~」
唯「…」
母「…唯?」
お母さんの作ってくれた味噌汁を飲むとき、
お母さんの作ってくれた卵焼きを食べるとき、
わたしはどうしても泣いてしまう。
わたしはどうしても涙が出てしまう。
唯「うい…」
お父さんとお母さんも苦しいのに。
明るく振舞ってくれてるのに。
泣きたくないのに。
父「唯…」
母「…ごめんね……」
わたしの一言で暗くなる食卓。
わたしがお父さんとお母さんに謝りたいぐらいなのに、
お母さんはごめんねって言いながらわたしを抱きしめる。
「ごめんね」って、お母さんは何も悪いことしてないじゃん。
唯「いってきまーす」
母「いってらっしゃい」
1人で登校するのが辛くて、和ちゃんが毎朝うちの前まで来てくれる。
和「いきましょ、唯」
母「いつもありがとうね、和ちゃん」
和「いえいえ、私も唯と一緒に登校できて…」
唯「…」
お弁当。似てるんだよ、お母さん。憂。勘弁してよ。
楽しいはずのお弁当の時間が、凄く辛いんだよ。
律「でさー!澪のやつったら!」
澪「こら、律ー!」
唯「…」
律「…」
唯「…ごめん」
律「…なんのことだぁ?なぁ、澪~」
私のせいで、皆のお弁当もまずくなっちゃうかな。
それでも、普段通り接してくれる皆の優しさがつらい。
私なんか無視してくれればいいのに。なんて。
部活の時間はわたしのオアシスかも。
みんなでお茶する時間、練習する時間。
嫌なことを忘れさせてくれる時間なんだ。
ずっとここに居たい。帰り道ですら辛い。
1人になると、すぐに憂が出てくる。忌々しい。
唯「ただいまー」
母「おかえり」
家に帰るとすぐに自分の部屋に戻る。
そしてボーっとしてる時間は作らない。絶対に。
思考を止めると憂のことを考え始めてしまうから。
母「ご飯よー!」
唯「はーい!」
お夕飯が始まるぎりぎりまで自分の部屋にいる。
お夕飯が終わったらすぐに部屋に戻る。
アイスは食べない。
ギー太の練習はリビングではしない。
わたしは逃げることにした。
憂と会う機会が無いだけなんだ、って。
唯「お母さん、朝はパンがいいな」
母「そう?別に構わないけど」
大丈夫。
唯「お母さん、お昼は購買で買うよ」
母「うーん……分かったわ」
大丈夫。
唯「いってきまーす…」
母「いってらっしゃい」
和「いきましょ、唯」
唯「うん…」
なんとか。
律「あ、唯今日は購買か?」
唯「うん…」
澪「やっぱりお弁当は…」
唯「うん…」
紬「元気出してっ唯ちゃん」
唯「……元気!元気だよぉ!」
紬「ふふ♪」
よしよし。
律「もうすぐクリスマスだな~」
澪「ああ」
律「今年はどうする?クリスマス会」
澪「受験生だろ…私たちは」
律「一日くらいへっちゃらだろ~!なぁ唯!」
唯「うん!」
紬「わたしも賛成~♪」
澪「くっ…」
やっぱりみんなと居れる時間がわたしのオアシスだ。
律「どこでやる?」
澪「うーん…」
律「今年も唯んちとか…」
唯「どうかなー?」
澪「…」
紬「えーと…」
唯「…あっ」
律「あ!ムギの家はどう?」
唯「ごめん、ちょっとおトイレ…」
…やっぱりだめだった。
この世に憂はもういない。
わたしが憂に頼りきりだったから、やっぱり逃げられなかった。
でもよく考えてみるよ。
憂がいないと何もできない?
今はお母さんがいるもんね。
私だってやればできるし。
憂なんていなくても平気だから。
憂なんていなくてもみんながいるから。
憂なんていなくても楽しいから。
憂なんていなくても生きていけるから。
なんだ、憂なんていなくても全然平気じゃん。
だけど今でも、
憂のことを思い出す度に、わたしは泣きたくないのに泣いてしまう。
そうやって憂はわたしを苦しめ続ける。
憂がわたしを泣かせるせいで、みんなも迷惑する。
こんな迷惑な妹もういらない。
いらない?
わたしの心に入ってくることさえ図々しいよ。
昔から居なかったんだよ。
そう、憂、じゃなくて、妹、わたしに妹なんて居なかったんだ。
唯「お母さん、わたしの隣の部屋、片付けないの?」
母「唯の隣の部屋…?ああ、憂の部屋のこと?」
唯「…片付けないの?」
母「唯は片付けたいの?」
唯「ていうか、誰も使ってないのにあれじゃおかしいじゃん」
母「誰もいなくないわ、憂がいるもの」
唯「なにいってんの?やめてよ、そういうの」
母「唯…」
私の部屋のコルクボードに知らない人の写真が貼ってあったので剥がした。
なぜか私と一緒に写ってる写真もあったけどそれも剥がした。
家の本棚にあった知らない人のアルバムは全部捨てた。
隣の部屋の机の上に、私と知らない人が写った写真があった。
気持ち悪かったので捨てた。
隣の部屋の机に私宛の手紙があったけど、気持ち悪かったので読まないで引き裂いて捨てた。
隣の部屋にあった服を貰おうとしたけど、知らない人の匂いがついてたので捨てた。
隣の部屋にあった知らない人のノートや教科書は捨てた。
隣の部屋のドアについていた「ういのへや」っていう謎のプレートも捨てた。
全部わたしが勝手に捨てた。
目障りだから。
「お姉ちゃんいつもありがとう」
誰。なにが。
「私、お姉ちゃんの妹で良かったって」
妹?いませんから。
「お姉ちゃんがくれたホワイトクリスマス、嬉しかったなぁ」
なにいってんだか。
「お姉ちゃんにどうやっておかえしできるかな」
知らない人のおかえしなんて。
「お姉ちゃんかわいいから…ほっとけなくて」
気持ち悪い。
「私ね、お姉ちゃんがいるから頑張れるんだぁ」
勝手にしてれば。
「お姉ちゃんやめて」
なにを。
「お姉ちゃん辛い」
で。
「お姉ちゃん、私はお姉ちゃんが大好きだったのに」
来るな。
「お姉ちゃん、助けて」
こっち来ないで。
唯(ここは…?)
「ナイフ持ってるぞ!早く警察を…」
「お姉ちゃん、足が…痛くて」
「動かないで、今行くから」
唯「早く!早く逃げて!!」
「うそ…」
「おね…」
唯「あ…あ」
「お姉ちゃああん!!助けて!!!」
「…」
唯「やだ…やめて」
「いたい!!!やめて!!」
「やあああああ!!!!」
唯「やめてよ!!」
「いたい!!!やだぁ!!!」
唯「やぁ!!見せないで!!!」
「ぉうぇ……おっ…っ……」
唯「やだ…やだ……」
「おね…ちゃん…」
「…」
唯「いやあああああああああああ!!!!!!!」
最終更新:2011年10月18日 15:49