いちご「琴吹さんって綺麗だなぁ」

いちご「仲良くなりたいなぁ」



下駄箱にて


紬「おはよう、いちごちゃん」

いちご「……おはよ」

律「よっす、いちご」

いちご「……おはよ」

律「なんか相変わらずテンションが低いよな。ちったあムギみたいに笑えばいいのに。なあ、ムギ」

紬「そう? 私はいちごちゃんみたいにいつでも凛々しい表情でいられるの素敵だと思うけど」

いちご「どういうこと?」

紬「私、いつもみんなからぽわぽわしてるって言われるから」

いちご「ぽわぽわ……」

律「ぽわぽわしてないムギなんて想像できないもんな」

紬「ふふ、ぽわぽわ~」

いちご「……」

律「さっさと教室行こううぜー」

紬「はいはーい」

ぱさっ

いちご「あ、落ちた」

律「? なにが?」

いちご「……琴吹さんから」

紬「私?……あ、本当だ。ハンカチ落としてる。ありがとうね、いちごちゃん」

いちご「……べつに」


昼休みにて

いちご「購買、混んでる……」

紬「いちごちゃんだ」

いちご「琴吹さん……」

紬「私、購買でパンを買うのが夢だったの」

いちご「聞いてない」

紬「本当はたまたまお弁当を忘れただけなんだけどね」

いちご「聞いてない」

紬「オススメのパン、なにがいいかな?」

いちご(……)

いちご「それなら……」

紬「これが購買のパン……とてもおいしそうね……」

いちご「そう?」

紬「うん、ありがとねいちごちゃん」

いちご「……どういたしまして」

紬「じゃあ教室に戻ろうか」

いちご「……琴吹さんってマイペースってよく言われる?」

紬「ええ。よく言われるわ。すごいね!いちごちゃん」

いちご「べつに」

紬「ところでひとつ思ったんだけど……」

いちご「?」

紬「その琴吹さんっていう呼び方よりムギって呼んでくれたほうがうれしいなあ」

いちご「……」

いちご「なんで?」

紬「え?」

いちご「なんでムギなの?」

紬「どういうこと?」

いちご「『つむぎ』じゃなくて『ムギ』なの?」

紬「……なんでだろ?」

いちご「……変なの」

紬「変?」

いちご「奇妙」

紬「きみょー?」

いちご「変わり者」

紬「そうかしら? よくわからないわ」

いちご「……戻る」

紬「あ、待って」

いちご「……」

紬「そういえば私たちってこんなに長く話したのって初めてよね?」

いちご「……そう」

紬「こういうお友達と仲良くなれる機会ってとても素敵だと思うの」

いちご「…………」

紬「あ、それからいちごちゃんは購買には詳しいの? またよかったら一緒にパンを食べに買いに行かない?」

いちご「……私も普段はパンは買わない」

紬「だから時々、ね?」

いちご「……考えておく」



放課後の音楽室にて


唯「やっぱりおかしいよ」

梓「……なにがですか?」

唯「このショートケーキのいただきを陣取る魂のいちご」

唯「これをなんのためらいもなく食べた和ちゃんは、やっぱりおかしいよ」

律「急にそんなことを言われてもな」

唯「いちごのショートケーキはてっぺんのいちごにすべてがかかっていると思うんだ」

唯「ううん、ショートケーキのいちごがあればケーキはなくても最悪、大丈夫だと思うんだ、わたし」

澪「ケーキがおまけでいちごがメインか」

律「まあ、わからなくもないけど、いったいなにがお前をそんなにいちごに駆り立てるんだ」

唯「決まってるよ、いちごだよ」

梓「ダメですねこれは」

唯「あずにゃんにはまだまだわからない世界だろうね」

梓「一生わからなくていいですよ、そんな世界」

唯「まあ小生意気な! ムギちゃんはわたしの言ってることわかってくれるよね? ね?」

紬「え?」

唯「わたしの話を聞いてないですって!?」

紬「ごめんなさい。ちょっと考えごとしてて」

澪「どうしたムギ? なにか悩みごとか?」

紬「ううん、そんなおおげさなものじゃないの」

律「ムギの悩み事……」

紬「本当に大したことじゃないの。ただ……」

唯「ただ?」

紬「どうして私って『ムギ』ってあだ名だったのかなと思ったの」

律「なんだそりゃ」

澪「たしかムギが初対面の私と律にムギって呼んでみたいなこと言ってなかったか?」

紬「そう言われてみるとそんな気がする」

唯「わたしは特になにも考えてなかったなあ」

梓「唯先輩がなにも考えていないのはいつものことでは?」

唯「ひどいよ! あずにゃん!」

澪「でもなんでまた急にそんなことを?」

紬「実はね……」


律「へえ、いちごがねえ」

紬「私自身、自分のあだ名について深く考えたことなかったから気になっちゃって」

梓「そのいちごという人はどんな人なんですか?」

律「いちごは……なんて言うかなあ」

澪「べつに悪い人じゃないよ。ほら、学園祭前の練習でも体育館貸してくれたし」

梓「ああ、あのクロワッサンみたいな髪型の人ですね」

律「なんでクロワッサンでたとえた?」

梓「すみません、冗談です」

唯「いちごちゃんってクールでかわいいよねえ」

律「確かにかわいいんだけど、愛想がちょっとな」

澪「私もどちらかと言うと話すの苦手なタイプかも」

律「澪の場合はしゃべることじたいが苦手だろ」

澪「正論すぎて言い返せない」

紬「そうかしら?」

澪「ムギ、否定してくれるのか?」

紬「ごめんなさい、そっちじゃないの」

澪「そうか……」

紬「今日ね、いちごちゃんに私、購買のオススメのパン教えてもらったの」

律「いちごが教えてくれたのか?」

紬「ええ」

唯「ほほう、それでお昼休みはあんなにご機嫌だったんだね」

紬「あ、わかった?」

唯「もちろんだよ」

紬「またいちごちゃんに購買のパンをオススメしてもらいたいなあ」

律「しかし、いちごのやつがねえ。意外だな。いや、意外じゃないのか」

紬「いちごちゃんはとてもいい子だと思うなあ」

唯「ムギちゃんがそう言うならきっとそうなんだね!」

紬「ええ、また一緒に購買に行けるといいなあ」



朝にて

紬「いってきます」

紬「ん…………」

紬(そういえば普通に朝ごはん用意してもらっちゃった)

紬(パンは今日は買えないなあ)

紬(でもいちごちゃんも普段はお弁当みたいだし)

紬(また、別の機会を待とうかな)

紬(うん)

紬(そうしよう)



昼休みにて

唯「ムギちゃんのお弁当おいしそうだね」

紬「ふふ、食べる?」

唯「いいの?」

律「あ、唯だけズルイぞ!」

澪「ダイエット中ダイエット中」

和「つぶやかなくても……」



いちご「…………」チラッ

いちご(今日はお持ってきたんだ)

いちご(まあいいや。私も普通にお弁当持ってきたし)

いちご「……いただきます」


澪「ていうか今日はお弁当なんだな」

紬「うん、昨日はうっかりだから」

唯「ムギちゃんがお弁当忘れたなんて珍しいことだよね」

紬「でも安心して、唯ちゃん。おやつは絶対に忘れないから」

唯「さすがムギちゃん」

律「おやつがないと始まらないからなあ」



いちご「……ぱくっ」

いちご「もぐもぐ」

いちご「……」チラッ

いちご「普通にお弁当食べてる、か」

いちご「……なんで私気にしてるんだろ」

いちご「もぐもぐ」

いちご「……ぱくっ、ごっくん」

いちご「ちゅぅぅ……」

紬「いちごちゃん」

いちご「…………!」

紬「どうしたの?」

いちご「べつに。いつのまに背後にいたのか気になっただけ」

紬「普通に忍び寄っただけよ」

いちご「……普通に忍び寄ったの」

紬「ええ」

いちご「なにか私に用?」

紬「昨日、いちごちゃんに購買のオススメを教えてもらったから」

いちご「…………」

紬「そのお礼にお菓子もってきたの。よかったら食べて」

いちご「……べつにいいのに」

紬「いやだった?」

いちご「…………!」

いちご「……もらう」

紬「うん、きっとおいしいから食べて」

いちご「……ありがとう」

紬「どういたしまして」

いちご「…………ムギちゃん……」

紬「え?」

いちご「……なにも」


唯「ムギちゃんムギちゃん」

紬「なあに唯ちゃん」

唯「その右手のブツはなんですか?」

紬「お菓子よ。みんなも食べる?」

律「もっちろーん」



いちご「クッキー……高そう」

いちご「……いただきます」パクっ

いちご「……おいしい」



ある日の朝にて

紬(一ヶ月ぶりに回ってきた日直当番だけど……朝の学校)

紬(誰もいない学校……なんだかワクワクする)

紬(まずは日直の仕事は教室のドアを開ける)

がちゃ、がちゃ

がらがら~

紬「さて、まずは……あ、うだ!」

紬「黒板消しは……あった」

紬「これをドアにはさんで……」

紬「最初に来た人がこれに当たるっと」

紬「私、一度黒板消しを使った悪戯をするのが夢だったの」

紬「あとは来るのを待つだけ」

がらがら~

紬(きたー!)

ひゅー、すとん

いちご「…………」

紬「あ」

いちご「黒板消し、直撃」

紬「……大丈夫?」

紬(なんでだろ。イタズラする前まではすごくワクワクしてたのに。今となっては後悔が……)

いちご「痛い」

紬「黒板消しの粉が当たらないように配慮して、消さないほうを落ちるようにしたんだけど……」

いちご「逆効果」

紬「ですよねー」

いちご「……意外」

紬「え?」

いちご「こんなことするなんて意外。ていうか女子高生がすること?」

紬「私、黒板消しを使ったイタズラをするのが夢だったの」

いちご「変」

紬「そう、かも」

いちご「うん。黒板消しのイタズラは粉を直撃させることが本来の目的」

紬「そうなの?」

いちご「なのに裏側から落下するようにするなんて変を通り越して外道」

紬「いちごちゃんってイタズラにくわしいのね。すごい!」

いちご「あまり褒められてもうれしくない」

いちご(ていうか笑顔が眩しすぎる)

紬「あの、それで頭はケガしていない?」

いちご「角が当たった」

いちご「そもそもこのイタズラは粉を直撃される以外にも目的がある」

紬「どんな目的?」

いちご「消す側はスポンジでできているからまず痛くない」

紬「おお!」

いちご「心は痛むけど」

紬「ああ……」

紬「その、結局は大丈夫なの?」

いちご「特に汚れてない」

紬「……よかった」

いちご「よくない」

紬「え?」

いちご「イタズラについて教えてあげたお礼にパンを買って」

紬「お礼、なの?」

いちご「小さいことは気にしなくていい」

紬「パンって……どんなパンがいいの?」

いちご「……べつになんでも」

紬「うーん……なにがいいんだろう」ブツブツ

いちご(たかがパンなのになんでこんなに真剣に考えているんだろ)

いちご(やっぱり変なの)

紬「いちごちゃんはなにかオススメのパンはないの?」

いちご「オススメのパン……」

いちご(……あのパンかな? でもあれはなかなか手に入らないし……まあいいか)

いちご「ゴールデンチョコパンが食べたい」

紬「ゴールデンチョコパン……?」

紬「ゴールデンチョコパンと言えば購買でも一、二を争うほど人気」

紬「そのため下級生では目にすることすらできない」

紬「その伝説のパンの味は食べたことのある人間がほとんどいないため、定かではない」

紬「けれど食べるとその日一日が幸せになるとかならないとか」

いちご「……無駄にくわしい」

紬「えへへ、りっちゃんに教えてもらったの」

いちご「……ふうん」

紬「私も食べてみたいなあ」

いちご「じゃあそれに決定」

紬「え? 本当に」

いちご「嘘はつかない」

紬「でもゴールデンチョコパンってそんな簡単に手に入らないんでしょ?」

いちご「おそらく、ね」

紬「…………うーん」

いちご(まただ。また真剣になってる)

いちご(……面白い………………かも)


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最終更新:2010年09月10日 00:51