再び想いを伝えようと意気込んで起きた。
というか眠れなかった。
クリーニングが終わった制服を着て、外に出る。
梅雨はもう明けて、夏本番の日差しだ。
律「あちぃ…」
澪とは最近一緒に学校に行ってない。
そのせいか暑さのせいか、足取りも重くとぼとぼと歩いていた。
唯「りっちゃーん!おはよう」
律「おはよー」
道路の向かいから唯が手を振った。
唯「澪ちゃんもおはよー」
唯の言葉に振り向くと、5mくらい後ろに澪がいた。
かなりのんびり歩いていたのに、声掛けるの嫌だったのかな?
一緒に学校行きたくないから、わざとゆっくり歩いて私を追い越したくなかったのかな?
澪は唯のほうを向いて、私と目を合わせてくれなかった。
唯「今日も暑いねー」
澪「そうだな」
唯がこっち側に走ってくる。
澪は普通の顔して唯と話していた。
唯「なんで澪ちゃんりっちゃんの後ろ歩いてたの?」
澪「唯。私たち…」
律「私の後ろ姿に見とれてたんじゃねーか?」
唯「なるほど。朝から妬けますなー」
澪「唯。私たちもう何でもないんだよ」
唯「え?」
澪「だから、もうそういう事言うな」
穏やかに言うなよ。
金曜日は泣き出してたくせに、休みの間に澪は心の整理がついてたっていうのか?
私1人が何て話そうか悶々と悩んで馬鹿みたいじゃないか。
唯「りっちゃん…」
律「ごめん唯。先に行ってて」
澪の手を取って立ち止まる。
澪が何か文句言ってるけど気にしない。
澪の顔も見てやんない。
怒ってるかな?それともまた泣き出しそうな顔してるのかな?
どっちでもいいから、普通の顔だけはしてないで欲しい。
澪「早くいかないと遅刻するぞ」
律「遅刻してもいいよ」
澪「はぁ…受験生の言うセリフか?」
律「話があるんだ」
澪「今?学校は?」
律「そんなに勉強が大事なの?」
澪「大事な時期なんだ」
律「私よりも?」
澪「…」
比べるものじゃないって分かってる。
澪がどう答えるのかも分かってる。
だけど、止められない。
こんな事言いたくないのに。
律「私より、そっちが大事だもんな。だから京都行くんだよね」
澪「そうだよ!律なんて全然大事じゃない!」
ほら。やっぱり。
澪のこと分かり過ぎるくらい一緒に今まで居たのに、もう無理なの?
嫌だよ。
律「私は澪が一番大事だよ」
律「離れても大丈夫だよ」
本当は不安だった。
澪に言うふりして、自分に言い聞かせた。
律「ずっと澪が好きだ」
澪「どうして!?何でそんな事がいえるの!?先の事なんてわかんないじゃん!」
澪が怒鳴る。
怒鳴られたら感情高ぶるのが人間ってもので。
今日は落ち着いて話そうなんて考えていた事も忘れて澪を睨んだ。
心のどこかで必死になっている澪を愛おしく感じていた。
こうやって正面切ってぶつかれる事もあと少しなんだよね。
律「あぁもう!!先の事なんてどうだって良いんだよ!!!今一緒にいたいんだよ!!」
澪「今一緒にいたら離れるとき辛くなるんだよ!?嫌だよそんなの!」
律「先の事なんて分かんないって言ったのは澪だろ!?分かんないじゃん!もしかしたら笑顔でばいばい出来るかもしれないだろ!?」
澪「できるわけな…」
律「うっせー!馬鹿!!澪の馬鹿!!ばっかやろお!!」
澪「馬鹿馬鹿言うなよ…馬鹿」
律「ばーかばーか!あほ!おっぱいばばぁ!!」
澪「律」
律「あ…」
澪「何て言った」
律「澪ちゃんはスタイル抜群で羨ましいなぁ」
澪「そうだろうな」
澪が本気で怒るとこうなる。
静かだ。あぁ…驚くくらい澄んだ空気。
律「てへ☆」
澪「馬鹿律!」
いつもみたいな鉄拳が来ると思って身構えた。
最近殴られ慣れてないからマジで昇天するかも。
なんて思ってても、痛みが襲ってこなくて、恐る恐る顔をあげた。
律「泣くなよ…」
澪が泣いてた。
澪「馬鹿…」グス
律「言いすぎたよ、ごめん」
澪「違う。そこじゃない」
そこじゃないとすると…
考えるまでもなく、澪の泣く原因は分かっていた。
律「好き」
追い打ちをかける。
ピクリと澪が反応して、顔を伏せた。
律「好きだよ」
澪「……かった」
澪が小さな声で何か言った。
聞き取れなかった事に後悔。
澪の言葉は一言も洩らしたくなかったのに。
律「何?」
澪「こんなはずじゃなかった」
すとんと力が抜けたように澪が座り込む。
律「澪?」
澪「こんなに好きになるはずじゃなかったのに…」
澪がうるうるした瞳で見上げた。
好きな女の子がこんな事言ったら、こんな仕草したらもう止められない。
ただでさえ可愛いって言うのにこんちくしょう。
だから私の行動を責めないで欲しい。
澪を道路に押し倒して、無我夢中でキスした。
澪「ん…んー…」ジタバタ
澪が私の下で暴れてる。
朝っぱらから外でこんな行為はさすがの私でも恥ずかしいので、3分くらいでやめてやった。
澪が引っ張ってきたせいで髪の毛が少し抜けた。ひどい。
澪「ぷはっ…律何してんだ!」
律「澪が悪い」
澪「は!?何で私なんだ!?」
私が澪の上から退くと、澪は勢いよく立ちあがってまだ座ったままの私の頭に鞄をぶつけた。
遠心力も相まって私は派手に転がった。
澪「こんな場所で!絶対誰かに見られた!酷い!ばか!ばか!無神経!ちび!」
もう学校行くのもぎりぎりの時間だし、ほとんどこの道は人通らないけど。
誰ひとり通って居ない保証はなかった。
必死だったし気付けなかった。
でもいいじゃん。見せつけてやれば。
っていうかどさくさにまぎれて傷つく事言われた。
澪「この…ぺちゃぱい!!生涯Aカップ!!」
最後にとんでもない捨て台詞を吐いて澪は走って行った。
取り残された私はぽつーんと道路に座り込んだままだった。
律「仲直りできたのかな…?」
いや、なんかまずい気がする。
ただ怒らせただけなんじゃないか?
ってか嫌われた?
あーん。もう立ち直れないよー。
ぼけーとしてたら暑くなった。
そろそろ学校行こうかな。
完全に遅刻だけど。
澪は間に合ったのかな?
何をするにも澪のこと考えてる私は多分重症だ。
きっとこれは暑さのせいではなく。
後ろのドアを静かに開けると授業が始まってた。
先生が黒板書いているうちにさっと自分の席に着いた。
この前席替えして、後ろの方の席になったからばれずに済んだみたいだ。
よかった。
真ん中の席の澪は机に突っ伏して寝ていた。
先生「おい田井中。いつ来た?」
律「最初からいましたよ」
先生「そうか。じゃぁこの問題解いてみろ」
律「うぇ…」
ぜってー気付いてるしwww
唯「りっちゃん答えはx=5だよ」コソコソ
律「x=5です」
先生「間違いだ」
おいこら。
律「唯のせいで恥かいたー」
唯「ごめんねりっちゃん!自信あったんだよ!」
和「遅れてくるのが悪いんじゃない。何してたの?」
唯「のの和ちゃん!あんまり触れちゃ駄目だよ!」
和「え?なんで?」
唯「駄目なものはだめ!」
律「あー唯。その話な、保留」
唯「保留?」
律「澪はああいったけど、今私頑張ってるところだから」
唯「りっちゃん…私感動したよ!それでこそりっちゃんだよ!」
和「よく分からないけど頑張って」
律「ところであれ、何してんだ?」
澪のほうを顔で示す。
さっきの授業からずっとあの調子だ。
塞ぎこんでる。
唯「来たときからずっとだよー」
和「チャイムぎりぎりに駆け込んでそのままバタッて」
律「ま…まさか、死んで…!」
和「そんなわけないでしょ」
唯「りっちゃん、出番だよ!ここが腕の見せ所だよ!」
律「おお!行ってくる!!」
がたんと席を立って澪の席に向かった。
律「澪」
まったく動かない。
無視を決め込んだらしい。
絶対起きてるし。だって呼吸してないし。微動だにしないし。
まさか本当に死…
律「スカートの中覗くぞ」
澪「やめろっ!」
やっぱり起きてた。がばっとあげた顔は真っ赤だった。
目があった瞬間澪は口を抑えた。
律「何してんの」
じーっと眉間にしわを寄せた顔で見てくる。
襲うぞ。おい。
澪「だってまた襲うもん」
律「いいじゃねぇか。お譲ちゃん」
澪の手を掴んで離そうとするけど、なかなか動かない。
手が届かないものほど手にいれたくなるよね。
紬「何してるの?」
いきなり現れたムギに澪が抱きついた。
邪魔しやがって。
澪「ムギぃぃー…」
紬「あらあらあら。あら」
何ニヤニヤしてんだ沢庵。澪返せよ。
紬「澪ちゃんどうしたの?」
澪「こいつに…」
ふるふる震えた指で私を指さす。
私?
澪「汚されちゃったよぉ…」
律「んなっ!!」
紬「りっちゃん!なんて事を!!」
律「違う!!誤解だ!!」
ムギが非難めいた顔で睨む。
律「なんだよ!ムギこういうのいつも興奮するじゃんか!なんで怒るんだよ!」
紬「怒ります!お互いの同意が大前提です!!当たり前でしょう!!」
律「そりゃ…無理やりやったのは悪かったけどさ…」
紬「見損なったわ!最低!!」
そこまで言わなくてもいいじゃんかー。
キスしただけなのに。キスだけで我慢したのに。
澪の言い方が悪いんだぞ。
文句垂れ垂れの目で澪を見ると、あっかんべされた。
このやろー!!!!!
可愛いよー!!!!!!!!!
部活終わって二人になって、それでも澪は鞄で口隠したままだった。
律「いい加減飽きないの?」
澪「ふーんだ」
つんとしちゃって。このこのーwwww
律「澪ー」
ちょっと後ろ歩く澪に前を向いたまま話し掛ける。
律「今日の朝の続きなんだけど…」
聞くの怖いけど、先に進めないからね。
今のままでもいいけど、そういうわけにはいかないから。
律「より戻したってことでいいの?」
しーん。
考えてるのかな?
今日一日、ううんずっと前から考えてくれてたよね。
答え出して欲しいよ。yesしか聞かないけど。
律「澪?っていねーし!!!」
振り返ると誰もいなかった。
律「澪!?どこ行った!?」
ぐるぐると周りを見渡すと、電柱に隠れた人影を見つけた。
何してんだよ、今一番大事なシーンだぞ。
律「澪ちゃん」
澪「何だよ…」
律「怒ってる?」
澪「もういいよ…」
電柱の向こう側にいる澪に話し掛ける。
届いてるよね。私の声も。想いも。
律「じゃあ。好きって言えよ」
澪「馬鹿…」
律「それはいつもの…愛情表現?」
澪「そう勝手に思い込んでればいい」
律「じゃぁ、澪は私の事好きってことで良いんだよね?もう別れるとか無しで良いんだよね?」
澪「ばぁか」
電柱越しに澪を抱きしめた。
ぎゅっとは遠すぎて力はいらなくて出来ないから、触れるくらいなんだけど。
やっぱり距離って大きくて、いつもだったら澪の感触も感じて匂いも分かるのに。
今は硬くてコンクリートの変な匂いしかしないんだよ。
不安は拭えないけど、それでも少しでも接点があるだけでこんなに幸せになれるんだよ。
澪「遠いね」
律「そうだね」
澪「もっと遠くなっちゃうんだよね」
律「うん」
澪「律はそれでも大丈夫?」
律「…大丈夫じゃないかも」
澪「…だから!わか…」
律「でも澪も大丈夫じゃないんだろ?」
澪「…何言ってんの?」
律「気持ちは離れてても一緒ってことだよ」
澪「寂しくなるよ?」
律「メールするよ」
澪「泣いちゃうんだよ?」
律「電話する」
澪「キスしたくなったら?」
律「会いに行くよ」
澪「そんなことされたら…」
律「されたら?」
澪「もっと好きになっちゃうよ」
律「じゃぁ、私と一緒だね。ずっと一緒だね」
澪「…うん、一緒だ」
律「もう別れるとか言うなよ!すっげー寂しかったんだからな!」
澪「ごめんね」
律「もう澪に好きって言えないかと思ってた。澪への想いを諦めなきゃいけないって思ってた」
澪「ごめん律」
律「ばか」
澪「それは…愛情表現?」
律「そうに決まってるだろ!」
澪「ばかりつ」
律「ばかみおー」
澪「ばーか」
律「馬鹿って言う方がばかなんですよー」
澪「好きだよ」
律「ちょっ。この流れでいきなりは反則」
電柱の裏側回って澪のほう行く。
泣き虫な澪はてっきりいつものように泣いているかと思ったけど笑ってた。
やっぱり澪には笑顔が似合うよね。
律「澪!好き!」
澪の唇めがけて顔突き出した。
最終更新:2010年09月10日 20:18