遭難三日目!Aパート!

今日の晩御飯はトマトとナスのスープにセージティー、
乾パンとよく冷えたきゅうりと美味しい水だ。
律たちは熟れている実を優先的に選んだが、
それでも結構な量の晩飯となってしまった。
普段は三人一つの乾パンも今日は二つだ。

律「食糧も充実してきたし、本格的に澪たちを探しに行かないか?」

唯は少し考えるような表情をしてなかなか言葉を発さない。
紬は食器を下げつつけげんそうな表情をしてから、

紬「まだまだ、衣料品もないのよ?早すぎない?」

律「あいつらには、食事もないかもしれない」

律が間髪いれずにそう返す。怒りにも近い願望がにじみ出ていた。

律「明日の早朝出よう」

律が決定事項を伝えたとでもいうように部屋から出ようとする。

唯「ちょっと待ってよ」

唯「りっちゃん、明日の早朝はやめよう」

あからさまに不機嫌な態度をあらわにして律が唯を見る。

律「なんでだよ、いってみろ、唯」

紬は心配そうに二人のやり取りを見守る。
手に持っている食器がわずかに震える。

唯「だって明日なんて計画性がどこにもないからさ」

律「な!」

唯「明日以降食糧は用意してないよ?水筒もないのに水はどうやって運ぶの?」

律「それは!」

唯「行程や何が必要かもまるでわからないのに、どうやって助けるの?」

律が顔を真っ赤にして、反論しようとする。
しかし論理的なそれは顔を見せず、感情が先行する。

律「お前たちは!澪と梓が大切じゃないのか!!」

唯「りっちゃんは私とムギちゃんが大切じゃないの?」

一気に白熱していた空気が冷え込み、律が下を向く。

唯「私はりっちゃんとムギちゃんが大事だよ、死んでほしくない」

律「……ごめん」

泣き出しそうになった律を紬がそっと支える。
唯が二人に抱きついて全員半泣きになってしまう。

律「でも、二人を早く助けたいんだ!」

紬が最初に笑顔を取り戻した。
それに気づいて唯も笑う。

紬「明後日に行くために、今から会議ね!」

唯「りっちゃん隊長、私たちは明日一日で準備できます!」

律「お前ら……!」

現実的に最善をつくすことは決まった。
さいはなげられたのだ。
出会おうとすることは決定したのだ。
あとは、出会えるかどうかだけが問題である。



遭難三日目Bパート!

澪「うまかったなあ」

梓「ですねえ……」

昼に初めて食べたが、百合根は美味いものだ。
少し苦かったが、蒸して塩を振って食べただけでも美味い。
ふっくらとした豊かな素材の滋味が流れてくる。
二人も炭水化物を十二分に吸収して久々にお腹も膨れた。

晩飯は再びたんぽぽ汁だったが、
昼の喜びがまだ残っていて、
大した文句もなしに平らげた。

澪「そろそろ、ドングリも食べれるのか」

梓「ゲプッ、ええ、タンポポ茶もへびいちごも明日からいけますよ」

澪「なんだかんだで楽しみなんだよな、ドングリ」

梓「私もです!」

二人の短い間にずいぶん細くなってしまった肢体を月が照らす。
梓と澪の目つきは少しだけ暗くなっていた。

理論だけなら、人は水だけでも一週間以上生きられる。
だが、それはあくまで理論なのだ。

この二人の命も理論ならまだまだもつ。

理論通りなら、



遭難四日目Bパート!

朝起きてすぐに澪は百合根をほりにいった。
その間に梓がドングリの下ごしらえをする。
流水に曝した殻無しのドングリを鍋で一度煮込む。
すると黒いような茶色いようなあくが抜けるので、
冷水でざっとドングリを洗ってから再び煮てあくをぬく。
その後また水につけて渋皮を丁寧にむく。
それらが終わったらドングリを丁寧に潰し粉状にする。

そこで澪が持ってきて軽くあく抜きした百合根を細かく分けて、
それを塩をたっぷり使ってゆでる。
ゆで終えたらドングリの粉と一緒に丹念にすりあわし、
よく熱したフライパンで焼く。

二人は会話もせずに作業を続け、
ドングリと百合根の運命を見届けようとしていた。

暫くすると栗ごはんのようなにおいが二人の鼻をくすぐる。
それよりはずっと渋いにおいであったが、
二人にとっては久々の甘いにおいであった。

意図せずしてよだれが垂れる。

香ばしさをこれでもかと披露する目前の料理。
今すぐ食べたくてたまらないが少しだけ待つ。
そして、それから数分、完全体となったそれを二人は皿に盛る。
付け合わせのタンポポサラダと贅沢して盛った大量のグミの実。

澪「うまそうだな」

梓「うまそうです」

澪「じゃあ!」

梓「はい!」

い た だ き ま す !


幸福だった。たった三日間ろくなものが食えなかっただけでもこうも違うのか。
百合根とどんぐりのパンケーキはパサついていたし、苦かったが、
二人に底知れぬ福音をもたらした。あまくてしょっぱくてうまい。
パンケーキと栗ごはんがタッグで組んでも決して挑めぬ実力者がそこにはいた。
ソースのかわりのつもりだろうか、グミの実がまた憎い。
酸味が確実にどんぐりと百合根の甘みにスポットを当ててくれる。
付け合わせのタンポポサラダも普段とは違う顔を見せ、胃袋も大満足。

ドングリは少し消化に悪いが、よく噛んで食べたので心配はないだろう。
澪と梓はボロボロと涙を流しながら、これを食した。

食後のティータイムにはタンポポ茶を飲んだ。
日干ししたタンポポの根を細かく刻み、
弱火でじっくり焙煎してから入れる茶だ。
胃を強くしてくれるうえ、比較的飲みやすい。
サプリメントのように干したヘビイチゴを飲み込む。
これは腸に効くらしい。

澪「うまかったなあ、梓」

梓「うまかったです」

二人は既にタンポポティ-の苦さもほとんど気にならなくなっていた。

昼と夜は再びタンポポ汁ですませたが、
軽くいったドングリなどもいれて、
栄養的にはだいぶ改善された。
えぐみも気にならなくなってきたので
積極的に汁に対するタンポポの量を増やした。

澪「やっぱり、うまくはないよなぁ」

梓「そうですか?」



遭難四日目Aパート!

唯「服はどんぐらいもってけばいいんだろう?」

唯は塩作りの傍らで三人分の服の準備をしていた。
一日分か二日分か、はたまたもっと長いのか。
途中で休めるかどうかや清潔な水があるかでも話は変わってくる。
たくさん持っていっても損ではない。
服は傷の手当てや汚物の処理にも使えるのだ。
しかし、探索に大量の荷物を持っていくのは難しいだろうし。
見つくろって手に入れたいくつかの鞄はそすべてう大きくない。

唯「下着としゃつだけ二日分で、あとは置いてくかなぁ?」

質量と重要性の天秤はバランスが大切である。
どちらを見誤っても悲惨な結果につながりかねない。

唯「うーん、二日分じゃあやっぱり少ないかなあ?」

大量の服の山といくつもの鞄が目に入る。
どれも洗濯済みで、洗剤はないがきれいであろう。

唯「はっ、そうだ!」

唯は名案を思い付き、鞄に詰めていく服を吟味する。
嬉々とした顔で選んでいる服の量はとっくに二日分を超えていた。
多量の服を持っていくにしてもキャスターや大きなかばんはない。
唯は一体どうするつもりなんだろうか。

鉈やらナイフやらがごろごろと律の足元には転がっていた。
薬品とかその他という少々分類が投げやりな仕事をこなしながらも、
薬品はいつまでも見つからなかった。
軽いフライパンやまだ切れるナイフや包丁は見つかったが、
薬品だけはどうにも見つかってくれない。

律「ったく、なんで薬箱とかないかなー」

非常用の薬箱などがどこの家にもなかった。
ちょっとした消毒薬や風邪薬の類もない。

律「仏壇やマッチ、洋服や乾パンは放置して薬はないのかよ。」

マッチやろうそくを仏壇から奪いつつ、その違和感が増す。
まるでわざと薬だけが抜き取られたかのような感覚。

律「まあ仕方ない。ドクダミを搾ったやつと生の葉、ムギが乾かした葉をもっていこう」

万能薬ドクダミ、味はまずいしにおいもきついがとても体にいい。
虫刺されなどにも有効であるから覚えておいて損はない。
薬にはかなわないところもあるが健康にはとてもいい。

フライパンや包丁を厳選して選び、
臭い液を生の葉から大量に濾して、
それらを詰めようと鞄をもつ唯のほうへと向かった。

まだ熟れきってないトマトもいくつか収穫して、
くわえてキュウリとナスを袋に詰めてムギも戻ってきた。
それなりの食糧と服、道具は揃った。

唯「食べ物はいっぱい用意があるね」

紬「多分、三日から五日は十分持つわ」

手元に乾パンや塩、野菜を並べてムギがほほ笑む。
半熟のトマトなどは持って歩いていく途中で
すっかり赤くなるのを見越してのことで食糧に不備はない。

律「水はどうするんだ?」

紬「一リットル入る水筒が十本あったけど……」

律「そんなに持ってくわけにはいかないよなあ……」

水筒は大きさも重さも探索の邪魔になるのは自明だ。
水を摂取する必要がある以上は手放せないが多くは持っていけない。

律「何リットル持ってくかが問題だな」

紬「一人一本?」

律「もう少しほしいかな」



唯「はい、秘策があります!りっちゃん隊長!」


唯「じつは鞄をたくさん持っていこうと思ってるんだよ」

律「はぁ?」

唯「一人当たり鞄を三個持ってくの!」

秘策。それはまさに奇策。
とりあえず鞄をたくさん持っていくという物量作戦。
服も食糧も水も道具も大量に持っていける。
すくなくとも物資面では最高の状態だ。
しかし、それでは

律「馬鹿だなぁ、そんなんじゃ重くてろくに行動できないだろう?」

パフォーマンスの低下は避けられない。

唯「そこで秘策なんだよ」

律「秘策?」

そう、この秘策は二段構え。

唯「かばんをどんどん捨ててくの」

瞬間、激震が走った。

紬「そうか、水筒や使った服を途中でパージして」

唯「うん、体力がなくなってからは軽くなったほうがいいよね」

つまりは活動範囲が広がるたびに身軽になり、
体力的にも最善が尽くせるというわけだ。

律「つかわなそうな道具は途中に置いていって」

唯「必要だったら戻ればいい!」

まさに名案。この行動方式をとれば、五日は集落に戻らなくてもいい。
五日もあれば見つかるだろうという律の目論見からすれば十分だ。

その日三人は乾パンと野菜スープでしっかりと昼と夜を食べて早めに休養した。

律「明日か……」

ドクダミ臭い手を何度も洗ってから律は深い眠りに就いた。



遭難五日目Aパート

早朝にナスのスープをたっぷり飲んで水分を補給し三人は鞄を持った。
荷物はずっしりと重かったが、日が昇り切る前に三人は、
集落からかつて人が浸かったであろう道を進み、出て行った。
ゴミだらけで唯たちが漂着した砂浜からの探索は厳しい。
どちらの方角に伸びているかも分からないが、
集落から伸びている道に従って歩いてみる。
その道はちょうど浜とは反対側で形としては山登りに近い。
坂は非常に緩やかであった。
集落から延びていた道ということはつまり、
その先にも集落のような生活スペースがあったであろうと推測できる。
三人は早朝の涼しさが残るうちにずんずん突き進んでいった。

驚いたことにこの間三人の会話はほぼ全くなく。
ほとんどジェスチャーだけで行動していた。
明るくて涼しいこの時間になるべく行動しようという
暗黙の了解が徹底され、無駄な動きはなかった。

探索には澪たちの命のみならず三人の生存にも深くかかわる。
決して生半可な気持ちでやっていいものではないのだ。
無謀な行動がそれすなわち全体の死となる。
口にもなにも含まずに三人はせっせと登って行った。

律(暑くなってきたな)

相当な距離をあるいた気がする。
実際は勾配が急だったり曲がりくねった道を歩いていたから、
そんなに歩いたわけではないのかもしれない。

太陽が完全に姿を見せているのも気になった。
まだ集落からでてそんなに立っていないはずだが、
日差しを見たところもう10時近い気もする。

実際自然の中では時間や距離の感覚がつかみにくい。
自分がどれだけ疲れているのかもよくわからなかった。
小休憩をとるべきなのだろうか、判断がつかない。

周りの風景はどんどん山のそれになっていく。
木々が日差しを時折遮るが、そこまでカバーしていない。
髪の毛が日光で熱を持つのを感じていった。

疲労が浅いからだろう。三人の歩調はいまは揃っていた。
しかし誰かの疲労がたまりすぎればすぐにでも崩れかねない。
集団でのサバイバルでは調和が大事な要素である。

日差しはますます強くなる。

唯と紬に目で合図を送って休むべきだろうかとサインを送る。
二人がうなずいた。
なかなか休むのに適した場所も見つからなかったので、
休むことは決まったがしばらく歩き続けた。
休むことが決まると体が早く休息をほしがっているのか、
パフォーマンスが低下した気もするが三人は歩く。

唯(暑いなあ、長袖より半袖のがよかったかなあ?)

紬(どのくらい歩いたのかしら……、日がずいぶん高くなっている……)

紬と律は太陽の高さが気になり、ちらちら見てみる。
しかし普段から太陽を観察しない限りは細かい時間はわからない。

律(早朝ではないか……)

しばらく歩くと先にお堂のようなものが見えてきた。
律が二人に指さしてそれを伝える。
最初の休憩地点は決まった。


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最終更新:2010年09月12日 22:00