律「ったく、いま何時くらいなんだろうな……」
紬「りっちゃんはどう思う?」
律「11時前後じゃないかなぁと思うんだ。すごい暑いだろ?」
紬「私も同感。だけど……」
律「そう、だけど集落から七時間近く歩いた記憶はない」
クモの巣だらけのお堂で律と紬が相談する。
キュウリを少しずつかじりながらお堂の外に目をやる。
太陽はぎらぎらと元気なご様子で、
だいぶ向こうに集落の屋根らしきものが見えた。
距離感がいまいちつかめないがそれほど歩いたとは思えない。
紬「歩いての感じだとせいぜい四時間ぐらいしか……」
律「そうだな。4時半に出てきたとして8時が妥当なラインかもしれない」
外の熱さと体力の消耗は大きかった。
だいぶゆっくりだが荷物を背負って休まず移動するのは体力を使う。
少なくとも律と紬は暫く歩けそうにない。
唯はお堂のはじでどの荷物を置いていくかの判断に時間にあたまをやっていた。
思った以上に歩いて行くのは暑い。
すでに三人とも衣類は汗まみれである。
お堂についてすぐにぼろ布でふいて着替えたが、
このペースでいくと服は案外大量に使うことになるかもしれない。
だが歩いてみると服は結構重いのだ。
唯(こんなときに憂がいてくれたらいいのになあ……)
三人の使用済みをまとめて、鞄から出した風呂敷で包む。
とりあえず使った服は置いていこうと決め、
律と紬の会話に入って行った。
律「どの服を置いてくか決まったのか?」
唯「とりあえずは使ったものを置いてくよ」
紬「思いのほか脱ぎ着するものね」
食糧はともかくとして、
律もいくつかの必要のなさそうなものを置いていった。
出刃包丁や錐などといった使い道がないこともなさそうなものは隅にやる。
三人はキュウリで水分補給と腹ごなしを終えて、
(紬は暑いときは火をなるべく使わない生がいいと踏んでいる)
お堂の中で昼寝休憩をすることにした。
ちょうど木陰になっていて、風も通るので、
この快適な環境で熱さをのりきることにしたのだ。
足はサイズもいまいち合わないし歩きにくかたったが、
三人ともそこまで問題はなく、
お堂で寝ている間はドクダミを湿布にして保護した。
このドクダミ湿布は臭気は最悪だがそれなりに効く。
三人は起きたらお堂付近を少し探索して、
道が続く限り山を再び登っていくことにした。
遭難五日目Bパート!
遭難者の朝は早い。澪と梓は起きてすぐにタンポポ茶を入れて、
蛇苺を錠剤のようにして飲んだ後、タンポポの茎で歯を磨いて
かまどに殻無しドングリをくべてあくをぬいてから再び煮、
しっかりあく抜きしたたんぽぽの葉のサラダと一緒に食べる。
澪と梓にも作業着と安全靴がだんだん板についてきた。
ストレスやカロリー低下で体はほそくなったが、
健康食品のようなものばかりを食べているせいか、
ハングリーさと腹はつよくなったようだ。
本来なら消化に悪いドングリも、
しっかりゆでてしっかり噛むことで食べやすくし、
タンポポの有効成分が胃を強くする。
蛇苺も、錠剤のようにのむことの効果かはたまたプラシーボか。
二人の健康状態を好転させているようだ。
澪「日が昇る前に食糧を補充しに行こうか……」
ドングリでもさつく口を水で潤しながら澪はドングリの選別を行っている。
梓「百合根は取るのやめましょう。数に限りがありますから」
そのよこではせっせとドングリを網に入れて、梓も水に曝す作業を手伝っている。
時折、鍋の中の塩の様子を観察しながらドングリを川に持っていく。
ドングリの選別と水さらしは労力の割に取れる量が少ない。
塩の生成といっしょにやらなくては割に合わないものだ。
澪「じゃあ、何にする?タンポポはすぐにとれるぞ?」
梓「澪先輩」
澪「何だ?」
梓が片手に何かを持って澪の隣まで来る。
梓「むしって食べれますかね」
そのてにつかまっていたバッタを見て、澪は卒倒した。
イナゴだとか種類は梓にはわからなかったが。
水溜りの近くの草むらに目を凝らせばそこらじゅうにいる。
いままでは気にしていなかったのだが急に美味しそうに見えた。
何かが急に食べたくなる状態は身体のサインである。
余談だが、筆者は公園でバッタをたくさん捕まえていた時期がある。
澪「それだけはやめろ!」
梓「なんでですか?おいしそうですよ」
澪「そんな気持ち悪いもの食えるかー!」
梓「でもたんぱく質の源になるんじゃないですかこれ?」
澪「ダメ!絶対ダメ!無理!キャラ的にもまずいよ!」
梓「いまさらキャラとかどうでもいいじゃないですか、私は食べます」
手につまんでいたバッタを口に持っていく。
澪「生はだめえええええええ!」
とりあえずは梓は後ろ足をとって動きを封じ、
黙々とフライパンにバッタをぶち込んでいった。
あまりに大きくて梓でも引くようなもの以外は、
どんどん捕まえて炒ることにした。
澪は横で失神していたが、気にせずに作業する。
香ばしい香りと少しの青臭さがする。
揚げものをしている時のにおいと少しだけ似ている。
塩をおおめにまぶして、焦げない程度に炒る。
さすがの梓も冷静になるとバッタが全部グロいことに気づいたが、
ここで食べるのをあきらめるわけにもいかない。
だがフライパンの上のバッタを一匹ずつ食べる勇気はない。
タンポポの葉をかじって一休みしながら考えをめぐらす。
タンポポ……、タンポポ……。
梓「そうだ!タンポポ!」
香ばしい香りとタンポポ汁の匂いで目を覚ます。
むこうで梓が昼飯の準備をしてくれている。
どうして自分は寝ていたのか。
何も思い出せなかった。
澪(いやな夢を見た気がする)
内容は思い出せないがグロテスクなイメージが頭の中に去来する。
澪「おはよう梓」
梓「やっと起きてくれましたね、澪先輩」
澪「悪い悪い。いいにおいだな」
梓「ええ、お昼ごはんできましたよ」
梓が二人分の汁をよそって、ドングリを二つよこした。
なんだかとっても腹が減っていたので汁を勢いよく飲む。
何ともいえぬまろやかさだ。
芳醇なまろみが口に広がる。
いままでのそれよりも明らかに美味い。
出汁のうまさ、あるいは脂のうまさとでもいうのか、雑草料理が華やぐ。
口のなかのいくつかの固形物を噛む。
タンポポは心なしか苦みが弱く、噛みやすいように感じた。
何かはサクサクしていてクルトンのような味わい。
絶妙の塩味がいい味出している。
澪「きょうの汁はうまいな……」
梓「ええ、材料が違いますから」
梓「なんたってバッタタンポポ汁ですからね」
澪「そうか、道理で」
梓「出汁が出てるんですかね、なんだかまろやかです」
澪「そうだな、まろやかだな」
梓「結構グロい作業でしたよ、ほんとに」
澪「そうだな」
梓「思ったよりもいけますね、薄緑のタンポポ汁の中だとキモいですけど」
澪「そうだな」
澪はそのまま箸を進めて、
すべて食べ終わったあたりで、
白目をむいて動かなくなってしまった。
遭難五日目Aパート!
三人もしばらくして目を覚ます。
そこで太陽が頭の真上にあるのを確認し、
昼であることがはっきりとする。
おそらく三時間は寝ていたろうから、
ここに着いたのは九時前後だったのだろうか。
外はすっかり炎天下で、これから更に暑くなる。
律はここで休むべきではなかったと後悔した。
休まずに歩き続けて、ちょうど昼に休憩をとるべきだったからだ。
しかしかつての過ちはどうしようもない。
紬と唯もどうするべきかと思案に暮れている。
律「どうするか……」
紬「日があるうちに、先に進みましょう。日が暮れてからは暗くて行動できなくなる」
唯「うん、お堂の周りにはこれといって何もなさそうだし、登っちゃおうよ」
律「でも、この日差しだぜ?とてもじゃないが重労働は避けたい天気だ」
重い湿気と日差し、外の体感気温はこれ以上ないくらい高いだろう。
紬「たしかに、あんまり暑いと体調と食糧にも影響が出てくる……」
この探索をどこかで無駄だと思う紬としても、この島の構造は気になる。
できれば島内を早く探索したいが、二人の体調を崩させるわけにもいかない。
唯「山の奥に入れば涼しくなるかも、それにここには井戸もないから水の浪費になるよ」
律「そうだな、早く登っちまおうぜ」
紬「ええ、なるべく少量の消費で進みたいものね」
三人は塩をペロペロしてキュウリを食い、探索を再開した。
山の中は日差しや照りかえしが少ないせいか
当初予想していたそれよりもだいぶ涼しい。
しかしそれでも暑い。
汗の流れを最小限にするために日陰を歩いても
無意味だと言わんばかりに汗がどんどんしたり落ちて来る。
足場が少し悪くなってきた。山特有の湿った足場だ。
律(川が近くにあるのか……)
しかし、耳を澄ましても聞こえてくるのは三人の呼吸ばかり、
そんなあるかないかの可能性を気にするよりも今日の寝どこだ。
律はしっかりと確実に山を登って行った。
集落からずっと続いていた道も遂に山道の様相となる。
ずいぶん前までひとが歩いたこともあったかな程度に踏みならされた道。
同時に周りの木々も増えていき鬱蒼とした景色が続く。
律(ずいぶん涼しくなってきたな、やっぱり近くに水源があるのか?)
唯と紬も少しだが確実に涼しくなった山の中、空気をしっかり吸い込む。
気づけば集落で感じたような潮くささがこの辺りにはなく、改めて距離を感じる。
この海と自分たちの距離感が一つの疑念をよびおこすのだ。
海からの救援が来たときや澪梓が海辺にいたらこの探索は大変な失敗かもしれないと。
すぐにこの考えを捨てて、唯は足元に注意を払う。
どのみち探索にはこの道しかないのだ。
今自分たちが澪と梓にできるのはこの程度のことだろう。
唯(まっててね、二人とも!)
山を歩いて行くと、祠のようなものがあるちょっとした広場に着いた。
三人は足を止める。
紬の提案でここでご飯を食べることにした。
火を起こせそうな場所が次にいつあるか分からない。
確実に先に進むためにもこの場所での休息は必須だ。
唯と紬は枝を拾いに行き、その間に紬が時調理の準備をする。
唯のパージ作戦やこうした調理はここに人がいた証拠にもなる。
彼らは身軽になりつつ痕跡も残すという最高の手法をとっていた。
唯が小さい枝、律が大きい枝を集め終えて食卓に向かった
唯(なんか、水の音みたいなのがしたなぁ。あとで二人に話してみよう)
気の制で太陽の様子がいまいち分からないが、
たぶん今は昼の二時くらいではないだろうかと紬は推測した。
昼はナスに塩をばらばらと振っていためるだけのシンプル料理だった。
だが外でかまどもなしにつける火というのはどうにも不安定で、
すこしばかり調理には時間がかかった。
律「那須塩原……」ボソッ
紬「なんか言った?」
律「い、いや、なんでもない。」
唯「あのさあ……」
唯が水の話を出すと律もそれに反応した。
紬も川があれば水を使いたいと言い出し、
三人は登りつつ川を探すことを決めた。
この時点ではだれも澪と梓が川沿いにいることには気づかなかった。
ナスは疲れた腹には一瞬でおさまり、
三人は祠にお参りした後でまたすぐ歩き始めた。
もうすでにお堂や集落からはかなり離れている。
お堂でさえも日が沈む前にたどりつくのは大変だろう。
ともなれば日が沈む前に休憩場所を見つけなくてはなるまい。
疲労で足取りは重かったが、懸命にそれを動かした。
最終更新:2010年09月12日 22:02