先頭を歩いていた律が止まる。紬もそれに合わせて静止。
足元ばかり見ていたが初めて周囲と頭上に目を凝らす。

唯「鳥居?」

そこには巨大な鳥居があった。
10mはくだらないであろう。
この小さな島に似つかわしくない巨大な鳥居。
こんな山奥になぜ鳥居があるのだろう。

森の緑のなかで夕暮れとシンクロするように朱色の鳥居。
どう考えても不気味であるが、鳥居があるなら、

律「この先に神社があるかもしれないな……」

紬と唯も同じ見解に達し、小走りで先を目指す。
山道は相変わらずだが、空のほうはすっかり夕闇だ。
いそがなくてはならない。

三人がお互いの顔をやっと認識できるぐらい日は沈んでいた。
もうほとんど足元も見えていない。
マッチで火をつける余裕もなかったので、
構わず走る。

一気に周りの木々が晴れて、
海に日が完全に落ちたのが見えた。

そこにはどでかい鳥居とは対照的に
ポツンと薄汚れた神社と社務所が並んでいた。

律がなにもいわずに小型の鉈を取り出す。
暗闇の中で刃の先がきらりとあやしく光った。

唯「りっちゃん……?」

律が社務所のドアノブを鉈の背でたたき、
二人に向かって二コリと笑う。

律「やっと、休めるな……」

律は荷物を投げ出して倒れるように寝込む。
緊張の糸がほぐれたのか、唯と紬も倒れこんだ。

三人ともかなりの肉体的疲労がたまっている。
おたがいろくに話すこともできず精神も疲弊した。
極限状態の中で三人はまさしく倒れるように寝た。

これは実はのちにかなりのダメージとなる。


最初に気付いたのは唯だった。
次いですぐに紬が気付き、
律も二人の話声で目が覚める。

律「どうしたんだ?お前ら?」

窓の外に目をやると、まだ日は昇っていない。
ともすると、倒れるように寝込んだ数時間後だろう。
こんな時間に二人は一体何を話しているのか。

唯「まずいよ、りっちゃん」

唯「ここは寒すぎる」

言われて律も始めて気がつく。
ペットリと肌にまとわりつく衣服は冷たく、
ドアから入る風もかなりひんやりしている。

律「やばいな、これは……」

体温の低下は免疫、体力、食欲の低下でもある。
低体温症や凍死でなくとも、冷たさは人を殺す。

紬「とにかく、着替えて乾パンを食べて!」

三人は疲れた体をどうにか動かして、
濡れきった服を脱ぎ体を布でふいて着替えた。
乾パンと水をほおりこんでから大量のぼろ布にくるまる。

火をつけたり薪をさがせる余裕もないので、
とにかく食べ物による体温上昇と
ぼろ布による低下の阻止ぐらいしかできることはない。

三人は身を寄せ合って互いの体を温め、
少し落ち着いたころになって再び寝付いた。

寝付いたとは言っても鋭利な冷たさが肌に沁みる。
気温は決して低くはないが、疲労が熱を奪っていく。

これだけの疲労はめったなことでは回復しない。
登山は甘くない。小さな山でも甘くはないのだ。
その体力消費と天気の厳しさは顕著である。

その点、三人は見通しが甘かったとしか言いようがない。

山の中の危機は一つではないのだから。



遭難六日目!Aパート!

唯「寒……」

起きたころにはすっかり体が冷えていた。
皮下脂肪の多い女性でなければヤバかっただろう。
澪と梓が小屋の中でビニールシートで体を覆い、
かまどを近くに作ったのに対して、
唯たちは今まで睡眠に無防備だった。

いままで、比較的快適な集落で行動していたため、
断熱性などを考えずに心地よさだけを考えてきたからである。

すぐさま枯れ木を集めて火をつけたが、
思ったよりも風で火が消えてしまいそうになり焦る。
これもかまどを作ったことのない唯たちの弱点だった。

大量の薪の供給で火が消えるのは防いだが、効率は悪い。

お腹の具合が悪くなるなんて事態を防ぐために、野菜は食べず。
少しばかりの水と乾パンを朝に食べた。

日が昇ってすぐだったが三人はひどくむくんだ足と全身の痛み、
そして体温の低さのせいかあがりきらない体調のせいで、
すでに今日の探索はあきらめていた。

体が重く感じられた三人は昼ごろまで寝ることにした。
眼はすっかり濁り、自然の前での無力感に暮れる。

いままでは仕組まれたように順調だった無人島生活。
無人島での挫折から立ち直るのに、時間が必要だった。





澪「うめー」モグモグ

この澪、ノリノリである。

遭難六日目!Bパート!

二人は早起きして魚を釣り、
ドングリと一緒に魚の塩焼を食べた。
タンポポは飽きるといけないので今朝はやめて、
タンポポ茶と蛇苺をとる。

梓「澪先輩、お魚好きなんですね」

澪「ああ、山椒とかスダチとかあればもっとうまいよな、これ」

梓「ちょっと臭いですよね、やっぱり」

食後少ししてグミの実を食べ始め、
タンポポの葉とグミの実を片手に洗濯や塩作りをする。

梓は釣りとバッタとり、魚の解体に精いっぱいで、
起きてからほとんどまったく家事はしていないが、
食事の中でのタンパク質の充実はひとえに彼女の尽力である。

梓「やってやるです!」

今朝からすでに10匹以上の魚が彼女にやられている。
梓がとっているのは、昨日のも含めすべてウグイという魚だ。
煮ても焼いても美味くないので雑魚として釣り人に嫌われている。

きれいな川という条件が大きく味方したのか、
しっかり塩でやいたここのウグイは美味かったらしい。

澪梓「いただきまーす!」

今日の昼飯はドングリとタンポポ汁の塩焼ウグイ入りである。
このタンポポ汁が存外美味い。
タンポポの苦みが臭さを美味く消していて飲みやすいのだ。
かつウグイの出汁は苦みを和らげる。
無人島ではなかなかの御馳走である。

澪「この魚うまいなあ」

梓「ですね、これってひものとかにできますかねえ?」

澪「できるんじゃないか?そしたら最高だ」

梓「保存食ができたら、行動範囲が広がりますもんね」

澪「あいつらを探す余裕も出てくるかもしれない!」

彼らもまた、いくら順調であっても生きるだけで精いっぱい。
仲間たちを探しに行くような余裕は残念ながらなかった。

澪「ひものか、あいつらにも食わせてやりたいなあ……」

梓「燻製とかにもできますかね?」

澪「燻製はどうだろうなあ、作り方もわからないし」

二人は水だしタンポポ茶と蛇苺を飲んで再び各々の作業に戻った。
二時間ほど続けてから、魚を火の近くにおいて二人は探索をしてみることにした。

探索といっても食べ物を探す程度で、
持っているのは鉈とナイフぐらいのものだ。

海のほうには食べれるものがあまり見つかりそうにないので、
水たまりから比較的山中の歩ける道を選んで歩いていくことにした。

梓「なんかあるといいですね」

澪「だなー」




遭難六日目!Aパート!

唯たちはドクダミ汁を体のあちこちにぬり、
特に体の痛いところには生の葉を貼った。
乾いた葉で出した煎じ茶を苦い顔して飲む。

律「にがいなあ……」

昼飯には同じく乾パンを食べて水を少し飲んだ。
体力の消費をおさえるために、
誰もが半分寝たような状態で倒れている。

誰も次の日の計画の話を始めなかった。
ミイラ取りはミイラになってしまうのだろうか。



遭難六日目!Bパート!

澪「なんか、ここらへんの地面は開けてるな」

梓「はい、なんだか畑だったみたいですね」

澪「トマトとかはえてないかなあ」

梓「この荒れようじゃ流石に無理じゃないですか?」

澪「うーん、なんか野菜生えてないかなあ……」

梓「あれ、向こうに見えるのって……」

梓が指で指し示す先にはどこかで見たような赤い実がなっていた。

澪「あ、あれは!」

唐辛子である。

澪「唐辛子か……」

近くまで近づいて赤くかわいらしい実をなでる。
雑草の中で赤い色は際立っていた。
この前見つけたみつばは摘んだ分で終わってしまったが、
こちらの唐辛子はこんもりと実っている。

梓「料理のレパートリーが増えますね」

澪「こちらとしては野菜のほうが嬉しいんだけどなあ」

塩味に変化が付けられる簿は結構だが、
これではあまり腹の足しにはならない。
辛いものは辛すぎるとお腹にも悪いとう。

澪「あれ、よく見りゃ近くにピーマンも生えてるな」

緑のごっつい実がかげにこそこそとなっている。
ピーマンと唐辛子は仲間であるという。
同郷のよしみで唐辛子が庇っていたのだろうかなどと澪は考えた。

梓「メルヘンですね」

澪「人の考えを読むなー!」

よーく見てみると畑にはピーマンがそれなりにあるらしい。
唐辛子も大量にあって、新しい食材は簡単に獲得できた。

澪「タンポポ以外の野菜が久々に食えそうだ!」

梓「あれ、なんか向こうに赤いものが見えません?」

澪「赤いものってなんだよ、はっきり言ってくれなきゃまた期待しちゃ……

鳥居のようなものが目に飛び込んできた。
木々のグリーンの中で朱色が強烈なコントラストとなる。
澪の脳内で幾千もの鳥居のイメージが飛んでいる。

澪「行かなきゃ……」

梓「へ?」

梓「ちょっとまってくださいよ!いきなりなんです!」

澪「あそこに行かなきゃならない……」

梓「いきなりわけのわからないこと言わないでくださいよ!」

澪「あそこに鍵があるんだ!」

梓「鍵?なんですかそれ?ちゃんと落ち着いて日本語で説明して下さい!」

澪「行くぞ!」

梓「ちょっ、待って!」

澪は手に持っていた唐辛子を投げ捨てて鳥居に向かって駆けていく。
梓もわけのわからぬまま澪を追いかけて行った。
澪にもなにがなにがなんだかわからない。
しかし、あそこにいかなければならないという危機感ばかりが募る。

鳥居まで来ると、なんでここに来たのかは分からない。
しかし経験がここを目指す必要を告げている気がした。
暫くすると梓も追いつく。

梓「あれ、ここって……」

澪「お前もか……」

デジャヴュ。二人はここに来たことがあるような気がして仕方ない。
この鳥居の朱色が頭から離れようとしないのだ。

気づくと二人は無言で道を駆け昇っている。

木々が開けて日の光が照る。

まぶしい輝きのずっと手前。


そこには三つの人影が……。



素っ裸でドクダミを貼りあっていた。

澪梓「……」

唯「あれ、澪ちゃんあずにゃん!!!」

律「お、おまえら!生きてたんだなあ!」

紬「そんな、二人とも……!!!」

なぜだろうか、先ほどまでの高揚感に似た胸騒ぎはどこにもない。

澪「お前ら……」

梓「みなさん……」

澪梓「こんのおおおお、ド変態があああああああああああああああ!!!!!!!!!」

何回も八月が来れば、人間時折はじけてしまう。
初めてのサバイバルの手際の良さもつまりはそういうことである。
終わらない夏休みが救った命もあるのだ。


感動の再会については多くは語るまい。
全員が全員涙し、ともに笑いあった。
繰り返されるコントのような会話は、読者の想像にお任せしたい。
澪と梓の介抱で三人の体力も回復した。
このあとも島で五人は探検を繰り広げる。




だがとりあえずは筆者が語る物語はいったん幕である。


サバイバルに大切なのは友情や勇気ではない。
そんなくさいセリフを吐くためにサバイバルは存在するのではない。

サバイバルに必要なのはサバイバルである。

この言葉を理解できたとき、真のサバイバラーへの道は開ける。
若人よ。恐れるなかれ、サバイバルせよ。


第二部 完



最終更新:2010年09月12日 22:05