――――
憂(結局来ちゃった……律さんたちの大学……)
憂(でも、お姉ちゃんどこにいるんだろう……)
紬「あら? 憂ちゃん?」ポン
憂「わわわあっ! 紬さん!?」
紬「あらあら、驚かせちゃったわね」
憂「先に声をかけてくださいよ……あれ? 紬さん一人ですか?」
紬「これからバンドの練習に行くところなのよ。ほら」
憂「あ、ギター背負ってますもんね。それなら、ご一緒していいですか?」
紬「あら、憂ちゃんは私たちの練習を見学しに来たの?」
憂「えっと……そんなところです。案内してもらえますか?」
紬「もちろん、いいわよ。ついてきて」
ガチャ
紬「みなさんこんにちはー」
律「おうムギー。唯もひさしぶりー」
澪「よし、みんな来たな。始めようか」
憂「……あのー?」
律「なんだ? ……って、あれぇ!? 唯じゃない!?」
憂「お久しぶりです、皆さん」ペコッ
紬「来る途中に見かけたから釣ってきたのよ」
澪「釣ったって……でも、どうして憂ちゃんがここに?」
紬「私たちの練習を見に来たらしいわよ」
律「ほう……新入部員ってわけですね?」ニヤリ
澪「律。私たちはもう『部』じゃないだろうが」
律「え、そっち?」
憂「あの、ところで……今日ってお姉ちゃんと梓ちゃんも来るんですよね? 遅れてるんですか?」
律「えっ?」
澪「えっ?」
紬「えっ?」
憂「えっ」
律「い、いったん落ち着こう。ムギ、お茶だ!」
紬「ハイッ!」ヒュバッ
憂「なんか、ごめんなさい……」
澪「いや、いいんだ。むしろナイスだ憂ちゃん」
紬「お茶ですっ!!」ビビビビュッ
律「ムギのお茶汲みスキルも上がったなあ」
ズズ
澪「作法としては最悪だけどなぁ」ズズ
憂「しみじみ言いますねえ」
律「まあねえ。さてと、それどころじゃなかったんだな」
澪「理由はわからないが、梓が憂ちゃんにも私たちにも内緒で、唯を連れだした。嘘までついてだ」
律「どう考える、ムギ?」
紬「おそらく……唯ちゃんのみさおが危ないかと」
律「……みおー?」
澪「うん。よく考えたら、それほど火急を要する事態ではないよな」
澪「でも、それならどうして嘘をついたのか気になる。梓の方に、なにか後ろ暗いことがあるんじゃないか、という気もするな」
澪「問い詰める必要はあると思うぞ」
憂「お昼ぐらいに私がお姉ちゃんに電話した時も、様子がちょっとおかしかった感じがしましたし……」
紬「まさか、もう……」ハァハァ
憂「はい……心配です」
律「……うむ」
澪「律……? どうするんだ?」
律「こうなれば仕方ない! りっちゃん隊出撃だ!」
澪「分かった。とりあえず梓に電話してみる」
律「……なんで私に意見を求めたんだよ」
澪「ちゃんと意見を採用しただろ?」
律「ええい、まだるっこしい! 唯のとこに行くっていってるんだ!」
憂「えっ!? お姉ちゃんがどこにいるか分かるんですか?」
律「……実はな、唯のヘアピン……あれは発信機なんだ」
紬「あらっ」
憂「は、発信機!?」
紬「……ええ、私の琴吹コンツェルンのほうで開発させていただきました」
紬「こうして、携帯で探知アプリケーションを起動して……」ピ・ポ・パ
紬「はい、これで唯ちゃんの居場所がわかるんですよ」
憂「す、すごい!! 私の携帯にもその機能ください!」
律(あれー? 冗談で言ったんだけどなあ)
律「みおー、どうだ?」
澪「だめだ。梓のやつ、電源を切ってるらしい」
律「ふうん……? いよいよ怪しいな。とにかく、唯の所に行くとしよう」
紬「私が先頭になるわ。ついてきてね」
律「ムギー、魔王を倒す旅じゃないんだぞー」
――――
電車内
紬「憂ちゃん、私たちの練習見せられなくてごめんなさいね」
憂「いえ、そんな。いいんですよ。また今度の機会に」
律「憂ちゃんも今年受験生なんだよな? どこ受けるの?」
憂「えっ……えーっと……まだ、考えてないんです」
律「あれ? 私たちのところじゃないんだ」
澪「いや、どうしてそうなるんだよ律」
律「だって憂ちゃん、唯がいるから桜高に来たんだろ?」
憂「はい、お姉ちゃんと一緒が良かったので」テレテレ
律「そして唯は今年、私たちと一緒の大学目指して必死に勉強している」
律「だったら憂ちゃんも、唯と同じ大学を目指すんじゃないかと思ってたんだけど……?」
憂(……)
澪「ああ、そういうことか……でも大学選びは高校ほど単純じゃないからな」
澪「憂ちゃんはしっかり考えて、自分の行きたい大学に行くんだぞ」キリッ
憂「そ、そうですね。ありがとうございます」ニコニコ
律「あれれー?なんですか澪ちゃん」
律「一人がさびしくて律お姉ちゃんとおんなじ大学に来たくせに、後輩にアドバイスですか?」
澪「それは違う。私はスベった結果として、律やムギと同じところに来ていただけだ」
紬「照れ隠しとは分かっていても、澪ちゃんにそう言われると寂しいわ」
澪「照れ隠しじゃ……ムギこそ、もっといい大学狙えただろう」
紬「私は皆さんと一緒が良かったので」
澪「ゴフッ」
紬「だから……唯ちゃんが遅れてしまったのは残念でたまらないわ」
澪「ゲフ……うん、そうだな……まあ、来年は唯も必ず来てくれる。そしたらまたみんなでバンドをやりなおそうじゃないか」
憂(……)
律「梓も忘れんなよ?」
澪「そうだな。案外、二人でその話をしてるのかも」
律「ハハッ、そうかもな」
憂「あの……そのこと、なんですけど」
律「ん? どうした憂ちゃん?」
憂「……」プルプル
紬「憂ちゃん?」
憂「いえ、やっぱりなんでも……。そろそろ降りる駅ですね」
律「あ、ああ……」
――――
律「知らない町に来ちまったな……」
紬「発信機をたよりに歩くしかないわね。行くわよ」
律「ムギが燃えてる……」
紬「こっちです!」ダッ
澪「色々と先走ってる……」
律「ついて行かなきゃだめかなぁ」
憂「紬さん、早いです!」ダダダ
澪「まぁ、な」
10分後
紬「この中ね!」ザッ
澪「ここは……」
憂「……ラーメン、二郎?」
律「なんでこんなところに?」
紬「分からないわ。でも、反応は間違いなくここから出ているわよ」
憂「お姉ちゃん……」
律「梓もいるのか?」
紬「さあ……でも、恐らくいるはずよ。とりあえず、この行列がある以上は簡単に入り込めないわね」
澪「じゃあ、ここで待ち伏せるか」
律「いや、待つまでもなかったみたいだぜ?」
澪「ん?」
唯「おいしかったねー」ポンポコ
梓「ええ、そうですね」
憂「お姉ちゃん!」
紬「唯ちゃん! 梓ちゃんも!」
唯「うい? みんな? 迎えに来てくれたの?」
梓「……いえ、そうじゃないですね」
唯「へ?」
梓「落ち着ける場所が欲しいです。近くのファミレスにでも行きましょう。大テーブルなら6人でも座れますよね」
――――
某ファミレス
梓「まずは、お久しぶりです。先輩方」
律「おう。元気してたか?」
梓「いえ、軽音部がなくなってからは、正直あまり。おまけに受験も本格化してきましたし」
律「受験かぁ。あんなもん、青春を5年よけいに無駄にするだけだぜ」
澪「律。唯の前だ。……それに、そんな話をしに来たわけじゃないだろ」
律「そうだったな。梓、どうして唯を連れだしたんだ?」
唯「ほえ? それは、あずにゃんが」
憂「お姉ちゃん、違うよ。お姉ちゃんは梓ちゃんに嘘を吐かれてた。実際、ラーメン屋に連れて来られてたんだよ?」
唯「う! 確かに……おかしいとは思ってたけど、あずにゃん!」
梓「すいません、唯先輩。ちょっと芝居を打ちました。まあ、目的はもう達しましたし、本当のことを言いますよ」
梓「憂から聞いたことが本当かどうか、確かめたかったんです。唯先輩の味覚がおかしくなってるって聞いて」
憂「梓ちゃん……そのことは忘れるって」
梓「それが唯先輩のためになるなら忘れてたよ。でも憂、今回は勝手が違うよ。放っておいたら、唯先輩……死んでいたかもしれないから」
律「おい、お前ら話が読めないぞ」
紬「味覚がおかしくなってる……って、どういうこと?」
梓「つい先日のことなんですが……」
――――
店員「デラックスいちごパフェのお客様ー」
唯「はーい」
梓「……まあ、と言う訳で味が濃いと噂のラーメン屋に、唯先輩を連れてきたわけです」
梓「案の定、味も分からないようでしたよ。甘い、と言っていましたしね」
澪「……にわかには信じがたいな。醤油の海と化した野菜炒めがおいしく感じる、か」
唯「でもでも、本当においしかったんだから!」
律「で、唯がこんなこと言うから、憂ちゃんもそれがおかしいとは言いだせなかったわけか」
唯「むふー」パクパク
憂「……変だとは思ってました。けど、お姉ちゃん、二カ月も味の薄い料理で我慢してたって言うし……」
憂「お姉ちゃんがおいしいと思う料理を、お姉ちゃんに食べさせてあげたかったから……これからも、濃い味の料理を作ろうと思っていました」
紬「素敵な姉妹愛だけどね……唯ちゃんの体が耐えられないと思うわ」
憂「……そう、ですよね。ごめんなさい」
唯「ういー……いいんだよ、私がおかしかったんだから」
憂「お姉ちゃん……ごめん、ごめんね……」
律「しかし、憂ちゃんは反省したようだが……唯はどうするんだ?」
澪「そうだな。これから一生、味のしない料理を食べ続けるわけにもいかないだろう」
唯「うん、さすがに……それは私……困っちゃうな」ペロペロ
澪「……パフェの容器に舌つっこみながら言う台詞じゃないよな? いやしいからやめろ、唯」
紬「まぁまぁまぁまぁまぁまぁ。料理の味がしなくなったのは二カ月前だって言ってたわね。なにか覚えはある?」
唯「二か月前かー。5月の初めくらいだよね……んーと、んーと」
梓「あ……」
律「お? どうした梓?」
梓「関係あるかはわかりませんが……5月8日は部活動の入部期間が終わって、けいおん部がなくなった日です」
律「……ああ、そういえば……」
梓「……すいません」
律「いや、けいおん部がなくなっちまったのはしょうがないさ。私たちの演奏が新入部員を引きつけられなかったってことだし」
律「それより……けいおん部の廃部と唯が味覚をなくす時期が一緒というと……なにか感じるな」
澪「お、おい……オカルトくさくなってきたぞ」ビクビク
唯「けど、言われてみると味がしなくなったのはその日からだったと思う!」
紬「となると、まるっきり考えられないことでもないと思うわ。特に唯ちゃんは、けいおん部の存続のために毎日頑張っていたじゃない」
紬「精神的な反動があってもおかしくはないわ」
唯「でも、それは私だけじゃないよ。ていうか、ムギちゃんたちのほうが忙しいのに、勧誘手伝ってくれたじゃん」
憂「とにかく、軽音部とお姉ちゃんの症状には関係があるんですね?」
律「おそらく。……というわけで各自楽器を持って音楽室に集合だ!」
唯「なんですと!?」
律「けいおん部の復活だ!」
――――
律「ドラムの負荷が異常」
澪「おい、言い出しっぺ。しかも憂ちゃんにまで手伝わせておいて何を言うんだか」
憂「私は構いませんよ。むしろ、お姉ちゃんのためにここまでしてくれて、本当に感謝してます」
律「憂のお姉ちゃんのためじゃなくて、唯のためだけどな」
澪「言う必要ないことをさらりと言うな」
憂「くすっ、それでもいいですよ。お姉ちゃんが幸せなら、それで」
紬「……憂ちゃん?」
憂「紬さん? なんでしょう……」
紬「人の幸せを望むのと、人の幸せを考えることは違うのよ」クスッ
憂「? ええと……はぁ」
紬「キーボードもひさしぶりねー」
最終更新:2010年09月12日 22:28