音楽室

梓「唯先輩、あの……今日は騙してしまってごめんなさい」

唯「ううん、いいんだよ。あずにゃんに会えただけでも、私は嬉しかったし」

唯「なりゆきでけいおん部のみんなにも会えたし……練習もできるんだよ!」

梓「……よかったです」

唯「うん?」

梓「電話した時の先輩の声、元気そうでしたから。辛そうにしてなくて、ほっとしました」

梓「でも……私の心の外では……さびしい声も聞かせて欲しかった、と思っていたんですけどね」

唯「あずにゃん?」

梓「わかりませんか?」

唯「なんとなく……」ニヤ

梓「……にやける場面じゃないですよ」

唯「ほえ? だってあずにゃん、『私がいなくてさみしがる唯先輩が見たかったです!』って……」

梓「ちょっとは、それもありますけど」

梓「でも、唯先輩は疲れているべきなんです。みんなに会えなくてさみしがっているべきなんです」

唯「ど、どうして!? そりゃあ、確かにみんなに会えないのはさみしかったけど!」

梓「どうして、って本気で言ってますか?」

唯「あ、いや……」

梓「憂はね、毎日私に言うんですよ」

梓「ごろごろしてるお姉ちゃん、かわいいよって」

唯「……そっか、あずにゃんには筒抜けなんだ」

梓「はい。私のほうも受験勉強が本格化してきて、先輩たちの気持ちもわかってきたんですけど」

梓「疲れますよ。先輩たちと会えなくて、さみしいですよ」

梓「ですけど、私には憂や純がいます。だから定期的にガス抜きできるし、結果的に勉強もできます」

唯「う、うん……」

梓「だったら、ガス抜きの機会がなさそうな唯先輩は、どうなってしまうんだろうと思って。半分くらいはそこが心配で、電話しました」

唯「もう半分は?」

梓「憂から、味覚のことを聞いたんです。そのことも心配だったので」

唯「そういえば、そう言ってたよね」

梓「でも、よく考えると……唯先輩も、心までだらけているわけではないんですよね」

唯「……そうかな。私はもう、なんにもしてないよ」

梓「それですよ」

唯「へ?」

梓「こういうとき本物は、自宅警備員をやってるとか言うんですよ」

梓「何もしていないという自覚があるなら、持ち直せるはずです。唯先輩の心はまだ、頑張りたがっています」

唯「あずにゃん……そんな風に言われたって、私」

梓「やれます」

唯「……やれないよ」

唯「けいおん部はなくなっちゃった」

唯「ギー太の練習したって、明日みんなに聞かせられるわけじゃない」

唯「りっちゃんの元気なドラムも、澪ちゃんのしみわたるベースも、ムギちゃんの優しいキーボードも、つきあってくれない」

唯「それでも最初は、1年後を期待して頑張ってた……でも……」

唯「ずっとけいおん部がないと、私はだめなんだよ」

梓「……弱いですね、唯先輩」

唯「うん、そう思うよ。でもそれが私だったんだ」

唯「だから、もういいよ」

梓「いいって、何がですか」

唯「こうやって、けいおん部に私を呼ばなくていいから。ね、あずにゃん?」

梓「っ!」

 バシンッ

唯「にょほっ」ドサッ

梓「ふざけたこと言いやがりますね、唯先輩」ガッ

唯「うぐっ?」

梓「唯先輩の気持ちとか関係ないです! 先輩方が、私が、唯先輩と一緒にけいおんをやるために、唯先輩を励ましてやってるんです!」ガクガクガク

唯「あぶぶぶぶぶ」

梓「それを裏切るんですか! 私は唯先輩とけいおんがしたいんですよ! だというのに、何なんですかそのフケた態度はっ!」ガックンガックン

唯「あうっあうっ、あず、にゃっ」

梓「あっ」パッ

唯「はうっ」ドサッ

梓「ゆ、唯せんぱ……ご、ごめんなさい!」

唯「ケホッ……も、もうあずにゃんったら……乱暴だよ。めっ!」

梓「でも! 唯先輩があんなこと言うからいけないんです!」

唯「うん……そうだよね」

梓「唯先輩……頑張りましょうよ。桜高だって、それなりにいい高校なんです。唯先輩は、そこに入れるくらい勉強したんですから」

唯「……頑張り方、忘れちゃったよ」ヘヘ

梓「じゃあ頑張り方から私が教えますよ。憂も手伝わせます」

唯「あずにゃん……」

 ポロポロ

唯「あずにゃあん……」ギュ

梓「……やっぱり抱きつくんですね」

唯「うん……えへへ、なんかこうするの久しぶりだね」

梓「そうですね。懐かしい感じです」

唯「あずにゃんいいにおーい」

梓「唯先輩こそ……優しくていい匂い……」

唯梓「えっ?」


梓「におい……?」

唯「あ、あずにゃん。なにか食べ物持ってない?」

梓「な、ないですよ。あったとしても私が食べるです!」

唯「なんでよう!」
ムキー

梓「いいじゃないですか! なんでも!」
シャー

唯「まさか、あずにゃんも……?」

梓「……はい」コクン

唯「あ、はは、そうなんだ……でも、なんでこのタイミングで治ったのかな?」

梓「私の場合は……唯先輩と会わなくなってから、でしたから」

唯「……それって、けいおん部がなくなった日だよね?」

梓「はい。それからは唯先輩と顔を合わせることがなかったですから」


梓「まさかとは思いますが……唯先輩の場合はどうなんですか?」

唯「えっ? 私は……」

梓「大事なことです。言って下さい」

唯「けいおん部がなくなって……帰り道であずにゃんと分かれたそのときからだよ」

唯「とぼとぼ歩いてくあずにゃんの背中を見てたらさ、もうあずにゃんをぎゅってできないんだって、急に思って」

唯「そしたらなんか、いきなり何もかもつまんなくなって。ご飯の味もしなくなった」

梓「……私は、もう唯先輩に抱きついてもらえないって思ったら……」

梓「なんだ……そんなことだったんだ。あははっ……」

唯「そんなこととはなんですかー」ブーブー

梓「だって……受験勉強のストレスとか、唯先輩の場合、生活の味気なさが味覚に影響を与えた……とか」

梓「色々原因を考えてたんですよ?」


梓「それが蓋を開けてみたら、唯先輩なんですから。そんなことですよ」

唯「蓋を開けたらあずにゃん……いいかも」

梓「人を勝手に箱詰めにしないでください」

唯「えへへー。ねぇ、あずにゃん」

梓「はい?」

唯「ペロペロしていい?」

梓「いきなり何を……」

唯「味覚のほうも戻ったか確かめたいんだもん」

梓「私は味なんかしませんよ。唯先輩はさっきパフェ食べてましたし、味するかもしれませんね」

唯「いーや、あずにゃんはおいしい!」

梓「何ですか、人を食べ物みたいに……じゃあ、こうしましょう」

唯「うん、どうするの?」

梓「……こうするです」

 チュ

唯「!?」
ドキンッ

梓「……んっ」

 チュプ

唯「むー」
ムスッ

 チュルッ……

梓「んむぅ!?」

唯「ふっふっふ」

 チュッ……チュパッ

梓「ふっ、んはぁ……」
ピクンッ

唯「あーむ。んふふっ」

梓「犯されました……」グス

唯「あずにゃん、おいしかったよー」

梓「唯先輩は甘かったですよ」

唯「う……言われるほうは恥ずかしいなぁ……」

梓「唯先輩は人の気持ちを考えましょうよ。だいたいいつも……」

 バターン!

律「ひょー! 重かったぜー!」

唯梓「!!」ババッ

律「あれ? どうした二人とも?」

澪「唯、梓、もう7時なんだから電気つけろって」カチ

 パッ

梓「あ、ちょ」


律澪紬憂「わっ」

唯梓「……あはは」

律「ゆ、ゆいー? よだれ垂れてるぞ、もー」

憂「梓ちゃん、私たち空気読めなかった?」

梓「そ、そんなことはないですよ。な、ないよ?」

澪「まったく……こら、唯!」

唯「で、でも澪ちゃんー……」

澪「でもじゃない! 梓が……べ、べちょべちょじゃないか!」

梓「なんの羞恥プレイですか、これは……」
カアァ

紬「唯ちゃん、そ、そんなに梓ちゃんはおいしかったの?」

律「こ、こらムギ!」

律「気持ちは分かるが、今の唯にそんなことを訊くな。な?」

紬「あ……そうでした。ごめんなさい唯ちゃん」

唯「い、いいんだよムギちゃん。それに、あずにゃんはおいしかったよ?」

律「あ、なんだ。そうだったのか。あはは……はっ!?」

憂「お姉ちゃんっ!?」

澪「まさか……味覚が戻ったのか!?」

唯「唯ちゃんはあずにゃん分の補給で蘇ったのです!」ドーン

律「むちゃくちゃだー!?」ガーン

澪「は……あははは! まあ、いいじゃないか! これで問題は万事解決だ!」

憂「うーん、そうですかね?」

澪「憂ちゃん……?」


憂「見て下さいよ」

紬「」ギラーリ

梓「」ビクビク

澪「……おい律、どうする」

律「ムギ、お茶だ!」

紬「ごめんなさい、ティーセットは忘れてしまったの」ショボン

紬「」ギラッ

澪「りつー?」

律「ええい、練習始めるぞちくしょう!」

澪「うん、それでいい」

唯「よーし! いっくよギー太!」
ピョーン


 終わり。



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最終更新:2010年09月12日 22:30