――――
唯「……!」グシ
唯(お腹の奥が、熱い……)
唯(私、誰に怒ってるの……)
唯「……」ポロポロ
唯「……」グシグシグシ
唯(……私があの二人と一緒に泣いていいわけないじゃん)
唯(我慢してよぉ……)
唯(……ごめん、みんな)
唯(憂の言うとおりだ。人の嫌がることをして喜ぶ。それが私だったみたい)
唯(だって、まだ言えるんだ)
唯「憂は私が好き」
唯(ほんとの憂に嫌われても)
唯「憂は私が好き」
唯(私は憂が欲しいから)
唯「憂は私が好き」
唯(ムギちゃんにも警告されたけど)
唯「憂は私が好き」
唯(ごめん、私はそっちに戻れない)
唯「憂は私が好き」
唯(憂を壊した)
唯「憂は私が好き」
唯(憂を追いつめた)
唯「憂は私が好き」
唯(でもおかげで、憂といちゃこらほいほいできるんですぜ)
唯「憂は私が好き」
唯(さいてー。なんてとっくにわかってた)
唯「憂は私が好き」
唯(そんな言葉じゃもう止まれない)
唯「憂は私が好き」
唯(みんなの精いっぱいの言葉でも止まらないよ)
唯「憂は私が好き」
唯(誰かが私を殺さなきゃ……止まらない)
5限目、3年教室
律(唯が帰って来ない……)
澪(トイレだっていうから全校舎全個室覗きこんだのに……)
紬(唯ちゃん、気付いたのかしら……それなのに、逃げた……?)
紬(……まさかね。体調崩してるだけよ)
律(お腹壊したのかな……昼飯も食ってなかったし。パン食べてる唯、かわいいのにな)
澪(でも体調崩して早退したか保健室なら、さすがに唯も連絡くれるよな……朝言ったばかりだし)
澪(……連絡なし)チラ
律(……寂しいなあ)チラ
紬「……先生、ちょっとよろしいですか」ガタッ
先生「あら、何かしら琴吹さん」
紬「その、私……平沢さんの席に座りたいんですけど」
律(なにっ! その発想はなかった!)
先生「だめよ。席順は守らないと」
紬「どうかお願いします! 今日の私は欠席扱いでもかまいません!」
澪(すごい覚悟だ……たしかにそれだけの魅力ある座席だが……!)
先生「琴吹さん……もう分かったわ。なにか理由があるのね。平沢さんの席に着いていいわ」
律澪(根負けさせたー!?)
紬「ありがとうございます……」ホロッ
律澪(そしてさらにかわいいだとぉー!?)
先生「田井中さんと秋山さんは少し静かになさい!」
律「ごめんちゃい……」
澪「ごめんなちゃい……」
紬(今日の授業中の唯ちゃんはおかしかった)ゴソ
紬(悪いけど、いつもはほとんど真面目に授業なんて受けてない。なのに今日は、ノートにびっしり板書をとっていた)ゴソゴソ
紬(もしかしたら、そこに何かヒントが……)ペラッ
紬「……っ。これ、は……」ゾクゾクッ
紬(想像以上ね……何て書いてあるの……)
紬(同じ形が繰り返されてる……横書きだけど、アルファベットの形じゃない……単語練習でもないわね)
紬(あっ、ノートの最初のほうはまだ丁寧に書かれてるわ。これなら……)
紬「……憂は私が好き?」ボソ
紬(見たところ、全ページこれが繰り返されてるのかしら)
紬(一体、何の意味が……わからないわ)
紬(この一文から想像できるのは、唯ちゃんが憂ちゃんを好きなんだろうって事だけ)
紬(まじないの類かしら。なんども繰り返すことで願いが叶う?)
紬(ひょっとしたら、これが……憂ちゃんをおかしくした原因……)
紬(やっぱり唯ちゃんが引き起こしたものだったのね……朝のあの目を見て、なんとなく思ってはいたけど)
紬(これで、憂ちゃんが唯ちゃんを襲ったって聞いた時の違和感も説明できるわ)
紬(憂ちゃんは唯ちゃんのことが好きじゃなかった。ううん、恋愛対象として見てなかったんだわ)
紬(どうしてか分からないけど……唯ちゃんはそのことを分かっていた)
紬(だからこんなノートを作って、憂ちゃんの心をまじないで操作した……)
紬(このノートを見た憂ちゃんが、心を動かされたのか、それとも呪力のせいなのかはわからない)
紬(確かなのは……憂ちゃんが苦しんでいたこと)
紬(唯ちゃん……とても残念よ)フゥ
パタン
休み時間、3年教室
紬「りっちゃん、澪ちゃん、来てちょうだい」
澪「お、ムギ。さっそく唯の匂いの報告か?」
紬「違うわ。唯ちゃんの机にあった、このノートを見て」バッ
律「う……うわ……なにこれ? 唯の字なの? ……かわいい、とは言えないな」
澪「……こ、こわわわわわわわ」
紬「唯ちゃん自身が書いたのかは、字体が崩れすぎててわからないわ。とにかくこのノートには、全ページにわたってこう書かれているわ」
紬「『憂は私が好き』」
律「……ちょっと待って。そのフレーズ、どこかで……」
紬「心当たりがあるの? 思い出して?」
澪「……『律は、唯が好きだ』」
律「……ああっ! 3日前の!」
律「3日前、唯が言霊って何? ってかわいく電話してきて……」
澪「私が教えてやったんだ。その時に、説明の一環としてそのフレーズを出した」
紬「言霊……そう、言霊なのね」
紬「二人とも。今すぐ唯ちゃんの家に行くわよ。数学と唯ちゃん、どっちが大事?」
律澪「そんなの唯に決まってるだろ!」
紬「じゃあ、早速……あと梓ちゃんも連れて行きましょう。さあ、先生が来ると厄介よ。早く教室を出ましょう」
律「ああ、急ぐぜ!」
澪「くそっ、唯……何があったんだ!」
同時刻、2年教室
純「あずさ」
純「あーずーさ」
梓「ねぇ、純。純はいいの?」
純「へ? なにが」
梓「憂がいなくなっちゃって。憂、純のこと大好きだって言ってた」
梓「私もけっこう長いこと憂といるから分かるよ。あれ、そういう意味で言ってた」
純「仔猫みたいな喋り方だね、梓」
梓「……憂がいなくなっちゃったから。それで、どうなの?」
純「そうだね……憂が行っちゃったのは、もちろん悲しいし悔しいよ。大事な友達だもん」
純「正直、今すぐ唯先輩をブン殴りに行きたい」
梓「おい」
純「でも……それが憂のやることだったら、私は文句をつけらんないよ」
純「おかしいけどさ……私は憂のこと大好きだから」
梓「……なおさら変だよ。だって憂は、憂じゃなくなっていくのに」
純「ひどい話だよね……でも、それが憂なりの『お姉ちゃん大好き』ってやつなんだよ」
梓「だからといって……」
純「憂はさ、本当に唯先輩が大好きだからさ」
純「どんな状況だって、唯先輩に嫌われたくないって思ってるんだよ」
純「唯先輩のために、溺れるってのも……」
純「きっと……そうすれば唯先輩にっく……嫌われないって思ってるから、そうしたんだよ」ポタッ
梓「純、涙でてるよ」
純「知っ、てる……ういはね、ゆいせんぱ、が……いつか、わかってくれるって信じてるからぁ……」
純「だからぁ……ういが信じるゆいぜんば、を……あたじもしんじる……」
梓「おーおー、ひどい顔」ギュ
純「あずさぁ……こんなこと、ってるけどあだじ、いてもたっても、いらんない」
梓「……私も。正直、唯先輩を張り倒したくなってきた」
純「おい」
梓「純が泣くからだよ」
純「あずさ……本気で張り倒しに行くなら、行った方がいいよ。今なら強力布陣がついてくるみたいだし」
梓「えっ?」
律「梓、行こう」ガシッ
梓「りつ……せんぱ」ウルッ
澪「純ちゃん、悪いが抱き枕は借りて行くぞ」
純「どうぞどうぞ、返却の必要はありませんので」ニヘヘ
梓「おいこら」
紬「梓ちゃん、行くわよ。……憂ちゃんもいなくなってるのね」
梓「はい、それが……」
紬「話は車の中で聞くわ。斎藤が学校の前に車を手配しているはず」
梓「はい……行きましょう!」
同時刻、唯の家
唯「ただいまー」
憂「お姉ちゃんおかえり! ご飯できてるけど、先に食べてからする? それとも今すぐしちゃう?」
唯「すっぱだかの憂にそんなこと言われたら答えは決まっちゃうじゃんー」
憂「えへへー、そうだよね? それじゃあ」
唯「ご飯!」ビシッ
憂「……?」
唯「ういー? ごーはーん!」
憂「わ、わかった! すぐ食卓に出すよ!」トテテ
唯「……などと言うと思ったかオケツ丸出し星人めー!」ガバッ
憂「ちょ、おねえちゃ――!」
――――
車内
紬「そうなの……憂ちゃんがそこまで思いつめていたなんて……」
律「お、おい。なんか可愛いとか言ってらんない事態じゃないか? かわいいけど!」
澪「ああ。唯がいないということは、多分今も憂ちゃんと一緒にいるんだろう……一刻も早く救い出してやりたい」
澪「否、ヤりたい」
梓「いまの発言、律先輩だったら車から蹴落としてますからね」
澪「だってよ律。気をつけろよ」
律「なんで澪には何のお咎めもないんだよ……」
梓「かわいいからですけど?」
律「ああ、納得した。いつか蹴るわ」
梓「お返しです!」ガスッ
律「お前……スネを……」
紬(梓ちゃん……ちょっと迷ってたわね)
紬(きっと、純ちゃんの言葉が引っかかってたのよね)
紬(でも……やっぱり憂ちゃん一人には任せられない)
紬(いつも唯の世話をしてるのは憂ちゃんだけど……だからって憂ちゃんが唯ちゃんの全部を引き受ける必要なんてない)
紬(憂ちゃんが頼れる人はもっといるはずなのに……性格がら、全然せっついてくれないのよね……)
紬(もうそろそろ、唯ちゃんの家だわ)
紬(きっと鍵をかけているはず。窓一枚の弁償くらいは考えておかないと)
キィッ
紬(……行くわ。唯ちゃん)ガチャ
唯の家 門前
律「そこは桃源郷」ザッ
澪「そこは理想郷」ザッ
律「招かれざる聖域」
澪「穢れの立入禁止区域」
澪「本来私たちのような者の侵入は許されない神の場所」
律「……怖いのか、澪?」
澪「怖いよ。本当はもう、一歩も先に進みたくない」
律「だけど、澪……」
澪「わかってる。甘ったれてはいられない状況まで来ちゃったんだよな」
澪「行くよ。それで、唯を止める」キッ
律「澪……うん。行こう。これは私たちの仕事だ」ダッ
澪「……ああ!」タタッ
梓(澪先輩まであんな小芝居につきあって)
梓(そういうのは唯先輩の役目です)
梓(唯先輩を戻って来させなきゃ……けいおん部がダメになります)
梓(まあ正直変態同盟とか言ってた澪先輩たちが唯先輩を止めるとか憂を助け出すとか)
梓(はっきり言って調子いいですけど……)
梓(それでも、けいおん部の仲間なんですから。力になってくれなきゃ困りますよ)
梓(……あれ、そういえば私も変態同盟だったような)
梓(まあいいや)
律「チャイム、鳴らす?」
紬「開けてくれるとは思えないけど……でも、私たちは唯ちゃんと話をしに来たんだものね」
梓「そうですね。ハナから喧嘩腰でいくわけにはいかないです」
律「じゃあ……押すよ」ゴクッ
ピーンポーン……
律(唯、出てくれ……)
澪「……」
紬「やっぱり、開けてくれな……」
カシャン
澪律梓紬「!!」
唯「……みんなでしょ?」
律「唯っ!」
唯「鍵は開けたから……入って」
律「お……おじゃまします」
居間
唯「……座って。お茶出すから」
澪「な、なんか珍しいな。そういうのいつも憂ちゃんがやってくれるのに」
唯「憂はもうみんなのためにお茶は出さないよ」
唯「みんなに面倒見がいい憂はもう壊れたから」
律「壊れたって……そんな機械みたいに」
唯「そうだね。間違ったよ。……でも、今いる憂はやっぱり機械。私のしたいことをしてくれる機械」
律「唯……」
唯「座ってて。ほんとは憂が私のために出してくれたお茶なんだけどね」
梓「……お茶じゃないですよね?」
唯「もとはお茶だよ」
梓「唯先輩。お茶は良いですから、座りません?」
唯「へへ、わかったよ。私も飲ませたくないしね」
紬「憂ちゃんはこの家にいるの?」
唯「うん。今は私が眠くしたから、ぐっすり寝てるよ」
澪「眠くした……?」
唯「澪ちゃんが教えてくれたんじゃん。ことだまさんだよ」ニコ
澪「……へぇ。言霊は実在するんだな」
唯「テレビの人もそう言ってたよ。えへ、おかげで憂とたくさんエッチできたよ」
律澪(くそ……やっぱうらやましい……)
律「だ、だけど……憂ちゃんはそれを望んでなかったんだろ?」
唯「そうみたいだね。でももう壊しちゃったし、問題ないよ」
梓「唯先輩は、壊れちゃった憂を見て、なんとも思わないんですか?」
唯「なんとも思わないわけないじゃん」
唯「でも、憂が私とエッチしてくれる喜びのほうが大きいもん」
梓「本当に、それでいいと思ってるんですか?」
唯「私だって、そう思ってなかったらやらないよ」
紬「私たちが……唯ちゃんは間違ってる、と言っても?」
唯「だから、間違ってるのはわかってるよ。でも、憂と結ばれることと秤にかけたら、こうなっただけ」
唯「私は憂と一緒にいられたらそれでいいんだよ。他に何にもいらない」
紬「憂ちゃんの気持ちは考えたかしら?」
唯「考えたっていうか、ばっちり聞かされたよ。あずにゃん、私があのとき屋上にいたの、気付いてた?」
梓「……いえ。いたん……ですか?」
唯「イエッス!」グッ
梓「それで……憂の言葉を聞いて……まだこんなことを続けられるんですか?」
唯「良心が痛まないでもないよ。でも、きもちいから。憂も気持ちいいって言ってくれるから」
唯「だから、続けられる。だから、やめられない」
最終更新:2010年09月12日 22:42