その日の夜
私は混乱していた
唯「わけがわかんないよ……」
確かに廃部はショックだったし、廃部にさせたくないと願った
だからといっていきなり過去に戻されて、未来を変えたとしてもみんなの記憶を消す、なんてどうなの?
唯「うー」ジタバタ
トントン
憂「大丈夫?」
唯「うーいー!」ギュッ
憂「ど、どうしたの?」
唯「もういやー!」
憂「ちょっと…え?」
……
唯「……って感じなんだけど」
憂「……え?」
憂「えええええ!?」
憂「たたたた、タイムスリップ?」
唯「簡単に言うとね」
憂「すごい夢だね!」
唯「夢じゃないのにー」
憂「じゃあ物語?」
唯「ちがーう!本当なのー!」
憂「…でもお姉ちゃんが言うなら信じる」
唯「ありがとー!」
さすが我が妹!
憂「で、なんのために?」
唯「それがわからないんだよ」
憂「わからない…って、自分の意思でタイムスリップしたんじゃないの?」
唯「させられたんだよ。だから目的もわかんない」
憂「でもそれなら確かに"やるべきこと"があるってことだよね……多分」
唯「そうなんだよ!でもそれがわかんなくて」
憂「それで…」
憂「じっくり思い出したら?本当の理由は自分にあるんだろうから」
唯「うん…ありがとう」
やっぱり原因は自分にあるのかな
にしても、記憶が消えちゃうんじゃ私何かする必要あるの?
私は今までの思い出に浸って生きていくの?
みんなとお別れしなきゃいけない日がくるの?
そんなの…嫌だよ
翌日
唯「あ、さわちゃんおはよう」
さわ子「おはよう。昨日は眠れた?」
唯「…全く」
さわ子「そっか…」
唯「あ、和ちゃんおは……」
って…わたし昨日ケンカしちゃったんだっけ
和「おはよう」ニコッ
唯「……え」
和「ほら、突っ立ってないで早く上履き履き替えて教室行くわよ」
唯「う……うん」
和「何があったか知らないけど、そんなの唯らしくないわよ」
ガラガラガラ
澪「あ、おはよー!」
律「おはよー」
紬「おはよう」
和「おはよう、みんな」
唯「…おはよう」
やっぱり和ちゃんはすごいや
私よりずっと大人
そして私は子供のまま、何にも変わってない
澪「……」
律「……」
紬「……」
放課後、音楽室
唯「……」
律「なあ」
唯「?」
律「その……さ、なんか悩みあったらなんでも言えよ?」
紬「そうよ?いつもの唯ちゃんらしくないわ」
澪「……」
唯「私らしいってなに?」
紬「え…?」
唯「勝手に決めないでよ!私は私なんだから!」
律「ちょ…唯、むぎは心配して…」
紬「いいの…ごめんね唯ちゃん」
唯「あ………」
まただ…
どうしてこう何もかもうまくいかないんだ
だいたいこれじゃあ過去に来て嫌われに来たようなもんじゃないか
唯「あ、教室に忘れ物しちゃった…取りに行ってくる!」
私は早くその場を立ち去りたかった
タッタッタ
職員室
さわ子「だいたい"未来を変える"なんてそう簡単じゃないのよ」
唯「…そうだよね」
さわ子「あとあなた頑張りすぎよ。かえって空回りしてるわよ」
唯「わかってるけど…」
さわ子「もう二度とやり直せないんだから、もっと今を楽しめばいいんじゃない?」
さわ子「それに……」
唯「?」
さわ子「それに変わっちゃいけないこともあると思うの」
唯「変わっちゃ…いけないこと?」
さわ子「悲惨な未来を知って落胆する気持ちはわかるけど、それを回りに影響させちゃだめよ」
さわ子「あなたは一度終わりまで経験してるからいいけど、他の子はまだ明るい未来を信じてるの」
唯「……」
さわ子「あなたが毎日毎日そんな暗い顔してたら、みんなには嫌な思い出しか残らないわよ?」
唯「でも……でもどうしたらいいの?わたし…どうせみんなに忘れられちゃうのに」
さわ子「現実を受け止めなさい」
唯「……そんなの無理に決まってるよ!」
さわ子「強くなりなさい」
唯「どうしてそんなことばっかり…」
さわ子「あなたの担任だからよ」
さわ子「私だってあなたの幸せを望んでいる」
さわ子「確かに"記憶を消す"なんて浮世離れしたことよ?」
さわ子「ただその現実から目をそらさずに、自分なりに生きていくことがあなたの本当の使命なんじゃないの?」
唯「それじゃあ……私できますか?何かを変えられますか?使命を与えられたのならそれ相応の力があるってことですか?」
さわ子「そうよ。私も馬鹿じゃないわ」
さわ子「それにね、」
さわ子「絶対に不幸にさせるようなことはしないと思うの」
さわ子「今を必死に生きなさい」
さわ子「そうすればきっと…」
唯「ありがとうございました」
さわ子「え?」
唯「なんか…吹っ切れました…あはは」
さわ子「そう…また何かあったら…そうね職員室で話すのもあれだし」ガサゴソ
唯「?」
さわ子「はい、これ。私の番号。困ったとき辛いとき私に相談してちょうだいね」
唯「う……ヒグッ」
さわ子「あー泣かない泣かない」ナデナデ
唯「私…頑張る…!」
さわ子「その調子よ!」
唯「じゃあ私部室戻りますね!失礼しましたー」
バタン
さわ子(あの子も少しずつだけど成長してるのね…悩んでるのは本気の証だし)
さわ子(それになんとなく…だけどあなたの"使命"がなんなのかわかった気がするけど…)
さわ子(……まあそれを探すのがあなたの使命だもんね……頑張りなさい。未来からの訪問者さん)
さわ子「って私何考えて……うふふ」
先生「」ジーッ
先生「何がおかしいのかな?」
さわ子「え、あ、いや……えー!」
さわ子(私も頑張るからね……唯ちゃん!)
先生「山中先生!」
さわ子「はい!」
……
音楽室
バタン
唯「よし!練習をしよう」
律「!」
紬「!」
梓「もう先輩なにやってたんですか?」
唯「ちょっと忘れ物をねーあはは」
律「ゆ、唯?」
唯「さー練習するぞー!」
梓「おー……ってあれ皆さんどうしたんですか?」
律「おかしい、お前唯か?」
唯「え?」
律「さっきと全然違う」
唯「あ、ああ…実は問題は解決したのです!」
律「本当か?」
紬「良かったじゃない!」
唯「いやぁちょっと考え過ぎてたよ……あはは」
梓「唯先輩のやる気があるうちに練習をしましょう!ね、澪先輩?」
澪「……」
梓「…澪先輩?」
澪「えっ、ああそうだな!よし、練習をしよう!」
梓「ほら律先輩むぎ先輩も!」
紬「はーい」
律「ま…いいか」
澪「……」
それからと言うもの私は元の私に戻りつつあった
もちろんさわちゃんと電話したり学校で話したりして落ち着いていたからかもしれないけど
その時はまるでまた高校生活をやり直しているみたいだった
私も十分"こっちの世界"を楽しんでいたし、何よりみんなともう一度幸せな日々を過ごせるのはとても心地よかった
しかしこれと言った正解はなかなか見つからず、刻々とその日は近づいてきていた
唯「じゃーねー!」
梓「さようならー」
紬「また明日ー」
律「おうまた明日ー」
澪「じゃーなー」
澪「……なあ律?」
律「ん?」
澪「なんか前に唯が『未来から来た』みたいなこと言ってたろ?」
律「お前まだ覚えてたのか?唯もあの時期は病み期だったんだよ」
澪「どうも私には何か抱えてるように見えるんだよ」
律「はあ?本当に未来からやってきたってことか?」
澪「私は絶対に無いとは言い切れないと思うんだ」
律「お前映画の見すぎ」
澪「いやなんていうかな…たまに寂しげな顔するんだよ、あいつ」
律「そうなのか?」
澪「まあ卒業を意識してるって可能性もあるけど……なんていうかその…」
律「何かを悟った顔をするってわけか…」
澪「そう…たまにさわ子先生と二人で喋ってることがあるから気になってさわ子先生に聞いてみたんだ」
律「で?」
澪「うまくはぐらかされちゃって…な」
律「さわちゃんも絡んでるってことか」
澪「ただ何かあると思うんだ、きっと」
律「うーん…」
……
いつかこんな綺麗な夜空を見たことがあった
どうしてこんなに輝いているのに
手を伸ばせば届きそうなのに
どうして掴めないんだろ
どうして私の心の中はこんなに暗いんだろ
梓「……先輩?」
唯「え?」
梓「もー、だからー受験勉強はちゃんとやってるんですか?」
唯「受験…勉強?」
忘れてた、完全に
唯「今何月だっけ?」
梓「はいー?」
梓「今日は7月16日ですよ、明日終業式です!」
唯「ってことはもう夏休み?」
梓「はい…」
唯「本当?」
梓「本当です」
うそー!?
あの勉強漬け(?)の夏休みをもう一回繰り返さなきゃいけないのー?
私は家に着くと同時に問題を開いた
唯「頼みます頼みます!」
唯「…」ジーッ
できない……
あれ、脳って引き継いでないの?あの頃のまま?ってことはまた夏休み勉強?
唯「もう……だめ」バタッ
ただ正真正銘"最後"の夏休みが明日から始まるということだけは理解していた
そして夏休み
また私の勉強生活は始まった
唯「なんでまた…」
だけどさすがに一度受験までしたから、あの頃よりはできたほうだった
夏休みは勉強だけじゃなくて、花火を見に行ったり、お祭りに行ったり、家に集まったりもした
その点は前とあまり変わらなかった
そんなある日のことだった
プルルルル
唯「電話だ…」
唯「もしもーし?」
澪「あ、唯か?ちょっと今から会えないか?」
唯「今か…うん!大丈夫だよ」
澪「じゃあ……そうだな…ほら、前に行った喫茶店わかるか?」
唯「あー、うん!了解ー!」
ピッ
唯「なんだろ話って…」
あれ…?
良いのか悪いのかわからないけど、前と展開が違うな
まーそりゃそうか…私が前と違ってるんだから
…にしても澪ちゃんがそんなこと言ってくるなんて重要なことに違いない
私は喫茶店に向かった
カランカラン
唯「」キョロキョロ
澪「唯ー!」
唯「あっ!澪ちゃん」
澪「お前がこんなに早く来るなんてな」
唯「普通だよ普通!」
店員「ご注文の方は何にしましょう」
澪「えーっと、じゃあこのアイスキャラメルハニーラテで!」
唯「……クスッ」
澪「なんだよ」
唯「いやいや」
変わらないなー本当
店員「ご注文は何にいたしますか?」
唯「私はアイスティで」
店員「かしこまりました」
最終更新:2010年09月12日 23:54