店長「またお前か!!田井中ぁ!!」

律「はい…申し訳ありません…」

店長「謝るのはいいけどよぉ…もうちょっとまともに働いてくんねーか?…」

律「・・・・」

店長「返事はどうしたぁ!!」

律「わかりました…以後気をつけます…」

店長「ったく、これだから貧乏人の屑は…」


律「お腹空いたな…」

鞄の中からパンの耳を取り出すと黙々とそれを口に運ぶ
ここ最近これしか食べていない

栄養が足りていないせいか、バイト先でも細かなミスが多くなった
しかし、泣きごとは言っていられない
家計を支えるためには長女である私がなんとかしなければいけないのだ

朝は新聞配達、昼間は学校、夜はバイト…毎日これの繰り返し
いつこの生活に終わりが来るのか、
そのことを考えると不安と恐怖で押しつぶされそうになる

律「パンの耳…うめぇなぁ…」


私は泣いていた


律「朝か…」

何時間ほど眠れただろう、少しも眠れた気がしない
体を起こして制服に着替えるとそのまま朝の新聞配達に出かける

律「また増紙か、家の場所覚えなきゃ」

自転車が無いので走って配る
朝からのマラソンは正直キツイ

律「はあ・・・はあ・・・やっとおわった・・・」

律「…」グ~

律「お腹減った…」


朝食は食べられない

律「おーっす」

澪「遅いぞ!何してたんだ」

律「いや~、昨日夜更かしちゃって」

澪「まったく、遅刻しないうちにさっさと行くぞ」

仕事の後に学校に行くのはとてもつらいが欠席することは無い
眠気も疲れも完璧にはとれていないけど、
自分が休めば軽音部のみんなが心配するから…


教師「また居眠りか!!田井中ぁ!!」

律「はい…すいません…」

教師「もういいお前は!!廊下にたってろ!!」

律「…」トボトボ

教師「ったく、ああいう奴がいるから教室の空気が悪くなるんだ」

空腹のせいか怒る気力も沸いてこない




放課後

律「わるい!私もう帰らなきゃ」

澪「また何か用事か?」

紬「まだ練習はじめたばっかりよ」

律「ほんとにごめん、明日はちゃんと参加するから」

澪「ちょっと待て、律!」

バタン

澪「いっちゃった…」

梓「どうしたんですかね、律先輩…」

唯「ここ最近変だよね、りっちゃん」

紬「授業中は寝てばかりだし、すごく疲れているみたい」

梓「澪先輩はなにか何か心当たりありませんか?」

澪「それがなにも…」

唯「どうしたんだろうね、りっちゃん…」

結局その日はなんの結論も出ず解散になった



その夜

梓「…」カリカリ

梓「あっ、シャー芯きれた…かえの芯あったかな」ガサゴソ

無い

梓(しかたないコンビニ行くか…)


店員「申し訳ありません、いま在庫の方切らしておりまして…」

店員2「申し訳ありま(ry」

店員3「申し(ry」

梓「まさか三件連続で在庫切れとは…」

梓「けっこう遠いところまで来ちゃったけど、ここならおいてあるかな?」


いいかげんにしろよてめえ!!何度いったらわかるんだ!!

中に入ると怒気をはらんだ男のこえが聞こえてきた、裏のほうで誰かが叱られているのだろうか?

梓(うわぁ…めんどくさい場面に出くわしちゃったな、目当てのもの買ったらさっさと帰ろ…)

あまり長居はしたくなかった、他人の怒声を聞き続けるのはあまりいい気持ちではない
シャー芯と夜食のお菓子を手にして、レジへ向かおうとした瞬間…

聞いてんのか!?田井中ぁ!!

梓「……え?」


今…聞き覚えのある名前が呼ばれたような…

梓(ははっ、まさかね…)

律先輩がこんなところでバイトしてるなんて聞いたことが無い
第一、夜間のバイトは校則で禁じられているはずだ、律先輩なわけが無い

梓(やっぱり聞き間違えかな)

ひとしきり怒鳴り終えたのか、声はもう聞こえない


すこしだけ気になったものの会計をすませると、コンビニのそとに出ることにする
しかし、外に出た瞬間私は反射的に立ち止まってしまった

梓「女の人の…泣き声?…」

かすかにだがすすり泣く声がする、しかもこの声どこかで聞いたような…

梓「こっちの方からだ…」

声はコンビニの裏のほうから聞こえた


声のする方向に足を運ぶと顔は暗くてよく見えないが
女の人がうずくまって泣いていた、さっき叱られていた人だろうか…

??「エッグ…ヒッグ…」

梓「あのう…大丈夫ですか?」

さっきのことが気になって声をかけてしまった
彼女は袖で涙をぬぐった後、こっちに顔を向けた

律「あ、梓?…」

梓「律…先輩?…」


その姿は紛れも無く律先輩だった


私は泣きじゃくる律先輩を落ち着かせた後、近所にある公園まで連れて行った
ここなら落ち着いて話ができるだろう


梓「はい、これでも飲んで頭冷やしてください」

律「ん、サンキュ」

…..........

しばらくの間、沈黙が流れる
しかし、いつまでも黙っているわけにはいけない

梓「で、どうしてバイトなんかしてたんですか?」


律「実はさ~ずっと前から新しいドラムが欲しくて…」

梓「新しいドラムを買って数年も経ってないのに?」

ギクッ

律「あっ…ああ何かあのドラム私にあわなくてさ~」

梓「私のドラムが世界で一番だぁ~って言ってたの誰でしたっけ?」

ギクギクッ

律「…」

梓「律先輩、本当のこと話してください…」

事の発端は律先輩のお父さんが詐欺によって多額の借金を背負ったことからはじまった
家の全財産を切り崩したおかげで借金は完済できたが、お父さんが心労で倒れてしまった
律先輩がバイトをはじめたのはこの頃だという


梓「その後、どうなったんですか…」

律「お母さんがパートのお仕事はじめてさ、その頃はまだ楽だったんだ…」

律「でもお母さん、昔から体が弱くてさ…耐え切れなかったんだろうなぁ、いろいろとさ…」

梓「…なんで」

梓「なんでずっと隠してたんですか!!水臭いじゃないですか!!」

律「梓…」

梓「私たち軽音部の仲間でしょう!?なんで頼ってくれないんですか!!みんな…律先輩のこと心配してたのに…」

律「話そうとしたさ…でも…」

梓「でも?…」

律「怖かったんだ」

梓「怖いってどういうことですか?…」

律「さっきの場面聞いてたんだろ?最近店長に怒られっぱなしでさ…」

梓「…」

律「あの店長も最初は優しかったんだぜ、廃棄弁当くれたりして」

律「でも私がヘマばかりするようになると、どんどん態度が変わっていってさ…」

律先輩の声がかすれていく


律「最初は同情の目で見てくれていたのが、人を見下した目つきに変わるんだ!!」

律「そうやって“お前は人間の屑だ”って訴えかけてくるんだ!!」

梓「でも、軽音部のみんなは…」

律「ああ…みんなはそんな人間じゃないって信じてたけど…」

梓「だったらどうして…」

律「毎日あの目を見てるとさ…自身がなくなるんだ…」

律「もしみんながあんな冷たい目をするようになったらって考えると、勇気が出なくて…」

律先輩のひとみに涙が浮かぶ

律「そんなふうに…ヒック…考えてしまう自分が嫌で…グズ」

梓「律先輩…」


律先輩は今まで相手のいないボクシングのような戦いを一人で演じてきたのだ
たった一人ぼろぼろになっても、誰にも悟られないように…


私はいつの間にか律先輩を抱きしめていた
今はただこの小さな先輩を守りたいという気持ちだけがあった


梓「がんばったね…律先輩」

律「梓ぁ…つらかったよ…怖かったよ…」

梓「もういい、もういいから…ね?」

律「うああぁぁぁぁぁあああん」


律先輩は泣いた


梓「もう大丈夫ですか?」

律「うん、ありがと///」

後輩に抱きしめられたのが恥ずかしかったのか、律先輩は顔を赤らめていた

梓「やっぱり、みんなに打ち明ける気はありませんか…」

律「ごめん…やっぱりまだちょっと怖い…」

梓「そうですか…」


律「あの…今日話したことは…」

梓「わかってます、絶対に誰にもいいません…ただし条件があります」

律「条件?…」

梓「まず第一に自分で何もかも背負い込もうとしないで、頼れる人にしっかり頼ること…それから」

律「それから?」

梓「私に律先輩のお手伝いをさせてください!」

律「…へ?」

梓「だから、私にも何かさせてくださいって」

律「ちょ、ちょっと待て手伝うって何を…」

梓「さすがに金銭的なことはどうにも出来ませんが、家事とかなら私にもできますから…」

律「でも、本当にいいのか?」

梓「当たり前じゃないですか、むしろあれだけの話を聞いておいて何もしないほうがおかしいですよ」

梓「心が折れそうになったらいつでも甘えてください、受け止めてあげますから」

律「梓ぁ…」ボロボロ

梓「あ~もう泣かないでください」ヨシヨシ


律先輩がこんなに泣いているところをみるのは初めてだ
でもやっぱり律先輩は笑っているときのほうがいいと思った

梓「もう夜も遅いですから一緒に帰りましょう?」

律「うん…ありがとう」

律先輩を家に送りとどけた後、自分も帰路につくことにする
終始泣きじゃくっていた彼女だが、別れるときに一瞬だけ笑顔を見せてくれた
愛想笑いじゃない、律先輩の本当の笑顔を久しぶりに見れた気がする




次の休日

私は律先輩の家に来ていた

梓(律先輩の家にくるの久しぶりだな)

いつだったか律先輩の手料理をご馳走してもらったことがあったっけ…
あのときのお礼じゃないけど、今日はお弁当を差し入れとして持ってきた
律先輩が喜んでくれるといいな…

ピンポーン


ガチャ

律先輩の弟さんが出てきた

聡「えーと…中野さんでしたっけ…姉ちゃんからお通しするよう言われてるので、どうぞ上がってください」

梓「あ、あの~律先輩は?」

聡「姉ちゃんは朝からバイトにいってますけど、もうすぐ帰ってくるので…」

梓「あ、そうですか」

休日の朝からバイトか…大変なんだな律先輩…


聡「…」ペタペタ

梓「…」ジー

聡「…」ペタペタ

梓「…なにしてるの?」

聡「シール貼りの内職です」ペタペタ

梓「そっか…」

聡「…」ペタペタ

梓「ねえ、わたしも手伝っていい?」

梓「…」ペタペタ

梓(結構時間かかるなこれ…)

聡「…」ササッ

梓(は、早いっ…)

聡「…」フフン

梓(う~やってやるです!)

聡「…」ペタペタア!!

梓(またスピードが上がった!?こっちも負けてられんです!!)ペタペタペタペタペアア!!!

律「何してんだお前ら」

ぺたぺたぺた

律「おい…」

ぺたぺたぺたぺたぺたぺた

律「あの…ちょっと……」

ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた

律「…」シュン

梓「終わったぁ!!!」

聡「ちくしょう…素人に負けた…」

梓「これでキング・オブ・ペタリストの称号は私のものですね」ドヤッ

聡「ちくしょう…ちくしょう…」

梓(あれ…でもなーんか忘れてるような…)

律「…」

梓「あ゙…」


梓「いつからここに…」

律「…」

梓「あの~律先輩?」

律「…」プイ

どうやらずっとまえから帰ってきてたらしい
無視されたのが傷ついたのか、すっかりいじけちゃってるみたいだ

梓「機嫌直してくださいよう…」

律「…」ツーン

梓「無視したことは謝りますから…」

律「…」

梓「ほら、律先輩のためにお弁当も作ってきたんですよ」

律「…」ピクッ

梓(分かりやすいなあ)


2
最終更新:2010年09月14日 21:49