梓「……良かったね、憂」
憂「うーん……」
梓「え、何で不満げなの? 唯憂だったじゃん」
梓「私なんか前半楽しそうに律先輩蹴りまくってたのに、後半姿すら出てこなかったよ?」
憂「なんか、紬さんがだいたい持ってっちゃったんだもん」
梓「あれはずるいね。家に突撃した時全然喋らなかったのに」
憂「だからさ、溺れたまんまがよかったって」
梓「それは流石にフォローできないよ」
憂「私、お姉ちゃんの飲んだのかな?」
梓「やめて。やめよう、ね、憂やめよう」
ポイッ
梓「うわぁ、出た……」
梓「なになに……飲んだよ」
梓「……いや、飲んでねーだろ!?」
梓「適当に言わないで! いちおうちゃんと読んでたからね私!?」
憂「えへへ……お姉ちゃんの……飲んだ」
梓「また適当に言ったこと納得してるー!?」
梓「しっかりして憂! 壊れるよ!」ユッサユッサ
憂「はっ! いけない、お姉ちゃんのティータイムが始まる!」
梓「行っちゃだめだよ!! 戻ってきてよ、憂いいぃぃ!!」
憂「う……あっ!? しまった、つい梓ちゃんの前で本性を出しちゃった!」
梓「今さらだからね!?」
憂「ごめん梓ちゃん……私、実の姉に欲情する変態なんだ」ハァハァ
梓「やめよう、憂、ね? やめよう?」
梓「そ、それにしても純は結局出番全然なかったじゃん!」
ポイッ
梓「書くの早いな」ガサガサ
梓「あの後結ばれました! ブイ」
梓「おざなりにしてんじゃねー!!」ビリビリ
憂「そんな……またお姉ちゃんとは結ばれなかったの……」
梓「憂、なんで適当に言うことばっかり鵜呑みにするの」
ポイッ
梓「次こそ唯憂のはず!」
憂「よっしゃああああ!!」ゴオオオォ
梓「背中から炎が出てる!? というか鵜呑みにしちゃった! 次も絶対唯憂じゃない!」
ポイッ
梓「それじゃあ今回も憂、唯先輩っぽくタイトルコール!」
憂「よおおぉっし! いくよぉっ!!」
梓「おお、気合い入ってるね」
憂「……やっぱやだ」
梓「……」タンタンタン
憂「だってタイトルがやだもん」
梓「なんでもないじゃん」
憂「やだ。お姉ちゃんがいなくなるってことだよ、これ」
梓「……『卒業まであと5日』」
憂「やめてえええええぇぇぇぇ!!」
唯「卒業まであと5日!」
そこは白い場所だった。
だから私は、一歩一歩と歩き出した。
靴の裏に塗り固められた泥が、私の往く道に足跡をつける。
だから私は、一歩一歩と歩き続けた。
靴裏の泥がころころ落ちながら、私の来た道に足跡を残す。
だんだん怖くなって、私は走りだした。
靴はぺたぺたと白い地面を吸うだけだった。
唯「……はっ、はっ」
唯(もう、何時間走ったのかな)
唯「あっ……やっと見つけた、ギー太……」ハァッ
唯(真っ赤なレスポールは、私の相棒)
唯(名前はギー太。たぶん男の子。でも女の子かも)
唯(ネックを掴んで、弦に挟んであったピックを抜いて)
唯(軽く、C)
唯(アンプと繋いだような音。この真っ白な世界に鳴り響くギー太の声)
唯「今日も……はっ、間に合ったよね……」
唯(私は熱い息を吐くと、みんなで作った曲をジャカジャカと奏で出した)
唯(ギー太が歌う。その歌声に合わせて、氷が解けるように世界から白が無くなってく)
唯「ふわっふわタイム……!」ハァハァ
唯(演奏しきったと同時に、分厚い布団が私をくるむ)
唯(靴なんて履いていないし、ギー太だってスタンドに置かれている。もうそこは、私の部屋だった)
唯(ただドキドキする心臓と、指先におさまったピックだけが、さっきのは夢ではないと云っていた)
唯「はぁ……いよし! 学校行かなきゃ!」ギシッ
唯(まだ寒いな……マフラーもいるね)ゴソゴソ
唯(もう10時過ぎてる。……まあしょうがないよね)
唯(7時に起きれることもあるけど、夜までギー太が見つからないときだってあるし)チーン
唯(それに――澪ちゃんと比べたら、遅刻くらい)ヌリヌリ
唯(……オレンジマーマレードしかない……ま、いっか)パクッ
唯「いってきまーふ!」
――――
3年教室
唯「おはよー!」ガララ
律「お、唯生きてたかー!」
唯「今日も頑張りました……」グッタリ
律「うんうん、よくがんばった!」ダキッ
唯「りっちゃんもおつかれ!」ギュッ
唯「和ちゃんもおはよ!」
和「おはよう唯。元気そうでなによりよ」
唯「ぶー。つかれたよー」ブーブー
和「それで、タイムは?」
唯「10時22分。足跡は消えちゃったから、位置はわかんない」
和「また足跡切れ? 最近ずっとね」
和「唯は4時間22分、足跡バツと」カキカキ
唯「ムギちゃんはまだかな?」
律「来てないな。まあ気長に待とうぜ……」ノビー
唯「うん、そうだね……ふわー」ノビー
和「はあ……お気楽ね。まあ心配してもしょうがないんだけど」
唯「まだ慌てるような時間じゃないしー」
律「に、しても……なんでこんなことになったかねえ」
唯「卒業恐怖症のこと?」
律「そうそう。大学も決まってさ、これからなわけじゃん」
律「なのに、なんで卒業恐怖症なんだ?」
唯「うーん……やり残したことがあるのかな?」
律「やり残したことかあ……」
和「だとしたら……私たちには手に負えないわよ」
唯「なんで?」
和「高校でやりたいこと、なんてごまんとあるものよ。その全てをやりきるなんて不可能だと思うわ」
律「……そうだな」
唯「わたし、高校生活に満足してるつもりだったけど……ほんとは違うのかな」
和「それは……唯にしかわからないわ
唯「……そっか」
唯「……誰も来ないね」
律「みんな思い思いに遊んでるんだろうな。自由登校なんて言ったら、普通それは休みってことさね」
律「ただでさえ受験でモヤモヤしてただろうし……憂さ晴らししたくてたまらないんだろうな」
唯「和ちゃんはどうなの?」
和「私は唯たちと一緒にいたいから」ニコ
唯「りっちゃんも?」
律「当然。私は桜高といったらけいおん部だからね!」
唯「……あと1週間だけでも?」
律「離ればなれになるのは辛いけどさ。だからって、今むりやり関係を絶ってもしょうがないだろ?」
律「傷つかないためー、とかよくあるけどさ。私はできる限り思い出を作りたいからな」
律「だから唯と一緒にいる!」
唯「……えへっ」
和「……ふふ」
卒業恐怖症。
私たちの身を襲うそれを、そう名付けたのは他ならない私だ。
そしてりっちゃんでもあり、ムギちゃんでもあり、澪ちゃんでもある。
最初にあの真っ白な世界に来たとき、直感的に私たちはその名前を思い付いた。
あそこはきっと、私たちの心の一部。来る卒業に怯えて、震える場所。
だから私たちは、私たちの音楽でその世界の大気を震わして、心の震えを打ち消す。
そうしなければ、私たちはあの場所にみちみちる怯えに飲み込まれる。
卒業を恐れ、あの場所に閉じ籠もる。
そして、卒業がどこかへ行くまで眠り続ける。
つまりきっと、卒業式が終わるまで目を覚まさない。
こっちの世界に戻ってこれない。
……澪ちゃんのように。
紬「キマシタワー」
唯「ムギちゃん!」
紬「おはよう唯ちゃん。最高の朝ね」
唯「? うん、そうだね。今日もムギちゃんとこうやって挨拶できたんだもんね?」
律「ムギ、おはよう。ムギにしちゃ珍しくてこずったな?」
紬「いえ、今日はちょっと物思いにふけっていて。タイム自体は9時58分よ」
唯「そうなの? でも、あるよね。私もなんだか色々考えちゃうんだ」
唯「けいおん部のこと、あずにゃんのこと、さわちゃんのこととか、本当にいろいろ」
律「本当だな。……私も時々、考えに沈んでることがあるよ」
和「……3人とも。ちょっといいかしら」
唯「んあ?」
和「律を見てて思ったんだけど、みんな……澪も含めて4人とも」
和「あんたたち、誰か特別に好きな人がいるんじゃない?」
唯律紬「……」
和「えっと、何か反応くれないかしら」
律「な、何で私を見ててそんな事を思ったのかな?」
和「何となくよ。それで、どうなの?」
唯「ど、どうなのと言われましても……みんなの前では、ちょっと」モジモジ
和「うん、唯はいるのね、わかった。律とムギは?」
唯「ドライに確定されたよ……」シクシク
律「負けるな、唯」ガシッ
紬「ええと、私は特に誰とは……」
和「そう……律は?」
律「……ま、待て。何でこんなこと訊くんだ?」
和「あなた達4人の共通点を洗い出して、卒業恐怖症の原因を解明するためよ」
和「……律、協力して」
律「……ちっ」
紬「……りっちゃん?」
律「ああ、いるよ。いるとも」
唯「りっちゃん。何でそんな辛そうな顔してるの?」
律「……」ゴシゴシ
律「知るかっ」ニカッ
紬(まさか、りっちゃん……)
和「ムギも、しっかりしなさい」
紬「え……あ、はいっ」ボタボタ
和「顔の下半分だけ赤いわよ。大丈夫?」
和「でも、ムギが違うとなると……共通項は見いだせないわね」
律「じゃあ私に言わせる必要なかったんじゃないか……?」グググ
唯「りっちゃん、おさえておさえて。ほら、どうどう!」
律「……ん。どうどうー!」
唯「どうどう、ってなんだろね?」
律「さあ? そんなことより、ほら! ドードー!」ヒュババ
唯「ぬおっ! りっちゃんが増えた!」
律「どこを見ている。そっちは残像だ……」
唯「なに……いつの間にドードリオへ進化していたの、りっちゃん……」ドサリ
律「ありがとう、唯。唯を倒すために、私は強くなれた……」
唯「ぅ……だめ、りっちゃん……私、暴走しちゃう……!」
ワーワー
紬「あの、和ちゃん。ちょっと廊下に行かない?」
和「え……?」
律「ゆ、唯……お前、体の中にこんな物飼ってたのか……」
唯「うっ……りっちゃん、にげて……」ブルブル
律「……心配するな、唯。お前は最後まで私が面倒みてやる。……行くぜ!」ダッ
唯「ダ……ダメ……」
廊下
和「どうしたの? あの二人の前では言えない話、なのかしら?」
紬「ええ……特に、りっちゃんには」
和「ムギ……もしかしてあなた、律のこと」
紬「ええ、そうなの……実はわたし……」モジッ
紬「り……律澪が好きなの……」カアァ
和「……えっ?」
紬「だから、律澪に萌えるの! 真なる律澪をこの目で見るまで卒業できないわ!!」
和「ええー」
紬「はっ……つい言いすぎたわ。ノーマルな人に向かって……ごめんなさい」
和「いえ、そんなことはないわ。それよりムギは……律と澪がイチャイチャしてるのが見たいのね?」
紬「ええ! そのためにけいおん部に入ったんですもの!」
和「律澪を見るまで卒業できない……そう言ったわね?」
紬「ええ……でも私、興奮しすぎてほとんど無意識で……」
和「だからこそよ。……やるだけの価値はあるわね」
紬「和ちゃん……ということは!」
和「やりましょう。ムギ、律澪を見せてあげるわ」
紬「キマシタワー!!」ブーッ
和「ムギの鼻血って自重しないわよね」
紬「ふ……ふふ……」ダラダラ
和「ティッシュなんて詰めたらかえって危ないんじゃないかしら」
3年教室
律「うぐ……」グググ
唯「動けるわけないよ、りっちゃん。この子の力は百億万トンあるんだから」ダキッ
律「いああっ!! ……あ」ビクビク
唯「逃げてって言ったのに。りっちゃんが言うこと聞いてくれなかったから、私りっちゃんを殺しちゃう」ギュウウ
律「ゆ……いっ!!」
唯「……なに?」ギュウゥ
律「あうっ……唯、お前……おっぱい、大きくなったな……!!」
唯「えっ、ホント!?」パッ
唯「いやー実は最近ねぇーちょびっと1ミリくらいなんだけどおっきくなっててー」クネクネ
律(それは誤差だろ……)
律「なにっ!? ついに成長期来たのか唯! ちょっと検証させろ!」ガバッ
唯「あらりっちゃんたらー。ちょっとだけよ?」ウフ
律「くそっ、その余裕がムカつく! こんなチチはこうしてやる!」フニフニ
唯「がっついちゃってーん」オホホ
廊下
和「理由は分からないけど、凄く入りにくいわ」
紬「律唯もいいわねぇ」ドクドク
和「左手にはスプラッタな光景が広がっている」
和「だから私は右を向く」チラッ
梓「あっ、どうもこんにちはです」ペコリ
憂「和さんに紬さん、廊下で何やってるんですか?」
純「私もいまーす」ハイハーイ
和「あら、憂に梓。ちょっと中を見てよ」
純「面識ないのはわかってますけど、ちょっと傷つきました」
憂「中ですか?」
純「冷静にスルーパス受け取らないで。できる子だね憂」
唯「りっ、ちゃ、あ……」ハァハァ
律「ホレホレ! まだまだ終わりませんぞ?」ゴソゴソ
唯「だめ、りっちゃん……服の中は反則だよっ! くひっ……」ビクンッ
律「……」フニッ
唯「やっ、聞いてるのりっちゃん!? だめだめ、だめ!」
律「……唯」ボソ
唯「りっちゃ……」ピクン
律「あのさ、こんな状況で言うことでもないけど……」
唯「……え?」ドキッ
律「私、唯のこと……」
憂「こらっ、律さん!」
唯律「!?」ビクッ
紬「ハアアアアアァァァァ!?」クワッ
憂「やりすぎですよ! お姉ちゃんの制服ぐしゃぐしゃじゃないですか!」プンスカ
律「あ、あはは、ごめんごめん! 唯が可愛くてついな!」ドキドキ
唯「ご、ごめんねういー」ドキドキ
憂「お姉ちゃんも、あとちょっとしか制服着れないんだから、綺麗にしなきゃダメでしょ?」パンパン
唯「反省します……」ションボリ
和「じゃ、空気も戻ったことだし、さっきの話に戻るわよ」
紬「そ、そうね。梓ちゃんも純ちゃんも、教室に入りましょ?」
梓「……そうですね。そうしましょう」
梓「ところで、さっきの話とはなんですか?」スタスタ
純「え? 今名前呼んでもらえた? ……マジで!?」
梓「純、グズグズしないで」
純「やほほーい!」
最終更新:2010年09月15日 23:27