唯「あずにゃん達が来たってことは、もう昼休みなんだね」

律「なんかいつもより大所帯だな?」

梓「すいません。純がどうしても来たいと言うので……」

純「どうも、2年の鈴木純です」ペコリ

紬「固くならなくていいわ、純ちゃん。さ、それならみんなでお昼にしましょう」

和「そうね。話は食べながらでもいいわ」

憂「はい、お姉ちゃんお弁当」トン

唯「ありがと憂」エヘッ

律「……あれ? 憂ちゃん私のはー?」

憂「えっ? ……ああっ! そういえば私、先週から律さんにお願いされてたんですよね……」

憂「ご、ごめんなさい! 今日は忘れてしまって、本当に……」アセアセ

律「いやいや、平気平気! 明日豪勢なの持ってきてくれたらいいからさ!」

憂「すいません……」ウルウル

純「ねぇ、梓。澪先輩のこと訊いても大丈夫かな?」ヒソ

梓「……駄目だと思うよ。やっぱり、そのための時間を設けないと……」ヒソ

唯「あーずにゃん!」ダキッ

梓「わわっ!?」ドキンッ

唯「純ちゃんとコソコソ何話してたのかな?」スリスリ

梓「な、なんでもないですぅ……」チラ

純「梓と唯先輩は本当に仲いいですねー」ニコニコ

律「怒ってないから、な? 憂ちゃん……えっと」チラ

憂「ありがとうございます……」グシッ

律「……」

梓「……」

和「えっと……そうそう、みんな聞いて? さっきムギと話し合ったんだけど……」

和「放課後、みんなで澪の所に行かない?」



 澪の白い場所

 ザアアァ……

澪「……雨が本降りになってきたな」

澪「私もそれだけ弱ってきたって事なのか」

澪「……雨をしのぐ屋根もないし」

澪「……さびしい場所だな、ここは」

澪「みんなどうしてるのかな? 律は……」

澪「律……声が聞きたいな……」

――――

 教室

律「澪のところに……?」

和「ええ。もしかしたら卒業恐怖症を治せるかもしれないの」

律「……でも」

律「……私、行きたくない」

紬「! りっちゃん、どうして……」

律「……だって、あいつはもう目を覚まさない」

律「澪を見てたら、私もそうなりかねないんだって実感させられそうで……怖いんだ」

唯「でも……りっちゃんが頑張ったら、治るかもしれないよ?」

律「けど……」

唯「行こうよりっちゃん。きっと澪ちゃんも元に戻るって!」グッ

律「……はは。唯って、いつもそうだよな」

和「ちょっと、律?」

律「唯が自身持ってる時は、大抵無根拠で……」

律「……だけど、何か信じたくなっちゃうんだよな。唯に言われると」

唯「りっちゃん……」

律「行こうか、澪のとこ」


 キーンコーンカーンコーン

梓「それじゃあ私たち、午後の授業がありますので」

憂「放課後になったら、ここに来ればいいですか?」

和「ええ。待ってるわ」

純「私も行っていいですか?」

唯「うん、おいでおいで」

紬「それじゃまたね、みんな」

 ガララ……パタン

律「さーて……そんじゃ、何するかな」

和「することないなら、律。最初の話の続きをしてもいいかしら?」

律「最初の話……?」

和「卒業恐怖症になったあなたたちの、共通点を探すって話よ」

和「ムギはそうみたいだけど……唯や律はどうかしら?」

和「卒業までに絶対にやりたい、これだけは譲れないってもの、あるんじゃない?」

唯「和ちゃん、それさっきの話とどう違うの?」

和「大違いよ。やり残したことならいくらでもある。私にだっていくつもあるわよ」

和「でも、これなしでは卒業できない、ってぐらい強い想いを抱く目標って、そうそうないものじゃない?」

律「……確かに、な」

唯「そうだね。私も諦めちゃったこととか、結構あったし」

律「武道館ライブとかなー」

紬「……それで、2人には絶対譲れない目標、あるの?」

唯「ね、りっちゃん。私から言っていい?」

律「? ああ、お先にどうぞ?」

唯「ありがとっ」ニコッ

唯「あのね、私高校のうちに……恋愛感情として大好き、ってことを伝えたい女の子がいるんだ」

和「……」ポカン

律「……」ドキン

紬「うふふふふふふ」ドクドク

唯「やっぱり高校生活って華だけど、そこにもう一輪、かわいい花を添えたいよね」

和「ゆ、ゆ唯! 唯までレズだったの!?」アワワ

唯「ち、違うよ! 好きになった子が女の子だっただけだもん!」

和「……まあ、唯らしい理論だけど」

律「はは、唯は行き当たりばったりだもんな。ムギ、鼻血平気か?」

紬「素晴らしいわあ」ドクドク

和「ムギは処置のしようがないから、そのままにしておきなさい」

和「それより、律は? 絶対の目標、あるんでしょ?」

律「う、うん、まあ……」ソワソワ

律「実は、その……」チラ

唯「?」

律「唯と、かぶるんだけどさ。私も付き合いたい女の子がいるんだよな」

紬「フィーバー!」ブシュウッ

和「こっちに飛ばさないでよ……」ビシャシャー

唯「やったー! りっちゃん仲間だね!」ダキッ

律「残念、私は根っからのレズビアンだ!」

唯「そ、そんな! ここでも相容れないなんて!」

紬「ああ……けいおん部がこんな天国だったなんて……気付くのが遅すぎたわ」

和(うん、一人でツッコミきるのは無理ね)ドロォ

和(時間に任せましょ)スタスタ



 とんで放課後、廊下

憂「こんにち……和さん!?」

梓「大丈夫ですか!? 血まみれですよ!?」

和「ええ、なんともないわ。ちょっと穴の空いた輸血パックを踏んづけただけだから」

憂「そ、そうなんですか……? 状況が分からないですけど」

和「そうよ。さ、それじゃみんなを呼んでくるわね」

純「そういえば、どうして真鍋先輩だけ外に……?」

 ガチャッ

唯「このガチレズ!」ビシッ

律「……っ!」ピクン

紬「ああ、血が足りないわ……」ブシュー

唯「どうせ私のこともえっちぃ目で見てたんでしょ!」ペシン

律「ふぁい……申し訳ありません、唯さまぁ……」ビクビク


純「……私たちは、外で待ってよっか」

梓「そうだね」コクン

和「手伝って。お願いだから」

憂「こらーっ! お姉ちゃん!」

純和梓(行ったー!?)

律「あ、憂ひゃん……」ホケー

唯「憂、授業終わったの?」

憂「授業終わったの? じゃないよ! ひどい、律さん意識が朦朧としてる……」

憂「こんなになるまで殴るなんてひどいよお姉ちゃん! 律さんに謝って!」

唯「えっ……えっと、りっちゃんごめん」ポリポリ

憂「きちんと!」

唯「殴っちゃってごめんなさいっ!!」

憂「律さん、お姉ちゃんもこう言ってますし、許してあげてくれませんか?」

律「あ、うん、それは良いけど……」

憂「それじゃ、二人で仲直りの握手しよ?」

唯「……ん」

律「うん」ギュ

憂「はい、もう仲直り。ケンカしないね?」ニコッ

唯「もうしないよ」

律「……うん」ギュ

憂「それじゃ、和さんが呼んでるからもう行こう?」

唯「そだね。りっちゃん、もう手離そ?」

律「あ、そうだな……」パッ

紬(まあ、しおらしいりっちゃんが見れたから良しとしましょう)

純「すごい……ツッコミもツッコまれもせずにあの二人を止めた……」

梓「澪先輩よりも仕切り能力あるかもね」

憂「和さん、どうして止めなかったんですか」プンプン

和「ごめんなさい。これ以上血を浴びたくなかったのよ」

憂「もう……だめじゃないですか」

梓「ねえ純。……かわいいね、憂って」

憂「へっ? き、急にどうしたの梓ちゃん」

梓「略してかわう

純「そ、そんな事よりさ! 早く澪先輩の所に行きましょうよ!」

律「そうだな。行くなら早く行ってやろう!」

唯「レッツゴー! オー!」ピョンピョン

憂(かわうそ?)



 澪の白い場所

 ザザアアァ……

澪「……」パクパク

澪(すごい雨だな……自分の声も聴こえない)

澪(ちなみにさっきは『好きだよ律』って言いましたー)フフッ

澪(あ、これで歌詞書けそうだ。雨音で聞こえないことを祈りながら)

澪(でも心の片隅では聞こえてしまえと思いながら、愛の言葉を呟く)

澪(……って、もう歌詞を書く必要はないんだったか)

 ドザアアァァ……

澪(また、雨が激しくなったな)

澪(律の声が聞きたいけど、この雨じゃもう……)

 パシャ パシャ

澪(……?)

 パシャ パシャン

澪(誰か、こっちに来てる?)

 パシャン パシャン

澪(だれだろう? 律だったりして!)

澪(……律!)ゴシゴシ

澪「りつぅー!!」

澪(もう私、逃げないから……)

澪「りつ、聞いてー!! 私、りつの事が好きなんだ!!」

澪(受け入れられなくても……届けたいんだ)

澪「友達としてだけじゃなくて! 律を恋人にしたかったんだぁ!!」

澪「りつぅー!! 聞こえるー!?」

澪(終わりになる前に……!)

澪「大好きだぞー!!」



 同時刻、澪の病室

律「澪……痩せたな」

紬「点滴で栄養補給してるだけだから……絶食状態と大差ないのよ」

律「ははっ。こりゃあ、目が覚めたら私の方がデブ扱いだ」

律「ダイエット始めとこうかな? はは……」

唯「りっちゃんは痩せてるじゃん。胸とかチチとかおっぱいとか!」

律「だーっ! 唯、ちょっと膨らんできたからって調子乗んなよ!」

唯「りっちゃんが怒ったー!」ケラケラ

 ドタバタ

梓「すごいよね、唯先輩」

純「えっ?」

梓「澪先輩がああなった翌日……律先輩はすごく落ち込んでたのに」

梓「唯先輩と10分間じゃれ合っただけで、あんな風に元気を取り戻したんだ」

純「私も確証なしに言うけどさ……それって田井中先輩が」

憂「わかるわかる、梓ちゃん。お姉ちゃんと遊ぶと元気になるよね」

梓「だよね。なんか毒気を抜かれるっていうか……」

純「……うん、聞いてなかったね。私がごめんなさい」

純「……よし」ボソ

和「それじゃムギ、そろそろ始めましょ」

紬「そうね。……りっちゃん!」

律「ん? なんだ、ムギ」

紬「突然だけど、澪ちゃんに何か言いたいことはない?」

純「梓……先輩たち、なにするつもりなのかな?」

梓「見てれば分かるよ。私は前もってメールで聞いてるけど」

純「そ、そっか。じゃあ見てるよ」

律「言いたいこと……?」

紬「ええ。心の内に秘めていることでもいいわ。何か澪ちゃんに伝えるべきことがあるはずよ」

和「それを言うことで、ムギの卒業恐怖症が治るかもしれないのよ」

律「ムギか……なるほどな。だいたい読めた。確かに、澪に言わなきゃいけないことだな」

律「しかし和。もしかしたら、卒業恐怖症が治るのは私の方かもしれないな?」

和「? どういうこと?」

律「そのまんまの意味さ。……みんな、ちょっと静かにしててくれ」ギシッ

唯(りっちゃんは、澪ちゃんのベッドのへりに座って、澪ちゃんの髪を撫でた)

唯(それを見て、私は何だか心臓がドキドキしたんだけど)

唯(送られてくる血が冷え冷えで、そのドキドキはあんまり気持ちのいいものじゃなかった)

律「澪……言ってなかったことがある」

律「先に、前提として、私はレズビアンなんだ。驚いたか?」

律「まあそれはどうでも良いんだ。本題はこっからだ」

律「……」ゴクリ

律「なぁ澪。私……好きなんだ」

紬(なにかしら……ときめきが足りないのはどうして……?)ウズッ

律「本当にいつの間にか好きになってた」

律「自分の気持ちに気付いた時は、そりゃびっくりしたよ」

澪「……」ピク

律「澪もびっくりしてるみたいだな。まあ、そりゃびっくりするだろうな」

律「……だって」クルッ

律「私が唯のこと好きだなんて、誰も想像してなかったぜ?」

唯(ああ、やっぱりこうなった)

純(ああ、やっぱり無視された)

紬和憂梓「……ええーっ!?」

律「唯。それでお前はどうするんだ?」

紬「あ、えっと……どうしよう、完全に予想外の展開だけど……これはこれでアリだわ! よろしくお願いします!」

律「……唯? 返事してくれないか?」

唯「りっちゃん……」

唯(私がここで断ったら)

唯(りっちゃんが卒業恐怖症に負けてしまうと思った)

律「……頼む」

唯(でも、断らなかったら)

唯(澪ちゃんがもう二度と目覚めないような気がした)

唯「ずるいと思うけどさ……保留、って答え方しても、いいかな?」

澪「……」スッ

唯(澪ちゃんがもう目覚めない? 卒業まで起きないなんて、分かりきってるのに?)

律(……ああ、良いよ。ゆっくり考えてほしい)

律「結論は卒業まで……じゃなくてもいいからな?」

唯「うん……ありがとう、りっちゃん」

律「さ、帰ろうぜみんな!」

唯(りっちゃんの言葉に、首を横に振れる人はいなかった)

唯(みんな力が抜けたみたいに頷いて、誰からともなく病室を出た)

唯(私も憂と一緒に家に戻った)

唯(無性に辛口のカレーを食べたくなって、私は憂にリクエストした)

唯(冗談じゃないくらい辛かったけれど、バニラアイスを乗っけたりしながら、どうにか食べきった)

唯(そうしてそのまま、お風呂も入らず、歯も磨かず、不貞寝をした)

唯(憂が『めっ』て言ってたけど、到底それどころじゃなかった)



 時刻不定、澪の白い場所

澪(耳が麻痺した)

澪(律と行くゲーセンよりよっぽど大きな轟音で、ずっと雨が降ってる)

澪(はじけ飛ぶ水しぶきで、この世界の白さすら見えない)

澪(止まない雨は無い。癒えない傷は無い)

澪(でも傷が癒えなきゃ雨は止まない。だってここは私の心だから)

澪(雨が止まなきゃ傷は癒えない。だって雨が私の太陽を隠してしまうから)

澪(律は……唯のことが好きだったんだな)

澪(なのに私……馬鹿みたいだ。唯も、満更じゃなさそうだったな……)

澪(なあ、この雨はどこに流れて行ってるんだ?)

澪(そろそろ水嵩を上げて、私を溺れさせてくれよ……)

 ゴゴォ……

澪(ここは、私の心なんだろう?)


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最終更新:2010年09月15日 23:31