憂の部屋

唯「……はぁー」グッタリ

憂「もう平気?」

唯「うん。落ち着いてきた」

憂「……」

憂(お姉ちゃん、きっとあの時のトラウマがまだ残ってるんだ)

憂(刺激しないようにしなきゃ……)

唯「ごめんね憂……だめなお姉ちゃんで」

憂「言ったでしょ。それでもお姉ちゃんのこと大好きだって」

唯「……でも、私が持ってる大好きって気持ちとは違う」

憂「……」グッ

唯「私たちは姉妹なんだし」

唯「私がこの気持ちを捨てなきゃいけないんだよね?」

憂「……そしたら、お姉ちゃんが可哀想だよ」

唯「でも、許されないことだから」

憂「そんなこと言ったって、現にお姉ちゃん、こんなに苦しんでるじゃん……」

唯「私は大丈夫。憂と一緒なら平気だよ」

憂「……だめ。そんな悲しい笑顔じゃ、だめ」


憂「お姉ちゃんが平気でも……お姉ちゃんに我慢させちゃう私は嫌だよ」

憂「私はお姉ちゃんのためにいるの」

唯「……憂?」

憂「お姉ちゃんのこと、大好きだよ」

憂「ほかの平沢憂のことは分からないけど」

憂「私はお姉ちゃんが大好き。お姉ちゃんの気持ち、一方通行じゃないよ」

唯「……憂、やだよ……私また……」

憂「私の気持ち、信じていいよ」

唯「憂、ごめん! 私、また憂に無理させちゃってるよね……?」

憂「無理してるのはお姉ちゃんだよ」ギュ

唯「っ……」ビクッ

憂「私も、お姉ちゃんの気持ち……全部分かるわけじゃないけどさ」

憂「お姉ちゃんには私の気持ち、もうちょっと分かってほしいよ」

唯「……うい、ほんとなの……?」

憂「前にも、似たような状況あったよね」

唯「うん……」

憂「どうして私、あんな手段を選んだと思う?」

唯「……」カアッ

憂「心の中に……お姉ちゃんとそうなりたいって気持ちがあったからだよ」

憂「私、嘘や演技はあんまり上手じゃないんだ。詰めが甘いっていうか」

唯「憂っ」

憂「わっ」ドサッ

唯「憂の言葉、信じちゃうからね!」ハァッ

憂「うん。信じて、お姉ちゃん!」スゥッ

唯「……ん」チュ

憂「んぅ」チュプ

憂(……私、間違ってるのかな……)



 翌朝

憂「……」

唯「んー……パトラッシュ、そこはだめだよ……」ムニャムニャ

憂(これでよかったんだよね……?)

憂(これでもう、このお姉ちゃんはしがらみに縛られずに、奔放なお姉ちゃんになれるはず)

憂(……なのに、この罪悪感はなんなのかな……)

唯「だめぇ……そこはおしっこするところなのに……」ムニャムニャ

憂(……何なのかな、だって。分かってるくせに)

唯「まぁ便器だけどな!」ピーン

憂「お姉ちゃん、起きるよ」

唯「はーい」

憂「はい、お姉ちゃんたち起きて起きて」パンパン

憂「もう朝ごはんできてるよ!」

唯「おはよう……うー、やりすぎちゃった……」フラフラ

唯「うー、目が痛いよう……」

唯「おはよ、憂」ニコッ

憂「おはよ」ニコ

憂(お姉ちゃんが増えて、心なしか本物のお姉ちゃんがしっかりしたように感じるな)

 ドタドタ

憂「さてと……」

唯「……」

憂「ふー、ふー」

憂「……」モグモグ

憂「……」モグモグ

憂(ちょっとイヤだけど……れんげに出して)ベッ

憂「はい、お姉ちゃん起きて、口開けて」グッ

唯「……」

憂「……あーんっ」

唯「……」タラッ

唯「うぶ」ゴプッ

憂「ああっ、吐いちゃった」アセッ

憂「と、とりあえずゴミ箱に……」サッ

唯「おえー」ボタボタ

憂「大丈夫、お姉ちゃん?」スリスリ

唯「……」

憂「はい、お水飲んで」クイッ

唯「……」ビタビタ

憂(しょうがない、昨日みたいに……)チャプ

憂「ん」チュー

唯「んー♪」コクコク

憂(何このかわいい生物)チュッ

憂(なぜ口移しなら飲み込んでくれるのやら、その理由が分からない)モグモグ

憂(……純ちゃんに訊いたら分かるかなあ。なんとかしてもらわないと)モグモグ

憂「……ん」トロッ

唯「……」コクンッ

憂(嚥下するお姉ちゃんかわいい!)チュッ

憂(……なんでキスしちゃうかなぁ、ここで)


憂「みんなはお留守番!」

唯「じゃあ私、図書館で勉強してくる!」

憂「できれば家で勉強してほしいんだけど……」

唯「赤ちゃんは私にまかせて!」フンス

憂「う、うん。お願いねお姉ちゃん」カアッ

唯「ねえ憂、私りっちゃんに会って話がしたい!」

憂「えーっと……」

唯「お願いっ!」

唯「うい、私代わってもいいよ」

憂(このお姉ちゃんを閉じ込めておいても、普通に脱出して律さんに会いに行きそうだなあ)

憂(律さん、ごめん)

憂「それじゃあ、ふたなりのお姉ちゃんが学校、他のお姉ちゃんは留守番でいい?」

唯唯唯唯「ラジャーっす!」ビシッ



 2年教室

憂「はぁ……」

梓「憂、昨日はごめんね」

憂「ううん、いいよ……あんな時間に電話しちゃってごめん」

梓「それより、なんか疲れてるみたいだけど……」

純「おハロー」

憂「純ちゃんのせいだよ」ジロッ

梓「なんだ。純のせいか」ジロッ

純「ごめんなさい」


――――

純「唯先輩が増えた?」

憂「うん。うじゃうじゃと」

梓「まあ1人見かけたら100人はいるっていうしね」

憂「そんなに増えてないよ?」

純「ストーカー被害者みたいなこと言わないの」

憂「お姉ちゃんはもともと居たのを含めて5人いるんだ」

憂「見た目の違いはほとんどないけど、性格が全然違くって」

憂「いや、性格というよりは心持ちとか、置かれた状況とかかな。とにかく、話してれば見分けはつくの」

純「ふむふむ」

憂「まず、もともとのお姉ちゃん」

憂「大学目指して一浪中の真面目なお姉ちゃん」

憂「まだ赤子の妹を連れた、トラウマ持ちのお姉ちゃん」

憂「眠ったまま目を覚まさない、それでもかわいいお姉ちゃん」

憂「二言目には『りっちゃん』で私に対して一歩引いてるお姉ちゃん」

梓「うわぁ……涅槃だね」

純「つーか……それってまさか?」

憂「うん。昨日純が読ませてくれたお話の中のお姉ちゃんだと思う」

純「……うーん。どうしてこうなった」

梓「それより、今日の学校はどうしたの? まさか全員連れてきたりしてないよね?」

憂「まさか。一人だけだよ。でもまあ、今頃お姉ちゃんの教室は大変なことになってると思うけど」

梓「ああ、うん、最悪の事態なんだね。分かった」

憂「まあ、お姉ちゃんも律さんも深刻そうだったし……」

憂「強引かもしれないけど、しっかり解決してもらわないと!」

梓「はぁ。今日部活行きたくないな……」

純「なーに言ってんの梓。あんたは部活に行けないの」

純「私の作品を読まない限り二人は帰れないんだよん?」

梓「うっわぁ。憂がリクエストなんてするから」

憂「へへ。ごめんね梓ちゃん」

純「まあ1作品だけだし、時間はとらせないよ」

梓「しょうがないな……何もかも気が進まないけど、わかったよ」



 昼休み、2年教室

 ガラッ

律「どーも……憂ちゃん、いる?」

憂「あっ、律さん」

律「……」チョイチョイ

憂「……?」

 人気のない廊下

憂「あの、律さん、どうしたんですか?」

律「いや、何だ……いったい何がどうなったんだ?」

憂「えーっと……」

律「頼むからはぐらかさないでくれ。それどころの事態じゃないって、わかってるよな?」ガシッ

憂「ひゃいっ!」

――――

律「っー」ズキズキ

律「すると、こういうことか……」

律「純ちゃんの創造した唯がポコポコ生まれちまってると」

律「おまけにうち一人が物語の中で私とくっついちまって、見てきた通りのベタベタに、か」

憂「はい……」

律「今のところ、対策は?」

憂「ごめんなさい。どうしてこうなったかも分からなくて……」

律「……もしかしたら、ずっとこのままかも?」

憂「今の時点では、可能性は十分にありますが……」

律「そっか……ありがとな、話してくれて」

律「唯との事は、しっかり考えてみるよ」

憂「律さん……」

律「まあ、なんだ? 人が作った人格とはいっても、あれだけ好かれると邪険にしづらいっていうか」

律「姿かたちもまるっきり唯だしな……だから、あの唯との付き合い方、真剣に考えようと思う」

憂「そうしていただけると、お姉ちゃんも喜ぶと思います」

律「ん、そんじゃな。お昼中に呼び出して悪かったよ」スタスタ

憂「いえ、気になさらず」

憂(これで目下の問題は、あのお姉ちゃんだけかな)


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最終更新:2010年09月15日 23:46