きっかけはお弁当タイムの何気ない一幕

純「梓ってさ、なんか幸薄い感じがあるよね」

…突然何を言い出すのかな、純?

私は口に運ぼうとしていたタコさんウインナーを思わず箸から取り落としてしまった

憐れタコさんは床にダイブ!と思った瞬間

憂「えいっ!」

横合いから伸びた憂の箸が奇跡の空中キャッチ!
…相変わらず常人離れした技をいとも簡単に披露してくれる

憂「はい、梓ちゃん。あーん」

いつもの優しい笑顔で促す憂
…どこまで可愛いんだろう、まったく

梓「あーん」

幸薄い?誰が?


秋の日のヴィオロンの溜息沁みてひたぶるにうら悲し…

とかなんとか昔の人の詩が胸に沁みる秋の夜

しかしながら私にはギターしかない訳で

仕方がないので、ギターの弦を爪弾いてみたりする

特に決められた曲を弾く訳ではなく、胸の奥に秘めた想いを弦に乗せる

ふむ、雰囲気は出てる気がする

私には好きな人がいる、その人の名は…

母「梓、ご近所迷惑になるからギターもほどほどにね」

昔と違って、現代では気軽に想いを奏でる事も難しい

爪弾く指を止めて、軽く溜息

ふむ、確かにひたぶるにうら悲し、かも

ギターを壁に立て掛け部屋を後に、階段を降りてリビングの扉を開く

父と母がソファーに座って、レコードプレイヤーから流れるビリー・ホリデイの歌声に耳を傾けていた

娘のギターはご近所迷惑扱いなのに…なんて野暮な事は言わない

梓「ごめんなさい。つい興に乗っちゃってさ」

琥珀色の液体の入ったグラスを傾けた父が微笑む

父「愛しい人に捧げる曲…梓も大人になったものだね」

流石は我が父、私の即興の爪弾きに込められた想いを的確に掴み取っている

ちょっと照れるね

氷の奏でる音色も涼やかなグラスを父から受け取り(奪い?)軽く喉を潤す

未成年の飲酒は法律で固く禁じられています

しかし今、私が父から受け取ったのは、フォアローゼスと言う名の麦茶、断じて麦茶だ

細かい事は気にしない

私も両親と席を同じくしてビリーの艶やかな歌声に酔い痴れてみたりする

母「アコースティックも雰囲気のある音色を奏でるようになったわね。そろそろムスタングは卒業かしら?」

母から思わぬ御墨付きを頂き少し驚き

私も少しは成長してるのかな

私が飲んで減った分の琥珀色の液体を瓶から継ぎ足しながら父が続ける

父「僕もサキソフォーンで伴奏したくなる音色だったよ」

これまた驚き、父からも嬉しい言葉を頂いてしまった

因みに父はアルトサックスプレイヤー
我が父ながら、演奏する姿には惚れ惚れしてしまったりもする

あくまで演奏に、だけどね

父「しかし愛しい人が異性では無く同性なのは、父親としてはまだまだ安心していてよさそうだね」

…ギターの音色からそこまで分かるの?

ジャズマン恐るべし…

母「あら、例え相手が誰であれ、恋をするのはいい事よ」

梓「…これも恋と呼んでいいのかな」

以前の私なら「違うもん!そんなんじゃないもん!」なんて子供っぽい抵抗をしていただろう

でも今の私は違う

あの夏の終わりの河原で彼女とキスを交わした時から…私は少し大人になれた気がする

母「それで、梓は何を思い出して、そんなに頬を赤く染めているのかな?」

梓「にゃっ!ちっ違うもん!これはその、麦茶!麦茶で火照っただけだもん!」

自分が思う程に大人モードは長く続かなかった
いいもん!私はまだまだ子供だよ

動揺する私を少し悪戯な笑顔を浮かべて見つめる母…いじわるっ!

母「それだけその人の事を一途に想えるという事は、それは立派に恋と呼べると思わない?」

梓「…うん」

さっきまでとは打って変わって、優しい母親の顔に戻って言葉を続ける

母「梓、たくさん恋をしなさい。女の子はね、恋をして自分を磨いていくの」

少し慌てた様子で父が割り込んできた

父「おいおい、母さん。あまり梓を焚き付けないでくれよ。僕はまだまだ梓を手放す気はないからね」

父親にとって、娘は永遠の恋人と言うけど…

慌てる父を見て、母が少しおかしそうに微笑む

母「ふふっ、梓ももうすぐ17歳よ。恋の一つや二つをしてもおかしくはないわ」

父「…それはそうなんだけどね」

この勝負、どうやら母さんの貫禄勝ち

母「でもね、梓。恋をするのはいいけど、自分を安売りしちゃ駄目よ。貴女はそれだけの価値がある素敵な女の子なんだから」

梓「私にそんな価値があるとは思えないんだけど…」

これは謙遜でもなんでもない本音の言葉

彼女に比べれば私なんて…

そんな私の心の声が聞こえたかのように、母は驚く程アッサリとその名を口にする

母「ふむ、梓の想い人は平沢憂ちゃんかな?確かに彼女も素敵な女の子よね」

…なんで分かっちゃったの?

父「なるほど、憂ちゃんか。これは確かに手強い相手だな」

もう隠す必要も無いみたい。そう、私の恋の相手は平沢憂

透き通るような透明感と、誰よりも優しい心を持つ可憐な少女

ほんの些細な出来事から、様々な不安を抱えていた私が壊れそうになるのを救ってくれた大切な人

あの甘い香りが記憶の中から甦ってくる…


…ヤバいヤバい!ここで回想モードに入ると、また赤面して母さんに茶化される

慌てて思想の方向を変えてみる

今の会話を聞くまでも無く、憂は私の両親にも非常に評判が良い

よく家にも遊びに来るので、必然的に両親とも親しくなっている

いつだったか、コンビニに買い出しに出かけた私と入れ違いで憂が来た日なんて、もう傑作だった

両親と仲良くリビングにいただけならまだしも、何故か父さんのサックスと母さんのギターを伴奏に、憂がその透明な歌声を披露していた

帰ってきた私が唖然としたのは言うまでもない

母「で、また梓は愛しの憂姫の事を思い浮かべて赤面してるのかしら?」

…結局茶化されるんじゃん、私

梓「だから違うもん!麦茶のせいだもん!」

父「麦茶で火照るかな?」

…まさかの夫婦コンビネーション攻撃

梓「父さんは娘の飲酒を黙認しているとでも?」

父「…麦茶だな、麦茶」

苦笑いを浮かべて琥珀色の液体の入ったグラスを揺らす父

ささやかな反撃が決まった今がチャンス!
私は急いでリビングを後にする

途中少しよろけたのも麦茶のせいだ、決して動揺していたからじゃないもん!

よろける足を叱咤激励して階段を昇る

…父よ、今日の麦茶はいつもより濃くなかった?娘を酔わせてどうするつもりだ!

などと考えつつ、部屋の扉を開く

薄闇の室内からは微かな甘い香りが出迎えてくれた…憂の香り

あの日貰ったクチナシの押し花の紙包みは、今でも私の宝物
「私は幸せ」と言う花言葉どおりに、私を幸せな気分にしてくれる

部屋の灯を点けると、さっき爪弾いたウッドギターに視線を向ける

両親から音色を褒められた事は素直に嬉しかったりする

ちょっぴり睡魔の誘惑を感じたので、パジャマに着替えてベットに身を横たえる

梓「…憂もそろそろオヤスミの時間かな」

そんな事をぼんやり考えていると枕元で携帯が着信を告げた

梓「もしかして、憂かな!?」

はやる気持ちを押さえきれずに携帯を手に取る

梓「…純じゃん」

乙女の期待を裏切りおって…なんて純に八つ当たりはしない
純も私の大切な親友だよ、うん

梓「もしもし、寝てるよ」

それでもちょっぴり意地悪してみる
すかさず電波の向こうから威勢のいいツッコミが届く

純「起きてんじゃん!」

梓「ナイスツッコミだよ、純」

純「私はあんたのなんなのよ」

しばし小考…

梓「…道化師?」

純「…あんた、それ本気で言ってるでしょ?」

電波の向こうで純の癖っ毛が音を立ててハネたような気がする…

梓「冗談だよぉ。それでなんの御用かな、我が親友殿」

純「なんか嘘クサいぞ」

あはは、そんな事無いって。ホントのホントだよ…多分ね

純「まぁいいや。それで明日なんだけどさ、部活終わった後になんか用事ある?」

ふむ、明日は土曜日か、ならばこれで行こう

梓「明日は彼氏とデートだよ」

しばしの沈黙…電波の向こう側では更に純の癖っ毛が…って、これはもういいか

純「マジでぇー!?」

…どんだけ声が大きいんだ、鼓膜がやぶれちゃうよ、親友

梓「マジで」

更なる沈黙、そして再び大声攻撃!は、来なかった

純「あんた、いつの間に彼氏なんて出来たのよ?」

梓「純には今まで黙ってたけど、実は夏フェスでナンパされちゃってさぁ」

純「また夏フェス!?あー、羨ましいっ!」

ここまで見事にノッてくれると楽しくて仕方がない
なので、更に悪ノリしてみたりする

梓「ちょうど良かったよ。私もその事で純に電話しようと思ってたんだよぉ」

ちょっぴり甘えた猫撫で声なんか出してみたりする
我ながら女優だ、うん

純「なんなのよ?まぁ、私に出来る事なら協力はするけどさ」

…あんたって子は…なんていい奴なんだ
でも悪戯はやめないもん
乙女の期待を裏切った天罰だ(しっかり根に持ってんじゃん、私)

梓「実はさぁ、明日の夜は彼氏とお泊まりしたいんだぁ」

純「…どけんばしよっとぉ!?」

…どこの地方の人だよ、親友

梓「それでさぁ、明日の夜から純の家に泊まりがけで遊びに行くって事にしてくれないかなぁ、お願いっ!」

…言ってて我ながらドキドキしてきた
なんかいきなり罪悪感…ゴメンね、憂。私は憂一筋だからね

そんな事とは露知らず、電波の向こうで純の癖っ毛が更に…は、もういいよね

純「…ねぇ、梓」

突然シリアスな声色、少しやり過ぎてバレたかな?

梓「なに?」

純「私は梓の事、親友だと思ってるよ。あんたも同じように思ってくれてると信じてるし」

…泣かせる台詞を言ってくれるじゃないか、親友

純「そのあんたが選んだ人なんだから、悪い奴じゃないとも信じたい」

…駄目だ、完全にシリアスモード突入。困ったぞ、これは

純「だから、あんたがそう言うなら私は協力するよ。でも、本当にそれでいいの?」

…弱った、完全に弱った。心なしか目頭が熱くなって来たじゃないか

純「ねぇ、梓?」

…どうする、私?
こうなったら…あっさりネタばらしっ!

梓「実は全部ウソだったりして、テヘ」

純「…マジで?」

梓「マジでウソなのはマジ」

純「…マジでウソなのはマジでウソじゃなくマジ?」


なんか収拾がつかなくなってきた
…こうなったら、素直に謝る作戦に変更っ!

梓「つまり私はウソをついてしまいました。ごめんなさい」

純「…」

ヤバい、ヤバい…これは相当怒ってるのかも

どうしよう…身から出た錆とは言え、正に大ピンチ、私!

純「…良かったあー」

…にゃっ!?

純「もぉー、心配させないでよっ、全くぅ」

…純、あんたってどこまでいい奴なのよ
ホントに泣いちゃいそうだよぉ

梓「…ゴメンね、純」

純「なんか安堵感が先に来ちゃって、怒る気にもなれないよ」

梓「ホントにゴメン、純」

純「もういいよ、そんなに謝らなくても」

梓「…でも」

純「それによく考えたらさ、あんたのキャラじゃないじゃん。彼氏とお泊まり、なんて」

にゃっ!それはそれでちょっぴり傷つくかも

純「だいたいさぁ、夏フェスに来る男で、あんたをナンパするってさぁ、どんだけロリコンよ」

梓「…ロリ」

純「だってあんたって、プールで中学生にナンパされそうになってたじゃん!」

…グッ…痛い所を…

純「それが夏フェスでナンパなんて有り得ないじゃん!」

…実は怒ってないか、親友?
ここは軽音部名物?の餌付け作戦っ!

梓「まぁまぁ、明日ドーナツでも奢るからさぁ」

純「…チョコレートパフェも食べたい」

くっ、人の足元を見おって…仕方がない、これも自業自得だよ、私

梓「分かりました、純様」

純「じゃあ許す!」

許すって…やっぱり怒ってたんじゃないか、親友

純「あっ、そうだ。電話したのは明日部活が終わったら一緒に駅前の楽器屋に行かないかと思ってさ」

梓「うん、いいよ」

純「それじゃ明日部活が終わったら誘いに行くよ」

梓「了解、それじゃ明日ね」

純「ドーナツとパフェをお忘れなくぅ」

梓「…それも了解」

純「やっほー、それじゃおやすみー」

梓「はいはい、おやすみなさい」

ハァ、今月もまたお財布がピンチだ…
なんか私が幸薄いのってさ、純、あんたのせいじゃない?ハァ…

ふむ、落ち込んでも仕方ない
ベットの枕元に憂から貰ったクチナシの紙包みを置いてみたりする

せめて夢の中では、憂と…なんか凄く乙女だ、私



翌日の放課後、舞台はいつもの軽音部

お茶とお菓子と時々楽器

今は学園祭ライブも終わり、すっかりいつものまったり空間

しかし、私はちょっぴりブルー

原因は今朝、登校してきた憂に放課後の純との約束を話して憂も誘ってみたんだけど…

憂「ごめんね、今日はちょっと先約があるから」

…敢え無く玉砕、そりゃブルーにもなるよ
そんな私の心を知ってか知らずか、今日も今日とて…

唯「あずにゃん、今日はなんだか元気がないねぇ」

梓「もう唯先輩、抱きつかないでって何度言ったら分かるんですか!」

律「相変わらず唯は梓が大好きだな」

紬「本当に仲が良くて羨ましいわ」

ほっこりしてないで、少しは助けてくれないかな…まぁ、いつもの事だからもう諦めてるけど

唯「だぁって最近あずにゃん、私を除け者にして憂とばっかり遊んでるんだよぉ」

…何を言い出すつもりなのかな、この人は

律「なんだ唯、憂ちゃんにヤキモチ焼いてるのか?」

紬「憂梓!憂梓なの!?」

ムギ先輩、あなたはその可愛いポワポワフェイスの裏にどんなドス黒い獣を隠してるんですか…

けど…憂梓…なんていい響き


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最終更新:2010年09月16日 22:11