澪「おまえら遊ぶのもいいけど、少しは受験生だって自覚も持とうな」

まともなのは澪先輩だけだよ、全く

梓「そうですよ、皆さん受験生なんですから、もっと勉強しなくちゃダメなんじゃないですか?」

特に唯先輩と律先輩に言ったつもりなんだけど…

律「大丈夫だって、息抜きも必要だっしー」

…息抜けっぱなしじゃないですか、律先輩

唯「私は本番に強いから問題ないよ、あずにゃん」

それって根拠のない自信って言うんじゃ…

唯律「私達はやる時はやるのだっ!」

梓「はぁ」

付き合ってられません

澪「梓、心配する気持ちは分かるけど、こいつらも一応勉強はしてるからさ」

すかさすフォローする澪先輩が健気でならないよ…

唯「そうだよ、あずにゃん。心配してくれてありがとうね。キュッ」

…さり気なく抱きつくのはやめてくれませんか
しかも口でキュッなんて擬音付きで

律「唯ばっかりずるいぞ!よし中野、私の胸にも飛び込んでこい!チューしたるっ」

その中野って言うのマイブームなんですか?
絶対流行りませんから、それ

梓「死んでもお断りします」

律「いやぁん、イケズゥ」

…気持ち悪いです

紬「えーっ、梓ちゃんたら勿体ないのー」

梓「…ムギ先輩さえ良ければ、遠慮なく私の代わりにどうぞです」

紬「うーん、私は律梓が見たいだけなの」

…最近ますます壊れっぷりに拍車がかかってませんか、ムギ先輩

唯「今日も私は帰ったら和ちゃんと勉強するんだよ」

梓「そうなんですか?」

唯「うん。あずにゃんは今日も憂と遊ぶんでしょ、いいなぁ」

梓「え?」

唯「受験生の私に遠慮して隠さなくてもいいんだよ、あずにゃん」

…遠慮はしてませんけど…え?

唯「今日は映画を観に行くんでしょ、いいなぁ」

梓「…え、ええまぁ」

唯「受験が終わったら私も仲間に入れてね、あずにゃん」

梓「は、はぁ」

正直頭の中は?マークだらけで、思考停止状態です…

澪「そう言えば和が、最近は時々憂ちゃんに生徒会の仕事を手伝って貰えて助かるって言ってたな」

律「全くよく出来た子だよなぁ。姉とは偉い違いだ」

紬「あら、でも憂ちゃんって家事で忙しいんじゃなかったの?」

…映画?憂と?誰が?

唯「最近はお母さんが家にいる事が多いんだよ」

律「なるほど、憂ちゃんもやっと唯の介護から解放された訳だな」

唯「そうなんだよ」

律「…悪口を言われてる事を理解出来る程度の語学力は身につけような、唯」

唯「へ?」

紬「うふふ。でもその鷹揚な所も唯ちゃんの魅力よね」

澪「…魅力かな?」

…憂が家事で忙しくない?
突然、朝の憂の言葉が記憶の中から浮かび上がる
確か「先約がある」と憂は言わなかった?

…おーい、呼吸してるか、私?


取り敢えず呼吸!呼吸をしよう、私!

先輩方に怪しまれない様に、こっそり深呼吸

灰色の脳細胞に新鮮な酸素が供給されて、ゆっくりながらも思考能力が回復していく

一度これまでの状況を脳内で整理してみる

  • 母親の在宅で以前に比べて、憂が家事に束縛される時間が減っている
  • そして今日は映画を観に行くらしい、相手は私?
  • けど、私はそんな約束はしていない
  • 今朝、憂を誘った時は「今日は先約があるから」と誘いを断られた

…つまり、私をスケープゴートにして、憂は誰かと映画を観に行くという事?

また呼吸が止まってないか、私?

いつものまったり空間で、一人茫然自失状態

誰かに気取られる前になんとか体裁だけでも繕おうとするが…無理だよ

憂…どうしちゃったの、憂?

頭の中はただこの一事で埋め尽くされていく

…目頭が熱くなるのが止められない
…ダメだ、泣いちゃダメだ、私!
誰か、誰かこの状況をなんとかして

そんな私の願いが天に通じたように、救いの手が舞い降りる

部室の扉が開き、ジャズ研の終わった純がやってきた

ナイスタイミングだよ、親友!

純「梓ぁ、お茶の時間は終わったぁ?」

この空気を読まないある意味暴言紛いの発言が、追い込まれた私を平静に戻してくれた

それについては感謝するけど、お茶の時間って…
まぁ、あながち否定は出来ないのが悲しい

ともかくこの機を逃さす部室からの脱出を図る

梓「すいません、今日は部活が終わった後に純と出かける約束がありまして」

唯「へぇー、それじゃ今日は憂と純ちゃんと3人でお出かけなんだぁ、いいなぁ」

…普段はアレな癖に、なんでこんな時だけは脳の回転が早いんだ、全く面倒臭い人だ

純「あれ?憂は確か朝誘ったけど断られたんじゃ?」

…空気を読めっ!て、状況を理解してないのに無理か

梓「それが憂も来れる事になったんだよ」

咄嗟に憂を庇う私
…何故か分からないが、とにかく今はこの方が良いと本能的に判断する

律「そっか。それじゃ今日はお開きにすっかぁ」

澪「帰っても、ちゃんと勉強するんだぞ、律」

律「ぶーっ、分かってるってぇの」

唯「それじゃ私も生徒会室に和ちゃんの様子でも見に行こうかなぁ」

なんとかこの場は切り抜けられそうだ

でも…憂…本当にどうしちゃったのよ


先輩方に怪しまれない程度に、それでも迅速に純と共に部室を後にする
校門をくぐってやっと歩く速度を緩めた

純「ちょっと梓!あんた何慌ててんのよ?」

隣で息をきらせる純を尻目に、私は憂の事で頭が一杯だった

昨日の夜の純との電話での悪戯が、私の頭をよぎる…

「彼氏とデートだよ」

「今夜は彼氏とお泊まりしたいんだぁ」

…これって女子高生としては特別珍しい話でも無い

まさか、憂が…でも、状況は明らかに怪しいと告げている

ダメだ…また泣きそうになってしまう

純「…ねぇ、梓。何かあった?」

暗い思考に捕らわれていた私は、辛うじて純の呼び掛けに答える

梓「…実はさぁ」

取り敢えず純には黙っておく訳にもいかずに、今までの経緯を歩きながら説明する

純「なるほどね…それにしても憂が私達にも隠し事をしてるなんて、俄かには信じがたい話なんだけど」

梓「そう…かな?」

純「なんて言うか、唯先輩の早トチりなんじゃ無いの?あの人ってそそっかしいしさ」

純、あんたって子は本当に…その存在には毎度救われるよ、全く

梓「唯先輩なら確かに有り得るわ」

純「でしょ?大体梓はさ、普段はクールぶってる癖に、憂の事になると途端にダメダメになっちゃうんだから」

…なんだ、その意味深なニヤけ顔は
全く誰かさんに似て、変な時だけは鋭い奴め

純「そんなに気になるんなら電話でもしてみたら?」

梓「…それもそうだね」

純「梓、ダメダメすぎ」

これみよがしに大袈裟な溜息をつくフリをする純を無視して、憂の携帯をコール

梓「…つながんない」

純「きっと家にいて、携帯は部屋にでも置きっ放しなんだよ」

梓「…そうかな」

いつまでも引き摺る訳にも行かないので、当初の予定通り、純と楽器屋へ

その後、これまた予定通りに純の好きなドーナツ店に行き、約束のドーナツとパフェをたかられたりする

そうしてる間にも結局、憂から電話がかかってくる事もなく、ドーナツとパフェを堪能した純と別れる

純「ゴチになりましたぁ」

梓「はいはい、お粗末様でした」

純「そんじゃまた月曜日に」

梓「うん、ばいばい」

純「あぁ、そうそう!」

梓「なに?」

純「あんまり眉間に皺寄せてるとホントに幸薄くなっちゃうよ」

…一言多いよ、親友

純を見送り、ポケットから携帯を取り出す

待受画面の中には、あの夏の終わりの風景
戸惑い気味な、それでも最高の笑顔を浮かべた私を挟んで両頬にキスする憂と純

梓「…憂」

突然、手の中の携帯が着信を告げる

着信通知は…憂!

急いで通話キーを押そうとして、思わず携帯を落としそうになったりする
さっきの純の言葉通り…ダメダメだ、私

憂「梓ちゃん?…あれ、聞こえてないのかな?」

梓「あ、ごめん。聞こえてるよ」

いつも通りの憂の声に思わず安堵の息を漏らす

憂「今どこかな?」

どうやら憂もこの辺りにいるらしい

取り敢えず互いの位置を確認しあい、近くの喫茶店で待ち合わせる

ちょうど同じくらいに到着する様に、お互いの中間辺りに位置する場所を選んだのに、何故か小走りに駆けてしまう

なんだか最近乙女すぎないか、私?

それでもなぜか店に着くと、憂のほうが早かったりする

よく見ると憂も少し息が切れてる気がする
…私に比べればほんの少しだけど

梓「ごめん、お待たせ」

憂「ううん、私も今着いたところだから」

いつもの優しい微笑み、これだけで全ての不安が吹っ飛んだりする

憂「ごめんね、梓ちゃん。マナーモードがサイレントになってて、着信に気付くのが遅くなっちゃった」

梓「あ、うん。平気だよ、全然気にしてないから」

相変わらず素直じゃない、私
さっきまであんなに気にしてたのに…

憂「ん?」

私の顔を見て、小さく小首を傾げる
こんな仕草一つでもドキッとするほど憂は可愛い

そして軽くテーブルに身を乗り出す感じで、私の瞳をまっすぐ見つめてくる

憂の澄んだ瞳に吸い込まれそうだよ…

憂「梓ちゃん、何か隠してる」

…やっぱり憂にはかなわない

梓「なんのこと、かな?」

それでも少しだけ抵抗
やっぱり素直じゃないよ、私

憂「素直じゃないなぁ、梓ちゃんは」

はい、自分でも自覚してます

そんな私を見つめる憂の瞳に悪戯な色が浮かぶ

憂「ふむ、また素直になれるおまじないが必要なのかな?」

梓「…え?」

あの夏の終わりの記憶が鮮やかに甦る
憂の柔らかい唇の感触…

て、ダッ、ダメだよ!ここって喫茶店だよ?他のお客さんもたくさんいるんだよ!?

私は慌てて今日の一部始終を説明する

…ちょっぴり、いや、かなり残念な気分

私の説明を聞いた憂は軽く溜息

憂「ハァ、お姉ちゃんたら、相変わらずそそっかしいんだから」

そう言って憂は鞄から2枚の映画のチケットを取り出す

憂「お父さんに貰って、明日の日曜日に梓ちゃんを誘おうと思ってたんだよ」

梓「…明日?」

憂「そう、明日」

…やっぱり唯先輩の早トチりだ
本当に憂と姉妹なのか疑いたくなってくるよ

梓「でも、唯先輩と行かなくていいの?」

憂「タイトルを見れば答えが分かると思うよ」

そこに書かれていたのは、明らかに恋愛映画のタイトル

…速攻で寝るよね、唯先輩


その後、憂と別れて帰宅した夜

私は上機嫌でテルテルボウズなんか作ったりして

明日の憂とのデー…お出かけが待ち遠しいよ

…て、ちょっと待った、私

確かお財布がピンチだったような
慌ててお財布の中身を確認

…やっぱり私が幸薄いのは純のせいだと改めて確信

梓「映画のお礼にせめてお昼とお茶代くらいは…となると、答えは一つ」

こんな時にも私を支えてくれる相棒がいる

時計を見ると、時刻は20時を示していた

梓「いい頃合の時間だ」

思い立ったら即行動だ、私

ウッドギターをケースにしまい、背負って部屋を後にする

梓「母さん、ちょっと出かけて来る」

玄関で靴を履いていると、リビングから母が顔を出した

母「ふむ、今月もお財布がピンチなのかね?我が愛しの娘は」

梓「まぁ、そんなとこ」

母が少し眩しそうな表情で私を見たのが少し不思議だった

母「あまり遅くならないようにね。それと…」

皆まで言われなくても分かってるよ
あなたの娘を信じなさい

梓「自分を安売りするな、でしょ?」

母「ふふっ、分かってるならOK」

靴を履き終えドアノブに手を掛けた私に母は笑顔で付け加える

母「そうそう、演奏料は安くてもいいわよ。あなたのギターはまだまだだし」

…昨夜は褒めてくれたのに、意外とイジワルだ

梓「了解。それじゃ、行って来まーす」

玄関を出て夜の街へと歩き出す

軽く深呼吸すると、秋の夜の空気が胸に沁みて少し爽快感

梓「演奏者なんてどこか壊れてるって言うけど、やっぱり私も壊れてる人なのかもね」

これも両親の血を受け継いでる証拠だよ


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最終更新:2010年09月16日 22:12