未だかつて、これほど緊張したことがあっただろうか。
初めて全校生徒の前に立った、小学校の児童会役員選挙。
中学の英語のスピーチコンテスト。
桜が丘の入試のとき。
この間の大学入試の面接。
そんなものが比較にならないほど、どきどきしてる。
私らしくないわね。ほんと。
さわ子「ごめんなさいね、遅くなっちゃって」
和「いえ、私もいま来た所ですから」
生徒会はもう次の代に代わっているけど、無理を行って貸してもらった。
私の一番のホームグラウンドだから。
さわ子「はい、チョコレートちょうだい」
和「え?」
さわ子「その為に呼び出したんじゃないの?それで、私は貴女のことが好きです、って!」
この人は、凄いんだか凄くないんだか……。
和「そうですよ。もう……先生なんだから、もっと大人な対応してくださいよ」
さわ子「こういう私が好き、なんじゃないの?」
和「なんだか涙出てきちゃいました」
メガネを取って涙を拭う。
悲しいわけじゃない。
大人な対応をされていたら、私は逆に畏縮してしまっただろう。
先生の方がよっぽど大人だった。全部見透かされてる。
そんな、ちょっと嬉し涙。
さわ子「あら、メガネ取ると意外と可愛いのね」
意外と可愛い……胸がカッと熱くなるのを感じた。
さわ子「私の元彼に似てるのね。まぁ彼は真鍋さんと違ってちょっと強引な人だったけど」
和「先生、強引な人が好きなんですか?」
さわ子「そうねぇ。過去の経験からすると、そうなるのかもね」
過去の経験……
私と違って…
さわ子「どうしたの、真鍋さん?」
和「のどか、って呼んでください」
そう言って、私は先生の唇を無理矢理奪った。
さわ子「っ……。ん、っ……」
憧れの人と唇を合わせている……キスする前より、急速に頬が紅潮していくのがわかる。
少し背の高い先生を抱きしめて、自分がとんでもないことをしたことを悟る。
でももう戻れない。だってしちゃったんだもん。
和「先生。少し強引な女の子は、いかがですか?」
唯「あずにゃんの気配がしたから~」
今日は鼻血が止まりそうにないわ。
あと何リッター輸血すれば生きていけるかしら。
もう1斗缶ひとつ分の血液は輸血しちゃったし。
でもまさか、あのいちごちゃんが告白してキスする場面に出会えるとは!
学校中にもカメラを設置しておいて正解だったわ。
いやだ、思い出したらまた鼻血が出てきちゃった。
あ、お紅茶にお鼻血が入っちゃったでございますわよ。
面倒だから、特別ってことにして、このまま出しちゃいましょう。
うふふ、一度鼻血入りの紅茶作ってみたかったのー。なんてね。
梓ちゃんが申し訳なさそうに座っている。
昼休みのこともあるけど、このあと唯ちゃんに渡すチョコレートが気になってるのかしら。
紬「今日はとっておきのお茶にしてみたの」
梓「あ、そうなんですか」
澪「確かにいい匂いだな。(……でも、なんかちょっと鉄くさくないか?)」
律「あ、そういえば!今日のお菓子は?」
りっちゃんは割と普通だけど、そのバッグの中にチョコがしまってあるのを私は知ってる。
澪ちゃんも平静を装ってるけど、目が泳ぎすぎね。
紬「ごめんなさい。今日は用意してないの。その代わり、梓ちゃんが用意してくれてるみたいよ?」
梓「え。な、なんでバレてるの!?」
音楽室に行くと、軽音部の子たちが窓の所に集まって外を見ていた。
外は一面、雪化粧。
白雪が音を吸って、静かな雪景色は悲しみを倍増させる。
梓「みんなでこうしてるのって、いいですね。今日は朝から寒かったですけど、先輩たちと一緒にいると、なんか寒くないっていうか」
誰かといれば、大事な人がいれば、その悲しみは何倍もの幸せに変わる。
こうして少しずつ、みんな大人になっていくのね。
唯「あ、さわちゃん」
さわ子「うふふ、あなたたち本当に仲がいいのね」
律「あれ、さわちゃんなんかご機嫌だね、なんかいいことあったの?」
さわ子「そうなのよぉ~。りっちゃん聞いてくれる?」
律「イヤです」
さわ子「ちょっと、いいじゃない話させなさいよ」
律「やだよー、唯パス!」
唯「え~、さわちゃんの話長いんだもん」
言ってくれるわ、この子たち。
教師の威厳台無しね。
でも気分がいいから許してあげちゃう。
紬「先生。おめでとうございます」
琴吹さんが耳打ちしてきた。
この子は分かってるのね。
さわ子「ありがと、幸せになるわ」
もう6時かぁ。
なんだかタイミングがないなぁ。
帰りに律先輩たちと別れた後でいっか。
澪「梓、帰る準備しないのか?」
梓「あ、はいっ」
さわ子「あー!りっちゃん澪ちゃん、ちょっと話があるから先に職員室に来てもらっていいかしら」
律「話ならここでもできのに。変なさわちゃん。じゃあ唯ムギ、梓。先行ってるぞー」
もしかして、気を遣われた!?
待って。まだ心の準備がっ。
紬「梓ちゃん、頑張ってね」
梓「へ!?」
バタン
行ってしまった。
雪が降ってるからかな。
なんだかとっても静か。
唯「あずにゃん、ふたりっきりだね~」
梓「はい。あの……」
唯「あずにゃん顔真っ赤だよ。どったの?」
あ、唯先輩が近い……
唯先輩のいい匂い……どきどきする。
いつも抱きしめられても、こんなにはならなかったのに。
唯「熱は無いなぁ」
よし。
梓「唯先輩!!」
唯「わ、びっくりした。どうしたの、急に大きい声出して」
梓「さ、寒いですね!」
唯「雪が降ってるからねー、ってさっきも同じような話してたよぉ」
梓「はい……。あの……っ!」
やっぱり言えないっ
ぎゅ。
唯「こうしたら、暖かいよ」
梓「あ……」
唯「あったか、あったか」
……。
…………。
梓「唯先輩。私、唯先輩と離れたくないです」
唯「私もだよ、あずにゃん」
梓「違います」
唯「違くないよ?」
梓「違うんです。そういうんじゃなくて……こ、こ恋人として……唯先輩の側にいたいっていうか」
唯「うん」
梓「卒業して……もう今みたいに会えなくなると思ったら……」グスッ
ずっと我慢してたのに。
文化祭のときも、1人のクリスマスも、先輩たちに心配かけないようにって、泣かないでいたのに。
一度決壊した堤防はもう戻らない。
唯「うん」
梓「憂に、発破かけられて、やっと、気づい……たんです。私、唯先輩のこと……女の子として好きなんだって」
唯「そうなんだ」
梓「変ですよね、女の子同士が好きなんて。軽蔑されてもいいです。気持ちが伝えられただけで、私は十分ですから」
唯「だから、違くないんだよ。あずにゃん」
梓「違くないって、何がですか?」
唯「私も、恋人としてあずにゃんの側にいたいんだよ」
うそっ……
唯「うそじゃないよ?」
梓「ホント……ですか?」
唯「そうだよ。私だって、あずにゃんは女の子と付き合うなんて嫌かなぁ、ってずっと悩んでたんだから」
梓「うれしい、です。なんだかどきどきします」
唯「顔真っ赤だよ、あずにゃん。えへへ、今日から恋人同士だねー」
梓「恥ずかしいから、あんまり言わないで下さいっ。あ、唯先輩にチョコレート作ってきたんですよ」
精一杯の照れ隠し。
え、なにこれ……。
唯先輩が、私のことを好き……どうしよう。
唯「ちょこれーと!?」
梓「はい、……ちょっとビターで、でもとっても甘い私のスイートハートです」
唯「わぁい、ありがとう!」
唯先輩が包みを開ける。
赤い包み。あったかい唯先輩にぴったりな色。
唯「おいし~」
梓「ホントですか、よかったです!」
唯「あずにゃん。私からもあるんだよ、チョコレート」
梓「え!?」
唯「昨日、憂に手伝ってもらって作ったんだぁ」
水色の、可愛い包みに入ったチョコレート。
梓「食べて、いいですか?」
唯「うん!」
唯先輩のチョコレートは、唯先輩みたいに甘くてとろとろのホワイトチョコレートでした。
梓「おいしい……」
唯「よかったぁ」
梓「でも、なんか。ふわふわして、まだ信じられないです。不思議な感じ。唯先輩が私の……こ、恋人になってくれるなんて」
唯「信じられない……? そっかぁ。困ったなぁ」
梓「あ、ごめんなさい。困らせるようなこと言って」
唯「よし。じゃあ、証拠を見せてあげよう」
梓「証拠って……」
唯「私があずにゃんを好きだって証拠。目、閉じて」
梓「えっ」
唯「はやく~」
ゆっくりと目を閉じます。
梓「んぅ……っ」
唯先輩の柔らかい唇の感触。
……。
唯「ぷはっ。息止めちゃった。私のファーストキスだよ」
梓「私もですよ……。唯先輩、大好きです」
ファーストキスは、チョコレートの味でした。
Chocolate days –fin -
最終更新:2010年09月16日 23:20