【2/14 15:17 真鍋和

未だかつて、これほど緊張したことがあっただろうか。

初めて全校生徒の前に立った、小学校の児童会役員選挙。
中学の英語のスピーチコンテスト。
桜が丘の入試のとき。
この間の大学入試の面接。

そんなものが比較にならないほど、どきどきしてる。
私らしくないわね。ほんと。

さわ子「ごめんなさいね、遅くなっちゃって」

和「いえ、私もいま来た所ですから」

生徒会はもう次の代に代わっているけど、無理を行って貸してもらった。
私の一番のホームグラウンドだから。

さわ子「はい、チョコレートちょうだい」

和「え?」

さわ子「その為に呼び出したんじゃないの?それで、私は貴女のことが好きです、って!」

この人は、凄いんだか凄くないんだか……。

和「そうですよ。もう……先生なんだから、もっと大人な対応してくださいよ」

さわ子「こういう私が好き、なんじゃないの?」

和「なんだか涙出てきちゃいました」

メガネを取って涙を拭う。
悲しいわけじゃない。
大人な対応をされていたら、私は逆に畏縮してしまっただろう。
先生の方がよっぽど大人だった。全部見透かされてる。
そんな、ちょっと嬉し涙。

さわ子「あら、メガネ取ると意外と可愛いのね」

意外と可愛い……胸がカッと熱くなるのを感じた。

さわ子「私の元彼に似てるのね。まぁ彼は真鍋さんと違ってちょっと強引な人だったけど」

和「先生、強引な人が好きなんですか?」

さわ子「そうねぇ。過去の経験からすると、そうなるのかもね」

過去の経験……
私と違って…

さわ子「どうしたの、真鍋さん?」

和「のどか、って呼んでください」

そう言って、私は先生の唇を無理矢理奪った。

さわ子「っ……。ん、っ……」

憧れの人と唇を合わせている……キスする前より、急速に頬が紅潮していくのがわかる。
少し背の高い先生を抱きしめて、自分がとんでもないことをしたことを悟る。
でももう戻れない。だってしちゃったんだもん。

和「先生。少し強引な女の子は、いかがですか?」



【2/14 15:30 琴吹紬

唯「あずにゃんの気配がしたから~」

今日は鼻血が止まりそうにないわ。
あと何リッター輸血すれば生きていけるかしら。
もう1斗缶ひとつ分の血液は輸血しちゃったし。

でもまさか、あのいちごちゃんが告白してキスする場面に出会えるとは!
学校中にもカメラを設置しておいて正解だったわ。
いやだ、思い出したらまた鼻血が出てきちゃった。

あ、お紅茶にお鼻血が入っちゃったでございますわよ。
面倒だから、特別ってことにして、このまま出しちゃいましょう。
うふふ、一度鼻血入りの紅茶作ってみたかったのー。なんてね。

梓ちゃんが申し訳なさそうに座っている。
昼休みのこともあるけど、このあと唯ちゃんに渡すチョコレートが気になってるのかしら。

紬「今日はとっておきのお茶にしてみたの」

梓「あ、そうなんですか」

澪「確かにいい匂いだな。(……でも、なんかちょっと鉄くさくないか?)」

律「あ、そういえば!今日のお菓子は?」

りっちゃんは割と普通だけど、そのバッグの中にチョコがしまってあるのを私は知ってる。
澪ちゃんも平静を装ってるけど、目が泳ぎすぎね。

紬「ごめんなさい。今日は用意してないの。その代わり、梓ちゃんが用意してくれてるみたいよ?」

梓「え。な、なんでバレてるの!?」



【2/14 15:40 山中さわ子

音楽室に行くと、軽音部の子たちが窓の所に集まって外を見ていた。
外は一面、雪化粧。
白雪が音を吸って、静かな雪景色は悲しみを倍増させる。

梓「みんなでこうしてるのって、いいですね。今日は朝から寒かったですけど、先輩たちと一緒にいると、なんか寒くないっていうか」

誰かといれば、大事な人がいれば、その悲しみは何倍もの幸せに変わる。
こうして少しずつ、みんな大人になっていくのね。

唯「あ、さわちゃん」

さわ子「うふふ、あなたたち本当に仲がいいのね」

律「あれ、さわちゃんなんかご機嫌だね、なんかいいことあったの?」

さわ子「そうなのよぉ~。りっちゃん聞いてくれる?」

律「イヤです」

さわ子「ちょっと、いいじゃない話させなさいよ」

律「やだよー、唯パス!」

唯「え~、さわちゃんの話長いんだもん」

言ってくれるわ、この子たち。
教師の威厳台無しね。
でも気分がいいから許してあげちゃう。

紬「先生。おめでとうございます」

琴吹さんが耳打ちしてきた。
この子は分かってるのね。

さわ子「ありがと、幸せになるわ」



【2/14 17:50 中野梓

もう6時かぁ。
なんだかタイミングがないなぁ。
帰りに律先輩たちと別れた後でいっか。

澪「梓、帰る準備しないのか?」

梓「あ、はいっ」

さわ子「あー!りっちゃん澪ちゃん、ちょっと話があるから先に職員室に来てもらっていいかしら」

律「話ならここでもできのに。変なさわちゃん。じゃあ唯ムギ、梓。先行ってるぞー」

もしかして、気を遣われた!?
待って。まだ心の準備がっ。

紬「梓ちゃん、頑張ってね」

梓「へ!?」

バタン

行ってしまった。
雪が降ってるからかな。
なんだかとっても静か。

唯「あずにゃん、ふたりっきりだね~」

梓「はい。あの……」

唯「あずにゃん顔真っ赤だよ。どったの?」

あ、唯先輩が近い……
唯先輩のいい匂い……どきどきする。
いつも抱きしめられても、こんなにはならなかったのに。

唯「熱は無いなぁ」

よし。

梓「唯先輩!!」

唯「わ、びっくりした。どうしたの、急に大きい声出して」

梓「さ、寒いですね!」

唯「雪が降ってるからねー、ってさっきも同じような話してたよぉ」

梓「はい……。あの……っ!」
やっぱり言えないっ

ぎゅ。

唯「こうしたら、暖かいよ」

梓「あ……」

唯「あったか、あったか」

……。

…………。

梓「唯先輩。私、唯先輩と離れたくないです」

唯「私もだよ、あずにゃん」

梓「違います」

唯「違くないよ?」

梓「違うんです。そういうんじゃなくて……こ、こ恋人として……唯先輩の側にいたいっていうか」

唯「うん」

梓「卒業して……もう今みたいに会えなくなると思ったら……」グスッ

ずっと我慢してたのに。
文化祭のときも、1人のクリスマスも、先輩たちに心配かけないようにって、泣かないでいたのに。
一度決壊した堤防はもう戻らない。

唯「うん」

梓「憂に、発破かけられて、やっと、気づい……たんです。私、唯先輩のこと……女の子として好きなんだって」

唯「そうなんだ」

梓「変ですよね、女の子同士が好きなんて。軽蔑されてもいいです。気持ちが伝えられただけで、私は十分ですから」

唯「だから、違くないんだよ。あずにゃん」

梓「違くないって、何がですか?」

唯「私も、恋人としてあずにゃんの側にいたいんだよ」

うそっ……

唯「うそじゃないよ?」

梓「ホント……ですか?」

唯「そうだよ。私だって、あずにゃんは女の子と付き合うなんて嫌かなぁ、ってずっと悩んでたんだから」

梓「うれしい、です。なんだかどきどきします」

唯「顔真っ赤だよ、あずにゃん。えへへ、今日から恋人同士だねー」

梓「恥ずかしいから、あんまり言わないで下さいっ。あ、唯先輩にチョコレート作ってきたんですよ」

精一杯の照れ隠し。
え、なにこれ……。
唯先輩が、私のことを好き……どうしよう。

唯「ちょこれーと!?」

梓「はい、……ちょっとビターで、でもとっても甘い私のスイートハートです」

唯「わぁい、ありがとう!」

唯先輩が包みを開ける。
赤い包み。あったかい唯先輩にぴったりな色。

唯「おいし~」

梓「ホントですか、よかったです!」

唯「あずにゃん。私からもあるんだよ、チョコレート」

梓「え!?」

唯「昨日、憂に手伝ってもらって作ったんだぁ」

水色の、可愛い包みに入ったチョコレート。

梓「食べて、いいですか?」

唯「うん!」

唯先輩のチョコレートは、唯先輩みたいに甘くてとろとろのホワイトチョコレートでした。

梓「おいしい……」

唯「よかったぁ」

梓「でも、なんか。ふわふわして、まだ信じられないです。不思議な感じ。唯先輩が私の……こ、恋人になってくれるなんて」

唯「信じられない……? そっかぁ。困ったなぁ」

梓「あ、ごめんなさい。困らせるようなこと言って」

唯「よし。じゃあ、証拠を見せてあげよう」

梓「証拠って……」

唯「私があずにゃんを好きだって証拠。目、閉じて」

梓「えっ」

唯「はやく~」

ゆっくりと目を閉じます。

梓「んぅ……っ」

唯先輩の柔らかい唇の感触。

……。

唯「ぷはっ。息止めちゃった。私のファーストキスだよ」

梓「私もですよ……。唯先輩、大好きです」


ファーストキスは、チョコレートの味でした。


  Chocolate days –fin -




最終更新:2010年09月16日 23:20