林田「なあ、さっきので考えたんだけどよ、楽器の経験者っているのか」

神山「確かに、誰か経験者がいないと大変かもね。北斗君は?」

北斗「……俺はベースを持っている」

林田「ベース?」

神山「ああ、澪ちゃんが弾いていた。で、君は?」

子分「いい加減名前で呼べ! いいか、俺の名前はな……」

神山「いや、名前よりも楽器経験者かどうかを聞きたいんだよ。で……?」

子分「そ、それはだな……」

北斗「ま、待て。その話は明日だ! 今日は解散だ!」

神山「えっ、どうしてだい?」

北斗「どうしてもだ! 今日は解散だ!」



帰り

北斗「ふ~っ、なんとか誤魔化せたな」

子分「……俺たち、間違えて二人してベース買っちゃいましたもんね」

北斗「うむ。そんな事が知れたら恥もいい所だ」

子分「でも、ムギちゃんが好きな北斗さんがどうして最初はギターを買おうと?」

北斗「うむ。俺も最初は唯が好きだったからな」

子分「そうでしたね」

北斗「……楽器、どうするかな」

子分「ベースでいきますか?」
北斗「いや、俺はキーボードをやる、当たり前だろうが」

子分「お、俺だってベースじゃないギターをやりたいですよ」

北斗「と、言うわけで楽器屋に来たわけだが」

子分「あ、すいませ~ん。ここに唯ちゃんが使っていたギターの……」

店員「はい?」

北斗「バ、バカ者! ちょっと来い」

子分「どうしたんです?」

北斗「いいか、バカ正直に……けいおんを見てギターが欲しくなりました、なんて俺が言えるわけないだろう」

子分「……」

北斗「いいか、俺はそこらのニワカオタクとは違うんだ。もっと堂々と楽器を買いに来た態度で挑むんだ」

子分「は、はぁ……」

北斗「店員よ、ちょっといいか?」

店員「は、はい?」

北斗「帝王の俺に相応しい楽器を教えろ」

店員「は、はあ? 何か希望の楽器は……先ほど、お連れ様がけいおんと仰られて……」

北斗「笑止。チャラチャラした女子高生アニメなど知らぬ。早く帝王のこの俺に相応しい楽器を教えるんだ」

子分「いや、言っちゃってる……」

店員「は、はぁ。帝王なら、何でもいいんですか?」

北斗「うむ。軟弱な音の出る楽器はいらん」

店員「で、でしたらこちらの……」

北斗「説明などいるか! 早くそれを包め。一応、子分の分もだ」

店員「は、はい。ではお会計が六万円になります……」


……。


店員「ありがとうございました」


北斗「……なあ」

子分「……」

北斗「どうしてベースなんだ」ボン ボン

子分「知りませんよ! 何ですか、帝王っぽい楽器って。ワケわかんないですよ!」

北斗「軟弱な音でバンドが出来るか」

子分「ああ~っ、変な頼み方しないで素直にけいおん見ました、でいいじゃないですか!」

北斗「帝王がそんなダサい買い物などできるか!」

北斗「……お、俺今から交換してもらってきますからね」ダダダッ

北斗「あ、お、おい!」

北斗「……行ってしまった」

北斗「結局、手元にはこのベースだけか」ボン

北斗「ううむ、確かにベースが二本あっても手に余る……」

北斗「……」


店員「いらっしゃいま……あれ?」

北斗「店員よ、つかぬことを聞くが、このベースは返品できるだろうか」

店員「え? いやあ、ケース開けちゃってますし……中古のだったらまだ受けとりましたけど、新品は……」

北斗「くっ……す、すまぬ。実はこの北斗嘘をついていた……」

店員「え?」

北斗「じ、実は俺はけいおんに感化されて楽器を、バンドを始めようとしていたのだ」

北斗「照れ隠しでつい、帝王だの何だのと言ってしまった……すまない」

店員「……僕も、見てますよけいおん」

北斗「お、おおっ?」

店員「お客さんでも多いんですよ。けいおん見て楽器を始める人が」

北斗「た、確かによく見たらポスターや紹介ポップが……」

店員「僕はムギちゃんが好きなんですけど、なかなか人気が無いみたいで……キーボードのコーナーは僕が飾り付けしてるんですよ」

北斗「お、おおっ……素晴らしい。素晴らしいぞこれは」

店員「えっ、お客さんもムギちゃん派ですか?」

北斗「無論だ。あの眉毛を愛でる事こそが帝王学の極みだと思っている」

店員「い、いやあ嬉しいなあ。あ……どうです、このキーボード……ムギちゃんと同じタイプですよ」

北斗「こ、これが……しかし、高いな」

店員「多少、値段は張りますが……」

北斗「笑止。帝王の前には値段など無意味……これをくれ」

店員「あ、ありがとうございます!」

北斗「……こんな所で同士に会えるとは思っていなかった。また寄らせてもらおう」

店員「は、はい! 楽器の事で何かあったら連絡下さい。大抵この店にいますから」

北斗「……うむ」

北斗「……」

北斗「ところで店員よ」

店員「はい?」

北斗「このベース、返品できない?」

店員「ああ~、そいつはちょっと無理でっすね~」

北斗「……」



ベンチ

北斗「無理かぁ~」

無理だよ。





次の日

子分「見ろよ。レスポールだぜ!」

林田「おっ、ついに自分の楽器か」

子分「形は同じ、ちょっと安物だけどな」

神山「いやあ、それでもすごいよ。やっぱり実物があると違うね」

北斗(結局奴は交換したのか……くっ)

林田「なあ、ちょっと弾いてみてくれないか?」

子分「いやあ、それがまだ全然弾けなくてよ……とりあえず楽器だけ、って感じなんだ」

前田「なあ、経験者がいないんじゃあこの先辛いんじゃないか?」

神山「しかし、経験者がいないとなると……練習は大変かもね」

前田「いや、今俺が言った……」

林田「そうだよなあ……この中で経験者って言ったらメカ沢くらいか」

メカ沢(ドラム)「俺はドラム専門だ。ギターの方は……さっぱりわからねえや」

北斗(ギターにもなるのか?)

神山「んー、他に経験者は?」

子分「フレディなんかどうだ? ほら、ギター」

フレディ「……」フル フル

神山「んー、フレディも弾けないのかあ」

林田「じゃあどうやって練習すればいいんだよ」

北斗「待て待て。そもそもお前らは何の楽器をするんだ」

神山「え?」

北斗「え、じゃない。ギター、ボーカル、ベース、キーボード……被りはあれど担当を決めなければ練習もできまい」

神山「ねえ、考えたんだけどさ、楽器って何だろうね」

北斗「む?」

神山「そもそも、けいおんメンバーはその楽器を使ってるからイメージが強いけどさ、他にも楽器はあるんじゃないかな」

林田「確かにな」

神山「只でさえ人数が違うんだから……何も楽器を枠にハメる事は無いと思うんだ」

北斗「ふむ」

神山「それこそカスタネットでも、マラカスでも……いや、楽器の形はしてなくてもいいのかもしれない」

メカ沢(ドラム)「……」シャーン シャーン

神山「ほら、小学生なんかがよくやった、身の回りの物で楽器を作ろうってヤツ……」

前田「ああ、あったな。コップに米を入れてフタをして鳴らしたり」

神山「それだよ。無理にギターやドラムじゃなくても、身近な物で音を奏でればいいじゃないか」

子分「……フッ、ギターなんて買って少々浮かれていたぜ」スッ

林田「なあ……この机を鉛筆で叩いて音を出してみたらどうだ」カッ カッ

神山「林田君……」

北斗「そういう事ならば、このドラム缶を叩く事によって……力強いビートになる」ガシャン

フレディ「……」ダン ダン ダンッ

神山「フレディ、地団駄でそんな力強い音を出せるなんて」

ゴリラ「……」ドン ドン ドン
メカ沢「胸を自ら叩いて音を出す……まさにビートだな」

神山「みんな……」

北斗「どうやら、担当楽器が決まったようだな」

林田「へへっ」

メカ沢(ドラム)「俺も気合いが入るぜ」ジャーン ジャーン

北斗「よおし! クロマティ高校けいおん部の再び始まりだ!」

全員「おおー!」


前田「……」


ベンチ

前田「なんだっけ、あんな音楽CMで見たような……」

確か、ストンプ。




次の日

神山「みんな、僕はけいおん部を辞めようと思うんだけど」

林田「えっ?」カッ カッ

神山「いやあ、昨日あんな事言っておいてあれだけどさ」

北斗「貴様、理由によっては只じゃおかないぞ」ガシャーン

神山「いや、ドラム缶や机叩くの止めて下さいよ。僕は真面目な話をしているんですから」

子分「とにかく理由を言えよ」

神山「昨日ちょっと考えたのが……」

神山「これは本当にけいおんなのか、と」

林田「お前言ってる事がコロコロ変わるな~」

北斗「まあ待て神山。本家けいおん部も時には音楽、時には雑談を……」

神山「いや、彼女たちはいいんですよ。可愛いからただ雑談しているだけで絵になるでしょう」

神山「僕たちは男子校で、楽器も満足に弾く事が出来ない。これじゃあただの時間潰し以下ですよ」

林田「お前ってたまにズバッとひどい事言うよな~」

北斗「なら、どうすればいいのだ」

神山「もう一度僕が音楽をやりたくなるような、そんな何かがあれば……でも、いいんです。僕の気持ちは死んでしまったみたいだ」

神山「じゃあ、さよなら」

ガラッ

林田「お、おい神山」

子分「い、行っちまった……」

神山「……ん?」

ジャーン ジャーン

神山「なんだろう、教室から心地よいドラムの音が」

ダダダン ダダダダダン

神山「こ、このリズム感……なんだ、胸がドキドキする」

ズッダダ ズッダン

神山「もしかしてメカ沢君が僕のために……?」ハッ

神山(僕はなんて小さいんだ……今がけいおんっぽくないのなら、これから変えて行けばいいじゃないか)

ダン ダン ダダダン ジャーン

神山「このドラムも……そんな僕を応援してくれているみたいなビートだ……よしっ」

ガラッ

神山「メカ沢君。君のビートは僕の胸にしっかりと……」

林田「うおっ、すげえぜゴリラの奴」

子分「プロ並みのドラム捌きじゃねえか!」

ゴリラ「……」ジャーン ジャーン

神山「……」


ベンチ

神山「音楽って難しいなぁ……」

ゴリラすげー。




北斗「神山が戻って来た所で、担当楽器を決めるぞ」

林田「ええ~、もう鉛筆と机でいいじゃねえか」カッ カッ

神山「ダメだよ林田君。やっぱり形はどうあれしっかりした楽器を手にいれないと……僕たちはけいおん部なんだから」

前田「本当に意見が変わるな……」

北斗「うむ。ところで貴様ら、買う買わないは別にしても本物の楽器を見に行かないか?」

林田「楽器を?」

北斗「ああ、知り合いの楽器屋が近くにある。本物を見ればより気分も高まるだろう」

メカ沢(ドラム)「そいつはいい。俺も久しぶりに新品のドラムを見てえな」

北斗「よし、ではみんな行くぞ」

店員「いらっしゃいませ~、あ」

北斗「うむ。来てやったぞ」

店員「北斗さん、今日はまた随分大人数ですね」

北斗「こいつらが本物の楽器を見たいと言ってな。全員がクロマティ高校けいおん部のメンバーであり、我が下僕だ」

店員「へぇ~」

子分「さあ、ここだぞお前ら」

神山「ここが楽器屋か」

林田「すげえな」

前田「お、けいおんのポスターが」

店員(な、なんか濃いメンバーだなあ)

メカ沢(ドラム)「いやあ、この空気……久しぶりだな」

店員「え?」

店員「あ、あの。この……人? もメンバー……」

メカ沢(ドラム)「おうよ。俺、バリバリのドラムなんでよろしくぅ」シャーン シャーン

店員「は、はぁ……」

店員(な、なんかカシャカシャしてたのは気のせいかな?)

店員「あ、い、いらっしゃ……」

フレディ「……」コクッ

店員「……」

北斗「む、どうした店員よ」

店員(え、本物? いやいやいや……いやいやいや)

フレディ「……」

店員「あ、あの……もしかして……クイーンのボーカルの……」

北斗「はははっ、何を言っているんだ店員。確かにこいつは外人ぽく見えるがそんな横文字は通じないぞ」

店員「えっ? あ、あのだからクイーンの……」

北斗「むぅ、俺は帝王になる男、いわばキングだぞ」

店員「は、はぁ。すいません……」

店員(わけがわからない……)

北斗「わかればいい。引き続き楽器を見せてもらうからな」

店員「は、はぁ……」

店員(なんだかすごいメンバーだなあ。ドラム本体に、ボーカルっぽい人に)

店員(どういう音楽をやってるのかな?)

ドンッ

店員「あ、す、すいません。ボーッとしていて……」

ゴリラ「ンゴ」

店員「……」

林田「おーい、こっちに来いよゴリ」

子分「でっけえドラムのセットがあるぜ」

ゴリラ「ンゴ」

店員「……」


店の裏

店員「ゴリラじゃねーか……」

ゴリラです。


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最終更新:2010年09月17日 22:02