“ΝНΚアーカイブス 戦争特集アニメ「幻の放課後」
この番組は、軍歌"When Johnny Comes Marching Home"及び
その原曲である民謡"Johnny I Hardly Knew Ye"を題材として、
桜ヶ丘女子高等学校の少女たちが
戦時下において過ごした青春の日常を、
同校の軽音部を中心に描いたアニメです。
制作は、平成四十五年、京都放送局。
戦勝十五周年記念スぺシャルとして制作されました。
今回は、第1話「出征!」をお送りします”
(冒頭ナレーション音声:山根モトヨ)
排他的経済水域における権益争いに端を発した武力衝突は、
瞬く間に拡大し、激化の一途をたどった。
そして、平成二十某年、春。
戦局の悪化にともない、
遂に高校三年生の徴兵猶予は解除される。
それは女子とて例外はなく、先輩方も徴兵となり、
楽器を武器に持ち替えることとなったのだ。
この日は、ついに出征の壮行会。
武運長久の横断幕が張られ、壇上から驕敵撃滅の喝が飛ぶ。
「萬歳! 萬歳!」
私たち下級生は、虚勢を張るように歓呼の声を送る。
細波の如くしきりに打ち振るう小旗もどこか力無く、
勇壮なはずの鼓笛の音色もうら寂しく哀切を帯びる。
戦闘服の三年生約二百名は校庭に整然と隊伍を組み行進する。
全員が戦闘帽を目深に被って誰が誰とも見分けがたく、
表情さえもうかがい知れなかったが、
みな例外なく、五月晴れの日差しの下、帽子のつばが作る濃い影の下で、
口を真一文字に結んでいたのが私の目に焼き付いた。
壮行会後、あちこちに千切れ飛んだ紙の小旗を拾い集める。
校庭の片隅に小旗を集めて燃やしていると、
祭りの後の侘びしさともあいまって、まるで荼毘に付しているようだ。
私は不吉な雑念を払うようにかぶりを振るが、
暗澹たる気分は拭いがたく、煙で目が燻されたふりをして涙ぐむ。
…ふと、出征前の最後のティータイムが思い出される。
────アッサムティーに落雁。
奇妙な取り合わせだが、物資供給が逼迫した時節柄、
輸入品と甘いものが口にできるだけでも、とてもありがたいことだ。
「ドラムは軍楽隊への誘いとかなかったんですか?」
「バカ言え。吹奏楽部の連中でさえ根こそぎ歩兵科なんだからな。
お国にはきっとそんな余裕ないんだ。でなきゃ私らが軍隊に行く理由がない」
私が話を振ると、律先輩がズズ、と紅茶をがぶ飲みしながら言う。
そこに唯先輩が落雁の欠片を机にポロポロこぼしながら割り込む。
「ムギちゃんなら兵科選びどころか徴兵逃れもできそうだよね!」
「おい唯。何気なくすごい失礼なこと言ってるぞ…」
「ウフフ。私、みんなと共に死線を乗り越えるのが夢だったの~」
澪先輩が唯先輩をたしなめるが、ムギ先輩は笑って受け流す。
すかさず律先輩が話題を拾って澪先輩をからかう。
「ムギは気楽だなぁ。ま、無事に乗り越えられりゃいいんだけどさ」
「律ぅ!怖い話するなよ…」
「下手すると指がスパーっと切れて血がドバーっとどころじゃ…」
と、律先輩が言いかけたところで、珍しく唯先輩が気色ばんで制止する。
「りっちゃん!縁起でもないこと言わないでよ!」
「…ゴメン、ふざけすぎた」
本人たちも意図していなかったのだろう、思わず大きな声を出した唯先輩、
失言した律先輩ともに、若干きまりの悪そうな顔をしている。
場の空気を酌んだ私は話題を別の方向に向けると、ムギ先輩が嘆息しながら言う。
「しかしなんで女子高生まで徴兵されなきゃいけないんでしょうか」
「相変わらず米軍が地上兵力を出し渋ってるんですって」
途端に、唯先輩と律先輩が茶化すが、澪先輩が失笑しながら突っこむ。
「ひどいよね!自分の国は自分で護れったってこんなか弱いレディを!」
「全くだ。こんな花も恥じらう乙女をだな…」
「お前ら“レディ”とか“花も恥じらう”ってガラじゃないだろ」
その突っ込みを聞いた唯先輩と律先輩が、軍事教練の訓辞を揶揄する。
「ホントに“一人十殺”とか無理だよね~。せいぜい半分だよ」
「半分でも無理だろ!サラッと言うな!」
私には、無理をして明るく振る舞う先輩方の姿が痛ましかった。
紅茶の残り香がかすかに漂う部室。すでに陽はだいぶ傾いている。
爆風対策で十文字にテープを貼られた窓ガラスから、不格好な日差しが影を落とす。
ムギ先輩がティーポットの蓋を閉める音がカラリと部室に響く。
「…紅茶もこれで最後ね。輸入品は私もさすがになかなか手に入らないから」
「これでティータイムも当分お預けですね」
「フフ、梓ちゃんも改めてティータイムの素晴らしさを確認できたわね」
「そういうわけじゃないですけど…」
戦地に赴く先輩方の身の安全と、取り残される我が身の寂しさを案じて、
思わず声のトーンが下がる。
それを察して、というわけではなさそうだけれど、唯先輩が私に微笑みかける。
他の先輩方もそれに続いて声を上げる。
「戦争終わったらまた会えるよあずにゃん!」
「そうね。またみんなでお茶して、そして楽器を弾きましょう!」
「無事に帰れば何の問題もないぜ!」
「ちゃんと卒業証書もらわないと大学受けられないからな!」
すると、律先輩が意地悪な笑みを浮かべて唯先輩をからかう。
「ま、唯は帰還しても普通に留年して卒業できなさそうだけどな~」
「そりゃヒドいよりっちゃん!」
「あはは…あ、はは…」
きっと戦地に赴く先輩たちのほうがずっと不安なはずなのに、
私には先輩方に励ましの言葉を掛ける余裕はなかった。
銃後を託される側として、先輩方が後顧の憂いを持たぬよう、
泣くのを堪えるのが精一杯だった。
──しばし日が経った後。
『国防軍関東被服廠桜ヶ丘支廠』
学校の門扉には新たに掲げられた看板。
瀟洒な造りの校舎にも迷彩塗装が施され、見る影もない。
一応、高校の名も残ってはいるが、
これが現在の私たちの所属組織の正式な呼称である。
「作業中止!飯上げーッ!」
正午のサイレンとともに、監督官の号令が飛ぶ。
生徒、いや職員たちは点呼を終えると、三々五々、綿埃の舞う作業棟から退出してゆく。
憂、純と三人で廊下を歩いていると、かすかな醤油の臭いが鼻についた。
私はマスクを取って作業服のポケットに押し込みながらため息混じりに呟く。
「はぁ、今日もお昼はすいとんかな…。さすがにお腹すくよ」
「糧秣廠ならいろいろ食料のおこぼれがあったんだろーなぁ」
「純ちゃん、そんなこと言ってると警務隊に睨まれるよ…」
「牛肉のカンヅメとか欲しい~」
憂の心配をよそに、そう言って、純がお腹をグゥと鳴らす。
牛肉、という単語を聞いて私も空腹感が増し、自らに言い聞かせるように純をなだめた。
「兵器廠はもっと作業がキツいって噂だし我慢しようよ」
「梓…、トンちゃんってさ、おいしいの?」
「純が言うと冗談に聞こえない」
「じゃあ甘いモノ食べたーい!生垣のツツジの蜜も吸い尽くしちゃったしな~」
「あれ犯人純ちゃんだったの?蜜吸っちゃダメって告知が出てたよ…」
「夏はサルビアの蜜を吸おうかな~。秋はムカゴ取って、冬は自然薯掘って」
「たくましすぎるよ純は…」
そう言って私は苦笑した。
今にして思えば、ひもじくとも、まだ銃後は牧歌的な季節だった。
一年生と二年生が午前午後の2交代で作業に入る。
午後は物理と体育の授業があった。
最近は授業と言っても、簡易兵器の製造法教示やら軍事教練やらばかりである。
わずかばかりの休み時間に、憂が一葉の葉書を瞬きもせず眺めているのに気付く。
「それ、唯先輩からの手紙?」
「うん…梓ちゃんも読む?」
肌身離さず持っているという葉書を読ませてもらう。
すでに消印は1ヶ月近く前になっている。
その後新たな音信はないことが容易に伺えた。
ただでさえ紙質の悪い軍事郵便葉書は、幾度も憂が読み返したのであろう、
手垢がついて赤茶け、角は欠けて文字はかすれはじめていた。
『憂へ
元気にしてますか。私はいちおう元気です。
■■■での最終編成を終えた私たちは、ついに■■■■に行くことになりました。
ちょっとさびしいけど、けいおん部のみんな、クラスのみんながいるので大丈夫です。
あずにゃんにもよろしく。仲良くすごしてください。あとじゅんちゃんも。
どうかういもげんきにしててください。もうしょーとーみたいなのでこのへんで』
消灯前に急いで書いたのか、後半はひらがなの走り書きになっていた。
唯先輩の書く相変わらずどこか呑気な文面と、
おそらく地名だったのか、検閲で黒々と塗りつぶされた暗闇のギャップが、
戦地の緊張感を否応なしに引き立てる。
窓から西の空を眺める。
(先輩方は、無事なのだろうか…)
心配しても仕方ないことだけれど、否応なしに心はざわついた。
[第1話 終]
最終更新:2010年09月21日 23:38