“ΝНΚアーカイブス 戦争特集アニメ「幻の放課後」

 (中略)

 今回は、前回に引き続き、第3話「後送!」をお送りします”



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http://www.youtube.com/watch?v=t6bqTIQh1FI
Karan Casey


青い空。白い雲。いい天気だ。

戦争中でなけりゃもっといいんだけど。
去年の夏は、ムギの別荘で合宿してたはずなんだけどなあ…

 「センセ!そのケガ!?」

埃くさいし。汗くさいし。鉄くさいし。風呂入りてー。

 「かすり傷だよこんなの!畜生!落ち着け!被害は!?」

うるせーよさわちゃんいい年して。余計行き遅れるぞ。

 「ぅぐ……ぅう……」

なんか不思議な気分だなあ。

 「痛いよ…」

ムチャクチャ熱いけど、ムチャクチャ寒いぞ。

 「うわぁぁぁぁあああああ!」

あー、なんか気持ちよくなってきた。

 「衛生兵!衛生兵!止血!止血を!」

あれ、瀧さんかい?サイドテールほつれてまっせ。

 「まだ息があります!」

つーか空が見えないんですけど。どいて。せっかくいい天気なのに。

 「田井中さん!田井中さん!ねえ!田井中さんしっかり!」

一回呼べばわかるって。一応部長だし、私以上のしっかりものはいないぞ。

 「えぐ…ひっく……うう……」

ったくビービー騒ぐなよお前ら。落ち着け。私みたいに。

 「くそったれぇぇ!お前ら死んだらブッ殺すぞぉぉっっ!」

あーダルい…眠い…


さらに後日。

───桜ヶ丘支廠正面玄関昇降口

もはやここは工廠なので、夏休みはない。

私たち生徒が登校、いや、職員が出勤すると、
昇降口正面にある掲示板をチェックすることになっているけど、
真面目に読んでいる人が何人いるのだろう。

重要な告知からどうでもいい連絡まで一緒くたに貼られているから始末が悪い。
いかにもお役所仕事だなあ、と思い愚痴をつぶやく。

 「もう少しなんとかならないのかな、こういうの」

まあ、今や私もお役所である工廠で働いているわけだけど。

『被服原材料の調達に関する公告 ○年○月×日 調達課』

『払い下げ物品の競売に関する公告 ○年◇月×日 戦備課』

『学事消耗品の節約に関する通達 ○年◆月◎日 学事課』

『生産目標の完遂に向けて ○年▲月◇日 生産課』

『傷病兵の受け入れ態勢の整備 ○年▽月×日 医事課』

『花壇の植生保護について ○年▽月×日 管財課』 等々…


掲示板に目を沿わせていると、憂、純も出勤してくる。

 「花壇の植生保護……純ちゃん、やっぱりサルビアの蜜吸ってたの?」

 「まあね。もう旬は終わったしノープロブレム。次はムカゴの季節!」

いつもなら呆れてしまう景色だが、私は重要な公告を見つけてしまった。

 「あ」

初めて見る文書のタイトルだ。息を飲んで本文に読み進む。



『戦死者並びに戦傷者及び戦病者等の公告 ○年▽月×日 兵務課』


 “標記の件について、下記のとおり公告する。
                           ○年▽月×日
                           服桜支兵兵第68号
                           兵務戦備局兵務課長 印

      氏  名      所  属    摘  要

    五十嵐甲子    第5小隊    戦傷
    香川  乙女    第4小隊    戦病
    酒田  丙美    第5小隊    戦死
    佐藤    丁    第3小隊    戦傷
    下山  戊子    第1小隊    戦死
    須賀川己子    第3小隊    戦病
    田井中  律    第2小隊    戦傷
    長野    庚    第1小隊    戦死
    西    辛奈    第5小隊    戦傷
    野沢  壬理    第4小隊    戦傷
   菱田  癸子    第1小隊    戦傷
                         (五十音順)以上11名”

一瞬、文字の為す意味が分からず最後まで読み進めたあと、
再び読み直して、私の思考は停止した。

 「…これ…って…?」

私のただならぬ様子を見た憂と純が、心配そうに覗き込む。

 「どうしたの梓?」

 「律先輩の名前が…戦傷って…」

 「え…律先輩!?お姉ちゃんは!?」

 「分からない…でも戦死者も出てるし、激しい戦闘に巻き込まれて…」

 「マジで!?うわ、ホントだ!ありえないよこんなの!」


他のクラスの生徒も多く“出勤”してきて、掲示板の周りは人垣ができる。
掲示板の前は、朝の出勤ラッシュと相まって、一時騒然となった。
巡回中の教員が、教室に入るように促す。


作業前の朝のホームルーム。戦死者に1分間の黙祷。

その後、先生から指示があった。
それによれば、本日は生産作業ではなく、医事課の指示で、
元々3年生の教室だった空き教室の一部に病床を設置する作業になるという。

(掲示板にあった医事課の文書って、どこかの兵隊さんが来るんじゃなくて、
 出征した先輩方を負傷兵として受け入れるためのものだったんだ…)

今更ながら、私たちは戦場の後背地、まさに銃後にいるということを、
心から痛感させられ、奥歯がカタカタと鳴った。


空き教室に机を集めていくつか島を作り、その上に、
柔道場からはがしてきた畳とありあわせの布団や寝具を置く。

“今後の需要増加”に合わせて、不足分は戸板などで補う。
1教室につき10台前後の寝台がしつらえられた。

戦場から送り返されるくらいだから、戦線復帰が無理なくらいに、
律先輩は大きなケガを負っているのだろう。
それに、他の先輩方はどうなっているのか。心配は嫌が上にも募る。

(…律先輩が帰還したら、お見舞いしよう。そして、聞くしかない)

私は内心密かに決意した。

数日後、校庭に見慣れぬ軍用トラックが止まっているのが目に付いた。

思わず縫製作業の手を止めて視線を向ける。周りのみんなもそうだ。
監督官が注意して作業を再開させる。
士気の低下を恐れてか掲示板には何の告知もなかったが、きっとあれだ。

しかし、名誉の負傷の帰還兵が、隠れるようにして帰ってくるなんて、
本当にむごい仕打ちだなぁ…。


その翌日の昼休み、急いで昼食の芋粥をお腹にかき込むと、
私は意を決して3年2組の教室を目指す。

3年生の教室階は、消毒薬と洗い晒しの病衣や敷布の臭い、
そして傷病兵、つまり3年生の人いきれと咳や呻き声が充満している。
2組に近づくと、甲高く規則正しい打撃音と、抑揚のない歌声が聞こえてくる。

──… …ぅ~ごりらちんぱんじ~さる~ごりらちんぱんじ~…」

3年2組の教室の前。意を決してノックすると、私は返事も待たず扉を開けた。

 「…失礼します!」

 「まんなかとおるはちゅーおーせーん…………ぁ」

そこに、律先輩は居た。替え歌と打撃音が止まる。
まだ2組は1人しか後送されていないため、一人きりだ。

教室の後方、ちょうど唯先輩の席があったあたりだろうか、簡易寝台の上で、
白茶けた病衣に、猫背で胡座を組み、右手に箸を持っていた。
その右手の前に、縁が欠けた茶碗があった。叩いているうちに欠けたのだろう。

カチューシャがなく長い前髪が垂れ下がっているため、表情は伺えない。
その醸し出す雰囲気は、さながら幽鬼のようだった。

 「どうも、お久しぶりです…律先輩」

 「ぉぉ…」

律先輩の声には全く生気がない。
私は次の言葉を何と言うべきか迷いつつ近づいた。

律先輩の前髪の隙間から覗く鈍く暗い眼差しが、私を突き刺す。

“死んだ魚のような目”なんて、青春ドラマの中だけの表現だと思ってたけど、
いま対峙している律先輩の目は、まさにそれだった。
結局、私は掛けるべき言葉が分からず、思ったことをそのまま口にする。

 「あの…正直言って何から話せばいいのか…」

 「…ロケット砲って、一般にカチューシャっつーもんなの?」

 「い、いえ、厳密には全然違いますが、俗にそう言うことも」

 「ホントそーいうことは先に言ってほしーね。知らない私が悪いのか」

 「まあ、あくまで俗な言い方ですし…」

 「私のカチューシャはカチューシャに吹っ飛ばされてどっか行っちゃったー、と。
  あー、体張ったギャグなのにあんま面白くないね。ははははは」

 「は…はは…」

律先輩の乾いた笑いに合わせて、
私も笑っていいものかと迷いながら愛想笑いをしたが、
律先輩の異変に気付き嫌な予感がした。

てっきり、病衣の中で首から三角巾でも下げているか、
あるいは、懐手でもしているかと思ったが、どうも様子が違う。

 「ついでに腕もどっか行っちゃったよ」

私の予感は的中した。
ショックで膝が折れそうになるのを必死に堪える。

病衣の袖のたるみ具合から推察するに、律先輩の左腕は、
二の腕の半ばあたりから欠けている。

浅い溜め息をついて、律先輩は窓の外を見遣る。

 「私も元気なだけが取り柄だったのになあ」

原材料の繊維や樹脂を納品する業者のトラックが、
校庭に轍を作りながらしきりに入れ替わり立ち替わりしている。

 「これからどうしようか。弟には迷惑かけたくないし。
  道ばたで茶碗出してお恵みをーってやるしかねーのか」

そう言って、箸で欠け茶碗を叩く。チンチンと気の抜けた音がする。

 「働くのはもちろん、もうドラムもできないし。こりゃ終わったわ。
  壮行会でちょい鼓笛隊の手伝いしたのが最後のドラムになるなんてなあ…」


 「か、片腕ならなんとかなりますよ!そんな弱気な律先輩見たくないです!
  茶碗叩いてるくらいならまたドラムやりましょうよ!
  頑張りましょう!他の先輩方もきっと帰ってきます!」

私は自分でも無責任極まりないことを言っているのは認識していた。
それでも、とにかく律先輩を元気づけたかったのだ。

しかし、私はこの発言を深く後悔することになる。

 「…これ見てもまだそんなこと言えるか?」

胡座をかいた膝の上の掛け布団を、律先輩が右手で剥ぎ取る。

 (…ぁ……)

私はよろよろとにじり下がり、後ろにあった寝台にぶつかって、
ようやく自らの体重を支える。

律先輩の左の大腿部には幾重かの包帯が巻かれ、
膝上数センチのところで、唐突に消え失せている。

 「いい加減なことぬかすな!これでどうしろってんだよっ!」

 「…ごめ…ん…なさ…」

 「なんで謝るんだよ!梓は悪くないだろ!よけい惨めになるじゃんか!」

律先輩は、欠け茶碗を力任せに投げつけた。
茶碗は右のツインテールをかすめると、床に落ちて割れ砕ける。

 「私が、無事に、帰って…、来れな、かったのが、悪い、のに…ッ」

そう言って、律先輩はさめざめと涕泣する。

騒ぎを聞きつけた看護師2名が、ノックもせず、一言も発さずに部屋に入ってくる。

その一人がつかつかと歩み寄ってその右腕を掴んだかと思うと、
もう一人が間髪入れず首筋に注射を打つ。

 「ぁ」

鎮静剤か何かであろう。律先輩はたちまち寝台に崩れ落ちた。


 「2年か。持ち場に戻りなさい」

看護師の一人が、私に言い捨てて教室から出て行く。

私はしばし呆然としていたが、
すでに昏倒している律先輩に対して一礼すると教室を後にした。

2年の教室に戻ると、憂と純が私と目を合わせるが、
私の表情が相当沈鬱なものだったのだろう、
二人とも戸惑いの表情を浮かべたまま一言も発しない。

その表情を察して、私は二人にようやく話し掛ける。

 「…ごめん、憂。律先輩から何も聞き出せなかった」

 「ううん、気にしないで。やっぱりケガはひどかったの?」

 「ケガというより、片腕と、片脚が…」


私にはそれ以上何も言えなかった。
憂も純もまた、何も言わなかった。

                           [第3話 終]



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最終更新:2010年09月21日 23:41