“ΝНΚアーカイブス 戦争特集アニメ「幻の放課後」

 (中略)

 今回は、前回に引き続き、第6話「組織編成!」をお送りします”



残暑も和らぎ秋の気配も漂い始めた頃、支廠の組織変更があった。

生産能力逼迫の折、労働力を少しでも多く確保するため、
後送された傷病兵──つまり先輩方──も再び動員体制に組み込まれる。

“軍需生産局検査課第32検品室”

これが、旧3年2組所属の傷病兵の動員先として新たに設けられた。
とはいえ、3年2組の傷病兵は、まだ軽音部員の3人しかいない。

そして、第32検品室にあてがわれたのは、あの部屋だった。
私と、検品員である先輩方は、検品室へと入る。

 「…こんな形で部室に戻ってくるとはねぇ」

律先輩が感慨深げにつぶやくと、澪先輩とムギ先輩も言葉を漏らす。

 「よろしく頼むぞ、律。いや、田井中室長殿!」

 「でも、この部屋に来るの大変なのよね。階段が、ちょっと…」

 「先輩方、私、何でも手伝いますから。この検品室の専属連絡員になったので」

どうやら、生徒会長が学事課長として裏で少し手を回してくれたらしい。
最近、正直言って良い噂は聞かないけれど。
中には“自分一人が助かるために、同級生二百人の命を売った”って噂まで…

以来私は、午前の作業時間を、作業室と検品室を往復して過ごすことになる。

作業開始後、病室に先輩方を迎えに行き、検品室である部室まで連れて行く。
特にムギ先輩と車いすを上り下りさせるのが一苦労なのだが、
ムギ先輩を背負うと痩せた上に両足の分の体重が減っているのよくわかった。

そして作業室で作られた製品を検品室に持って行く。
衣類や皮革製品の針の残留検査や、縫い目やボタンの点検、
樹脂や金属小物のバリ取り確認などをしてもらう。



 「これ、昨日生産された分です。納期は今日中でお願いしますね」

活動の内容は全く変わってしまったけれど、この部屋で、軽音部員だった面々が、
再び顔を合わせることができるだけでも、私はささやかな喜びを感じていた。

でも、“便りのないのは良い便り”とはいうものの、
唯先輩は、いまだに帰ってこない。


──桜ヶ丘支廠会議室

 「…兵務戦備局からの報告事項は以上であります」

 「ずいぶん多いなぁ」

 「連隊全体では全滅ないしは壊滅状態と聞き及んどります。
  再編成も時間の問題でしょう」

兵務戦備局長の報告に、支廠長が渋い顔をする。

そこに軍務課長が口を挟むと、当て擦られた調達課長がわざとらしい咳払いをする。

 「まあ低い練度と貧弱な装備を考えれば頑張ったほうでしょう。
  もう少し教練に時間が取れれば違ったかも分かりませんが…」

 「…ゴホン」


副支廠長がオールバックをなで上げながら発言する。

 「こりゃ予定を繰り上げないといかんなあ。
  でも、まだ上から正式な通達は来とらんのだろ、兵務課長?」

 「は。しかし、内々には、近々年齢引き下げを決定する予定と言われてまして…」

 「では即座に対応できるよう、予備検査を実施しておこう」

生徒会長、いや、学事課長である私は、手元の会議資料を見る。
この数字と文字の羅列の裏で、どれほど多くの学友が傷つき失われたのか。
内心穏やかではないのだが、今は感情よりも思考を優先させねばならない。

軍需生産局から、徴兵への対応について難色を示す意見が出る。

 「しかし、軍需生産の主力である二年生が抜けると、生産計画の下方修正は必至ですゾ」

 「調達課としても、傷病兵の労働力化に時間がかかりますので、
  三年生の中隊全体が後送されてから、引継ぎなどを行う猶予を頂きたいところです」


私はタイミングを捉えて意見を述べる。

 「…軍需局のご意見はごもっともと思います。
  兵務局のお立場としても、徴兵に迅速に対応すべきというのは理解しますが、
  ある程度、訓練と戦備を充実する時間を設け損耗を抑えることも必要では?」

 「ふむ、学事課長の意見ももっともだ。徴兵の予備検査は早急に行うとして、
  生産計画にも配慮し時間的な余裕を持って進めよう。
  では定例廠議は終了する。解散!」

支廠長が宣言をして、会議は解散となる。
解散後、軍需生産局長が軽く会釈して小声で話しかけてくる。

 「先ほどは援護射撃をどーも。堅物の学事課長が珍しいですナ!」

 「…どういたしまして」

生産計画の未達成など、私にはどうでもよいことだった。
それは、軍需生産局が責任を取ることなのだから。

私は、ただ、引き裂かれた先輩と後輩同士が、
いま一度顔を合わせる時間を作ってやりたかった。それだけだった。

(今生の別れになるか否かも分からないのに、
 すれ違いで帰還と出征なんて、寂しすぎるじゃない。

 まあ、そんなセンチメンタルな意図、悟られないほうが好都合だわ。
 恐らく、そんな意図は誰も察してはくれないでしょうけど…)

そう思いながら、私は誰にも悟られぬよう、小さく苦笑しながら嘆息した。

                             [第6話 終]



“ΝНΚアーカイブス 戦争特集アニメ「幻の放課後」

 (中略)

 今回は、前回に引き続き、第7話「公告!」をお送りします”


最近は、気候が少し過ごしやすくなり、つい、朝も寝坊をしたくなる。

けれど、去年の今ごろは文化祭に向けて練習などしていたということが、
私にはまるではるか昔のことのように思われてしまう。

そして、いつものように登校、いや、出勤して掲示板を眺める。



『徴兵検査予備調査の実施 ○年◇月◆日 兵務課・生産課・学事課』

『戦死者並びに戦傷者及び戦病者等の公告(1) ○年◇月◆日 兵務課』

『戦死者並びに戦傷者及び戦病者等の公告(2) ○年◇月◆日 兵務課』

『戦死者並びに戦傷者及び戦病者等の公告(3) ○年◇月◆日 兵務課』

『戦死者並びに戦傷者及び戦病者等の公告(4) ○年◇月◆日 兵務課』

『戦死者並びに戦傷者及び戦病者等の公告(5) ○年◇月◆日 兵務課』


そして、久しぶりに再びあの忌まわしい公告を発見してしまう。

(何でこんなに!?)

混乱する頭脳を必死に抑えながら読み下す。
(1)の文書には、3年1組の生徒の名前だけが5人ほど載っていた。
どうやら、人数が多いので出身のクラスごとに文書を分けたらしい。

(ということは、(2)は……)

唾を飲み込むと、喉元を締め上げられるような息苦しさを覚える。



『戦死者並びに戦傷者及び戦病者等の公告(2) ○年◇月◆日 兵務課』

 “標記の件について、下記のとおり公告する。
                           ○年◇月◆日
                           服桜支兵兵第142号
                           兵務戦備局兵務課長 印

      氏  名      所  属    摘  要

    平沢    唯    第2小隊    戦傷
                         (五十音順)以上1名”


私は、卒倒しかけて仰向けに倒れそうになるが、幸か不幸か、
後ろの下駄箱に後頭部を強打し、痛みで意識を取り戻す。

「つぅっ…」

下駄箱に背中を預けて後頭部をさすっていると、
少し遅れて出勤してきた純が顔を覗き込んでくる。

「おはよ梓。何してんの?」

「あ…おはよう」

純に目を合わせようとすると、途中、掲示板の前の人影が目に付いた。

憂だ。

「憂っ!見ちゃダメ!」

何がダメなのだろう。私は訳もわからず反射的に叫んでいた。

あっけに取られている純を押しのけて、憂に近付くが、遅かった。
わなわなと震えていた憂が、腹の底から絞り出すような叫びを上げる。


 「…ぉ、おね、おねえちゃぁああん!うわぁぁぁ゛あ゛あ゛!!!」


そのまま、憂はその公告をむしり取って紙吹雪のように粉々に破り散らす。

 「ヤバいよ!人来ちゃうよ!」

 「落ち着いて憂、ダメだって!」

 「嘘!こんなの嘘だよ!嫌ぁぁぁおねえちゃんがぁぁぁ!!!」

純と二人がかりで憂を押さえつけるが収まらず、たちまち周囲は人だかりとなる。


同時刻、学事課執務室。

早めに出勤して、私は学事課長席で書類を整理していた。
すると昇降口のほうから、建物全体が振動するような咆哮が聞こえた。

異変を感じて駆けつけると、憂が、掲示板の前で同級生二人に押さえつけられながら、
なおも、それを振り払うように猛っている。

私は、正気を失った憂を静めようと駆け寄り、呼び掛ける。

 「ちょっと憂!何してるの!」


憤激し頭に血が上った憂は、完全に我を忘れていた。

 「…の、和ちゃん!これ和ちゃんの仕業でしょ!私信じないからっ!!」

私のことを視認するやいなや、同級生二人を振りほどき、羅刹のごとき形相でにじり寄る。
野次馬の人垣は、その並ならぬ憤怒の相に恐れをなし、
旧約聖書の出エジプト記の海水のごとく左右に分かれて憂から退く。

憂は、私の制服の襟をちぎれんばかりに掴んで激しく揺さぶる。
そして、思いがけない言葉を私に叩き付ける。

 「…和ちゃんが、売ったんでしょ!お姉ちゃんを!先輩たちを!三年生二百人を!
  次は私たちを売るつもりなんだ!徴兵の予備調査って何なの!?」

正直言って、憂から、このようなことを言われるとは思わなかった。

冷静さを失っているとはいえ、旧知の親友の妹から面と向かって罵詈雑言を浴びせられ、
みぞおちから背中まで錐で刺し貫かれたような感覚に襲われる。

野次馬の下級生たちも、多かれ少なかれ、私をそのように思っているのだろう。
私は身じろぎもせず、一言も発さず、ただ憂の目を見据えていた。

 「嘘なんでしょ!?お姉ちゃんは無事だって言ってよ!!」

 「…憂、残念だけど嘘じゃないわ。先日の会議で…ッ」

とっさに、振り抜かれる手の力に負けないよう、右足に力を込める。
乾いた甲高い音がして、眼鏡が吹っ飛び、廊下の焦茶色の床を滑っていく。

騒然としていた人だかりが、水を打ったように静まる。

憂は私の頬を引っぱたいたあと、獲物を目の前にした肉食獣のように、
しばし肩で深く息をしていたが、そのまま膝から床に崩れ落ちた。

 「うそ…うそ…、うう、う゛え゛えぇぇ…」

憂は、遅れてきた警務隊に両肩を押さえられて鎮静剤を打たれ、
引きずられるようにして医務室に連れて行かれた。



 「…みんな、何してるの?もうホームルームでしょ?早く教室に入って」

私は襟元を直すと、鼻血が滴るのも意に介さず、野次馬を冷然と誘導する。

すると、野次馬の下級生の一人から、
レンズが傷つき、蝶つがいがあらぬ方向に曲がった眼鏡を差し出された。

 「どうぞ、…学事課長」

私が無言のまま目礼すると、私の眼差しと、その冷ややかな眼差しとが交差する。
眼鏡を受け取り、学事課執務室への帰路につく。

鉄錆の味がする口内を舌でなぞると、ゆるんだ犬歯が歯茎から離れた。

朝、純ともども憂に振り飛ばされたので、全身がきしむ。
午前の作業開始後、私は第32検品室にいる先輩方に製品を持って行く。

 「これが昨日の分です。だいぶ多いのでよろしくお願いします」

 「確かに最近多いわね。梓ちゃん、いつもごめんなさい」

 「中四国から関東と東北に生産をシフトしてるみたいですよ」


私が軽く息を吸って、

 「…あと、唯先輩が帰ってきます」

と、例の公告の話を切り出すと、澪先輩が反応する。

 「そうか。今朝、すごい叫び声が聞こえたけど、あれ、憂ちゃんか」

 「はい」

 「まさか…、“無言の凱旋”ってわけでは、ないよな?」

澪先輩が婉曲な表現を選びながら聞いてくる。

律先輩もムギ先輩も神妙な面持ちである。無理もない。
後送されるということは、例外なく戦死か戦傷病なのだから。


 「戦傷だそうです。詳しくはわかりませんけど」

 「ふうん、それは、…」

“良かった”と、恐らく澪先輩は続けたかったのだろう。
しかし、どこが“良い”のか。

帰還すること自体はもちろん嬉しい。
が、自分たちと同じような状態になっているに違いない。
そう思って、言葉を飲み込んだのだ。

 「いつも通り納期は今日中にお願いします。終わったら無線で呼んでください」

先輩方の心境を察していたたまれなくなった私は、
事務的に連絡を切り上げると、第32検品室を後にした。


──ある朝の病室、旧3年2組。

さすがに、教室の広さの部屋に3人しか入院していないのは、少し寂しい。
とはいえ、新たな同室者はなるべく増えて欲しくないが。
負傷した唯はいつになったら帰ってくるのだろう。
これが、現在の入院者である3人の心境であった。


 「はい、朝刊。隣の病室からもらってきたわ」

紬が、膝掛けの上に載せてきた朝刊を差し出すと、律が右手で受け取る。

 「ありがと。ありゃー、曰経もとうとうタブロイド版になっちゃったか。
  物資不足も相当深刻になってきたな」

 「最近は大きさや紙質どころか記事の質もタブロイドだからちょうどいいだろ」

澪がそう言って短くなった髪をかき上げつつ冷笑する。

 「みおしゃん手厳しいですな~。まあ、小さい方が持ちやすいから助かるけど」

そう言って、律は澪に新聞を読み上げ始める。紬もまた、耳を傾けている。

 「えーと、“米第7艦隊、台湾近海で敵艦隊を猛襲”だとさ」

 「どこまで本当なのかな」

 「全く同感ね…」

しばらく読み進めていた律の声が一瞬止まる。

 「…。“高校二年生の徴兵猶予解除。順次実施へ”」

 「そうか…。この前予備調査したばかりなのにな」

 「梓ちゃんや憂ちゃんも、ついに前線行きね。
  唯ちゃんとすれ違いにならなければいいけれど…」

澪と紬も、朝から喜ばしくないニュースを聞いて、浮かない声を上げる。

廊下から、朝食の飯上げを知らせる声がする。

いつもなら、不味くて量も少ないなりに、数少ない楽しみなのだが、
今朝は誰も、献立を気にする者はいなかった。

                               [第7話 終]




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最終更新:2010年09月23日 22:08