“ΝНΚアーカイブス 戦争特集アニメ「幻の放課後」

 (中略)

 今回は、前回に引き続き、第9話「集合!」をお送りします”



さらに数日が過ぎた。

憂も最近ようやく少し落ち着いた。
純がムカゴの無断採集をして懲戒処分を受けた以外は、
穏やかな秋空のように特に事件もなく平穏だった。

私は例によって、前日生産された製品を検品室に持って行く。

「今日は樹脂製品が多いですね。私も午後は空いてるから手伝えますよ」

「おお。カチューシャあったらわざと不合格品出して頂戴しちゃおうかな~」

「律!真面目にやれ!」

澪先輩のゲンコツが空を切りそうになるのを、律先輩が額で受け止める。

「痛って!冗談だよ冗談!」

「ウフフ。じゃあ私、水を用意するわね」

やかんに入った水道水を、ムギ先輩が湯飲みに注ぐ。

検品室での昼休み。

先輩方とともに、昼食のサツマイモご飯と、芋のツルの煮しめを食べる。
律先輩とムギ先輩が愚痴を言うのを、澪先輩と私が茶化しながらなだめる。

「何だよこの芋縛りプレイ!もはや罰ゲームだろこれは」

「芋のツルが堅くて噛み切れないわ」

「考え方を変えよう。スルメみたいにずっと噛んでれば長く楽しめるぞ」

「繊維質はたっぷり摂れそうですね。アゴが疲れますけど」

まあ、たしかにイモばかりでおいしいものではないけれど。


先輩方と談笑しながら机を囲んでいると、不意に、検品室のドアの外から声が聞こえた。


「…この部屋が今は検品室かぁ。ホントにみんないるのかな?」

聞き覚えのある呑気な声。全員の談笑が瞬時に静まる。


 「唯先輩!?」

私はその名を叫ぶより早くドアに駆け出す。

 「その声はあずにゃん!?早く開けてよ!」


私は開けろと言われるまでもなく、ドアを思い切り開け放つ。
途端、視認する暇もなく唯先輩が組み付いて頬ずりしてくる。

 「久しぶりにあずにゃん分補給!」

 「や、やめてください!」

 「…えへへ、あずにゃ~ん、それじゃあ離れられないよ~」


言われて気付けば、私は唯先輩を固く抱きしめていた。
それを見た先輩方がはやし立てる。

 「二人とも相変わらずお熱いな~!」

 「久しぶりにいいものを見せてもらいました…」

 「見えない…大体想像つくけど」

私は顔を真っ赤にして、唯先輩を押しはがす。思いのほか、唯先輩は簡単に離れてくれた。

一瞬、物足りないと思ってしまったことに気付き、私はひとりでに一層赤面する。


 「不肖、平沢唯、恥ずかしながら帰って参りました!」

そう言って敬礼する唯先輩を見て、律先輩が苦笑し、ムギ先輩が感嘆する。

 「唯、横井庄一のマネしたって、その格好じゃサマにならないぞ~」

 「でも、帰ってきてくれてありがとう。これでやっと全員揃ったのね!」

 「おい、唯はどういう格好なんだ?」

澪先輩の疑問はもっともだ。見えない以上、この会話だけでは様子はわからないだろう。

私ももはや驚きはしないが、荷物で手が塞がっているわけでもないのに、
「ドアを開けて」と言われた理由がわかった。

ドアノブを回すことができなかったのだ。
抱きつかれていたとき、簡単に引きはがせたのも同じ理由だろう。


敬礼の姿勢をとる唯先輩の制服の両肘から先の袖は、
昔、何か古いマンガで見たキャラクターのようにブラブラとたるんでいる。

 「いやぁ~、ロケット弾がドーンで両手がボーンだよ」

 「…大体、わかったよ」

唯先輩の言葉に、澪先輩は全てを察したかのように言葉少なにうなずく。


唯先輩がいつもの席に座る。椅子を引くのも一手間だ。

この席に五人で座るのは何ヶ月ぶりだろう。
その何ヶ月かの間に、元の様子とは大層変わってしまったけれど。

 「あ。みんなはどうなの?ケガはどんな感じ?」

 「…ま、見てのとおりって感じなんだけどな。私は左の手足、澪は両目、ムギは両足をやられた」

 「へぇ、これでみんなお揃いだね!私だけだったらどうしようと思ってたよ」

 「唯ちゃん、義手は付けないの?」

「やっぱり面倒なんだよね。一応持ってるけど」

先輩方は、お互いの負傷の状況について、あまり詳しくは語らなかった。
もはや、深く探り合う必要もないのだろう。

 「んで、唯は昼飯食ったの?」

 「一応ね~。麦飯のおにぎりをトラックの中で。
  でもポロポロしてるからだいぶこぼしちゃったんだよ」

と言いながら、唯先輩は皿からはみ出ている芋のツルを器用にかじる。
それを見たムギ先輩が芋のツルをつまんで唯先輩の口に運ぶ。

 「あらあら。唯ちゃん、あーんして」

 「あーん。持つべきものは友だよね~」

 「…で、純がトンちゃんのことをおいしいのか、って言ったんですよ」

 「そんなこと言ってたの?あずにゃんが監視しないと危ないよぉ!」

再び他愛のない雑談をしていると、唯先輩が無邪気に言い出す。


 「ねえねえ!放課後ティータイムの活動、いつ再開するの?
  せっかく全員揃ったんだから早くやろうよ~!」


さわやかな秋風が窓から吹き込んでいたはずの室内の空気は、
途端にうそ寒い雰囲気に塗り替えられ、沈黙に支配された。

 「…どうしたのみんな?検品室って結構忙しいの?
  それともお茶とお菓子がないからできないとか?」

 「あのね、唯ちゃん、とっても言いにくいんだけれど……」

 「いや、ムギ、私が言うよ。あのな、唯、今からすごく大事なことを…」

ムギ先輩と澪先輩が、躊躇していると、律先輩が決然たる口調で言い切った。


 「放課後ティータイムは、解散だ」

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http://www.youtube.com/watch?v=4RWxrv_sDmU



 「…ほえ?」

唯先輩の口から、芋のツルの切れ端がはたりと落ちる。

 「唯が帰ってきたら、正式に解散しようってみんなで決めた」

 「なんで?」


目を点にしてきょとんとした顔をしている唯先輩とは対照的に、
律先輩が表情を険しくこわばらせながら続ける。
澪先輩とムギ先輩も、口を結んだまま耳を傾けている。

 「どう考えても無理だろ。今の私たちには」

 「何が無理なの?」

 「バンドとしての活動が、さ」

 「バンド…」

 「つまり楽器を弾くことが、だよ」

 「楽器…」

 「唯は、ギターだろ?」

 「うん…」

 「唯の手は、どうなったんだよ?」

 「手は…なくなっちゃったよ」

 「じゃあ、コードはどう押さえるんだ?」

 「それは……」

律先輩は苦衷を隠しきれない表情をしながら、
一つ一つ、絞首台の階段を登らせるように、唯先輩に問いを発する。

徐々に、以前と変わらず脳天気と言っていいほどだった唯先輩の表情が固くなり、
その目からは光が衰えていく。


その光景に耐えかねたムギ先輩が声を絞り出す。

 「あの、唯ちゃん!
  りっちゃんはね、唯ちゃんを非難してるんじゃないの。
  ただ、事実を正面から見てほしいだけなの…」

続いて、澪先輩も、噛んで含めるように諭す。

 「唯は、これからどうやって生きていくつもりなんだ?
  私はもう、目が見えないんだ。
  戦争が終わったところで、正直、この学校では勉強は続けられないだろうな。

  つまり、以前と同じ生活は、もうできないんだよ。
  唯は、両手を失ったんだぞ。それをどう考えてるんだ?」


唯先輩が押し黙る。

その首が、熱した飴細工が自重に負けるようにして徐々にうつむき、
ようやくか細い声を発する。

 「で、でも、私は…みんなが…ギー太が…軽音部が…」

「唯っ!現実見ろ!正面から!過去に引きずられるな!」

律先輩が、唯先輩の肩口を左の義手で押さえ、右手で顎を押さえ顔を起こす。

 「り、律先輩!」

 「梓っ!お前は黙ってろ!」

その尋常でない剣幕に、思わず声を上げると、律先輩が一喝する。


 「唯の気持ちは嬉しいさ。超嬉しいよ。澪もムギも梓もきっと嬉しいよ。
  でも、本当に、これから、どーやって生きていくか考えてんのか?

  どーやって飯食って風呂入って寝るんだよ?
  どーやって勉強するんだよ?
  どーやって働くんだよ?
  どーやって親や憂ちゃんになるべく負担かけないようにするんだよ?」

がくがくと唯先輩の肩口を揺さぶる律先輩。
その揺れで、二人の潤んだ瞳から、一滴、二滴、涙が飛ぶ。

 「う、い…」

唯先輩の口から、絞り出すようにして憂の名が出る。
そこにムギ先輩が言葉をつなげる。

 「…そう。きっと、優しいし、よく人間のできた憂ちゃんのこと。
  甲斐甲斐しく付き添ってくれるわ。それこそ一生、ね」


焦点の定まらない目をしている唯先輩を我に返すように、
澪先輩が細かく砕いて言い聞かせる。

 「なにしろ憂ちゃんだからな。大学に行っても、就職しても、結婚しても、
  憂ちゃん自身の夫のことよりも、唯のことを、きっと大事にしてくれるぞ。
  もしかしたら結婚もしないでずっと世話してくれるかもしれないな。

  でも、それが憂ちゃんの人生になっちゃうんだぞ?それでもいいのか?
  アイスをねだるのとは訳が違うんだぞ?」

 「…やだよ。そんなの、やだよぉ…」

律先輩が、わなわなと震えている唯先輩を右腕で抱き寄せる。

 「……そうだろ。

  ぶっちゃけ、私だってさ、聡におんぶにだっこすれば楽にはなると思うぞ?
  でも私はそれは嫌なんだよ。絶対に。アイツにはアイツの人生があるんだから。

  だから、私たちは自力で前に進んでいかなきゃいけないんだ。
  前に進むためには、後ろに何か置いて行かなきゃいけないこともあるんだよ。

  たとえそれが、大事な思い出だったり、仲間だったり、バンドだったり。
  つまり、放課後ティータイムだったりしても、な…」

 「…う、う゛…っ…ふう゛っ…」

唯先輩が声を押し殺してすすり上げる。
律先輩の制服の右肩に、唯先輩の涙と洟が濃紺のしみを作り、徐々に大きくなる。

背後で、水槽の濾過装置から流れるせせらぎが、かすかな水音を立てている。

トンちゃんだけは、以前より少し大きくなった以外、
全く変わらぬ姿のまま、たゆたうように水槽の中を泳いでいる。

その水槽の中だけ、時間が停止しているようだった。

私たちはこれほどまでにも変わってしまったというのに。

私は、ただ、律先輩の言葉を、黙って噛みしめていた。

                           [第9話 終]



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最終更新:2010年09月21日 23:51