“ΝНΚアーカイブス 戦争特集アニメ「幻の放課後」
(中略)
今回は、前回に引き続き、第11話「企画!」をお送りします”
こんにちは。
平沢憂です。
やっと、お姉ちゃんが帰ってきました。
今度出征する私と行き違いにならなくてよかったです。
あの日の夕方、お姉ちゃんと再会してびっくりしました。
だって両手がトルソみたいなんですよ?
でも、もちろんお姉ちゃんはお姉ちゃんです。
軍事教練では配属将校の人が“一人十殺”なんて言っていますが、
私には無理です。きっと十人じゃ足りないと思います。
お姉ちゃんをこんなつらい目に遭わせた敵は、絶対に許せません!
その日は外泊許可があったので、そのまま一緒に帰りました。
夕食はハンバーグを作りたかったのですが、お肉が手に入らないので、
近所の公園でキジバトを捕まえてしめました。
お姉ちゃんに「あーん」して食べさせると、とてもかわいかったです!
その後、お風呂に一緒に入って、体を洗ってあげました。
お姉ちゃんは、ずっと遠慮していましたが、
今日だけは、ということで甘えてもらいました。
私ももうすぐ出征でいなくなっちゃいますし…。
翌朝、お姉ちゃんを起こしにいきました。
出征前と同じようにまたギー太と添い寝をしていました。
ギー太は、埃がかぶらないようにケースにしまっておいたのですが、
口と両腕を使ってなんとか開けたのでしょう、
唾液でベタベタになったケースが壁際に落ちていました。
「言ってくれれば開けてあげたのに…」
一瞬、そう思いましたが、
私に少しでも手間を掛けないようにというお姉ちゃんの心遣いを感じて、
そして、お姉ちゃんの満足そうな寝顔を見て、朝から心が少し温かくなりました。
お姉ちゃんは、工廠での暮らしを楽しみにしているようです。
病室では軽音部の皆さんと一緒なので、
「毎日合宿みたいで面白そうだね!」と言っています。
私も、お姉ちゃんに負けないように頑張ります!
(のち、彼女は舩坂弘の再臨と畏怖されることになるが、それはまた別の話である)
放課後ティータイムの活動再開を決めて数日。
「…じゃあ、今日はこれだけ検品お願いしますね」
いつものように第32検品室では検品業務が行われている。
せっかく活動再開を決意したとはいえ、冷静に考えればそれは容易なことではない。
活動に割ける時間などないほど残業は常態化している。
それに時節柄、活動の内容にも何かと制限があり、
「電気を節約しろ」だの「士気高揚に貢献しろ」だのと窮屈だ。
そもそも、いま言ったような理由で、
出征前から軽音部の活動はほとんど休止してしまっていた。
そして、その状況は、戦局とともにさらに悪化しているのが正直なところだった。
そんな日の昼休み。私も例によって先輩方とともに検品室に一緒にいる。
「ねえねえ、結局、いつ活動するの?」
唯先輩が昼食のサツマイモを食べながら言うと、澪先輩が半ば諦めがちに言う。
「…そうだなぁ。何しろ時間がないしなあ。
そもそも業務や行事に直接関係ない活動って、許可されるのか?
このままじゃ、戦争が終わるまで何もできないぞ。
梓の出征までに何とかしたいけど…」
「でも、逆に言えば、業務なり行事なりに関係すれば、
活動できる可能性はあるのよね?」
ムギ先輩が、一縷の望みをつなぐように、場の空気を盛り上げようとする。
「じゃあ、行事を作ってそれに合わせて活動すればいいんだよ!」
「行事を作るって、どうするんですか?今年は文化祭もありませんし…」
唯先輩の提案を潰すようで気まずかったが、私は当然の疑問を口にした。
澪先輩が、見えない目を宙に泳がせながら言う。
「…となると、一番理由を付けやすいのは、今度の二年生の出征かな」
「出征にかこつけるのはちょっと気は進まないけど、
せっかくだから、何かできないかしら?」
ムギ先輩がさらに話をつなぐと、唯先輩が行事の検討を促す。
「じゃあ、出征の壮行会みたいなので演奏するのはどうかな?何か元気が出る曲!」
ずっと右腕を左脇に挟むような腕組みをしていた律先輩が、指を折りながら数える。
「んん~、じゃあ、仮にやるとしたら曲の条件としては、こんな感じか?
一つ、軍歌か行進曲などであること、
二つ、敵性歌謡でないこと、
三つ、簡単で練習しやすいこと
四つ、知名度があること、
五つ、盛り上がること …ってとこかな」
「おい、一番重要な条件が抜けてないか?
私たちは吹奏楽部じゃないんだぞ?軽音楽に向いてないと…」
「六つ、軽音楽に向いていること。もう私の指じゃ足りねーし!」
澪先輩が口を挟むと、指折りでは対応しきれなくなった律先輩が、
業務日報の余白に条件を書き出し始める。
「…私、メチャクチャ意気込んでおいてなんだけど、
こんな条件に合う曲ホントにあるのかな?」
唯先輩が早くも意気消沈している。
もうとっくに本来の昼休みは終わって勤務時間になっているが、
それで素直に引き下がる私たちではない。
そのあたりは、本来の部活動の時間をティータイムにしていたときと変わらなかった。
(この熱心さが出征前からあればなぁ…)
私は内心で少し苦笑したけれど、でも、今からでも遅くはないんだと確信した。
「言い出しっぺが落ち込んでてどうするんですか!」
私は叱咤するが、唯先輩は早くも思考停止モードだ。
「まず軍歌とか行進曲っていう時点でハードルが高すぎだよ~」
「ドラムやってるから何となく知ってる軍歌はいくつかあるけどな。時節柄、意外と知られてるさ」
律先輩は楽観的なことを言うが、澪先輩とムギ先輩が難色を示す。
「そういうもんか?一、二年生はあまり知らないと思うぞ。好きこのんで聞く人は少ないだろうし」
「それに軽音楽に向いている曲となると… 私が編曲してもいいけど、時間的に厳しいかも」
さらに話し合いは迷走する。
「やっぱり軍歌とかに知名度を求めるのって絶対無理だよね!」
「あー、でも結構有名な曲あるじゃん?替え歌だけ知られてるのとか」
「『リパブリック賛歌』や『ボギー大佐』あたりかしら」
「ムギ先輩がその替え歌知ってるなんて意外ですね」
「フフ。だって面白いじゃない」
「でもそれ、替え歌で思い出し笑いする人が必ずいるだろ?」
「それは絶対ありえますね…」
意見が出尽くして、全員、しばし黙考する。
やがて校庭から、鼓笛隊の練習する曲が聞こえてくる。
前線への進軍を急かされているようで、重苦しい気分になる。
「鼓笛隊の練習を聞くと、なんだか焦りますね…」
ムギ先輩も両手で頬づえをしてうなっている。
「そうね、早くしないといけないけど、条件が厳しくて…」
「もう手も足も出ないよ。あ、足は出せるけどね」
「うまいこと言ってる場合かっつーの!」
すでにお任せモードに入った唯先輩のジョークに、律先輩が突っこむ。
澪は、千尋の闇の中で、鼓笛の音色に意識を集中させていた。
(おなじみの曲だな。私たち三年生の出征の時にも使われてた。
二年生の壮行会でも再利用するんだな。
しかしこの曲はどこかで、
全く違うアレンジというか音色というか…
確かに軍歌なんだけど、
戦争が始まるより前にも聞いたことがあるような…)
記憶の糸をたぐり寄せて聴覚神経と結びつけていく。
頭の中の引き出しを開けてはその中身をひっくり返す。
何度かの試行錯誤を繰り返すと、閃光がひらめいた。
混線していた電話から雑音が消えるように意識が冴え渡る。
澪は音に意識を集中できることに、ほんの一瞬だけ、喜びを感じた。
そして、ずっと沈思していた澪は興奮してにわかに叫ぶ。
「…………この曲だ!」
私は、その意図が分からずに間の抜けた問いを返した。
「この曲って、どの曲ですか?」
「いま流れてるだろ。よく聞いてくれ。わからないかこの曲?
律、お前も壮行会でやってただろ?」
澪先輩はなおも要領を得ない私たちにまくしたてるが、
話を振られた律先輩は、けだるく気の抜けた返事をする。
「…あー、やったっつーかやらされたわ。
“ジョニーが凱旋するとき”だっけ。軍歌だね確かに」
「バカ律!なんでそこまでわかってて気付かないんだよ!
確かにそうだけどさ、それ以外でも聞いたことあるだろ。
そうだ、タイトルを英語の原題に戻せ!」
「?………澪!お前、すごく目の付け所がいいな!視野が広い!」
怪訝な表情をしていた律先輩が急に、我が意を得たというように応じる。
「ふん、目もないし視野もゼロだけどな。そのぶん聴覚が研ぎ澄まされてきた気がするよ」
「それだけ憎まれ口が叩けりゃ十分だ。いや、この条件に合う曲はなかなかないぞ」
「そう。"When Johnny comes marching home"だ」
「もともと軍歌でぇ、
しかもアメリカの歌でぇ、
短い曲でたくさんカバーされててCDや楽譜もあってぇ、
映画とかではよく使われてるから曲自体は意外と知られててぇ、
元はちょっと暗い曲なはずだけど結構テンション上がってぇ、
そして軽音楽向きでぇ、っと!」
条件を数えて手指が足りなくなった律先輩が右の小指を立て直しつつ微笑む。
私と唯先輩とムギ先輩は、二人の高揚した会話に取り残されあっけに取られている。
「この様子だと、私と澪以外は知らないみたいだけど意外だなあ。マジで知らない?
"♪When Johnny comes marching home again, Hurrah! Hurrah!"って」
「それ、イングリッシュ・シヴィル・ウォーの歌い出しですよね。ザ・クラッシュの。
なんとなく似たようなメロディですけど、全然軍歌じゃないんじゃ…」
律先輩が歌った歌に、私が冷ややかに反論すると、目を丸くして吹き出す。
「ププッ!おいおいおい、梓、そりゃワザとボケてるとしか思えないぞ」
「似たようなメロディ、っていうより、少なくとも歌い出しは基本的に同じだよ。
だってその曲、"When Johnny comes marching home"が原曲なんだからな」
「そ、そうだったんですか…全然気付きませんでした…」
澪先輩が苦笑しながら説明するのを聞いて、私は赤面する。
「梓、もしかしてライナーノートちゃんと読んでないとか?
原曲知らないとか片手落ちもいいところだ。私が言うと説得力あるだろ?」
「ま、まあ、律先輩が言うと説得力ありますね…
実は、中古の輸入盤を買って、英語を読むのが面倒で…」
律先輩の突っこみに私が狼狽している間に、ムギ先輩が顎に手を当てながら記憶を探っている。
「私も聞いたことがあるような気もするけど、自信はないのよね…
歌詞も違うし、もっと物悲しい感じだったわ」
それに律先輩がさらに、良い質問だと言わんばかりに食いつく。
「それ、もしかして"Johnny I Hardly Knew Ye"のほう?
まあ、イングリッシュ・シヴィル・ウォーの原曲の原曲みたいなものがあるんだな~これが」
澪先輩がさらに説明を加える。
「その軍歌の元になった民謡があるんだよ。その曲名がそれ。
メロディもほぼ一緒だ。歌詞は全然違うけど」
「あら、そうだったの?軍歌なんて全然知らなかったから」
「こっちもかなりカバーされてるけれど、
歌詞の内容的に出征前の行事でやったら懲罰ものだな。きっと」
そこへ、律先輩が悪戯っぽい笑みを浮かべながら言う。
「でも私たちにはある意味ピッタリな歌だろ。隠しといて皮肉たっぷりに歌い上げてやれ!」
唯先輩は、全然知らなかったらしく、首をしきりに頷かせ感心している。
それに律先輩が突っ込むと、澪先輩がさらに突っ込む。
「勉強になったよ!私も映画かなんかで聞いたような気はするけど。
…あ、そうだ!なんか刑務所のお風呂で口笛で吹いてたよ!」
「『塀の中の懲りない面々』かよ!なんで洋画じゃないんだよ。渋すぎるだろ…」
「でも、それだけの情報で分かる律もどうかと思うぞ…」
その日、私たちは検品業務そっちのけで、活動再開のための話し合いを重ね、
演奏の曲目だけでなく、行事全体の次第も考えた。
おかげで、検品が終わったのは、日が変わってからだった。
納期を守れず、検品室長の律先輩は検査課長から後日たっぷり叱られたらしい…
[第11話 終]
最終更新:2010年09月21日 23:54