“ΝНΚアーカイブス 戦争特集アニメ「幻の放課後」
(中略)
今回は、最終話「ジョニーが凱旋するとき!」をお送りします”
──11月3日、明治節の午後。
被服原料や資材などが搬出され、本来の機能を取り戻した講堂の入口には、
『桜が丘支廠・女子高等学校共催 決起大会兼慰問大会々場』の看板。
ここに、数ヶ月ぶりに、全校生徒の“ほぼ”全員が集まった。
前半は、支廠中心で、通り一遍の支廠長訓辞、来賓挨拶など。
けだるさの漂い始めた頃、ようやく高校中心の式次第に移る。
校長が言葉を詰まらせながら、挨拶する。黙祷を行う。
出征兵の宣誓、帰還兵の謝辞。
そしてついに、軽音楽部の発表。
舞台上の緞帳の裏、それぞれの位置でスタンバイする。
「やっぱり久々だし緊張するよ…」
「見えないから大丈夫だよ澪ちゃん!」
「見えなきゃパイナップル~ってやるわけにもいかないだろ!」
「うん、澪ちゃん頑張って!私も頑張るから!」
「みなさん、そろそろ幕が上がりますよ!」
“次は、軽音部による発表です”
アナウンスが終わると、緞帳が上がり始める。
舞台上から眼下に広がる講堂内には、全校生徒が集合している。
特に一年生の座る席のあたりから、若干のどよめきが起こる。
無理もない。面識のない人間が壇上にいる軽音部員たちの姿を見れば。
唯は、マイクを前にして、息を整え、声をだす。
「テステス…えっと、みなさんこんにちは。お久しぶりです。
今回は、桜が丘支廠と高校共催の決起大会兼慰問大会っていうことで、
私たち放課後ティータイム改め納期後ティータイムが演奏することになりました。
行事の趣旨的に軍歌ってことで"When Johnny Comes Marching Home"、
邦題では“ジョニーが凱旋するとき”をやるので、
みんなも一緒に歌ってください。
途中、Hurrah! ってところは特に元気よくお願いします!」
律はいつか見たような懐かしい光景に安堵する。
(相変わらず、唯のMCは、安心して聞いていられるな)
「…で、さわちゃん先生は戦場ではすっごく怖かったんですよ~。
先生って呼ぶと“隊長と呼べ!”って怒るし。まさに鬼軍曹で。
あ、さわちゃん鬼軍曹先生がすごい睨んでる!また怒られないうちに始めよ~」
(…そろそろかな?)
「…あ、でも考えてみたらジョニーって男の子の愛称だよね。
女の子なんだから本当はジェーンとかジェニーのほうがいいのかな?
あ、でも勝手に替え歌にするのまずいよね?」
(……)
「ちなみに、歌詞の中で "gay" って単語が出てくるんですけど、
これは別にアッチの意味の“ゲイ”じゃなくって、元々は“陽気な”って意味なんですよ~。
なんか20世紀に入ってからってさわちゃんが……」
「はよ始めんかい!コミックバンドか!」
律がなじると、唯はようやく仕切り直す。
会場から微笑、苦笑が漏れてくるのが一段落すると、唯が言葉を結ぶ。
「…じゃあホントに始めます!
これから出征するジョニーたちの元気な凱旋を願って!
また、傷つきながらも凱旋したジョニーたちの帰還を祝って!
そして、無言の凱旋を果たしたジョニーたちの魂の安息を祈って!
全てのジョニーたちへ、この曲を捧げます!
"When Johnny Comes Marching Home"ッッ!」
"When Johnny comes marching home again!"
"HURRAAAH! HURRAAAH!"
鯨波のごとき鬨の声が轟く講堂内。
こうしてまた、懐かしい学び舎の講堂の舞台に立てるとは、
舞台上で現に演奏している彼女たち自身も、それ以外の生徒、教師、家族も含め、
誰が想像しえただろうか。
電力不足の折りにもかかわらず、無理をして冷房を全力稼働させているが、
白熱した人いきれは、暦が霜月に入ったのが嘘であるかのように、
それを打ち消して余りある熱量を発している。
久しぶりの数分間の演奏が、長くも短くも感じられた。
"When Johnny Comes Marching Home"の演奏後、再び、唯がマイクを取る。
“…では、次の曲行きます!
あ、でもこれも同じ曲みたいなもので、今やった曲の原曲です。
"Johnny I Hardly Knew Ye"っていう曲なんですけど、
私たちみたいに戦地に赴いた兵士が、
ボロボロになって帰ってくるっていう感じの歌詞で…”
(おいおい、その曲紹介の仕方はちょっとマズくないか!?
そこまで詳しく言う必要ないだろ!もっとサラッとシレッとやりゃいいんだよ!)
律はそう思い、唯を制止すべくスティックを投げようとしたが、
視線を感じて舞台袖にふと目を向ける。
すると、
“そのまま続けて!
これは「懲罰」だから!”
という大きな段ボールのカンペを掲げた和が満面の笑みを浮かべて立っている。
和としても支廠の狸親父どもへの最大限のアテツケなのだろう。
まさかこの雰囲気の中では、日本史でやった自由民権運動でもあるまいし、
「弁士中止!」ということもできないだろう。
支廠の幹部連どもは、今ごろこの講堂のどこかで、
苦虫を噛み潰したような顔をしているかと思えば、それはそれで痛快だ。
(学事課長殿のご命令じゃ逆らえませんわな~。一度は捨てたこの命、こちらも最大限協力させてもらいますか!)
律はそう胆を決めて、和にウインクする。
マイクに向かって好き放題喋っていた唯が、一呼吸置いて、言葉を締める。
“…これから前線に行く二年生のみなさんも、どうか生きて帰ってきてください!
さわちゃん先生の言葉を借りると、「死んだらぶっ殺す」っっ!!!
っていうことでよろしく!
じゃあ、"Johnny I Hardly Knew Ye"ッッ!”
"Where are your eyes that were so mild!"
"HURROOOO! HURROOOO!"
地底から沸き立つような狂瀾怒濤。
爆風除けでテープの貼られた講堂の窓ガラスすら、
全校生徒の大音声で壁ごと割れんばかりである。
天蓋が落ちるという杞憂すら、現実となりそうなほどだ。
舞台上から改めて三年生の席のあたりに視線を向けると、
ある者は頭に包帯を巻き、ある者は眼帯をし、
ある者は松葉杖をつき、ある者は三角巾で腕を吊っている。
演奏している軽音部員たちと同じような姿になった、
そんな三年生たちも、下級生に勝るとも劣らぬ気勢を上げている。
そして、櫛の歯が欠けたようにちらほらと、生還かなわず遺影を飾られた者の席があった。
いや、紛れもなく、いま彼女らも「無言の凱旋」を果たしたのだ。
願わくは、これが無言の凱旋を果たした者へのレクイエムたらんことを。
そう念ずれば、さらに演奏にも力が宿った。
──演奏後
なおも熱気が冷めやらぬ講堂の舞台上では、
力を出し切った軽音部員たちが、半ば放心状態となっている。
会場の一隅から起こったアンコールの声が、たちまち講堂を包み込む。
演奏できるのは嬉しいが、今の自分たちにとっては、さすがに体力的にきついものがある。
そもそもこの十数日でちゃんと練習できた曲はこの2曲しかない。
アンコールの声の大合唱が響く中、
どうしたものかと、律がまた舞台袖に目線を移すと、
“さらにそのまま続けて!
これは「懲罰」だからシッカリやって!”
と、相変わらずカンペを持った和が含み笑いをして立っている。
(なんで「さらに」とかバンバン書き足してんだ!無理無理無理!)
律はそう主張するように、眉根を狭めて首を左右に素早く振りながら、和に目配せする。
だが、カンペの「懲罰」と書かれたところを二、三度、トントンと指さしながら、
和もまた破顔一笑し、ゆっくりと首を左右に振って、拒絶の意思表示をする。
(和、ドSだな…こうなりゃとことん“懲罰”されたるわ!
あとはどうなっても知らないからな!)
破れかぶれになった律は、他のメンバーに呼び掛ける。
「んじゃ次行くぞ!」
「ほえ?何やるの?この2曲しか弾けないよ?」
「"Johnny I Hardly Knew Ye"をやった以上は軍歌でなくてもいいわよね。
いっそのこと“ふわふわ時間”でもやっちゃおうかしら?」
「正直、オリジナルは今回全く練習してないから少し不安だな…
もう一度"When Johnny Comes Marching Home"をやるか?」
「いや、もう1曲似たようなのがあるだろ。あれならなんとかいけるよな?全員で歌うぞ!」
「律先輩、それって…」
最終更新:2010年09月22日 00:02