夏ロックフェスタ会場


梓「何ですか? 唯先輩」

唯「夏! っていったら何だと思う?」

梓「海に、夏祭り、花火、それに今まさに私たちが楽しんでいるような夏フェスですかね」

唯「そうだね。そのとおりだね!」

梓「それがどうしたんですか?」

唯「そんなイベントにつきものといったら何だと思う?」

梓「イベントにつきもの、ですか? う~ん……」

梓「絵日記、とかですかね?」

唯「かぁ~っ、あずにゃん子供! お子ちゃま!!」

梓「なっ!?」

唯「夏は特に開放的になる季節、そんな時期にはひと夏のアバンチュール!」

梓「はぁ?」

唯「ナンパだよ! ナンパ!!」

唯「冬の寒さに耐え忍び、春の陽気に芽を出して……」

唯「そして夏の太陽と共に燃え上がる!」

唯「そんな男女の物語!!」

梓「とりあえず、落ち着いてください」

唯「私たちも一応花の女子高生だよ! ちょっとくらい声を掛けられちゃうかも///」

梓「唯先輩は、そんなこと期待してるんですか?」

唯「そうじゃなくてね、もしそんな状況になったらどうしようかって言ってるの」

梓「そうですか……」

唯「やっぱりここは、断った方がいいのかな?」

梓「そんな心配はもっと大人の色気が出てからにしましょうね」

唯「もう! あずにゃんのいぢわる~」ブ~ブ~

梓「だって、私も含めてですけど、見る人が見たら私たち中学生ですよ
  澪先輩が一緒ならまだしも……」

唯「今は、澪ちゃんとりっちゃん違うステージ見に行ってるからな~」

梓「ナンパされたいんですか?」

唯「だってされたら大人だよ~。あずにゃんだって可愛いんだから可能性はあるよ~」

梓「私は結構です」

唯「もう、そんなこと言って~」ダキッ!!

梓「に゛ゃっ! やめて下さい! こんなところで」

唯「えへへ、あずにゃん可愛い~♪」

通りすがりの男(『に゛ゃっ』とかリアルで言ってる奴本当にいるんだな。初めて聞いたよ、きめぇ……)

紬「何話してるの?」

唯「ナンパのことだよ、ムギちゃん」

紬「ナンパって何?」

唯「えっとね、男の人が女の人に話しかけてね」

唯「そしたら男の人が『美味しいものでも食べに行かない?』って誘うんだよ」

唯「で、女の人は美味しいものをたらふく食べれるってわけ」

梓「間違ってはいませんが、食べ物メインなんですね……」

紬「私もよく屋敷のパーティーで御曹司や次期社長の殿方からディナーに誘われることが
  あるんだけど、それがナンパってやつなのね!」

梓「レベルが違いますけどね」

唯「そうだよ、とくにこんなイベントで開放的になってると、ほら、もうあっちこっちで」


男「一緒にまわらない? まずはお昼でも食べようよ(あわよくば、やらせろ)」

女「え~、どうしよっかな~(グッズ買わせるだけ買わしておさらばね)」キャッ キャッ ウフフ


唯「このように、なっているわけですよ!」

紬「そろそろお昼どきよね。だからああやって誘い合ってるってわけね!」

唯「そうだ! お昼だ! お腹空いた!」

紬「でも、澪ちゃんとりっちゃんはどうしよう」

唯「二人は二人できっとどこかで食べてるよ」

唯「だから、私たちもお昼食べよう!」

梓(色気より食い気の先輩にはナンパなんてものは、ほど遠い気がします)

紬「唯ちゃん! 私、焼きそば!」

梓「ムギ先輩、朝からずっとそれですね」

唯「よっぽど焼きそばが好きなんだね、ムギちゃん」



「すみませ~ん、焼きそば売り切れで~す!」

紬「あ、あ……」

梓「ムギ先輩!」

唯「気を確かに!」

ナンパな男「彼女~、良かったら俺たちと一緒に焼きそばしない?」

紬「えっ?」

軽めの男「俺たちが買ったのが最後の焼きそばだから、一緒に仲良く食べようよ」

紬「まぁ! よろしいんですか?」

ナンパな男「君たちとならよろこん……で……!!」

軽めの男「お、おい……、ちょっと、これは……」

紬「?」

ナンパな男「あ、あの……人違いでした……すみません……」

紬「え? あの……」

ナンパな男「もう、その焼きそばは差し上げます」

紬「あ、ありがとうございます」



軽めの男「地雷じゃね~かよ……」

ナンパな男「後ろ姿にグッときたからさ~」

ナンパな男「でもまさか……」


紬「???」

唯「ムギちゃん、ナンパ!?」

紬「えっ? よくわからない」

梓「その焼きそばは?」

紬「あの男の人がくれたの」

唯「間違いなくナンパだね!」

梓「でも、どっかいっちゃいましたね」

唯「男の人に話しかけられて、食べ物を奢ってもらえる」

唯「これは間違いなくナンパだよ!」

紬「そっか! うふふ、ナンパされちゃった♪」

梓「それって、男からしたらなにもメリットがない気がするんですけど……」

紬「じゃあ、次は唯ちゃんの食べたいもの買おう」

唯「はい! ピッツァ!!」

梓「発音!?」



 SOLD OUT

唯「うっ……うっ……」

紬「唯ちゃん……」

唯「やだ~、もう帰る~……」

梓「駄々こねないで下さい」

日焼けした男「そこのお嬢さん、良かったらそこで一緒にピザ食べませんか?」

唯「えっ!? 本当に!? うわ~い!」

梓「ムギ先輩に続き唯先輩まで!?」

唯「友達も一緒にいいですか?」

日焼けした男「もちろ……!?」

唯「?」

日焼けした男「ご、ごめん! 急用を思い出して……、それじゃあ!」

唯「ああっ! せめてピザだけは置いていって!!」

梓「まただ……」

唯「ムギちゃんはナンパ成功したのに、私は失敗だ~……」

紬「元気出して、唯ちゃん。一緒に焼きそば食べよ」

梓「ナンパ的には二人ともスルーされているんじゃ……」

梓「でも、これはいったいどういう事だろう……?」

梓「唯先輩も、ムギ先輩も後ろから声を掛けられて、顔を見られてからスルーされている……」

梓「……これは、もしや」





唯「あ、あずにゃん」

梓「こんなところで何してるんですか?」

唯「遠くから聞こえる曲聴いてたの」

唯「本当に一晩中やってるんだね~」

梓「……」



「ぁ……ぁっ……ゃっ……」ハァハァ



唯「……あっちも、一晩中やってるのかな///」

梓「ば、場所変えましょう///」

唯「や、やっぱり夏は開放的になるんだね///」

梓「そうですね///」

律「あ~ら、お二人さん。こんなところで内緒のお話?」

唯「ちょっと曲を聴いてたんだよ」

律「だったら、もっとあっちの上の方が見晴らしも良いし、行こうぜ」

梓「そっちは、行かない方がいいと思います……///」

唯「そうだよ。あっちは虫が多かったからここで座って聴こうよ///」

律「ん? そうか?」

唯「あ、そうだ~。実は私たちね。お昼食べるときナンパされたんだ~」

澪「えっ!? 本当か!?」

唯「うん。ムギちゃんが焼きそば食べたいって言ってたんだけど売り切れててね。
  そしたら、男の人が話しかけてきて焼きそばくれたんだよ。ね、ムギちゃん」

紬「うん、焼きそばすごく美味しかったわ」

律「へ~、まぁ、ムギならわかるかな。なんたってお嬢様オーラ出まくりだもんな
  普通に考えたらムギなんてモテまくりだろうし」

唯「私もね、ピッツァ食べたくて買いに行ったんだけど」

澪「発音……」

唯「それも売り切れててね、でも、私も男の人に話しかけられて一緒に食べようって誘われたんだ~」

律「なっ!? 唯まで!?」

唯「でも、その人急用があったらしくて、すぐにどっか行っちゃったんだよね……」

律「そうだろ、そうだろ。唯はそんなもんだよ。急用たってきっと唯の顔が好みじゃなかったから
  咄嗟についた嘘だったんだろ」

唯「ムッ! そういうりっちゃんはどうなのさ~」

律「私なんて~、声掛けられまくりだったぜ~」

唯「うそっ!?」

澪「お前のは、振り上げた拳が前の人に当たりまくって文句を言われてただけだろ」

律「うをっ! 澪! バラすなよ~」

梓「そんなことだろうと思いました」

律「何を~梓~!」グリグリ

梓「にゃっ! やめて下さい!」

唯「澪ちゃんはどうだったの?」

澪「えっ!? わ、私!?」

律「へっへっへ~。澪は三回も声掛けられたんだぜ」

紬「すごい! 焼きそば食べ放題ね!」

澪「ん?」

唯「で、どうだったの? ひと夏のアバンチュール?」

律「そうそう、火傷するほどの恋」

澪「そんなものあるわけないだろ」

紬「でも澪ちゃん可愛いから、男の人も声掛けたくなっちゃうのね」

澪「そ、そんなことは……///」

律「まぁ、私が男だったら、放っとけないな」

澪「り、律まで///」

律「でも、みんな澪の顔見ると逃げて行くんだよ」

唯「え~、なんで~」

律「きっと、すごい怯えた顔してたんだよ。今にも泣きそうな顔」

唯「あはは、澪ちゃんらしいね」

律「男は女の涙には弱いからな」

梓「本当にそうでしょうか?」

澪「へっ?」

律「何言ってるんだ? 梓」

梓「ムギ先輩からお嬢様オーラが出ててモテくりだとか
  澪先輩が可愛いとか、本当にそうなんでしょうか?」

澪「じ、自分が可愛いなんて思ったことなんてないぞ!」

梓「本当ですか?」

澪「うっ……! 確かに、平均よりは上かな、という自覚はないわけではないけど……」

梓「まぁ、澪先輩は学校にもファンクラブがあるくらいですし
  私自身も澪先輩は可愛いと思います」

澪「梓、照れるじゃないか///」

梓「でも、それは果たして客観的視点に乗っ取ったものでしょうか?」

唯「あずにゃん、難しくてよくわからないよ……」

梓「つまり、私たちは井の中の蛙ではないか、ということです」

律「どういうことだよ梓」

梓「もっとわかり易く言うと、私たちは自分が思っているよりも実は可愛くないんじゃないかということです!」

唯澪律紬「!?」

梓「ムギ先輩も、唯先輩も、声を掛けられました」

梓「でも、結局それ以上の進展はありませんでした」

梓「普通、ナンパっていうのは、声を掛けて一緒に食事なりなんなりをするまでが
  ナンパってものじゃないでしょうか?」

梓「でも、何故かちゃんと話すらする暇もなく去っていく」

梓「それって、やっぱり顔が好みじゃなかったということではありませんか?」

律「顔が好みじゃなかったら、そもそも話もしてこないんじゃ……」

梓「お二人が話し掛けられた状況は常に後ろからでした」

梓「後ろ姿は好みだったけど、顔は残念……」

梓「そんなことはよくあることだと思います」

唯「あずにゃん酷いよ……」

梓「す、すみません。でも、先程の状況から考えるに、そうである可能性もあるということです」

紬「……」

梓「それによく考えてもみてください。いくら女子高だからって誰も今まで浮いた話がないんですよ」

律「だ、だって、そもそも出会いがないわけだし」

梓「それは、甘えです。もし私たちが可愛いならば、街で声くらい掛けられると思います」

梓「しかも、学園祭は男の人だって入ることができます。私たちのライブだって見てくれてるはずです」

梓「なのに、今まで一度だって男の人からは、なんのアプローチもありません」

梓「もし、私たちが可愛いのなら男の人が放っとくわけありません」

澪「しかし、梓。それにしたってやっぱり会うような機会がないよ」

梓「やろうと思えば帰りの校門で待ち伏せして手紙なりなんなり渡せると思います」

紬「でも、梓ちゃん。男の人もそういうことは恥ずかしんじゃないかしら?」

梓「だとすれば、私たちは所詮その程度だということでしょう」

梓「それがないのは、つまり私たちにそれほどの魅力がないということです」

梓「それだけ苦労するほどの見返りがない程度の顔だということです」

律「は、はっきりと言うな……」

梓「今日だって、何度か声を掛けられましたがことごとく逃げられました」

梓「これって、やっぱり、私たちが可愛くないということではないですか?」

唯「でも、澪ちゃんにはファンクラブがあるくらいだし、私も澪ちゃんは可愛いと思うし……」

梓「女が言う可愛いは、男にとっては見当違いだということが多々あります」

澪「そ、そんな……」

梓「それに、見てるうちに慣れるということも言えると思います」

梓「ポッと出のアイドルも最初はイマイチだと思っていたのが何回かTVで見てるうちに
  『アリかな』と思う。そんな経験ありませんか?」

律「た、確かに……」

梓「それに日本人は流されやすい傾向にあります」

梓「声の大きい人、つまり影響力の強い人が可愛いと言えば周りもそう思ってしまう」

梓「そんな周りに合わせてしまう国民性故に、知らず知らずのうちに澪先輩はまさしく偶像として祭り上げられた」

梓「曽我部先輩から始まった連鎖がいまだに広がっているのです」

梓「生徒会長という肩書き故にその影響力も計り知れないものがあったはずです」

紬「女子高でもあるし、さらに仲間意識は強くなるかもね」

梓「はい、男の目という客観的視点が無いのでとどまることを知りません」

律「確かに、男から可愛いなんて言われた経験なんてない」

律「でも、私は、澪が綺麗だと思うし、ムギも優雅さと気品を兼ね備えていると思っている」

律「お前らもそうだろ?」

唯「うん! TVだっていつも見てるんだし、ドラマとかに出てくる女優さんだって見るんだから
  そこまで閉鎖的な評価じゃないと思うよ!」

梓「ええ、そこで私が疑っているのは、私たちの美的感覚です」

紬「美的感覚?」

梓「先輩方はさわ子先生をどう思いますか?」

唯「さわちゃんは綺麗だよね」

律「ああ、言動はアレだけど、見てくれはいいよな。黙ってればもっとモテると思うのに」

澪「生徒からも人気が高いし、さわ子先生は美人に分類されるだろう」

紬「私も、顧問になってもらった当時はドキドキしちゃった」

梓「私も、さわ子先生は美人だと思います。でも、いざそれが色恋沙汰になると、どうなりますか?」

律「……聞くのは、駄目だった話ばっかりだな」

唯「もはや失恋のプロだよね」

梓「そうです。私たちが美人だと認識しているさわ子先生ですら、恋に関しては連戦連敗なんです」

梓「男性から見ればさわ子先生ほど魅力のない女性はいないのです」

澪「つまり、それは……」

梓「はい、つまり、私たちの可愛いや美人だと感じるハードルが著しく低いのではないかと」

梓「そんな、低いハードルで私たちは自分たちを評価していたのです!!」

唯澪律紬「!?」


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最終更新:2010年09月22日 20:56