澪「つまり私たちは世間から見るとそれほど可愛くはない、と」

梓「おそらく……」

律「なんてこった……」

紬「……私は、なんとなくは気づいていたわ」

唯「えっ!?」

紬「だって、こんな眉毛の太い女が可愛いわけないもの……」

唯「そんなことないよ! ムギちゃんは可愛いよ!」

澪「そうだぞ! そんな欠点なんて気にならなくなるくらい他が素晴らしいぞ!」

律「むしろ、そんな太い眉毛も私にとっては魅力的だよムギ!」

紬「み、みんな……」ウルウル

梓「こう言っちゃ、身も蓋もありませんが……」

梓「不細工同士が不細工を可愛いと慰めるのってとても滑稽ですよね」

唯澪律紬「……」

澪「そういう梓だって……」

梓「わかっています。私だってそのブサイクの仲間に入っているってことくらい」

澪「……」

梓「認めましょうよ。私たちは自分が思ってるほど可愛くない」

梓「バンドをやっているというアドバンテージだけで人気があったんですよ」

梓「でも、それは私たちが放課後ティータイムだって知っている人だけに通じるものです」

梓「こうやって、私たちのことを知らない人たちが沢山いる世界に飛び込んで
  その他大勢に紛れてしまえば、私たちなんてゴミクズなんですよ」

唯「ゴミ……」

紬「そんな……」

律「私は……」

唯「りっちゃん?」

律「今まで、私は、恋愛ができないんじゃない、今は特に必要ないからしないだけだ
  って思っていたけど……」

律「なんのことはない、男の方が私を必要としていないだけだったんだな……」

紬「りっちゃん……」

律「私さ、実は、本気で自分は美少女だって思ってたんだよ」

律「カチューシャ外して鏡見たときさ、一人で『おかしいし』とか言ってみたりもしたけど」

律「本心では結構いけるんじゃないかって思ってたんだ」

律「でも、どっちにしろ客観的に見ればブサイクの戯言だったってことだよな」

澪「律……」

律「中学のときだって、私はクラスでは可愛い方だと思っていたんだけど」

律「私は澪とずっと一緒にいたから、美人だって信じていた澪と一緒にいたから」

律「だから、相対的に見て澪よりは可愛くない私に男子も話しかけてこないだけだって思っていたんだ」

律「だって、そうだろ? 目の前に一万円札と五千円札があれば、誰だって一万円札が欲しいに決まってる」

律「もちろん、私が五千円で澪が一万円だ」

律「澪はきっと男子にとって高嶺の花って感じだと勝手に思っていた」

律「だから、そんな一万円の澪にも誰も話しかけてこないって」

律「あまりもの美人って近づきにくいだろ?」

律「ずっとそう思っていたんだ」

律「でも、現実は違ったんだな」

律「私たちには一万円札と五千円札なんて価値はない」

律「実際は、十円玉と五円玉だったんだ」

律「どうりで、誰も見向きもしないはずだ……」

律「いったい、どこで私は澪を美人だと勘違いしたんだろう……」

澪「……」

紬「あまり悲しいことを言わないでりっちゃん……」

澪「きっと、律が私のことを可愛いって勘違いしたのは私の親のせいだ」

澪「私は、昔から親に『澪ちゃんは可愛い』って言われて育てられたんだ。一人娘だったしな」

澪「律とは家が近所で小学校のときから親ぐるみのつき合いだし」

澪「だから、律はそんな私の親に影響されてそう思い込んでしまっていたんだよ」

澪「私も、ずっとそう言われて育ったから、自分は可愛いんだって信じ込んでいた」

澪「なんの間違いか高校ではファンクラブなんてものもできちゃって」

澪「表向きは、恥ずかしいからやめてくれ! って言ってたけど……」

澪「実は結構いい気分だったんだ。もっとちやほやされたかった」

唯「澪ちゃんはガチで恥ずかしがり屋さんだとばっかり……」

澪「ガチで恥ずかしがり屋だったら作詞して、それを大勢の人に聞いてもらうなんてことはしないよ」

紬「そう言われれば、そんな気もするわ」

澪「実際は真面目キャラな私がこんな意表を突く歌詞を書くって
  意外性があってそんなギャップも萌える要素じゃない?」

澪「なんて思ってたくらいだよ」

梓「正直まんまと嵌められました」

澪「でも、ファンクラブのお茶会」

澪「今思えば、あのときの私はどうかしてたんだ」

澪「調子に乗ってあんなポエムも作ったりして……」

梓「ときめきシュガー……」

澪「よしてくれ梓、忘れたい過去なんだ……」

梓「すみません……つい……」

澪「でも、私はそんな内輪で行われていることに満足していたんだな」

澪「きっとファンクラブの人はそうやって祭り上げる存在が欲しかっただけなんだ」

澪「実際はだれでもよかったんだ。ただ一度学園祭で目立ったから選ばれただけで」

澪「本当に滑稽だよ……」

澪「それに、確かに怖い話や痛い話は苦手なんだけど」

澪「たかが指のマメが潰れたって律が私に見せるくらいであんなに怯えるはずないよ」

唯「だよね……」

澪「どこかで、こんな些細なことで怯える自分可愛いって気持ちがあったんだと思う」

澪「実際あんなことで怖がってる人がいたら、どこか脳の病気じゃないかと病院を紹介したくなるよ」

律「私も、澪が怯えているのを演出している私可愛いって思って嫌がらせしてたからな」

律「人気があるであろう澪に寄生して少しでも注目を浴びようとしていたんだ」

澪「お互い様だな」

律「ああ、そうだな……」

唯「私も」

紬「唯ちゃん?」

唯「私も、のんびり屋さんだったりちょっと抜けてたりするじゃない?」

律「ああ、不覚にも可愛いと思ってしまっていたよ」

唯「多少計算してたんだよね」

梓「その告白は少なからずショックです……」

唯「こうすれば、可愛いかな。って」

紬「やめて唯ちゃん……、聞きたくないわ……」

唯「ううん、言わせて」

唯「梅雨で雨が降ってたとき、ずぶ濡れになって学校来たことあるでしょ」

唯「あれって、ずぶ濡れになって皆から心配されたい、って気持ちがあったんだよね」

唯「それに、ギターを守ってる自分もなんだか自己犠牲の精神があって感動的でいいかな、って」

唯「そう思って、わざとずぶ濡れになって来たんだ」

澪「そりゃ、普通はあんなにはならないもんな……」

唯「それに、本当は濡れたくなかったらギターにビニール巻いてくる方法だって思いついてたんだ」

律「でも、澪に言われて初めて気づいたってリアクションだったんじゃ……」

唯「そんなドジな私も可愛いって思わなかった?」

紬「唯ちゃん……なんて演技派なの……恐ろしい子ッ!」

澪「月影先生もビックリだな」

梓「そういえば、さっきから唯先輩ギターのことギー太って呼ばないんですね」

唯「ああ……」

唯「ギターに名前付けて話しかけたり、物に生命が宿っているような素振りをしてたけど」

唯「あれって、実は夜に寝る前とか思い出す度に、恥ずかしさでジタバタしてたんだ」

唯「なに不思議ちゃん気取ってるんだろう、って」

唯「冷静になって考えるともうね……」

律「よくわかるよ……」

唯「でも、周りの皆はきっとそんな私のことを可愛いと感じてくれているんだと思うと」

唯「やめられなかったんだ……」

澪「唯……」

紬「私もね……」

澪「ムギもか」

紬「たぬきうどんだって知ってるし、がんもどきだって本当は知ってるの」

梓「なんで知らない振りをしたんですか?」

紬「だって、そう言った方がお嬢様っぽくっていいじゃない?」

澪「そ、そうかな……」

紬「クリスマスに商店街で福引したときだって皆に会わなかったら普通にハワイ旅行貰っていたの」

律「えっ?」

紬「でも、ボードゲームと取り替えてもらうことで、なんて世間ずれしたお嬢様だろうって」

紬「そんなところが可愛いって、そう思わない?」

唯「すっかり騙されていたよムギちゃん……」

紬「それにね、二年目の合宿のとき船とかあったじゃない?」

澪「ああ、ムギが泣きながら電話で抗議してたやつか」

紬「あれね、実は私が用意しておいてって頼んだやつなの」

梓「それってどういう……」

紬「お船もいらない~」ジタバタ

紬「ってなかなか可愛いと思わない?」

澪「なんだ、自作自演だったのか……」

紬「ごめんなさい……」

律「気にするなよムギ、誰にだってそういうとこはあるさ」

紬「ありがとう、りっちゃん」

澪「あとは……」

梓「わかっています。もう私なんて存在からしてあざといですからね」

律「自分でそう言うなよ、悲しくなるだろ……」

梓「本当は私、敬語でしゃべるの苦手なんですよね」

梓「でも、後輩って立場上そうした方が目上の人に可愛がられるし」

澪「まぁ、それは薄々感づいてはいたよ」

律「たまに、おかしな敬語のときがあるもんな」

梓「やってやるです!」

澪「ああ、それそれ」

梓「猫耳だって、嫌がってみせましたが、本当は自分には似あうだろうなと思ってましたし」

梓「にゃ~って言えと言われて本当に言うはずがありませんよ、普通は」

律「ああ、そうだな……」

梓「最近では、唯先輩に抱きつかれるときに意識して『に゛ゃっ!』って言うようにしてますし」

紬「それは、わざと言ってるんだろうなって思ってたわ、さすがに」

梓「そうですか、どうもお恥ずかしい限りです」

唯「私はその声が聞きたいがために抱きついていたようなものだよ」

梓「ふふっ。じゃあ、唯先輩は私の術中に嵌ったということですね」

唯「えへへ、あずにゃんに嵌められちった♪」

律「唯……」

唯「なぁに? りっちゃん」

律「また、可愛い自分を演出しようと思ってるだろ」

唯「あっ……」

律「もう、そういうのよそうぜ……」

唯「うん、そだね……」

澪「なんか今まで自分が可愛いと思われていた世界から抜け出して
  こうやって世間一般の評価を目の当たりにすると悲しいな」

梓「でも、裸の王様のままでもそれはそれで悲しいことですよ」

律「それもそうだな」

唯「私たちって、不細工だったんだね」

澪「どおりで、誰も彼氏がいないわけだよ」

律「付き合わない、じゃなくて付き合えないんだな」

紬「皆で街を歩いてるときも声掛けられたことなんて一度もなかったもんね」

澪「ところで、可愛いって何だろうな?」

梓「私たちみたいに打算的じゃなくて自然体で自分を表現できる人間のことじゃないですか?」

律「そんな奴本当にいるのかよ」

梓「……わかりません」

唯「顔が不細工だったら心なんて関係ないよ、きっと……」

梓「……」

澪「さっきからこんなに若い女5人が暇そうにしてるのに誰も話しかけてこないもんな」

梓「そうやって自虐してる不細工って笑えませんよ」

律「でも、夜だし顔もよく見えないから私たちが不細工だなんてわからないんじゃないか?」

紬「きっと不細工オーラが出てるのよ……」

澪「そうだな……」

唯「私、泣きそう……」

律「不細工が一番不細工になるのって泣き顔なんだぜ」


紬「もう、やめましょう」

梓「ムギ先輩……」

紬「確かに、私たちは世間から見ればあまりよろしくない顔立ちかもしれない」

紬「でも、それがなんだっていうの? 私たちは充分軽音部で楽しいじゃない!」

律「そうだ! ムギ、良いこと言った!」

梓「はい! 音楽をやるのに顔は関係ありません!」

唯「むしろ、いつも美味しいお菓子やお茶を楽しめている私たちこそが勝ち組だよね!」

澪「開き直った不細工は強いよな」

律「澪……」

澪「すまん……」

澪「でも、こうやって自虐することでしか自分を保てないんだ」

律「……」

唯「もう、寝ようよ……」

紬「そうね……」

梓「……はい」

 ・ ・ ・ ・ ・

ナンパな男「いや~、しかし今日はビックリしたな~」

軽めの男「ホントだよ、お前が昼にナンパした女。マジありえね~し」

ナンパな男「あれは俺もビビった」

軽めの男「明らかにあれは何人か殺してる顔だったな」

ナンパな男「ああ、女自体はマジで俺の好みだったんだけど」

軽めの男「眉毛は太めだったけどな」

ナンパな男「バッカ、そこがいいんだよ。スレてない感じで」

軽めの男「でも、話しかけた瞬間、女の後ろにいた、黒服のボディーガードみたいな奴が睨んでくるんだもんな」

ナンパな男「お嬢様っぽかったし、あれ、SPって奴じゃね~の」

軽めの男「ある意味地雷踏んだって感じだったよな」

ナンパな男「あ~、でも顔はめっちゃ好みだったんだよな~。明日もいるかな~」

軽めの男「よせよ、命が幾つあっても足りねぇって」

 ・ ・ ・ ・ ・

日焼けした男「昼間に話しかけた娘、可愛かったな~」

日焼けした男「でも、話しかけた瞬間になにやら良からぬ気配を感じて逃げてきたんだけど」

日焼けした男「あとで、その娘に似たポニーテールの女の子から
         『ぶっ殺す』っていきなり言われて……」

日焼けした男「きっと、その良からぬ気配はその娘の殺気だったんだろうな」

日焼けした男「あの時ほど死を覚悟したことはなかった……」

日焼けした男「……」ブルブル

日焼けした男「思い出しただけで、震えてきた」

日焼けした男「毎年、何人かはこのフェスで喰ってるけど」

日焼けした男「今年は、もうおとなしく帰ろう……」

 ・ ・ ・ ・ ・

 澪と律をナンパしようとした男たちの証言

 「黒い髪の可愛い娘をナンパしたら狐の亡霊が見えた」

 「黒い髪の女の子とカチューシャの可愛い二人組をナンパしようとしたら
  目が細めの女に『呪ってやろうか!』と脅された。あの目は本気だった」

 「髪の黒くて長い女をナンパしようと思ったら、急に体が動かなくなった
  遠くの方から視線を感じたのでそちらを見ると
  少し眠たそうな目をした女が藁人形をもって不気味に笑っていた」

 他、超常現象が多数報告される


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最終更新:2010年09月22日 20:59