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憂「なんとか一日目は何事も無く終わったみたいですね」

斎藤「はい」

憂「でも、さすがに夜通しお姉ちゃんたちのテントを見張ってるわけにもいかないし……」

斎藤「ご安心下さい。我が琴吹家シークレット・サービスが二十四時間体勢でお嬢様の身辺を警護しております」

斎藤「あのテントの半径100メートル以内は何人たりとも侵入することはできません」

憂「それは、心強いです!」

恵「はぁ~……、さすがに妖術の連発は体に堪えるわ……」

憂「曽我部さん、お疲れ様です」

恵「お疲れ様、平沢憂さん」

憂「憂でいいですよ」

恵「そう? じゃあ、私のことも恵って呼んでね」

斎藤「どうぞ、曽我部様、お夜食にございます」

恵「ありがとうございます」

恵「でも、良かったわ。これで私の秋山さんに変な虫が寄り付くこともないし」

斎藤「憂様には感謝をしなければなりません。よくぞ知らせていただけました」

恵「本当に。もし私の秋山さんが欲望の塊でしかない男共に蹂躙されてしまうかと思うと……」

斎藤「この斎藤、もし紬お嬢様にどこの馬の骨とも知れぬ者が近づこうものなら……」

憂「いえ、私も一人じゃさすがに二十四時間体勢でお姉ちゃんを守ることは難しかったので」

憂「琴吹家の協力を得ることができて本当に助かりました」

斎藤「しかし、あの憂様の殺気の迫力、目を見張るものがありましたぞ
   よろしければ流派を教えていただけませんかな?」

憂「いえ、我流です」

斎藤「なんと!? お若いのによもやそこまでとは……」

憂「お姉ちゃんを守りたい一身なだけです」

斎藤「想う心が強さ……というわけですな」

憂「はい」

斎藤「これは感服いたしました」

恵「ほんと、憂さんには驚かされたわ」

憂「そういう恵さんも、見事な妖術でしたよ」

恵「うふふ、ありがとう」

憂「どこであのような妖術を身につけていらしたんですか?」

恵「私の一族はね、代々狐に憑かれているのよ。ほら、私もどことなく狐似でしょ?」

憂「そう言われれば……」

斎藤「その昔、人間を幻惑させ悪さをする狐を退治し、その狐の生き血を飲み妖術を会得したという
   古い伝説を聞いたとこがありますが、もしや……」

恵「ええ、その祖先の直系が我が曽我部家なんです」

斎藤「なんと……」

恵「何世代かに一度、産声が『こーん』という女児が生まれる。その女は妖術の血を色濃く受け継ぐ者……」

恵「それが私なの」

憂「そうだったんですね」

恵「昔は、よくおばばに妖術の特訓と称してシゴキを受けたわ」

恵「これを次の世代に受け継いでいかせるにはお前しかいない! ってね」

恵「とても厳しかった……」

恵「友達と遊ぶ時間さえなく、妖術の特訓の毎日」

恵「小さな頃はこの自分の血を呪ったわ」

憂「恵さん……」

恵「でも、今では良かったと思っているわ」

恵「だって、秋山さんを守ることができたんですもの、この私の妖術で!」

憂「そうですよ! このときのためにそれがあったんです!」

恵「そうね、私もそう思うわ!」

斎藤「人の力というのは、想い人がいるほど強くなるものでございます」

憂「でも、あと一日あります。気を抜かないようにしないと」

恵「ええ、わかってるわ」

斎藤「明日は人員を倍増して臨みましょう」

紬「そんなに人を増やしてどうするのかしら?」

斎藤「もちろん、紬お嬢様に近づく下賎な輩を排除するため……」

紬「へ~……、そんなとこをしていたのね」

憂・恵・斎藤「!!?」

斎藤「つ、紬お嬢様!? 何故ここに!」

紬「それは、私のセリフよ! 斎藤!」

紬「お手洗いに行こうと思ったら、私たちのテントの周辺を
  夏の夜なのに、サングラスと黒のスーツで決めた集団が徘徊していました」

紬「このスーツにあるマークは琴吹のシークレット・サービスよね?」

紬「私が詰め寄ったら、すぐにここに貴方がいると吐いたわ」

琴吹家SP「申し訳ありません、執事長……」

斎藤「……」

紬「さぁ、説明してもらいましょうか? 斎藤」

斎藤「お、お嬢様、これは……」

律「おーいムギ、あんまり夜に出歩いちゃ危ないぞ~」

澪「まぁ、私たちは不細工だから襲われる心配もないだろうけど……」

梓「もう、忘れましょうよ……」

唯「って、あれ? 憂? なんでここにいるの?」

憂「ぐ、偶然だね~、お姉ちゃん」

恵 そろ~り……

律「そっちにいるのは、曽我部先輩?」

恵「!?」ギクッ!!

澪「どうして、ムギの家の執事さんや憂ちゃんと一緒にいるんですか?」

恵「じ、実は私たち仲良しさんなのよ」

憂「そう! そうなんだよ、お姉ちゃん!」

斎藤「恵や憂ったら、はしゃぎすぎちゃって困ってたのよ~」

憂・恵・斎藤「ね~♪」

紬「嘘をおっしゃい」

斎藤「申し訳ありません、紬お嬢様……」

憂・恵「……」

斎藤「我々はお嬢様方が心配のあまり、出過ぎた真似をしてしまいました」

紬「では、今まで話しかけてきた殿方が急に私たちから遠ざかっていったりしたのも」

斎藤「我々の仕業でございます」

律「ど、どういうことなんだ、いったい?」

澪「つまり、男の人にことごとく避けられたのは私たちのせいではない、と」

梓「不細工だから避けられていたんじゃないんですね!」

唯「なんで、そんなことしたの、憂」

憂「だ、だって、私……、お姉ちゃんのことが心配で……」

憂「食べ物に釣られて、男の人について行っちゃうんじゃないかって心配で、心配で……」

梓(けっこう合ってる……)

憂「それに、家にいたって一人で寂しいし、私……私……」ウルウル

唯「憂……」

唯「ごめんね、憂……。そうだよね、寂しかったよね」ギュッ

憂「お、お゛ね゛え゛ぢゃん……」ビエ~ン

唯「私も、このフェスの雰囲気に飲まれて浮かれていたのかもね」

唯「ナンパされたいなんて思ったりしてさ」

唯「でも、だからと言って、他の人においたは駄目だよ」メッ!!

憂「こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛~」

唯「よしよし……」ナデナデ

唯「明日は、憂も一緒に会場を回ろうね」

憂「いいの!?」

唯「だって、せっかく来たんだから楽しまなきゃ」

憂「でも、私、お姉ちゃんが男に話しかけられたらまた邪魔しちゃうかも……」

唯「別にいいんだよ」

憂「えっ!?」

唯「だって、今は男の人といるよりも、きっと軽音部の皆や憂といる方が楽しいもん」

憂「お姉ちゃん」ウルウル

唯「でも、間違っても息の根を止めちゃ駄目だよ」

憂「うん! 充分に手加減するよ!」

唯「それでよし! やっぱり良くできた妹だよ♪」

梓「いや、危害加えたら駄目でしょ……」

恵「お、お久しぶりね、秋山さん」

澪「曽我部先輩も、邪魔をなさってたんですね」

恵「……認めるわ」

律「いったいどうやって……」

恵「妖術を少々……」

澪「妖術?」

律「なんだそりゃ」

恵「でも、そうよね。夏は恋の季節だもんね」

恵「いくら、恥ずかしがり屋の秋山さんだって男とくんずほぐれつしたくなるわよね」

澪「なんだか卑猥です」

恵「あなたを守っていた気でいたけど、結局は嫌がらせでしかないわよね」

恵「そんな私はもう二度とあなたの前に姿を現すことはないわ……」

恵「さようなら、秋山さん……」

澪「ま、待って下さい!」

恵「!?」

澪「確かに、若干やり過ぎた感もあるでしょうが」

澪「私は、男の人に話しかけられるのって、本当に嫌だったし……」

澪「妖術とかよくわかりませんけど、正直言ってすごく助かりました!」

恵「秋山さん……」

澪「それに……」

恵「それに?」

澪「男の人が避けるのは私の原因じゃないって思えただけで救われたんで……」

律「不細工返上だな」

恵「不細工? そんな!? 秋山さんが不細工なわけないじゃない!」

恵「秋山さんは、みおたんは……」

恵「世界一! かわいいよ!」

澪「あ、ありがとうございます」

恵「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」

律「なんだこれ……」

恵「もう、私満足だわ……、いつ死んでもいい……」

律(前から変な人だと思ってたけど、やっぱり変人だな……)

澪「あ、あの」

恵「?」

澪「前のファンクラブのお茶会に曽我部先輩は出られなかったじゃないですか」

恵「ええ、そうね……、カッコつけて私は気にせずにやってとは言ったけど
  本心を言うと、とてもすごくやるせないくらい残念だったわ」

澪「なので、その代わりと言ってはなんですが、明日私たちと一緒に回りませんか?」

恵「えっ……」

澪「律も別にいいよな」

律「いいよ。あのお茶会は私もなんだかんだいって楽しませてもらったし」

律「そもそもの切っ掛けを作ってくれた曽我部先輩に恩返しをしてもバチはあたんないだろ」

恵「秋山さん……、ありがとう!!」

澪「いえいえ」

律「あの……私は……?」


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最終更新:2010年09月22日 21:00