3月、旅立ちの季節――

卒業式、桜高軽音部の5人は春からそれぞれの道を歩んでいくことになった。

わたし、澪ちゃん、りっちゃんはそれぞれ東京、京都、大阪の大学に進学、ムギちゃんはアメリカに留学、

まだ2年生だったあずにゃんはもう1年桜高で学ぶことになる。


「これからなかなか会えなくなりますね」

「うん…でもあたしと澪と梓は同じ関西だから!まだ会えるかな~」

「そうだね…」

同級生の3人とは3年間、あずにゃんとは2年間、たくさんの思い出を残した。

「あたし絶対唯先輩と同じ大学行きます!だから待っててください!」

「あはは、ありがとう。あずにゃんのこと1年間待ってるよ~」

「はい!がんばるです!」

「ムギとはなかなか会えなくなるな~」

「そうね、でも帰る時は絶対連絡するわ」

「おう!卒業してもみんなで集まろうな」

「唯も休みになったらこっち帰ってこいよ?」

「うん!」

「じゃあな!また会おう!」

「うん…」

「なんだよ澪~どうした?」

「だって…これから…みんなに…会えなくなると思うと…」

「バカ……泣くなよ~あたしだって…ずっと…我慢……してたのに…」

「わー!りっちゃん澪ちゃん泣いてる~!」


「どうしたのあずにゃん?」

「なんか澪先輩と律先輩が泣いてるの見たら…あたしも…」

「よしよし…いい子いい子」

「唯先輩……元気で…いてくだ……さいね…」

「…唯ちゃん…みんな……」

「もームギちゃんまで泣いてるじゃん!」

卒業してみんなバラバラになっちゃうけど、そんなに悲しいわけじゃなかった。
だって私たちはこんなに固い絆でつながってるんだ。
どこに住んでるかなんて関係ない。
私たちはいつまでもずっと最高の友達だ。


4月になり、東京に引っ越した。
はじめての一人暮らし…不安と喜びでいっぱいだ。

大学で友達できるかなぁ…いっぱいできるといいな、ギターも続けたいな

それから…彼氏も…


東京に出てきてから2か月、たくさんの友達ができた。
いつも一緒にいる友達は私を含めて5人。

和ちゃんも東京に出てきているので、よく連絡を取った。
二人で遊びに行くこともたびたびあった。


上京してはじめての夏休み、りっちゃんや澪ちゃんと連絡を取って地元に帰る予定を立てた。

りっちゃんと澪ちゃんはどんな大学生活を送っているんだろう?

地元に帰ったら聞いてみよう。

そして夏休み

ムギちゃんを除いた元軽音部のメンバーで集まることになった。

「どうなんだ東京って!?」

「うーん別に普通だよ、大阪はどうなの?」

「大阪はやっぱりお笑いの町だよ!」

「へぇ~、でもりっちゃん面白いから大丈夫だね」

「なんでやねーん!!」

「いや、ぼけてないよりっちゃん!」

「あはははは!」


高校の友達と会うと楽しいなぁ

大学の友達とは違って全部の話が懐かしい

え…?懐かしい…?


私、もう高校時代が懐かしいんだ…

いつまでも最高の友達だと思ってた4人

その4人に会うのが懐かしいんだ

時の流れって嫌だなぁ…


「でも残念だったな軽音部」

「うん…」

「すみません…部長の私が情けなくて…3人まで集まったんですけど…」

「でもバンドは続けてるんだろ?」


「はい、友達と組んでやってるんです。HTTの曲とかもやったりしてるんですよ」

「えぇ!?あの曲まだやってるのか?あたしたちのバンドはロック一筋だから!」

「あたしも一応音楽サークル入ってるんだ。じゃあ今度律のバンドと梓のバンドと対バンやろうよ」

「おう!メンバーに話つけてみるよ!」

えっ?みんな他のバンド組んでるんだ…音楽続けてないのは私だけ…?

「唯もバンド組んでるだろ?」

「えっ?うん!もちろん!」

「東京だからなぁ、唯もそっちで頑張れよ!」

「うん、ありがと…」


私はもう何か月もギターを弾いていない。

放課後ティータイムは最高のバンドだった。他のバンドを組む気にならないほど。

ギー太は東京に持って行ったものの埃被って押入れに眠っている。

軽い気持ちで弾こうとしても高校時代を思い出して感傷に浸ってしまうからだ。

これが燃え尽き症候群ってやつかな?


みんなもう放課後ティータイムのことは思い出になっちゃったのかな
嫌だ…  嫌だ…
楽しいはずの軽音部の集まりだった
しかしそれは、昔の恋人が今どんな恋愛をしているか聞かされているようで苦痛なものでしかなかった

東京に戻ってからはあまり高校時代のことは思い出さないようになった

私自身もうそのことを考えたくないのかもしれない

こっちでの生活も楽しいんだ

高校時代のことを思い出すのは地元に帰る時だけでいい

みんなそうなんだ

放課後ティータイムのことはもう思い出なんだ

そんな中一本の電話が掛かってきた

「もしもし唯先輩…?」

「あずにゃん!?」


そうだ!来年になったらあずにゃんがこっちに来るじゃん!

そしたらまたあずにゃんとバンドやろう

高校時代の放課後ティータイムはもう戻ってこない

でもあずにゃんとバンド組めばまたあの頃の情熱が戻ってくるかもしれない

そんなことを考えていた


「あ、あずにゃん、あのさ!あずにゃんが東京に来たら…」「あたし…東京……行けません」

「えっ?」

「おばあちゃんの具合が悪くて…母が毎日介護で大変なんです…」
「そんな母を置いてあたし一人だけ東京には…」


「…」

「だからこっちで澪先輩の大学に進もうと思ってます」
「約束守れなくて……ごめんなさい…」 



「…」


「唯先輩?」



「唯先輩…」

「そ、そっか…ざ、残念だなぁ。しょうがないよね…」

「はい…」

「じゃあ勉強頑張ってね!」

「はい…それじゃあ失礼します…」

はぁ…私は何で東京なんかに来ちゃったんだろう…

私も関西に残ってれば放課後ティータイムを解散することなんてなかったのに

東京での生活がつまらないわけじゃない


でも高校時代が忘れられない

みんな新しい道に進んでるのに私だけいつまでも…

そして私は東京で変わり映えのない無機質な生活を続けていった

卒業式で私だけ泣かなかったのは

私だけまだ高校生だったからかな…

私は…未だに放課後ティータイムから卒業できないでいる…

みんなは泣くことで高校時代を「思い出」にして次のステージに進んだんだろう

高校卒業と同時に放課後ティータイムも卒業したのだろう

自分の未練がましさに腹が立ってくる

もし彼氏ができても「重い」なんて言われて、振られたあともストーカーになるのかな
ははは、笑えないや…


それから私は高校時代のことを思い出すことはなくなった。

休みのたびにりっちゃんから誘いのメールが来たがお茶を濁して断り続けた。

和ちゃんとも連絡を取らなくなった。

気がつくと地元に帰るのは正月とお盆だけになっていた。

憂は悲しむけど「バイトが忙しいからしょうがない」と理由をつけて


就職活動も本格的になってきた大学3年の夏、一本の電話が掛かってきた

「もしもし唯?」

和ちゃんだった。

「久しぶりね、2年ぶりくらい?」

「うん…久しぶりだね~」

「就職とか決まった?」

「まだ…でもこっちで就職するよ。和ちゃんは?」

「私は地元に帰るわよ。その前に一回会わない?」

「う…うん」

「じゃあ来週の土曜日の12時に○○ってところで」

「わ、わかった」


久しぶりに高校の友達と話した

私のことなんか気にかけてないと思ってた

でも幼稚園からの幼馴染、やっぱり和ちゃんは大親友だ


そして待ち合わせの当日

そこには思わぬ人物がいた

「おいーっす唯」

りっちゃんだった

「え!?りっちゃん…?」


「東京って人多いんだな~心斎橋とか梅田より全然人多いよ、さすが渋谷だな!」

「うん…和ちゃん…どういうこと?」

「あんた全然軽音部の人たちと会ってないらしいじゃない?律から連絡が来たのよ、唯と会いたいって」

就職活動を始めたからか、二人とも小奇麗な印象を受けた


「あたし一応こっちの会社も受けるんだ」

「だからそのついでに唯に会いにきた」

嘘だ…りっちゃんは前絶対一人暮らしなんて無理、関西から離れる気はない、って言っていた

だからこっちの会社の面接を受けに来たなんて…嘘だ


「だって唯全然連絡くれないんだぜ~?帰ってきたらちゃんと連絡しろよ~」

「働き始めたらもっと会えなくなるんだからさ~」

京都に帰ってないわけじゃなかった。でも軽音部のメンバーにそれを伝えたりはしなかった


「うん…ごめん…バイト忙しくて」

結局りっちゃんにも憂と同じ嘘をついてしまった

沈黙が続く

「そうだ!梓のこと知ってる?澪と同じ同志社行って澪と同じバンドに入ったんだって~」


あずにゃん…澪ちゃんと同じ大学に入ったのは憂から聞いていた

あたしがもう一回バンド組みたかったのに

「ムギはアメリカで音楽の賞とかもらってるみたい、すげーよな」

ムギちゃん…そういえば高校卒業してからムギちゃんには一度も会ってない

「あたしのバンドもさ、大学の中だけだったら結構有名なんだぜ?」



「唯は今どうしてるの?」


私は…


私は何もない


自分の現状を聞かれるのも軽音部のメンバーと会うのをためらった理由でもある

「私は…何もしてない…」

「そう、残念だなぁ」

「私は…他のバンド組む気ない」

ここで初めてりっちゃんに思いの丈をぶつけてた

高校卒業して以来バンドも組んでいなければギターも弾いてないこと


未だに放課後ティータイムに未練があること

今まで何も長続きしなかった私が初めて真剣に取り組んだ軽音楽

そんな軽音楽で出会った仲間とまたやりたい、他の人とは考えられない

ということ


りっちゃんだったら受け止めてくれる、また再結成の話をみんなにしてくれると思った

でも…りっちゃんが言った言葉は私が思っていたものと違った

「そっか…」

「だからさ、もう一回バンドやろうよ!あたしも京都戻るから!京都でもう一回バンドやろうよ!」


「ごめん…」

「えっ?」

「あたし…もう放課後ティータイム組み直す気はない」

「…」

「あれはさ…もう高校時代のいい思い出じゃん?もうみんな別々の道進んでるんだよ…」

「そう…だよ…ね、もう…あの頃に戻るなんて無理だよね…」

「…うん」

「わかった…私…もう帰るね」

その場をそそくさと立ち去ろうとする

結局、私はこのもやもやを抱え続けたままだ

「唯!待てよ!」

「…」

「唯はもうバンドのメンバーじゃないよ!でも…でも友達だろ!?」

「高校3年間一緒にすごした親友じゃんか!」

「…」

「京都帰ってきたら絶対連絡しろよ!!」

りっちゃんの言葉を最後まで聞かないうちに私は店を飛び出した

りっちゃんに言えばどうにかなると思ってた

でもならなかった

りっちゃんはもう軽音部の部長じゃないんだ…


はぁ…もう…嫌だ

今年はお盆も京都に帰るのはやめようかな

今年はバイト増やそう

ふぅ…憂になんて言い訳しよう

そんなことを考えていると、夏休みの時期になった



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最終更新:2009年12月10日 04:24