和「……こんなものかしらね」

生「たすかります、真鍋会長」

和「もう前会長よ」

徒「お疲れ様です、これ」

そう言って私の前に出されたのは真っ黒な液体、コーヒー。

もちろん、どこかのとてもおいしい紅茶が出てくる部活とは違って、生徒会の備品で出されるものは安っぽいインスタント。

それでも、既に引退した生徒会を手伝いに来た疲れを癒すには充分の物だ。

湯気の昇るコーヒーを一口。

苦く、熱い液体が喉を通って体に染み渡る。

安っぽい味ではあるが、おいしい。

はぁ、と大きく一息つく。


会「本当にすいません、わざわざ引継ぎの作業を手伝ってもらっちゃって」

和「毎年の事だしね、私も去年やったわ。それにそんなに時間もかからなかったし問題ないわ」


予定していたより随分早く作業を追え、既に引退した生徒会の机で休憩を取る。

周りの後輩達はまだ作業をしている。

あまりここでのんびりしているのも悪いだろう。

そう思って席を立つ。


和「それじゃあ、あんまりいるのも邪魔になるし帰るわね」

生「お疲れ様です、真鍋会長」

徒「ほんとにありがとうございました」

会「真鍋先輩ならいつでも大歓迎ですからまたきてください!」

予定より早く生徒会室を後にして、考える。

このまま帰って夕食まで勉強をするには少し疲れているし、とはいえ特に予定もない。

どうやって時間を潰そうかと考えているうちに自然に足は音楽準備室の方へ向かっていた。


音楽準備室

和「あら……?」

軽音部の部室への階段を上っていると、その先に見覚えのある人影があった。

姫子「真鍋さん」

和「立花さん、どうしてこんなところに?」

姫子「唯に借りてた教科書を返しに来たんだけど」

そう言って部室の方に視線を向ける。部室からは楽しそうなセッションの音が流れてきていた。

唯「よーしもう1回!」

軽音部の皆はまだ引退していないんだろうか?

和「なんだか邪魔しちゃ悪いみたいね……」

姫子「みたいだね」クスッ

二人して部室のドアの前で、息を潜めながら話して、来たばかりの階段を下りはじめる。

とはいえやはり時間を潰す事ができなかったわけで。

姫子「返すのは明日で良いかな」

和「……立花さん、これから暇かしら?」

姫子「え?まぁ、多少は」

和「よかったら、一緒にお茶でもどうかしら?」

姫子「そうね、いいかも」

和「立花さん、コーヒー大丈夫?」

姫子「ええ」



喫茶店

店員「いらっしゃいませ」

駅から少し離れた奥まった位置にある喫茶店。

暗めの落ち着いた照明の店内に、ゆったりとながれるBGM。

マスターのだす本格的なコーヒーがウリのお店。

姫子「へぇ、いい雰囲気のお店だね」

席についてメニューを見ながら話す。

いきなり誘って少し不安だったけど、どうやら気に入ってもらえたみたい。

姫子「このお店。やっぱり唯とか軽音部の人とも来るの?」

和「いえ、ここに人と来たのは初めてよ」

姫子「そうなの?」

和「ええ。このお店、飲み物がコーヒー類しかないのよ。唯はコーヒー飲めないし。

  軽音部の皆も紅茶の方が好きみたいだから誘えなくって」

姫子「ああ、なるほどね」

和「じゃあ私はフレンチローストとガトーショコラで」

姫子「ブルマンと季節のタルトを。真鍋さん渋いわね。フレンチローストとか」

和「そう?むしろブルマンを躊躇無く選ぶ立花さんのほうがすごいと思うわ」

姫子「そうかしら?」

和「ちなみにこのお店のケーキはタルトとか果物系がいいんですって」

姫子「そういうのって、普通、選ぶ前に言わないの?」

和「ちゃんと選んだからいいじゃない」

姫子「そうだけど……。そして真鍋さん自身はガトーショコラなんだ」

和「和でいいわ。好きなのよ、コーヒーとチョコレート系あわせるの」

姫子「なるほど、なんとなく分かるわ、和。私も姫子で良いわよ」

和「ありがとう、姫子」

姫子「それにしても、和にいきなり誘われた時はちょっとびっくりした」

和「う。たしかにいきなりだったとは思う。ごめんなさい」

姫子「驚いただけだから。和がこんな風にいきなり誘うとか思わなかったし」

和「まぁ、たしかにね」

和「あ、きたわね。いい香り」

姫子「ほんとだ。そっちのもおいしそう」

和「一口食べる?」

姫子「じゃあ、いただきます。あ、おいしい。私のタルトも食べて良いわよ、はい」

和「それじゃあ……あ」ピタリ


姫子「どうしたの?別に一番上のチェリー取って良いよ?」クスッ

和「ええ、そうね……。

  ちょっと、前に唯に言われたことを思い出しちゃって。貰うわね」パクッ

姫子「たしか、ショートケーキの苺のことだっけ」

和「そう。やっぱり唯ったら話してたのね」

姫子「私も学校で唯にいきなり話ふられてびっくりした」

和「まさかあそこまでこだわるなんて思わなかったわ。今でもよく分からないし」

姫子「ふふっ。和はお子様ランチの旗って邪魔だって思うでしょ?」

和「? 普通そうじゃないの?」

姫子「唯はそのお子様ランチの旗が特別な物に思えるの」

和「……?? やっぱり分からないわ」

姫子「でしょうね」クスクス

和「これって馬鹿にされてるのかしら?」

和「それにしても、唯に教科書を借りるなんて」

姫子「あぁ、これ。数Bのなんだ」

和「数Bは今日無かったわよね?」

姫子「うん、だから持ってなかったんだけど、唯は置き勉だから持っててかりたの」

和「まったく、唯は……」


コーヒーを飲んで、ケーキを食べながら特にどうということのない話をする。

ずいぶんと落ち着いた時間。

唯たちと一緒に騒がしいのもいいけれど……


和「それで、気がついたら浴槽がザリガニだらけになってて」クスクス

姫子「いや、それはさすがに笑えない……って」

和「どうしたの?」

姫子「もうこんな時間!ごめん、これからバイトなんだ。遅刻しちゃう」

和「そうなんだ。ごめんなさい、急に誘って」

姫子「えっと、お金……」

和「ここは私が払っておくからいいわ。ほら、急ぐんでしょ?」

姫子「ごめん、和、ありがと!」ガタッ

和「いってらっしゃい、がんばってね」

和「ふぅ。帰って夜ご飯ね」

やっぱり、最後は慌しくなっちゃうか。

そう思いながら最後の一口のコーヒーを飲む。

冷えたそれはとても苦い。けれど、


夜。

姫子「お先失礼します。お疲れ様でした」

店員「立花さんおつかれ」


姫子「ふぅ。やっとバイト終わったぁ」テクテク

姫子(さすがに冷えるなぁ)テクテク

  (あ、自販機)ピタッ

チャリンチャリンチャリン。ピッ。ガシャコン

姫子「あー、あったかい」アッタカアッタカ

プシュ

缶コーヒーを開けて一口、飲む。

熱いコーヒーが喉、そして胸にじんわりと熱が沁みこんでいく感覚。

はぁ。

思わず溜め息。

この瞬間のために生きてる、というのがなんとなく分かるような分からないような。


姫子「おいしい」


立ち止まって、コーヒーを飲みながら一息つく。

缶コーヒーだし、本当はあんまりおいしくないのは分かっていても、こういう場ではたまらなくおいしく感じる。

そういえば、今日、和につれて行ってもらったお店のコーヒーはおいしかった。もう一度飲みたいな。

あ、そうだ、明日こそ唯に教科書、返さないと。

結局最後の問題分からないままだったなぁ……。


姫子「あ、もう空か」

飲み終わった缶コーヒーをゴミ箱に投げ入れる。

姫子「さむ。……かえろっと」



翌日、放課後。

唯「あー、疲れたー」

和「唯、あんた最後の時間寝てたでしょ」

唯「えへへー。午後の日差しがお休みなさいって言ってたんです」フンス


律「おーい唯、部室行こうぜー」

紬「今日のお菓子はダックワーズよ~」

唯「わーい!もうおなかぺこぺこだよ」

澪「いや、勉強だろ。昨日だって演奏してロクにできなかったし。ほら、いくぞ」

ガヤガヤ

和「相変わらず元気良いわね」フフッ

姫子「あ、和。今日これから暇?」

和「ええ、まぁ。特に予定は無いけど。昨日は間に合った?」

姫子「おかげさまで。じゃあ、帰り付き合ってくれる?」

和「は?」

姫子「ほら、昨日会計押し付けちゃったでしょ?だから今日は私が」

和「あぁ、そういうこと。ええ、いいわよ」


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最終更新:2010年09月22日 22:11