朝、私は桜高の生徒の顔をジロジロ見ながら登校した。
夢の中のメンバーを見つけたかった。
律(たしか、中野以外のメンバーはみんな2年生の色のリボンを付けていたな…)
結局、その朝は桜高の生徒に気味悪がられる以外には収穫無く終わった。
昼、いつもは昼飯は家から適当に持ってきたパンとかコンビニで買ったカロリーメイトとかですましていたが、
今日は売店に行ってみることにした。
売店には、思ったほど人は居なかった。
桜高の生徒は弁当派が多いのだろうか。
律(…)ジロジロ
律「そんな簡単に見つからないか…」
「あ、…あんパン1つください」
放課後、すぐに音楽準備室に行きたかったが、用事ができたとかいうあまり話したことが無いクラスメートに掃除の当番を押し付けられてしまった。
私だって、最近忙しいのに…
掃除が終わり、音楽準備室に向かっている途中、急に仲間達が音楽準備室で私を待ってくれている錯覚に陥った。
気付くと走っていた。
段飛ばしに階段を駆け上って、勢いよく音楽準備室の扉を開けると、そこには昨日入部した中野が1人ちょこんと椅子に座っていただけだった。
律(仲間達ってだれだよ… 最近本当におかしくなっちゃったな)
(でも、中野が入ってくれたのは少し頼もしいな。子供っぽいが真面目な子だ。)
律「今日も来てくれたんだな!」
中野「ど、どうも…」
「あの、部員集めどうします?私、明日からビラ配りしましょうか?」
律「いや、そのことなんだが、私は狙い撃ち方式でやった方が良いと思うんだ」
「少し心当たりがあるんだ。」
中野「その心当たりがある人って誰なんですか?」
律「えーっと… 名前は知らないんだが、顔を見れば分かるんだ。今日1日探したんだが、どうも見あたらなくてなぁ」
中野「写真とか無いんですか?」
そうか!写真か!
律「クラスごとの集合写真なら職員室の前に貼ってあったな」
「ちょっと見てこよう」
職員室まで中野と一緒に歩いていると、生徒会の真鍋さんが前から歩いて来るのが見えた。
生徒会の好意を裏切ってしまったことには、少し罪悪感を感じていた。
謝りたかった。
律「あ、あの真鍋さん…」
真鍋「あら、その子はどうしたの?」
律「あ、この子は
中野梓っていって今体験入部でうちに来てるんだ。」
真鍋「良かったじゃない!生徒会ではもう田井中さんはやる気ないって思われてたけど、そんなこと無かったのね!」
「明日から、またビラ配りするわ!」
律「い、いやビラ配りはいいよ。私が自分で部員を集めるから…」
真鍋「そう。あと2人で軽音楽部も正式に部活動になれるから、頑張ってね」
「それじゃあ、私生徒会に行くね」
そうか…軽音楽部の存続に関して何にも考えていなかったけど、あと2人集めてしまえば軽音楽部は廃部しなくてすむのだ。
正直澪を今さらバンドに誘うことはできそうにない。
でも、他の2人なら強引にでも引き込める気がした。
律「2人とも、私が必ず見つけ出すからな…」
集合写真を1枚1枚じっくり見ていったが、2人とも見つけられなかった。
やっぱり存在しない人物なのだろうか…
いや、まだ諦めたくない。しつこく探そう。
律「うーん、この写真じゃちょっと分からないな。とりあえず私が1人で探すよ。」
中野「何か協力できることがあったら、遠慮なく言ってください!」
律「あぁ、そうするよ。ありがとうな」
「とりあえず今日はもう遅いし帰るか」
誰かと話しながら帰るなんて久しぶりだった。
嬉しさが溢れそうで、恥ずかしかった。そんな気持ちを少しでも隠そうと両手をポケットに突っ込んだ。
中野は音楽について詳しいようで、話が弾んだ。
軽音楽部に入部してくれたお礼にたい焼きを買ってあげると、とても幸せそうな顔で食べた。
律(こいつ可愛いな…少し澪に似ているし…)
片手をポケットから出し、中野の頭を撫でる。
中野は赤面しながら何か言うが、たい焼きが口に入っていて何を言ってるのかわからない。
本当に可愛い。
律(この子のためにも、軽音楽部を復活させないとな)
翌日、私は朝練にくる生徒よりも早く登校すると、すぐに屋上に上がり双眼鏡で登校してくる生徒達を観察した。
始業時間間近になっても、夢の中に表れたメンバーのギターとキーボードは現れない。
律(遅刻ギリギリに来るかもしれない…)
この際自分が遅刻することは、気にしない。
そして、私の予想は的中した。ギターケースを背負った2年生の生徒が走って登校してきた。
律(あいつは夢の中で見たことがあるぞ!)
妹だろうか、よく似た1年生も一緒に走っていた。
キーボードの生徒は最後まで登校しなかった。
しかし、片方発見できただけでも充分な成果だった。
律(昼休みになったら、各クラスを巡ってギターの生徒を探すか)
そんなことを考えながら授業を受けていた。ふと、外を見るとギターケースを背負った生徒がトボトボ校門へ歩いていくのが見えた。
朝発見したギターの生徒だった。
律(あいつ!早退するつもりか!)
(逃がさーん!)
ガタッ
勢いよく席を立つと私はダッシュで教室を出た。
教師「ちょ! 田井中さん!?」
止めようとする教師に向かって
「トイレ!」とだけ叫ぶと、私は階段を駆け下りていった。
自分でも驚くような速さで走り、校門を出る直前だったギターの生徒の肩をがっしと掴む。
律「捕獲!」
ギターの生徒は
「ひぃっ!」
とだけ声を上げると硬直した。
私は興奮状態で叫ぶように自己紹介をした。
律「私は軽音楽部の
田井中律!あなたは?」
その生徒は
平沢唯と言った。
律「平沢さん!突然だけど軽音楽部入らない!?」
平沢「あうぅ…怖いよ…う、憂~」ガタガタ
しまった、怖がらせてしまった… どうしようどうしよう…
…ケーキ。ダメ元だ!
律「ケーキ!ケーキあげるから!」
平沢「ケーキ?」パァァ…
食い付いた!
律「そう!今軽音楽部に入るとケーキをプレゼントするキャンペーンをしているんだ!だから放課後、音楽準備室に来てくれ!」
平沢「で、でも放課後になったらジャズ研が…」
く!こいつジャズ研に入ってるのかよ!
律「け、ケーキとジャズ研どっちが大事なんだよ!」
平沢「ケーキに決まってるよ!」
自分で言っといてずっこけそうになったが、とにかく放課後に軽音楽部に来てくれることになった。
放課後、平沢は本当に音楽準備室に来た。中野にダッシュで買いに行かせたケーキを平沢は美味しそうに食べる。
中野は部室の隅っこでぜぇぜぇ言っている。
律「どぉ?ケーキ美味しい?」
平沢「うん!とっても美味しいよ!ありがとう、田井中さん!」
律「いやいや、良いんだよ。だって平沢さんが軽音楽部に入ってくれるんだから。」
平沢「え…」ポロッ
「私、軽音楽部に入るとは言ってな…」
やっぱり、覚えてなかったか。
ちょっと脅すかな…
律「あ?約束が違うなぁ?」ギロ
カチューシャを外した私の人相が悪いのはよく自覚していた。
起き上がってきた、中野にもアイコンタクトを取る。
平沢「ひぃ…か、代わりのケーキを買ってきますから…」
中野「だめです!さっきのケーキは世界にあれひとつなんです!代わりは無いです!」
平沢「ごめんなさいごめんなさい!許して!!」
そう言って平沢は逃げようとする。
律「待てぃ!」
平沢の首に腕をからめて捕まえる。
律「なぁお願いだよ。ずっとじゃなくても良いから!学祭ライブまでとか!」
平沢「うぎぎ…」
律(やば、締めすぎた…)
腕の力を緩めると、平沢はどたっと倒れこんだ。
平沢「はぁはぁ…う、憂~」
なんだか、今すごい殺気を感じる…
ふと、顔を上げるとそこには平沢によく似た1年生が立っていた。
頭の中で平沢2号と名付けた。
2号「お姉ちゃんを虐めるな!!!!!」
私も中野も凍りついた。野生の勘でわかる。
こいつには勝てない…
凍りついた私たちを尻目に平沢姉妹は帰っていった。
律「あ~やっちゃったな…いいところまではいったのに…」
「中野のダッシュも無駄になっちゃったな。すまん。」
中野「いえいえ、私にできることなら…あ、ケーキ代のレシートです」
「まさか自腹じゃないですよね?」
律「お、おう…」
(しっかりしてんな…)
中野にケーキ代を渡そうと財布を開けると、小銭が5円一枚…
しゃーない、千円札を崩すか。
律「あー中野、シュース奢るよ。自販機行こうぜ」
中野「はい!」
後輩にジュースを奢るのがささやかな夢だった。
ん? なんかこういうの口癖だったやついたような…。
中野は自販機でマックスコーヒーを買った。
律「マッ缶かよ。中野は甘いもの好きなんだな。」
中野「良いじゃないですかマックスコーヒー。おいしいですよ?」
律「それじゃあ私も同じの買うかね」ピッ
律(うぇ…やっぱり甘すぎ…)
ちびちびと甘すぎるコーヒーを飲みながら、缶を持つ中野の手を見る
律(中野の手って小さいなぁ。澪と似てるなって思ってたけど、あいつの方が手がでかいな。)
私の視線に気づいたのか、コーヒーに集中していた中野が顔を上げる。
中野「わ、私の手がどうかしました?」
律「いや、中野って手ぇ小さいな~って思ってさ。よくギター弾けるな」サワサワ
そう言いながら缶コーヒーを持つ中野の手を上から包むように触る。
中野にはこういうスキンシップもなぜか気軽にできた。
中野「ちょ、ちょっと田井中先輩!恥ずかしいですよぅ…やめてください…」
律「いいじゃんいいじゃん、減るもんじゃなし」
(なんかセクハラオヤジみたいだな。そろそろやめとくか)
…ハッ 熱い視線を感じる。
サッと視線を感じる方に目をやると、慌てて隠れる人影が見えた。
律(あそこは合唱部か…)
じーっと合唱部の部室の方を見る。
律(軽音楽部に入る可能性のあるやつは、他の音楽系の部活動に入っているのかもしれないな…)
中野「あの、田井中先輩!」
中野の呼びかけに、意識がこちらに戻る。
律「ん?どうした?」
中野「また合わせてみませんか?ギターとドラムだけですけど…」
律「そうだな~。あんまり部員集めばっかだと軽音楽部っぽくないしな!」
そう言って私と中野は音楽準備室へ戻ることにした。
……
「は~久々にいいものが見れましたわ」
琴吹紬は満足そうな顔で一人呟いた。
琴吹(あの子たちって何部なのかしら。というかどういう関係?)キニナルワー
ドキドキと想像を膨らませる。やっぱり女の子どうしって良い。そう琴吹は思った。
それに比べて…
「ねぇねぇこれ彼氏とのプリ!カッコいいでしょ?www」
「あたし昨日合コンしてさ~ww」
「あー、最近毎日ヤッテるから腰が痛いwwww」
琴吹「…」
(うぜぇ…芝生やしてんじゃねぇよ…)
正直合唱部なんか興味無かった。
ただ、去年の4月に合唱部の3年生二人の濃厚なキスシーンを目撃して勢いで入ってしまったのだ。
琴吹(合唱部って女の子どうしが好きになったりする部活だと思ったのに…)
実際はその3年生二人以外はそういう雰囲気が無く、むしろ男に飢えている者ばかりだった。
3年生も卒業してしまい、もう合唱部には何も魅力が無かった。
そもそも女の子同士の恋愛を求めて入った女子高だったのに、なんだか裏切られた気分だった。
そんな気持ちがあるからか、どうも周りの馴染めなくて友達らしい友達がいない。
今日も本当は学校を休みたかったが、執事がうるさいので渋々2時限目から登校した。
「ねぇ琴吹さぁーん。合コン行かない?」
琴吹「うっせぇ話しかけんな」
「は?」
琴吹「もう良い。合唱部やめる…」
そう言って琴吹紬は早足で部室から出て行った。
日が傾き下校時間も近づいてきたころ、音楽準備室に向かう姉妹がいた。
姉は何か箱を持っている。
憂「ねぇお姉ちゃん…ケーキなら私が持って行くよ」
唯「だめだめ、私が食べちゃったんだから、ちゃんと返しに行かないと」
「ちょっと怖いけど…約束破りはダメだよ…」
憂「お姉ちゃん…」
(あの不良っぽい2年生。次お姉ちゃんに暴力を振るったら…)
(やってやる…)
不安そうな姉と目の奥に殺意が見える妹は音楽準備室への階段を登っていく。
音楽準備室からはギターとドラムの音が聞こえる。先程の二人が演奏しているのだろうか。
そして微かにギターとドラム以外の音も聞こえる。
唯「!」
(なんだろう、懐かしい感じがする…)
憂(ちっ二人じゃないのか?3人以上が相手となると武器が必要だな…)
唯は音に引き寄せられるように早足で階段を登っていった。
音楽準備室に扉を開ける動作に迷いは無かった。
唯「あれ?」
演奏しているのはギターとドラムだけだった。
他にも演奏している音が聞こえた気がしたが、勘違いだったのか…
演奏している二人は音を出すことに集中しているのか、こちらには無反応だ。
唯(なんだか、この二人の演奏いいなぁ。なんでだろう)
(すっごく仲が良さそう。それに…)
なんだか、この二人に混じって演奏できそうだった。
唯「憂!ちょっとケーキ持ってて!」
憂「え?お姉ちゃんどこ行くの!?」
唯「アンプとギター!部室から持ってくる!!」
全力で走って音楽準備室に戻ってきた唯は、飛び込むように二人の演奏に加わった。
…気づくと辺りは真っ暗で時計の針は8時をさしていた。
3人とも音を出すのをやめた。静まり返った音楽準備室。
一人の少女が口を開く。唯だ、表情は最高に明るい。
唯「私…私、軽音楽部入ります!!」
……
律「♪」
今、最高に気分が良い。いつもはしかめっ面でかき込む夕飯も、鼻歌まじりだ。
聡「姉ちゃん最近機嫌がいいね!」
律「はっはっはー、だろだろ?」
聡「うん!学校でなんかあったの?」
律「実はお姉ちゃんは、今軽音楽部の部員を集めているのです!」
「そして、もう二人も集まっちゃったのです!」
聡「すごいな!やっぱ姉ちゃんはやればできる人だ!」
律「褒めろ褒めろー!」
私は部屋に戻るとベッドに横になった。
目を閉じると今日3人でやった演奏を思い出す。
律「楽しかったな…」
ドラムやっててよかった。久々にそう感じる。
律「そうだ、あのDVD見よう。」
ベッドから降りて、棚に近づく。目当てのDVDはすぐに見つかった。
私がドラムをやるきっかけになった、バンドのDVDを見る。
律「あーこれ見てたとき澪が隣にいて、一緒にバンドやろうとか言ってたっけな」
「澪…」
机の上で充電器にささっている携帯をもぎ取ると、カチカチとメールを打つ。
宛先は澪。内容は今まで何度も考えた謝罪の言葉、そして最後に軽音楽部に入って欲しい、と加えた。
今ならなんでも成功する気がする。
律「これで、澪と仲直りするんだ…!」
送信ボタンに指を乗せる。
律(なーんてな…)
…送信ボタンは押さなかった。
律(最近ちょっとうまくいってるからって調子乗りすぎだろ。私。)
あんだけ自分が酷いことしといて、メール一本で仲直りできると一瞬でも思った自分が嫌になった。
それに、もう澪はアドレスを変えてしまっているかもしれない…。
そっと携帯を充電器に戻すと、テレビを消し、ベッドにうつ伏せになった。
携帯のカメラレンズが私を見つめる。
律(しょうがないだろ?私はこういう人間なんだ…)
ちょっと心が痛かった。
冷えたものが熱くなり、また冷え込む。
送信メールを押さなかったあと、私はネガティブな気分になっていた。
そして、そんな気持ちの乱高下が私の心の安定を崩す。
朝になっても、気持ちが沈んでいた。
部員が集まっても一緒に登校することは無かった。
しかし、暗い気分のときは一人の方が気楽だ。
そんなことを考えていると、突然肩に手をかけられた。
律「!」
振り向くと真鍋さんがいた。
律「…びっくりしたー…」
こちらがびっくりした表情をしても真顔な真鍋さんが怖い。
真鍋「あなたすごいわね。」
律「?」
真鍋「唯を入部させたんでしょ?」
律「あぁ…なんていうか、ケーキが…」
真鍋「なるほど!お菓子で釣ったのね!あなたなかなか唯のことを心得ているわね」
「唯はまかせたわ!それじゃあ私生徒会に行くね!」
そう言って、真鍋さんは走っていった。あの人はいつも生徒会生徒会言ってるな。
生徒会長にでもなるつもりなのだろうか。
律(唯はまかせた…か)
暗い気分なままじゃダメだ。もう澪のことを考えるのはやめて、キーボードのやつを探そう。
あと一人で部は成立するんだ。集まってくれた二人のためにも、もうひと踏ん張りだ。
放課後、音楽準備室に行くとすでに中野が居た。ギターを抱えている。
中野「田井中先輩!今日も合わせましょうよ!」
楽しそうな顔だ。
律「いやいや、私は部員集めをしないと。あと一人集まらないと廃部だぞ?」
もう4月も2週間を切っている。最後の一人がすぐに見つかるとは限らない。
中野「う…そうでしたね…」
「そのもう一人も、もう決めてるんですか?」
律「あぁ、一応な。でも、未だに校内で見かけないんだ…」
中野「面識が無いのにどうしてその人に決めてるんですか?」
律「そ、それは…」
(夢で見たから、とかメルヘンなことは言えないな…)
「まぁ、勘だよ勘。とりあえず私を信じろ。」
中野「はぁ、分かりました」
ガチャ
平沢「失礼します…」
律「おぉ平沢。遅かったな。」
平沢「うん…ジャズ研に退部届だしてきたんだけど、ダメって言われちゃった」
律「え?じゃあ軽音楽部は!?」
平沢「そ、それは安心して!学祭ライブまでは掛け持ちさせてってお願いしてあるから!」
中野「じゃあ、そのあとはどうするんですか?」
平沢「そ、それは分からない…」
律「まぁまぁ、先のことは気にしないでおこう。」
「それじゃ、私は部員集めしてくるから、二人はここで練習しててくれ」
律「とは言っても、全然見つからないなぁ」
夢で見た顔だけを頼りに捜索をする行為には限界がある。
律「とりあえす、下校時間までウロウロするか…」
最終更新:2010年09月24日 02:30